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34「世界の果てとロリコンワンダーランド」その11

「これ以上、もも姉を傷つけないで」


 ジェンシーが今にも泣き出しそうなしかめっ面で僕らに言った。


「もも姉……?」


 サンジュの父親が訝しげに呟いた。


「西の魔女のことだよ」


 マオが言った。サンジュの父親は、意味を理解するとジェンシーをにらみつけた。


「何が……何が傷つけないで……なんだ?! 何を言っているんだ?! 僕たちをバラバラにして! 僕の家族を苦しめて! 傷つけているのはそっちの方じゃないか!」


 雪が舞った。ジェンシーが涙を流した。マオが左手で制した。


「マオ・クエスタ? どうしてーー」

「ジェンシー……私たちはね、怒ってるんだよ」


 マオが静かに言った。


「大事な人を、傷つけられたから。だからね……あなたが西の魔女を大切に思う気持ちも……傷つけられて、苦しい気持ちも、わかる」

 

 雪が積もった。僕は一歩踏み出した。マオとジェンシーの間に立った。

 もうわかった。誰も何も言わなくても、痛いほどわかる。


「もうやめよう、こんなこと」


 僕は言った。だがジェンシーはかぶりを振った。


「どうやって? 無理だよ、もう……」

「できるはずだ。みんなを苦しめているものを、取っ払えたなら」


 サンジュの両親たちが顔を合わせた。


「僕らを」「苦しめているもの?」


 僕は上空そらを見上げた。雪がーーじゃない、砕かれた人形の破片がーー違う! すり潰された西の魔女の心の欠片がーー降ってくる空!


「みんなを苦しめているのはーーこの世界ダンジョンだよ!」

「ダンジョン……西の魔女?」

「そうじゃない」


 僕はかぶりを振った。


「この世界ダンジョンが苦しめているのは、みんなだよ! 西の魔女だって例外じゃない! だからさ、この世界ダンジョンから解放しなきゃいけないんだ、全員を!」


 もう一度僕は、僕の能力を発動させた。『心世界行ダンジョンダイブ』。このダンジョンの奥深く、西の魔女すら立ち入ってない奥深くまで潜るんだ。今度は僕一人でなく、ここにいるみんなとーー


 足元の人形の山が崩れた。体がゆるやかに地面に吸い込まれていく。僕は近くにいたマオの手を掴んだ。人形になった方の手だ。マオが近くにいたサンジュの父親の手を掴んだ。ジェンシーが伸ばした手を僕の手が掴んだ。




 ”いまだ未分化の精神において、世界は全て自己である。”




 僕がまだ本当に小さかった頃、世界というのは自己のことだった。自己の中に全てがあった。それに少しずつ『境界』が生まれていって、『自己の中』は『自分』になり『自己の外』は『他人』になった。それでも親や、祖母や、姉といった家族ーーそこには特別な意味が残ったのだと思う。つまり彼女たちは、僕に『世界そのものを意味付けた』。


 りんごは『食べられるもの』

 地球は『丸いもの』

 僕は『僕』


 世界をどう見ればいいのか。それを知らず知らずの間に、彼女たちから与えられていた。


「なるほどね、だからあなたの『世界ダンジョン』のイメージは、私だったんだ」


 姉さんがーー僕の心の中に写し取られた『それ』がーー僕に言った。


「ダンジョンというのはイレギュラーズによって創られた異世界。心象世界の具現化ーーそう姉さんは言ったよね」

「そうよ。つまりあなたはそう思っていた」

「西の魔女の世界ダンジョンを知って、そうじゃないって気がついたよ」



「どういうこと?」


 いつの間にか傍にいたのはマオ達だった。


「もし誰かがーーすべて親の言う通りにしなければ、自分を認められなかったらどうなるだろう。もし誰かがーー『子供に自由はない』と決めつけられてしまったらどうなるだろう。もし誰かがーー『他人は自分を傷つけるもの』という認識を与えられたら……」


