07「幼女の匂いを嗅げ!」その2
恐れ入った。
あそこまで綺麗に啖呵を切って、まさか肝心なところで人に投げるとは。
マオ……恐ろしい子!
「え、ええと……」
リュシンが恐る恐る立ち上がった。
「どうしたのですか? まさか勢いだけで言ったのではないでしょうね」
デコ眼鏡委員長(シティーマスター・デッコ)がここぞとばかりにプレッシャーをかけてきた。なんであんなに偉そうなんだあの子……。
「……いえ。策は……あります」
リュシンが顔を上げた。
緊張した顔持ちだったが、しっかりとデコ眼鏡を見据えていた。
「昨日の戦いは……敗北ではありません。痛みわけです。こちらも多大な被害が出ましたけれど……それでも向こうが失ったものも多いと思っています」
「向こうが失ったもの?」
「……『情報』です」
思いもよらぬ単語が飛び出した。
「まず敵のモンスターの情報……昨日の戦いでわかったことは、西の魔女の使役するモンスターはマオほど強くなかったということです。数で囲まれたらこっちが不利ですけど……こちらから奇襲をかければモンスターは突破可能だと思います」
マオが照れ臭そうにリュシンから目をそらした。
「そして2つ目の情報……これは正直一番大きい……。『西の魔女』は、ボク達にすでに『固有能力』も『固有世界』も公開してしまったということです。イレギュラーズは確かに強いんですが……それはこの固有能力があるからです。固有能力さえわかってしまえば、対策は可能なんです」
リュシンが僕にちらりと目配せをした。
「逆にこちらは……まだ『固有能力』しか向こうに見せていません。マオにいたっては、『西の魔女』の前で戦ってすらいません。確かに『手も足も出なかった』んですが、逆に言えば『手も足も見せなかった』ということでもあると思うんです。再戦時に有利なのは、むしろボク達の方です」
なんだ……。
なんだよリュシン少年。
めちゃくちゃかっこいいじゃないか!
「ありがと、リュシン。さすがっ」
マオが小声でリュシンに礼を言った。
緊張が解けたのか、リュシンは大きく息を吐いた。
「私達なら西の魔女を倒せます。ですから……私達にご依頼を。シティーマスター!」
デコ眼鏡が大きく頷いた。
「マオ・クエスタ! あなた達に『西の魔女』の討伐を依頼します! 引き受けてくださいますね」
マオが剣の鞘を持って前に掲げた。
「この剣に誓って!」
ーーーーー
翌朝。
僕たちは準備を整えて街外れの門の前にいた。
「本当は私もついていければ良かったんですが……」
見送りにきていたリネットがうなだれた。
「気にしないで! 街を頼んだよ、リネット」
「はい、マオ様」
リネットは懐から紙束と巾着袋を取り出した。
「これは?」
「まずこっちが……ここから西の魔女の根城までの地図です。街道はモンスター対策で閉じられているので……街道外れを行ってもらうことになります。まず『迷わせの森』を抜けて……西の荒れ地、大河を越えた先の山岳地帯が西の魔女の拠点です」
「あ、すごい。これって『森』を抜けるための地図になっているんだね」
「はい。必ずこの地図通りに進んでください。一歩でも道を外れると迷って抜け出せなくなるので」
リネットはついで巾着袋をマオに手渡した。
「こっちは?」
「きびだんごです」
KI BI DA N GO?
「もしかして……あの伝説の?」
リュシンが興奮気味にきびだんごの巾着を手に取った。
「リュシン、知ってるの?」
「うん、前に本で読んだことがあるんだ。桃から生まれたという伝説の勇者、ピーチ姫が鬼ヶ島へ鬼退治に行くときに、道中で『ええじゃないか、ええじゃないか』と踊り狂いながら配ったという、あの」
「そう! そのきびだんごです!」
どのきびだんごだ。僕は存じ上げないぞ。
「食べると百人力が出せる気分になれるという、乾燥したキビの葉っぱを練りこんで作りました。使いどころにはくれぐれも注意して下さい」
食べてもいいやつなのそれは? 違法だったりしないの?
