05「西の魔女との決戦!」その5
恐るべき女だった。
全てが恐ろしい。
ネーミングセンスはもちろんとして、得体の知れない雰囲気……そして能力!
こちらから近づけない能力に加えて、近づけば近づいたで強制的に武装解除されてしまう能力。
その女が今、一歩ずつこちらに近づいてきている。
彼女の足を止めなければどう考えてもこちらの負けなのだが、残念なことに止める方法が1つもないという状態だ。僕らはチェスや将棋でいう『詰み』にはまってしまったのだ。
「マ……マオ……だめだよ、逃げようよ……これじゃあ勝ち目がないよ……」
「うん……わかってる……敵わないけど……ダメだよ」
マオが剣を握りしめた。
「騎士団が全滅しちゃった以上、今戦えるのは私たちだけだもの……! 勝てないにせよ、みんなが逃げるだけの時間はかせがないと!」
「マ……マオ……」
時間を稼ぐ……。
戦わない……。
彼女を一時的にでもこの街から遠ざければ、この状況は収まる……。
「少年、その……スキル?とかダンジョン?とかは……1人1つずつって考えてもいいのかな?」
「えっ。ええっと……そのはずです、複数使えるってのは聞いたことがないので……たぶん……」
あの女の能力は、どちらも防御のための能力だ。
であれば、『防御し得ない攻撃』ならどうだろうか?
気は進まないが……次第によってはやる価値はあるかもしれない。
もちろん……やらないに越したことはないなとも思った。
いやぁ、本当気が進みませんなぁ!
だけどこれ以上は見過ごせない。同じ世界から来ている人間であるなら、なおさらだ。
僕はゆっくりと前に出た。
両手を上げて敵意がないことを女にアピールした。
「あの、こんにちわ」
敵意のない挨拶で様子を見る。
「えっ……大人?! え、なんで大人……」
ゴスロリ女は明らかにうろたえていた。自分と同じ境遇の人間がいるとは思っていなかったらしい。
「あ、でも大人……じゃないよね。中学生か高校生……だよね……?」
「高校生ですよ」
僕が答えた。
「お姉さんは少なくとも僕よりは大人でしょ。何だってそんなことしてるんです?」
「な、何よ。私何か悪いことしてる? この世界には私たちの世界みたいな法律なんてないんだから……何をしたっていいでしょ?」
開き直られた。
「何をしたっていいって……平気なんですか? こんなにたくさんの子供を困らせて!」
「ふん……あなただって好き勝手しちゃえばいいのに……。ほんとーはあなただってやりたいんじゃないの? 簡単よ。だってこの世界は子供だけしかいないんだから。誰も私たちには敵わないし、誰も私たちほど頭は良くないし……もう最高よね! これを味わったらハゲ親父どものご機嫌取りなんてやってられないわ!」
女は陰気な余裕をたずさえて笑った。
だめだ。この人は……だめだ。話し合いではどうにもならない。
よしっ。
「そう……ですか。好き勝手して……いいんですね?」
女が身構えた。こちらへの歩みを止めた。
なるほどね。ピンクなんだ。
思わず顔がにやけてしまった。
「何する気……あんた」
「もう『して』ますよ?」
「は?」
僕は自分の能力を発動していた。
「ねえお姉さん。お姉さんってどんな能力が使えるんです?」
「言うわけないでしょバカじゃないの! 手の内を明かすわけないでしょ!」
「そうですか。じゃあ代わりに僕の能力を教えてあげます」
「はぁ?」
「僕の能力は……『神の視点』(さきほど命名)……自分の視点を好きな場所に移動できる能力なんですよ。幽体離脱みたいにね」
「はぁ……それで?」
今彼女どんな表情をしているのか、僕の『視点の位置』からは見えないわけだが、おそらく怪訝そうな顔をしているに違いなかった。
僕は多分鼻の下がのびています。
「まだわかりませんか? 僕は今あなたを真下から見てるんです」
「は……はぁぁ?」
「……ピンク」
とどめの言葉を口にした。
ふっ、我ながらかっこよく決まってしまったぜ。
「ちょっ○※□◇#△!」
女が取り乱してスカートを押さえたので、残念ながらパンツは隠れてしまったが、精神的ダメージとしては相当なものを与えたはずである。
いやぁ、本当はこんなことやりたくなかったなぁ!