 サンジュの父親、パンツをかぶった少年が頷いた。


「もし他人が自分を傷つけるものなら……まわりを受け入れるのは難しいだろうね」

「僕たちと、僕たちの『世界』とは切っても切れないものなんだと思う。自分がつくった『世界』に、自分がつくられている……」


 たどり着いたダンジョンの深淵。

 それは小さな部屋だった。

 砕かれた人形。打ち捨てられた可愛い服。その母親に認められなかった、彼女自身の残骸の中に埋もれた小さな檻。もうここには、西の魔女の意識も届いてはいない。


 檻の中には小さなベッドと飾り気のない洋服棚。勉強机の上のプリント達。ベッドの上にはぬいぐるみを抱きしめた、暗い顔の幼女がいた。


「チヒロ……あれがもしかして……?」


 マオの問いかけに僕は頷いた。

 檻の扉にはひらがなで『ももか』と書かれていた。


「もも姉!」


 ジェンシーが檻に近づいていった。

 近づいてくる音に気がついて、幼女は慌てて机に向かった。

 どこかから見えない糸が、人形のように幼女を操っていた。


「もも姉! もも姉! 聞こえているんでしょ?!」


 檻にすがりついてジェンシーが叫んだ。幼女は耳を塞いだ。



ーーーーーーーーーーーー


 西の魔女が手を鳴らすと、部屋にモンスター達が大量に入ってきました。


「私はあなたたちを守りたいの!! どうしてわかってくれないの?!」

「違う……!」


 リュシンは強くかぶりを振りました。


「守るってのは、こういうことじゃない!」


 リュシンが西の魔女に向かって駆け出しました。しかしその頭を、トロールが掴み上げてしまいました。


「痛い! 放して!! 放してよ!!」

「あなた達は弱いの! それに何もわかってない! だから私が守るの! あなた達から……たとえ自由を奪っても!!」



ーーーーーーーーーーーー


 檻の中の幼女を、見えない糸ががんじがらめに締め付ける。幼女の体が人形のように変わっていく。

 いつしか幼女は涙を流していた。


「どうして……お母さん……」



ーーーーーーーーーーーーー


 西の魔女はいつか、涙を流していました。その涙の意味を西の魔女はわかりませんでした。


「違う……違う違う違う!! マオはあなたに守られるほど弱くない!! マオは誰かを、守れる人なんだ!!」



ーーーーーーーーーーーーー


「どうすればいいのかな、チヒロ。私たちは……あの人に苦しめられてきた。でも私……あの人のことを、助けたい」


 マオが言った。サンジュの父親も頷いた。


「苦しんでいる人のために、できる限りのことをする。それもまた勇気ってやつだよな、コーネリアス?」

「あなたはあなたよ、どんなときでもね」


 コーネリアスが微笑んだ。サンジュの父親達が檻に歩み寄った。

 ジェンシーが目を丸くして振り返った。


「え……たすけてくれるって言うの……?!」


 マオが頷いた。


「信じられない……だって……だって私たちは」

「罪を許したわけじゃない。少なくとも、僕はね」


 サンジュの父が言った。


「僕がここまで戦ってきたのは……僕には愛する人がいるからだ! 君を助けたいと思うのは! 君にも愛している人がいるとわかったから……僕たちが、一緒なんだとわかったから」


 マオがジェンシーの手を握りしめた。


「ジェンシー、私たちは、わかりあえるよ」


 ジェンシーが歯を食いしばった。涙が瞳に滲んだ。


「ほん……ほんとうに……?!」

「本当だよ」

「ほんとうの……ほんとうに?!」

「本当の、本当だよ」


 大粒の涙がこぼれ落ちた。

 以前見た、怒りをにじませた涙ではない。

 もっと純粋で、止まらない涙。

 その涙を見て僕は確信した。世界を変える力の存在を、強く感じた。


 『世界』をどう見ればいいのか。それはかつて僕たちに『与えられたもの』。与えたのは、『親』であり、『家族』であり、『他人』であり、『世界そのもの』……。それはいつか僕らの『世界』となっていた。自分自身でも、覆すことが困難なほど強固に閉じた『世界』になっていた。