「ありがとね、リネット! 私たち、行ってくるからねっ」
いつまでも手を振り続けるリネットに、マオはいつまでも手を振り返しながら、僕らの冒険の旅は始まったのだ。
ーーーーー
街道各地の関所は、今や完全に閉鎖されていた。西の魔女のこれ以上の侵攻を食い止めるためである。
しかしそれは、同時に西の魔女の元へとたどり着きにくくなっているということでもあった。
赤色の髪を左右でお団子にまとめた、背の低い魔術師、ジェン・ジェン・ジェンシー率いるモンスター部隊は、西の街道途中の関所を完全に手中に治めていた。ここは街からは離れているが、高台にあるため見晴らしがいい。西の魔女側へ向かおうとする冒険者を見張るには、これ以上都合のいい場所はなかった。
今、関所の見張り櫓から街の方角を見ているのは、二足歩行するタコのモンスター・ダゴンだった。
「どう? 何か見える? ダゴン」
ジェンシーがダゴンに聞いた。
「街の門からーー誰か出てきたーー。こっちにーー向かってくるみたいーー」
「ほんとっ? どんなやつら?!」
ご存知だろうか。タコはとても目がいい動物である。
タコの能力を持つモンスター・ダゴンもまた、非常に優れた視力を持っているのだ。さらにーーおそらく見ればわかると思うがーー力も非常に強い。2mを超える体格は筋肉だけで支えられている。腕は伸縮自在であり、普段は2本ずつを束ねて四肢としているが、必要に応じて分離することもできる。
この触手に巻きつかれてしまうとインド象も2秒で倒れる。
「んーーとーー。小さなーー女の子とーー。魔術師っぽいーー男のーー子とーーー」
「まっどろっこしいよ! もっと早く言ってよ!」
ダゴンの欠点は、異常にマイペースなことだった。
「なんかーーイレギュラーズっぽいーー大きな人間が一緒ーー」
「イレギュラーズ?!」
ジェンシーが身を乗り出して街の方角を見た。当然ジェンシーには街の影ぐらいしか見えない。
「そいつだ! そいつが桃ねえをいじめた奴なんだ! ウルフィー! ダゴン! こっち来て!」
日向でぼうっとしていた狼男、ウルフィーが呼ばれてやってきた。
「どうしたんだ、ジェンシーちゃん」
「ジェンシーちゃん言うな! 命令だよっ。今ダゴンが見つけた3人組を倒してきて!」
狼男が首を掻いた。
「そうは言うがジェンシー様。そいつらこっちに向かってきてんでしょ。だったらここで待っていれば向こうから来るでしょ?」
「ダメ! ダメダメーー!! あいつらを倒さないと桃ねえが機嫌直してくれないのーー! 早く倒すのーーー!!」
あの偉そうな女のどこがそんなにいいのかウルフィーにはわからなかったが、口には出さなかった。口は災いの元である。
「ここに来るまでに、あいつら絶対『迷わせの森』を通り抜ける! そこをウルフィーとダゴンで倒して!」
「なんで俺たちだけなの?」
「……他に頭がいいのがいないの……」
深刻かつ妥当な理由だった。
モンスターの多くは「コボォ」とか「ガフゥ」ぐらいしか言えない。単純にけしかける物量戦には向いていても、複雑な任務を遂行できるモンスターは驚くほど少ないのである。
「ウルフィーなら匂いで相手の位置がわかるし、森の中でも迷わないでしょ! ダゴンがいれば、たかだか3人一捻りできるでしょ! わかったら早く行ってきて!」
【登場人物名鑑②】
西の魔女 敵の親玉。元の世界では普通のロリコンOLだった。
ジェン・ジェン・ジェンシー なぜか西の魔女を慕っている小さな魔術師。
ウルフィー 狼男のモンスター。俊敏かつ技巧派な常識人。
ダゴン 二足歩行するタコのモンスター。大きな体と大らかな心。
コボルト コボコボうるさい小さな鬼のモンスター。
トロール 3mを超える身長の大柄な鬼のモンスター。