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32「世界の果てとロリコンワンダーランド」その9

 あるべき場所にあるべきものがないのは誰だって恐ろしいはずです。

 足がつく場所がなく、どこまでもどこまでも沈んでいくのです。何度もがいても、光ははるか上方へと逃げて行ってしまう。マオは必死に自分に言い聞かせました。


ーーここはダンジョンなんだ。


 西の魔女の心が作り出した超現実。今マオがいるのは、幼い日のマオの命を奪おうとした昏い海ではなく、あくまでも人間の心の中。底は必ずあるはずだし、そこに西の魔女の秘密があるはずだーー


 マオは恐怖から逃げるように、あえてさらなる深みへと自ら潜って行きました。鈍い光が見えてきました。光を抜けるとーー


 噴水からマオは飛び出しました。不思議と体は濡れていません。目の前に広がっていたのは、先ほどまでと変わらない街並みでした。

 円形の広場の中央にある噴水からマオは出てきたようです。


 しかしあたりに変態パンツ仮面やコーネリアス、メイド服男の娘の姿はありませんでした。それどころか、人気ひとけというものがまるでありませんでした。


ーーここじゃないかもしれない。


 マオは思いました。


ーーここであって欲しくない。


 マオは振り返りました。そこには噴水がありませんでした。いえ、あることにはあるのですが、水が枯れて基礎の石が露出していました。石は湿ってすらいませんでした。


 マオは走り出しました。


「誰か! 誰かいないの?」


 向こう側から幼女の二人組が歩いてきました。どちらも可愛らしい服を着て、何か談笑しながら近づいてきていました。


「あの! ここはいったいどこなの?」


 マオが話しかけました。


「このあと、ももちゃんちにいっていーい?」「うんいいよー。おままごとしてあそびましょう」


 二人はマオを一切無視し、あやうくぶつかりそうになりました。マオは去ろうとしていた幼女の腕をとって引きとめようとしました。


「ママにおままごとセットをかってもらったのよ」「いいなーももちゃん。ぱとりしあもつれていっていーい?」


 マオが掴んだ腕が肩のところでポッキリ折れて、それでも幼女たちはおかまいなしに進んでいってしまいました。マオの手に幼女の腕が一本残りました。


「いやぁっ」


 あわてて離した幼女の腕が、地面に落ちて砕けました。断面は水晶でした。


 地面に影が落ちました。マオが跳ねるように上を見ると、そこには巨大な手が浮かんでいました。しかしその手は真っ白で、人の腕ではないみたいでした。


「ダメじゃないの桃香。今日は算盤そろばんの日なんだから、こんなもので遊んでいる時間はないのよ……」


 真っ白な腕が歩いていく幼女達をつかみ上げて、握りつぶしてしまいました。薄氷が割れていくような音が響き、結晶の粉が降り注ぎました。


「いやっ……いやぁぁぁぁあぁあ」


 マオは慌てて逃げ出しました。

 背後からは幼女人形が壊される音が響いています。

 音から逃れるように、マオは重たそうな扉の建物に逃げ込みました。そこはおもちゃの教会でした。幼女の信者達が、教会の席で手を握りあわせています。神父幼女が壇上に立ち、演説を始めました。


「いいですか。われわれようじょは、かくもよわいそんざいなのです。なにもできないのです。あたまもよわいのです。だからおとなにほごされなければならないのです。じぶんでものごとをきめてはならないのです」


 信者が手をあげました。


「ふくもですか」


 神父幼女はよどみなく答えます。


「ふくもです。かわいらしいふくなど、きてはいけません。おとこにこびてはならないのです」


 信者が手をあげました。


「あそびもですか」

「あそびもです。いいですか、あそんでいるひまなどないのです。それではりっぱな、はたらくじょせいにはなれないのです。すべては、ははなるかみのしめすとおりにしなければなりません」


