35「幼女ワールド」前編
ちっちゃい子は
かわいい服を着れなきゃいけない。
友達と遊べなきゃいけない。
大人に守られてなきゃいけない。
命の危険なんてもってのほか。
そうでしょ? 間違ってないでしょ? 私は正しいよね? 『あなたよりも』正しいよね? 『お母さん』!
幼女が、静かに私の手を取った。
「くるしかった。つらかった。ぜんぶ『お母さん』に決められて、悲しかった。でももういいの……わたしのために、私がくるしまなくてもいいんだよ」
私は困惑した。うわごとみたいに繰り返した。
「くるしかった? つらかった? 悲しかった? 私が……?」
体が震えはじめた。震えが止まらなかった。
そのうちどうしようもなく悲しくなった。俯いて歯を食いしばった。
しゃがみこんだ私の肩を、幼女が抱き寄せた。
「どうしても、その子をあなたに会わせたかった」
顔を上げると、例の少年がいた。少年は申し訳なさそうに視線を落とした。
「ここは僕の世界です。同時に、あなたの心の中でもあります」
「……なんだかあんたって、いっつも唐突で、いっつも失礼よね……」
「ごめんなさい」
幼女をーー幼い日の私をーー抱きしめた。この子がやってきて、私にもわかった。私の世界の中で何があったか。どうして彼がここに来たのか。
「謝って済む問題じゃないわよ。心を読むなんて、パンツを見たどころの話じゃないじゃない」
「ごめんなさい。でもこれしかなかったんです」
「わかってるわよ……わかってる……」
彼は本当に、本当の意味で、この世界の子達を助けようとした。それが痛いほどわかってしまって、それは本当に痛いほどで、そのことがたまらなく嫌だった。
「謝って済む問題じゃないのは私の方よ……もうおしまいだわ……」
「だいじょうぶ」
わたしが私に言った。
「ささえてくれる人がいるよ。いっしょに『ごめんなさい』って言ってくれる人がいるよ。私はもう、わたし一人じゃないの!」
……そうか。
あの子のためにも、私は私の罪と向き合わなくちゃいけないのか。あの子の思いに応えるために。
ジェン・ジェン・ジェンシー。
私の、こんな私のそばにいると言ってくれた、小さくてかわいい男の子。
そうだ。そうだった。
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ダンジョンから帰ってきた僕は、そういえばそうだったのだが、全裸だった。全裸のままダンジョンに突入した、その当然の因果の帰結として、全裸であった。
ダンジョンの中では自分のイメージする自分の服(学生服)を着ていたわけなのだが、どうやらダンジョンから解放されると、もとの服装の状態に戻るということらしい。その証拠に、ダンジョン内でパンイチだったマオは、元の装備に戻っていた。これが逆であれば言うことはなかったのだが……。
リュシンが僕に、城のカーテンだったと思しきベージュの布を渡してくれた。それを体に巻くと、ちょうど『古代ローマの民衆』のような出で立ちになってしまった。まあ贅沢は言えない。
僕たちが解放された場所ーー玉座の間には、多くの幼女ショタが溢れかえっていた。皆ダンジョンから解放されたのだ。そして服装も、おそらくこの世界の標準的な服装に戻っているようだった。どれも古いヨーロッパを思わせる出で立ちであったが、少なくとも紀元前の服を着ている僕よりはまともであった。
「どうやら……呪いが解けたらしいね」
武装した少年が言った。
一瞬誰なのかわからなかったが、よく見るとサンジュの父親だった。パンツを被っていないと、本当に誰なのかよくわからない。隣にはサンジュの母親もいた。
リュシンが彼らに歩み寄った。
「あの……もしかして、サンジュちゃんの両親ですか……?」
「そう……だけど?」
不思議そうな顔をして、サンジュの父と母が頷いた。
「これが、マオとボクたちをこの城まで導いてくれたんです。サンジュちゃんからの……預かりものです」
リュシンが二人に差し出したのは、『対の指輪』だった。サンジュと、サンジュの両親とで1つずつ持っていたものだ。片割れに向かって、おぼろげな赤い光の筋をのばす指輪。リュシンの手の上にある指輪から伸びた赤い糸が、サンジュの母親の手元まで伸びて、繋がった。
「そうか、君もマオ・クエスタの仲間なんだな? ありがとう。本当に……なんとお礼を言えばいいのかわからない」
サンジュの父親はリュシンから指輪を受け取り、深々と頭を下げた。リュシンは面食らった様子だった。
「そ、そんな。ボクはたいしてーー」
「リュシーーーーーーーン!!」
マオがリュシンに、助走をつけて飛びついた。
決まり手、押し倒し。
「マオ! よかった! 無事だったんだね!」
「リュシン! 無事だって信じてた!」
それはほぼ同時だった。
そう言って、マオが押し倒した体勢のまま、二人は微笑みあった。
「ふふふ、お熱いねぇ」
サンジュの父親が言った。その言葉に、マオとリュシンは顔を赤くして跳ね起きた。あまりに同時に跳ね起きたものだから、二人はおでことおでこをぶつけてしまった。サンジュの両親が笑った。
ふいに、玉座の間を静寂が支配した。
緊張の糸が張り詰めた。
玉座の前に、西の魔女とジェンシーが並んで立った。
視線が集まっていく。猜疑の目、恐怖の目、怒りの目。
僕は唇をかんだ。