「○※□◇#くそガキ△☺︎※□#□◇#△ど変態△!!」
言葉にならない絶叫。
時々言葉になっている気がしたが気のせいだろう。
女が屈んですぐに立ち上がった。
今の動きが何なのかはわからなかったが、僕は別のことに忙しかったのでどうでもよかった。
「あっ、危ない!!」「避けて!」
マオとリュシンが何かを叫んだ。
鋭い衝撃が僕の脳天を貫き、僕は意識を失った。
ーーーーー
目が覚めてまず見えてきたのは見知らぬ天井だった。
僕はどこか知らないベッドに横になっていた。
頭が割れるように痛かった。
ええと……。
一瞬記憶が交錯した。今日何曜日だったかなとか、そういえば卓球の朝練はどうしたんだっけとか考えた後、僕を覗き込んだリュシン少年の顔を見て異世界に来ていたことを思い出し、ついで心配そうに僕を見ている幼女騎士リネットを見て『西の魔女』のことを思い出した。
「あ……あれ? 僕……どうしたんだ……あれ……?」
幼女騎士リネットが僕に頭を下げた。
痛みに耐えつつ、僕は状態を起こした。
リネットはあの女のダンジョンでかわいらしく着替えさせられたままの姿だった。
「ありがとうございます! 本当に危ないところを助けていただいて……」
「え……ええと……助かったのか? 僕たち……。あの後、いったい何が?」
僕の疑問に答えたのはリュシンだった。
「西の魔女はどうしてかわからないんですが、一目散に逃げて行きました」
「へ、へぇ〜」
よかった。
この子たちはまだ追い払った方法には気がついていないらしい。
「逃げる時に……落ちてた剣をあなたに投げてきたんです。それが脳天に刺さって……」
「へ、へぇぇぇ〜?」
「でも大丈夫だよ! もう抜いたもん!」
マオが簡単にまとめた。
簡単な説明どうもありがとう。
そんなに簡単に済むことなのかは疑問が残るけど、とりあえずどうもありがとう。
「強かったね……『西の魔女』」
マオが悔しげに呟いた。
「アンファンス自警団は前線部隊が全て無力化されてしまいました。武器防具が無くなっただけじゃなくて……どういうわけか、この服を脱げなくなってしまったんです」
リネットが言った。
服が脱げないのか……。
風呂とかトイレとかどうするのかが激しく気になったが、そんな雰囲気でもなかったので言い出せなかった。
「攻撃さえ通れば私の誉め殺しの魔剣でなんとかできると思うんだけど……近づけないのがすっごくやっかいだね。多分本拠地は『ダンジョン』の中だと思うし……」
ダンジョン……それからイレギュラースキル。どちらも異世界人の持つ能力のはずだ。
「少年、あの女も僕と同じ異世界人ってことでいいんだよね?」
「そうですね。ボクみたいな召喚魔術師によって召喚されたと考えて、まず間違いないと思います」
「てことはあの人も、召喚魔術師の契約のために動いているわけ?」
「それは……」
マオが首を振った。
「違うと思う。魔術師よりもイレギュラーズの力が強ければ、逆にイレギュラーズに支配されちゃうことも多いんだ。そうなったら契約も意味ないし。だいたい契約を完了したら元の世界に帰っちゃうからね、わざと無視する輩もいるんだよ」
「へえ……」
それは逆に契約を完了しないと元の世界に帰れないと言っていらっしゃる……?
「『西の魔女』を召喚した魔術師は、多分西の魔女に無理やり言いなりにさせられているんだよ……! だから早く倒してあげないと……!」
マオが拳をにぎりしめた。
ーーーーー
「なんなの! なんなのあの高校生! 最低! 最低の変態だわっ!」
『西の魔女』は街から引き上げてくるなりモンスターたちに八つ当たりを繰り返していた。
盛大に自分を棚に上げているなとウルフィーは思ったが、口には出さなかった。口は災いの元である。
「どうしたの桃ねえ! なにかひどいことをされたの、桃ねえ!」
イラつきまくっている『西の魔女』をなだめているのは、ウルフィーの直接の上司である魔術師、ジェン・ジェン・ジェンシーであった。赤色の髪を左右でお団子にまとめた、背の低い子供だ。
西の魔女がジェンシーに気がついて振り返った。
「ジェンシー……ってきゃーっ! 犬ー! いぬぅぅぅ! バカバカ近づけないでよ、犬はダメなのよっ」
西の魔女が手を大きく使ってウルフィーを追い払った。
ちなみにウルフィーは狼男である。
ウルフィーはしぶしぶ離れていった。
「ひでーぜダーゴン。せめてそこは『狼』って言って欲しかったぜ」
「んなー、落ち込むなーウーたん、気にするなー」
落ち込んでいる狼男を触手で慰めているのは、タコ顔の怪物ダゴンのダーゴン(愛称)だった。
「桃ねえをこんなに傷つけるなんて許せない! ジェンシーが仇を討つからね!」
小さな魔術師、ジェン・ジェン・ジェンシーは密かに闘志を燃やすのであった。
【次回の幼女ワールド】
一時的に西の魔女を退けることに成功したマオ達。西の魔女と決着をつけるため、今度はその本拠地を目指して旅に出る。
しかし街の周りには、入ったものを迷わせる『迷わせの森』が広がっていた……。
次回 06「幼女の匂いを嗅げ!」その1
※ちなみにシルバーウィークは毎日更新するよ。