現実の片思い
「お嬢さん、ねぇ」
自他とも認める整った顔に意地の悪い笑みを浮かべてイクシオンは甲斐甲斐しく彼女が食べた跡を片付ける同僚に視線を向けた。
彼もそう低い身分ではないはずなのに、随分と給仕が板についているようだ。まるで当然というようにテーブルの上を一つの滴も余さず片付ける様子は甲斐甲斐しくもあり、イクシオンにはまた別の様子にも見えた。
「よくもまぁ、抜け抜けとあの長官補佐殿をお嬢さんよばわり出来るね? 君」
皿をまとめてテーブルに布巾をかける男はイクシオンの厭味ったらしい言葉にもにこにこ微笑んだままだ。
「クララ・ノース・アルベルト女史と言えば、貴族のみならず王族にも覚えのいいこの国きっての才女だぞ。出仕してからというもの、税率の補正に予算の見直し、脱税の摘発、最近じゃあ、大規模な汚職まで彼女が摘発したって話だろう」
表向きには優秀な財務省という称賛が向けられているが、事の発端を作るのはいつもクララ・ノース・アルベルトだとまことしやかに囁かれている。
金の匂いのする不正の場において、彼女の名前は一番に挙げられるほど嫌われていた。
しかしイクシオンの同僚はエプロンを外しながら涼しい顔で端的に評す。
「真面目な方なんだろう」
真面目が実に理想形で優秀に象られればクララ・ノース・アルベルト女史になると言われている。
(……まぁ、確かに女史というには可愛らしい気もするが)
遠目でしか見たことの無かったクララは、間近で見れば見るほど地味な見た目の女だった。型どおりの上着とズボンの文官の制服にひっつめの長く暗い色の髪。几帳面そうな眼鏡を掛けた顔は日に焼けず生白いくせに、口を開けばそこらの女など吹き飛ばしてしまいそうなほどハキハキと喋り出す。
クララ自身の顔立ちは悪くないのに滲み出る真面目さか、良い意味でも悪い意味でも垢抜けた印象がなかった。彼女と比べれば、職業婦人として宮仕えしている侍女たちの方がよほど優雅で知的に見える。
「詳しいことは、僕には分からないけれど」
片付けをすっかり終えたベネディクトは何もせず椅子に腰かけたままのイクシオンに微笑む。
「どこからどう見ても、僕には可愛いお嬢さんにしか見えないよ」
イクシオンがベネディクトの言葉を思い出すのはそれから数日経った夜のことであった。
長い方はもうちょっと手直しして投稿します。