ここから先は、僕は手出しができない。ここから先の問題に取り組むのは、僕ではなくーー彼女たち、それからここにいる、『みんな』なのだ。
「わ、わたしはっ」
西の魔女が、裏返った声で言った。
「みなさんに、ひどいことをしてしまいました」
声が広間に反響した。残響ばかりが虚しく響いた。二人に突き刺さる視線に変化はなかった。
張り詰めた空気の中に、「いまさらなんなの」と小さな声が響いた。
「そうだよ、負けたから謝ったんでしょ?」声は共鳴した。
「今さらなんなんだよ!」
「でてけ!」「そうだでてけ!」「ばけもののおやだま!」
「あいつは弱っている! 今の間にたおそう!」「たおさなきゃ!」
「「みんなのために!」」
西の魔女の力なく垂れ下がった手を、ジェンシーが手に取った。
「ーーもも姉は、わたしたちを守ろうとしてたんだよっ!」
ジェンシーが声を張り上げた。だがすぐに力をなくした。
「……やりかたは……たしかに間違ってたかもしれないけど……」
その弁解の言葉は、しかし悲しきかな、火に油を注ぐ結果となった。
「「「かってなことを言うな!!」」」
「「「まもるって何から?!」」」
「「「化け物をやっつけろ!!」」」
「「「悪魔をおいだせ!!」」」
共鳴ーー敵意の合唱。耳をそむけてしまいたいほどの。
「ーーーーーーーーーーもういいだろっ!!」
声をあげたのは、サンジュの父・アーサーだった。
皆が静まった。マオがリュシンに耳打ちした。
「サンジュのお父さんは、ダンジョン内部のレジスタンスのリーダーだったんだよ」
アーサーは、皆と西の魔女との間に歩いて行った。
そして西の魔女に向かい合った。大きな声で、彼が言った。
「あなたたちは、間違ったことをしたのだと思う! 僕たちに不自由と恐怖を押し付け、家族を離れ離れにした! それに対する僕らの返答は、痛いほど、伝わったはずだ!」
西の魔女と、ジェンシーはうなだれた。
「ごめんなさい……」
「……償いをする、つもりはありますか」
西の魔女は頷いた。ジェンシーも頷いた。
それを見届け、アーサーは振り返った。
「みんな聞いてくれ! 僕たちはともに戦ってきた! ダンジョンから解放されるために! 恐怖と、理不尽と、戦ってきた、そうだろ?! その戦いは、今、終わったんだ! 僕たちは、勝ったんだ!! 自由を取り戻したんだよ!!」
その言葉に玉座の間が湧いた。
歓声もまた、共鳴した。
「だからみんな!! もう怖がらなくていいんだ! 彼女たちを、化け物と恐れる必要はない! 悪魔だと、声を荒げる必要はない! 僕らの怒りは、思いは、たしかに彼女たちに伝わったんだ! 伝わったということは、人間だってことだ! 彼女たちは『間違ったことをした』かもしれない! それでも『間違ったことをした』人間なんだ!」
広間に、静寂が戻った。
しかしその静寂は、先ほどとは少し違っていた。驚くべき静寂だった。怒りが、恐怖が、空間から引いていくのがわかった。
「だからみんな、話し合おう! これからどうすればいいのかーー」
そこまで言って、アーサーは言葉を切った。
はじめは、何故そこで言葉切ったのかわからなかった。僕だけではなく、皆が次の言葉を聞こうと耳をすませた。
耳をすませると、静かな音が響いていた。
何かが近づいてくるような足音が。
それは先程までは聞こえてはいなかったがーーいや、広間の喧騒にかき消されていたのだろうかーー今ははっきりと聞こえていた。
「何か、来るっ……!」
マオが誉め殺しの魔剣を構えた。
足音。
足音は複数だった。
大なり小なり、しかし足を引きずるような音は共通していた。
軋むような音をたてて、玉座の間の扉が開いた。
「ガフゥ」
緑色のでかいおっさんが立っていた。
こちらに襲いかかってくるといった様子ではなかった。うつろな目をしていた。何かが決定的におかしかった。
トロールは前のめりに倒れた。倒れ、その体はレベルオーブへと砕けた。
トロールの後ろから、小柄なモンスター・コボルトが複数体やってきた。どれも足を引きずり、うつろな目だった。
幼女・ショタたちがその尋常ならざる様子に恐れをなして、玉座の間の奥の方へ逃げていった。
マオ、リュシン、僕、アーサー、その他何人かの武装した少年少女たちがその間に立って身構えた。
コボルトもまた、僕らのもとまでたどり着く前に倒れ、粒子となった。
「ーーまさか」
声をあげたのは、西の魔女だった。切迫した声で、彼女が叫んだ。
「みんなっ! 私の近くに寄って!!」
部屋の隅に寄っていた幼女・ショタたちは困惑した様子だった。もちろん、誰も動かなかった。
「早くっ!! 化け物がーー」
静かな声が、どこからとなく響いてきた。
「城の主をさしおいて宴会とはなぁぁぁ……まあおかげで余計な邪魔はされずにすんだがなぁぁぁぁ?」
僕のすぐ隣にいたアーサーが、壁まで弾き飛ばされた。
わけもわからず隣を見ると、2mほどはあろうかという白いのっぺらぼうのような化け物が、そこにいた。
【次回の幼女ワールド】
次回、幼女ワールド・最終回。
牙をむく最強最悪のモンスター! 倒れていくロリの戦士達! 最悪の前に立ちはだかる、ロリコンOL西の魔女!
マオ、リュシン、「僕」、そしてみんな
それぞれの勇気が、愛が、できることが重なっていく!
勇気と愛と、幼女がいっぱいファンタジー!!




