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33「世界の果てとロリコンワンダーランド」その10

 そのとき僕を嵐が襲ったのだ。概念の嵐であった。だが誰の? 僕ではなかった。おそらくこれは西の魔女のーー。


 あまりのことに僕は立ち尽くしていた。立ち尽くすあまり自分が立ち尽くしていることすら自覚できなかった。どれほどそうしていたのか見当もつかなかった。一瞬だったような気もするし、永劫だったような感じもする。


 そこには一つの真理があったのだ。

 ”いまだ未分化の精神において、世界は全て自己である。”


 その意味において、原始、幼女は実に世界であった。真正の人であった。幼女性とは、万人に宿りうるものだった。


 古代インドにおいて前五世紀頃に成立した原始幼女教では、そのようには考えなかった。幼女性とは幼女にのみーーそれも限られたごく一部の修行幼女にのみーー宿るとされた。実際現在においても、上座部幼女教(小乗幼女という呼ばれ方もするが、これは大乗幼女側から見た蔑称である)の主流の考え方である。

 この考え方に対し、一切衆生が幼女として認識されうるとしたのが大乗幼女教であり、これが現代日本の主流となっている。『幼女問答』と呼ばれる有名な問答では次のように説明される。


  幼女すべてに幼女性はありや?  ーー然り。

  男の子すべてに幼女性はありや?  ーー然り。

  女性すべてに幼女性はありや?  ーー絵柄によっては然り。

  男性すべてに幼女性はありや?  ーー絵柄によっては然り。

  犬に幼女性はありや?  ーー擬人化すれば良し。

  萌え絵に幼女性はありや?  ーー愚問。


(『幼女問答』マリちゃんにその弟子チエちゃんが尋ねて曰く)


 このような日本人の考え方に対して、アメリカの著名な幼女研究者であるトゥインクル氏は次のように語っている。


「日本人は最終的に、その全てを幼女に変換してしまうようです。歴史上の偉人や兵器、神仏や邪神ですらも幼女になってしまいます。これは大変すばら……すさまじいことです。このような国は他にありません。『新約幼女』の教えをもっとも忠実に遂行している国家のように私には思われるのですが」


 トゥインクル氏はインタビューの最後を次のような言葉で締めた。


「幼女化できない概念など存在しないのだということを、日本という国を見ていると実感することができます」


 シュプレヒコールが鳴り止まない。

 一切衆生悉有幼女イッサイシュジョウシツウヨウジョ! 帰依キエ! 帰依キエ! 幼女理想郷ロリコン・ワンダーランド! アイ! アイ! 幼女ヨウジョ


ーーチヒロ!! 起きてってば! チヒロ!


帰依キエ! 帰依キエ


ーーチヒロぉ!! 起きてえ!!


 そのとき僕を衝撃が襲い、ヒリヒリとした頬の痛みに僕は目を覚ました。

 目の前にパンツ一丁のマオがいた。


「あれ……僕……何を?」


 マオが不安げな瞳で僕を見つめた。途端に僕も不安になった。


「わからない……急に倒れたんだよ。倒れて、なんかうなされてて……最後の頃には変なことも言ってた」

「変なこと?」

「『キエ! キエ! アイ! アイ!』って」


 やばいな。正気度(SAN値)だいぶ減ってるんじゃん。


「何を見てたの、チヒロ……?」


 僕は頭を押さえた。最初の頃は道筋だっていたような気もするが、途中であらぬ方向に脱線していたような……。思い出せ、僕。それがきっと、このダンジョンを攻略し西の魔女の心に迫るヒントなんだ。


「ええと……思い出せるのは……西の魔女の言葉なら思い出せる……『原始、幼女は実に世界であった。』」

「……どういう意味?」


 どういう意味だこれ?



