06「幼女の匂いを嗅げ!」その1
この世界に来て最初の夜を、僕はろくに眠れずに過ごした。
頭の傷こそもう治っていたが(治るのがすごい)、布団と枕に慣れなかった。
慣れないというか小さい。
どう考えても子供サイズのベッドだった。普通に眠ると足が飛び出てしまうのだ。
窓を開けてみる。
夜空には星がこれでもかと輝いていた。死んだばあちゃん家で見た星空を思い出す。いったい僕は今どこにいるのだろう。
ふと下を見る。
意外と星の明かりで道が見えるものだ。
ふと目を留めた。石造りの道の路肩に、少年が1人体操座りで座っていた。
部屋のドアをそっと押し開け、木の階段を足音を立てないように下っていく。静かに建物から出ると、少年がこちらに気がついた。
「リュシン……だっけ」
僕が声をかけた。
「眠れなかったんですか?」
「まぁ、急に違うところ来ちゃったしね」
「すいません」
少年がうつむいた。
「そっちも眠れなかったわけ?」
「……はい」
僕は少年の隣に腰を下ろした。
「今日の戦い……ボク、逃げることばかり考えてたんです」
「そりゃ僕だってそうだったよ」
「でもあなたは……初めてでしょ、戦うの。ボクはずっとマオについて来たはずなのに……全然ダメで……」
少年がため息をついた。
「戦うたびに思うんです。ボクってぜんぜん男らしくないなって」
少年の横顔を見ていると、僕は急に懐かしい気分を思い出した。
強かった姉。尻に敷かれる僕。最恐のばあちゃん。
「なんとなくわかるよ。その気持ち。僕もさ……同じことで悩むことが多かったんだ」
「同じ?」
「僕の名前ね、花ヶ崎千洋って言うんだけど……僕のいた世界だとさ、すっごく女っぽい名前なんだよ。体も弱かったし……姉ちゃんに守られてばっかだったし……周りの奴らにもバカにされたし、僕自身すっげー気にしてたしさ」
少年が顔をそらした。
噛みしめるようにもごついてから、僕に尋ねた。
「……今は?」
「小学生の頃にさ、ばあちゃんに頼んで毎年水泳教室に通わせてもらったんだ。それでまあ……人並みの体力はついたんだよね。運動神経は相変わらずだったけど……それなりに自信がついたってわけ。そしたらあんまり、気にしなくなったな」
「自信……」
「ちっちゃなことでいいんだと思うな。何か自信がもてればさ」
「なるほど……」
それから僕らは無言だった。
じっと星空を眺めていた。
そのうち少年が眠ってしまったので、とりあえず僕の部屋のベッドに運んでおいた。
小さなベッドは少年にはぴったりだった。
ーーーーー
「シティーマスターからの呼び出しなんだって!」
朝、僕の部屋にマオが飛び込んできた。
ウサギが大胆にあしらわれた黄色い服。どう見てもパジャマだった。
「あ、リュシンここで寝てたんだ。どこに行ったのかと思ってたよ」
「なんかここで眠っちゃってたみたい。……シティマスターが僕らを?」
「うん。リネットが言ってたよ。私たち3人全員だって」
聞きなれない単語がまた1つ。僕はリュシンに尋ねた。
「シティーマスターってのは?」
「ええと……この街全体を管理?している人……って言えばいいんでしょうか」
なるほど、領主みたいな感じか。
どうでもいいがシティーマスターって略すとCMになるな。うん、どーでもいいや。
「こんな格好じゃいけない! 着替えなきゃ、リュシン!」
マオは迷うことなく自分のボタンに手をかけた。
「わ! マ、マオ! 自分の部屋で着替えてきてよ! 着替えもってきてないでしょ?!」
「ふっふっふ。そこは抜かりないよ。着替えは持ってきたから」
前のボタンが全て外されてしまった。
いいぞっ! 良くはないけどすっごくいいぞ!
リュシンは必死に目をそらしていた。
「じゃなくて! 僕も着替えるから! 僕も着替えるんだからぁ!」
ーーーーー
白っぽい大理石で造られた、荘厳な玉座の間。
少し高く離れた場所に置かれた金の椅子の上には、デコ眼鏡の少女がちょこんと座っていた。
傍らには幼女の騎士が控えていた。騎士の列の中には、騎士の服ではないおかっぱ髪の幼女が1人混じっていた。良く見なくてもリネットだった。
マオとリュシンと僕の3人は、玉座から敷かれている赤いカーペットの上に跪いていた。
「わたくしの名前は、デッコ・ガファース・アンファンス。このアンファンスの街のシティーマスターです」
マスター・デッコがよく通る生真面目そうな声で言った。僕の中で、彼女のあだ名は『デコ眼鏡委員長』になった。
「昨日はこの街の未曾有の危機を率先して救ってくださったこと……まずは礼を言わねばなりませんね、マオ・クエスタ」
「光栄です」
マオが深々と頭を下げた。
「ですが」
マスター・デッコ(デコ眼鏡委員長)の眼鏡がきらりと光った。
「あなたの先導で部隊が不用意に先行した結果……主力部隊が全滅してしまったことも事実です」
列に並んでいたリネットがあわててマスター・デッコの方を見た。
「お、お待ちくださいシティーマスター! 作戦の陣頭指揮は確かに私がとっていました! 責任があるとすれば私に」
「あら。前線を率いてもらったおかげで、なんとか撃退できたと語っていたのはあなただったはずですよ、リネット」
「それは!」
さすがに僕も、これには言いがかりに近いものを感じた。
部隊が壊滅したのは、どう考えてもマオ達のせいではない。そもそもマオ達がいなければ、もっと悲惨な結果に終わっていたというのに。
僕は立ち上がって抗議しようとした。
僕を手で制したのはマオだった。僕の代わりにマオが立ち上がった。
「お言葉、重く受け止めます、マスター。敵の戦力をかえりみず突っ込み……結果的に手も足も出なかったのは事実です」
「マオ様……ですからその責任は私に!」
「……もとより責任はとるつもりでした。マオ・クエスタ……ならびに私のパーティーは……必ずや『西の魔女』を倒します」
はっきりと、マオは宣言した。迷いなく。さもそうすることが自然であるという風に。
これにたじろいだのは、むしろマスター・デッコ委員長の方だった。
「あ、いえ……責任をとってもらうというのは……そんな無茶な責任のとらせ方をするつもりはありませんよ……? 普通に、しばらく街の警備にあたってもらうだけで良いのですよ……?」
「いいえ。それでは根本的な解決にならないのはマスターとてわかっているはずです。『西の魔女』を……倒さなければ。誰かが」
デコメガネ委員長がマオを見据えた。
「倒せると言うのですね。策があるのですか」
こくりと小さく、しかし力強くマオが頷いた。
「策ならあります! ねっ、リュシン」
マオがリュシンの方を向き、肩を叩いた。
「え」
ぽかんと口を開けるリュシン。
それは誰の目にも明らかな、無茶ぶりだった。
【登場人物名鑑①】
マオ・クエスタ 冒険者の少女。勇気の塊。
リュシン・ヴァンデルク マオと行動を共にする少年魔術師。ヘタレ気味。
花ヶ崎千洋 リュシンによって召喚された高校生。年相応にエロい。
リネット・ガファース・アンファンス アンファンス自警団騎士長。おかっぱ幼女。実はシティーマスターの娘だったりする。
デッコ・ガファース・アンファンス アンファンスの街を治めるシティーマスター。デコ眼鏡。