 変えるのは、容易じゃない。

 それでもなお信じている。


「ジェンシー、西の魔女を救えるのは……君しかいない」


 ジェンシーは涙をぬぐった。ぬぐった涙を、涙がなぞった。


「ぼくは……ぼくはどうすればいいの」

「難しい言葉はいらない。心からの言葉を……ジェンシーが伝えたいことを」


 ジェンシーは頷いた。最後の涙のひとしずくが、水晶の鍵になった。

 ジェンシーはそれを握りしめた。檻にもう一度向かい合った。その鍵で、錠を開いた。


「もも姉、はいるよ」


 幼女が立ち上がり、怯えた目でジェンシーを見た。


「だれ?」

「ジェン・ジェン・ジェンシー。ここから出よう? もも姉」


 幼女がかぶりを振った。


「だめだよ……お母さんに、怒られる……」


 ジェンシーが、彼女を抱き寄せた。


「大丈夫。大丈夫だから。今度はぼくが、もも姉を守るから。それに……」


 檻にヒビがはいった。


「もも姉は、もうそのお母さんに負けるほど、弱くなんてないよ!」



ーーーーーーーーーーー



「守れる?! あなた達が?!」

「そうだよ!! 守れる……守ってみせる! ボクも、マオのことを!! 開け! 異界の扉!」


 トロールに持ち上げられた体勢のまま、リュシンは杖を西の魔女に向けました。リュシンの瞳と杖の宝石が、赤い輝きを放ちます。


「召喚呪文?! 魔法陣なしで?!」

「来れ、黄金の獣よ! 異形転送デモンポート!!」


 ゴールデン・レトリーバー(イギリス原産の大型犬)が、リュシンの目の前に召喚されました。西の魔女が目を丸くしました。


「いっ……いぬ?!」


 リュシンがポケットから百人力の『きびだんご』を取り出して、召喚された犬に投げます。


「おたべ!」


 それを食べた大型犬は、百人力かつ陶酔状態。しっぽが振り回されていました。


「リュシン・ヴァンデルクの名の下に命じるっ! 西の魔女に『じゃれつけ』!」


 大きく一鳴き、ゴールデン・レトリーバーが西の魔女に突進していきました。


「やっ……やだ! こないで! 止まりなさい! 『パラドックス オブ ゼノン』!」


 西の魔女に対する『攻撃』を永遠に減速させる能力、『パラドックス オブ ゼノン』。しかし犬は止まりません。


「なんでっ!!」

「あなたが犬に弱いっていうのは、チヒロから聞いてたんだ! それがあなたの弱点! そしてあなたの能力の弱点はーー」


 犬がしっぽを振りながら西の魔女にせまりました。


「やーーだーーーー!! こないでぇーーーーーーー!!」

「ーー『攻撃』しか止められないってことだった! ボクの賭けが当たっていた! あなたはじゃれつくその子を止めたりできない! その子は『すごい勢いでじゃれつこうとしているだけ』だよ!!」


 犬はついに西の魔女に到達し、彼女をその勢いで押し倒しました。



ーーーーーーーーー


 世界が揺れた。ダンジョンの中に、少年の声が響いた。


「マオっ!! 今だよ!!」


 マオはその声に、喜びをかみしめていたようだった。マオが僕を見て頷いた。僕はジェンシーに声をかけた。


「ジェンシー!」


 ジェンシーも頷いた。


「行こう! もも姉!」


 ジェンシーが幼女の手を引いた。


「でも」

「大丈夫だよ! 怖くなんてないから! ぼくがずっと、もも姉についてるから!」


 幼女はーー西の魔女はーージェンシーの手を握り返した。

 彼女が檻の外に足を踏み出した時、檻は砕けた。幼女理想郷ロリコンワンダーランドは崩壊した。






【次回の幼女ワールド】


世界の悪意が首をもたげ、最後の戦いが始まる。それでも証明できるはずだ。幼女ワールドの底力!


35「幼女ワールド」前編

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