 そのとき、僕は思い出した。この言葉につながるであろうひとつの言葉を。


「思い出した…… ”いまだ未分化の精神において、世界は全て自己である。”……これだ。これがこの世界なんだ。西の魔女の!」

「いまだ……え? どういう……」

「このダンジョンの全ては、西の魔女の心の投影……そうだとするなら、あの巨大な白い手はおそらく彼女の母親だ。そしてその白い手は、ダンジョンの表側で幼女たちを脱がしていた手とまったく似ていた。多分同じものなんだ。つまりどっちも魔女の手だ。虐げられた幼女たち、あの白い手に理不尽に砕かれる子供たち……あれは、幼い頃の彼女の姿なんだと思う」

「すべて……西の魔女……?」


 そう言ったマオが目を見開いた。マオが自身の腕に目を向けた。その腕は白く、光沢を帯びていた。人形の腕になっていた。


「なに……これ……」


 気がつくと僕らは、壊れた人形がうず高く積まれた人形の丘の中腹にいた。僕は膝まで、マオは腰までそこに埋まっていた。上空には先ほどまでいた人形の町が広がっていた。そこから壊れた人形の欠片や、協会の破片が舞い落ちてきていた。

 おおい、と丘のふもとから声がした。見ると三人の小さな人影が、人形の丘を登ってきていた。


「マオ・クエスタ! よかった! そっちも無事だったみたいだな!」


 一番左の、スク水を着て頭にパンツを被った少年が言った(なんでパンツ?)。右端にはメイド服を着た……男の娘?がいた。その二人が、真ん中のエプロンを着た少女に肩を貸していた。

 彼らが近くまで来ると、エプロン少女が全く足を動かせていないことがわかってきた。


「コーネリアス?! どうしたの? 何があったの?」


 マオが尋ねた。


「わからないの……急に足が……人形みたいに……」


 マオが左手でエプロンを少しめくった。彼女の足は根本付近まで人形のように変質していた。


「僕たちも、一部が人形に変わってしまった。ところで、そちらの……イレギュラーズは?」


 パンツを被った少年が言った(なんでパンツ?)。


「チヒロだよ。私たちの仲間」

「チヒロっていうのか。僕はアーサー・モンモン。よろしく! あっ、パンツは気にしないでくれ。この世界のルールをよく理解してなかった頃に被ってしまってね。外せなくなってしまったんだ」

「えっ……なんでそもそも被ったんだ?」


 マオが「あっ」という目で僕を見た。

 はあ、と真ん中の少女がため息をついた。


「馬鹿なのよこの人」


 ん? 待てよ? パンツ?


「もしかして……サンジュちゃんの父親ーー」

「サンジュを知っているの?!」「サンジュを知っているのか?!」


 パンツの少年と、その隣の少女が食い気味に言った。してみると、少年が父親であるのは間違いないとしてーー


「サンジュってのは、この二人の娘なんだ」


 メイド服の少年が言った。


「僕たちは、彼女に会ったんだよ。ここに来る途中の村で」


 マオも頷いた。


「サンジュは……大丈夫だった? いじめられたりしてなかった?」


 少女が尋ねてきた。少女が頭をあたふたとさせた。


「サンジュは……サンジュは、えっと」

「大丈夫だよ!」


 マオが少女の肩に左手を置いた。人形になった右手はだらりと、力なく揺れていた。マオはちらりとその右手に目を向けたが、かまわず少女に目線を戻した。


「サンジュちゃんは、立派に村を守ってる! あなた達の帰る場所を守ってる!」


 パンツを被った少年が、少女の肩を抱き寄せた。


「……君に似たんだ」


 あなたにも似てるよと思いながら、僕は少年のパンツを見た。パンツ癖の元凶か、こいつ……。そう思うと、頬が緩んだ。つながっているんだ。そしてつづいていく。パンツをかぶる変な癖も、誰かのために戦える勇気だって。

 そう誰かのためにーー


「ーー君もそうなんだろ、ジェンシー」


 人形の山の山頂に目を向けた。降り注ぐ破片は本当に小さな破片になって、まるで本当の雪が降り注いでいるようだった。ジェンシーが僕らを見ていた。

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