36「幼女ワールド」中編
『それ』の第一印象は『骸骨』だった。
あるいは不気味な『人形』とも言えるだろうか。異様に細長い手足は、骨ばった人間のようでもあり、光沢のある白色の表面はセラミックスを思わせる質感だ。その佇まいは、生物のようでも機械のようでもあった。頭部はつるりとしていて目や鼻のような空洞はなく、ただ耳元まで大きく裂けた口があるのみだ。
『それ』は突然現れた。2mほどあるかという純白の化け物は、瞬きよりも短い時間でアーサーを吹き飛ばし、僕の隣に『降り立った』。
「どおしたんだよぉ、女ぁ…………前に会った時はもっと歓迎してくれたよなぁぁぁ」
白い化け物は、その超然とした見た目に全くそぐわない下衆な口調で、西の魔女に向かって叫んだ。
ジェンシーが西の魔女の影に隠れた。その体はひどく震えていた。
そうかーー思い出したぞ。
この声を僕は聞いたことがあった。不愉快で甲高い声。
ジェンシーが恐怖するのも無理のない話だ。僕がこの化け物の声を聞いたのは、ジェンシーの記憶の中なのだ。『西の山』にやってきたジェンシーを騙し、岩で押しつぶそうとしたあの声の主。
あれはこの怪物だったのか!!
「俺様をさんざんコケにしてくれたんだ……お礼をしてやるぜぇぇぇえ!!」
白い化け物が消えた。
次の瞬間、それは西の魔女のすぐ目の前にいた。その腕は西の魔女に振り落とされていたが、動きは止まっていた。
ーーいや、限りなく遅くなっていた。
「『パラドックス オブ ゼノン』!! 忘れたの! あなたの攻撃は私には届かないわ!」
西の魔女の能力は健在のようだった。いかなる『攻撃』も封殺する最強の防御能力。敵だったときはやっかいだったが、今はこれほど安心できるものもない。白い化け物は舌打ちをした。
そしてこの瞬間! 白い化け物に致命的な隙が生まれたのだ。つまりヤツは、『マオ・クエスタに背を向けた』!
「誉め殺しの魔剣ーー!!」
マオの剣から、赤い閃光がほとばしった。赤の激流が白い化け物に直撃した。過剰なエネルギーを強制的に与えることで、物体を不安定にし破壊する魔剣・誉め殺しの魔剣。その力はこの化け物にも有効なようだった。化け物は、まるで陶器が割れるように砕け散った。
「やったか?!」
僕が言った。言ってから、言いようのない悪寒が走った。
やったか? → やってない。
なんだ?! 今頭の中に響いたこの言葉は?! 何を意味しているんだ?!
「……まだです……! 倒されたモンスターは、レベルオーブに変わらないといけないはずなのに……!」
リュシンが言った。
そうーー怪物は砕けたのみだったのだ。バラバラになって散らばって……いや、散らばったままですらない! 今や散らばった破片が、磁石のように互いに吸い寄せられ始めていた!
「マオ! あれをさらに壊すってことはできないのか?!」
「やってみるよ! 誉め殺しのーー」
再生された左腕部分が不意に飛んできて、マオの首をつかんだ。剣が地面に落ちた。マオが首を掴む手を解こうともがいた。しかしびくともしない。
その腕は、マオを空中に掴みあげた。
どういうことだ?! ヤツの体はまだ再生していないってのに!!
破片がマオをつかんでいる腕の元に集まっていく。
ほんの十数秒と経たず、そこに再び白い怪物が出現した。口元を不気味な笑みに歪ませてーー
「なぁぁぁぁ女ぁぁあ。そういえば思い出したんだがなぁぁぁ、てめえ随分と他のニンゲンどもをかばうよなぁぁぁぁぁ」
マオを捕らえながら、白い怪物は首を西の魔女の方に向けた。
「よっぽどこいつらが大事なんだなぁぁぁぁぁ? だったらこういうのはどうだぁ……」
白い怪物の右腕が、鋭利な刃に変わった。
マオがさらにもがいた。
「こいつら全員をてめぇの前で殺せば、ちったあ苦しんでくれんのかなぁぁぁぁぁぁぁぁあ?!」
白い怪物がマオを地面に突き放した。怪物がこれ見よがしに腕を振り上げたーー!! マオっーーーー
「ッーーーーーーーー!!!」
血飛沫が上がった。
刃が、細い腕に半分突き刺さっていた。
西の魔女が、がくりと膝をついた。
「て……てめえ……とことんまで俺様の邪魔をするつもりらしいなぁぁ……」
白い怪物が、怒りに声のトーンを落とした。
怪物の刃は、西の魔女の左腕に半分ほど食い込んだまま動かなかった。
西の魔女が痛みに涙と鼻水をたらしていた。
「あっ……あんたの反射神経にかけたのよ……わ、『わたしだって認識できれば』……それ以上攻撃できないはずだったから……!!」
怪物が刃を強引に引き抜いた。西の魔女が絶叫した。
「ふん……そんな手が何度も通用するわけねぇ……ましてやぁその怪我だ! 次は防げねえ!! まずは、ジェンシーちゃん、とか言ったか?! てめえのお気に入りから先に殺してやるよぉぉぉぉぉぉおおお!!」
怪物が叫んだ。
そして再び消えた。ジェンシーが顔を覆った。
「きゃああああああああああ!! ……って、あれ?」
怪物の腕が、ジェンシー目の前で止められていた。白い怪物を、赤色の巨体が捕まえて押しとどめていた。
「ジェンシーにーーひどいことはーーーさせないよーーーー」
タコ男が、あのタコ男が、怪物の腕を掴んで壁に向かって放り投げた!
白い怪物は、石造りの壁に叩きつけられて粉々になった。
「まったく、少し抜けてた間にずいぶん妙な状況になってるもんだぜ」
倒れていた西の魔女に、毛むくじゃらの手が『レベルオーブ』を差し出した。
「ほれ、使えよ。ちっとは痛みもマシになるだろーぜ」
「あ……ありが……ひぎゃあああああ!! いぬううううううううう」
西の魔女がレベルオーブを受け取って、そのまま腰を抜かした。泡を吹いて気絶した(単に出血のせいかもしれない)。
「せめて『狼』と言ってほしいぜ……」
狼男が頬を掻いた。
【次回のロリの惑星】
前回、「今回が最終回」だと言ったな。
あれは嘘だ。
次が本当の最終回。
攻略しろ、この世界!
※次回更新は6/4