 マオは困惑しました。


ーー何をとんちんかんなことを言っているのだろう、あの子は。


 近くに行って、一言言おうとマオは歩き出しました。

 マオのすぐ前方で、一人の幼女が立ち上がりました。


「なにかいいたいことがあるのですか、ももかさん」

「……みんなかわいいふくかってもらってる……たのしそうにあそんでる……わたしだけ……。なかまはずれなのわたしだけ……」

「それはまわりの親がバカなのよ」


 巨大な声が響きました。抗議していた幼女が、びくりと体を震わせました。教会の屋根が白い手によって外されました。


「いい? 桃香。あなたは他の人より頭が悪いんだから、他の人より勉強しなきゃいい中学校には行けないのよ。こんなことで遊んでいる暇なんてないの」


 白い手が、教会内の幼女をつかまえてはこれ見よがしに握りつぶしていきました。白い手は抗議していた幼女にも伸びました。彼女をがっしりとつかみ上げます。


「やめて……やめてよお母さん……」

「あなたのためなのよ」


 白い手に力が込められました。幼女の体にヒビがはいりました。マオが思わず叫びます。


「やめて! やめなさい! やめろおおおお!!」


 幼女は握りつぶされて、足の先端と首だけになって地面に落下しました。それも落下の衝撃で砕けました。

 マオが拳を握り締めます。白い巨大な手をにらみつけます。


「なんなの……?! あなたはいったい何なの! なんでこんなことができるの! なんでそんなことをするの!?」

「あなたも桃香に悪影響を与えようとしているの……?」


 白い手が握り込まれました。マオは殺気を感じて横に飛び退きました。


「邪魔よ……!」


 白い手が振りかざされました。おもちゃの教会の壁がたたき壊されました。マオは慌てて壊れた壁から教会の外へ逃げ出しました。白い手はマオを追ってきました。


「あの子には自由に生きて欲しいの! そのためには女の子でも、ちゃんと勉強して、いい学校を出ないとだめなのよ!」


 そう言いながら、白い手は巨大な鉄柵をマオの進行方向の道に突き立てました。マオは慌てて方向転換し、横道に逸れます。


「わかんないよ! あなたの言ってることが、ぜんぜんわかんない!!」

「あんたみたいな『子供』にはわからないわよ!! でもいつかわかる日が来るわ!」


 そう言ってまた、巨大な鉄柵がマオの進行方向を塞ぎました。マオは袋小路に追い込まれました。


「さあ……あなたも片付けないと……」


 マオは鉄柵をよじ登って逃げようとしました。その背中に白い手が差し迫ります。マオは振り向き息を飲みました。手まではわずか1メートルもなかったのです。慌てて登るペースを上げようとしました。しかし間に合いそうになく、マオの足にその手が触れてーー


「ーーこんなことのどこがっ……自由だっていうんだよ!!」


 マオは聞きました。彼女が思いもよらなかった声を。振り返ると、そこに学ランを着た少年がいました。学ランという名前を当然マオは知りませんが。


 少年は、白い巨大な手を両腕で押さえ込んでいました。



ーーーーーーーーーーーーーー


 ダンジョンの中を飛び回りながら探して、ようやっと僕はマオの所へ辿り着いた。辿り着いてみたらどうだ、巨大な手にマオが襲われているじゃないか。しかも、どうにも納得いかない道理でだ。

 止めたいと思った。


 そしたら止まっちゃった。止められるとは思っていなかった。

 巨大な二つの手と、僕の小さな両腕が拮抗しているのだ。


「姉さん! もしかして僕今そうとう強くなってない?!」


 興奮気味に姉に呼びかけた。僕の隣でぷかぷか浮いている半透明の姉が頷いた。


「この世界そのものは西の魔女のダンジョンだけど、あなたのまわりだけはあなたの創り出したダンジョンだからね。あなた自身の心の力が反映されるわ」



 僕は両腕に力を込めた。そして確信した。目の前のこいつを、ぶっとばせる! 来たぞ僕の時代!!


「こういうことがやりたかったんだぁーーーー!!」


 僕は思いっきり腕を押し込んだ。白い手が勢い良く、虚空の彼方に帰って行った。



ーーーーーーーーーーーー


 

「ジェンシー……ジェンシー!!」


 階上から西の魔女の声が響いてきました。その声をきいたジェンシーは、あわてて最上階の玉座の間に向かいました。


「どうしたの?! 桃ねえ!」

「変なのよ……なんか変なのよぉっ」


 西の魔女は玉座の上で、膝を抱えて震えていました。尋常ならざる顔色でした。ジェンシーがかけより、彼女の肩を抱き寄せます。


「怖いの……不安なの……なんで? なんでこんな……何が起きて……」

「落ち着いて! 落ち着いて桃ねえ!」


 西の魔女が潤んだ目でジェンシーを見ました。

 ジェンシーはどう返せばいいかわかりませんでした。何が起きているのかがわからなかったのです。どうすれば西の魔女を救えるかがわからなかったのです。


「戦ってるんだと思う……西の魔女の、ダンジョンの中で」


 玉座の間の入り口に、一人の少年がたどり着きました。

 ジェンシーが声の主を見て、失望とも安堵ともつかない声を漏らしました。


「リュシン……どうして」

「あれだけ声が響けば、なんとなく道もわかるよ……」


 西の魔女が顔を上げてリュシンを見ました。


「戦ってる? 私の中で……?」

「ダンジョンの中は、あなたの心そのものだよ。心の中で起こってることは、心の外側にも影響する……マオと……チヒロは、あなたの心の中で戦ってる……んだと思う。あなたの心、そのものと」


 ジェンシーが西の魔女の顔を驚いた顔で見つめました。


「チヒロ……あのイレギュラーズ?! ダンジョンに侵入してたの?!」


 状況を察した西の魔女が、さらに泣き出しそうな顔になりました。


 リュシンは玉座に向かって歩き始めました。

 ジェンシーが彼をにらみました。


「こないでよ……こないでよリュシン!」

「でも行くよ! ジェンシー! 僕はマオを助けたいんだ! マオが助けたい人たちのことも!」

「これ以上来るなら、戦わなきゃいけなくなっちゃうでしょ! 止まってよリュシン!!」


 ジェンシーの叫びは、最後は懇願になっていました。西の魔女は、そっとジェンシーを抱き寄せました。彼女自身泣き出しそうな顔ではありましたが。


「……あの子は私と戦いに来てるんだから……私が戦うよ、ジェンシー……」

「でっ、でも桃ねえ!」

「ジェンシー……だから代わりに私を助けて……ダンジョンの中で……それはあなたにしか頼めないことだから……」


 そう言って西の魔女はジェンシーを抱きしめたまま呟きました。


幼女理想郷ロリコンワンダーランド


 小さく広がった桃色の空間が、ジェンシーを飲み込んで消えました。

 一人だけになった西の魔女は、涙を拭って立ち上がりました。


「悪いけど、私はあなたに負けられない。いいえ……誰にも負けるわけにはいかない! この世界は危険で……この世界の人間はみんな幼すぎて……だから私が創り上げるのよ!! 理想郷を! そのすばらしさ! あなただっていつかわかる日が来るはずよ!」

【次回の幼女ワールド】


ロリコンワンダーランド最深部が姿を見せる。マオは、チヒロは、ジェンシーは、そこに何を見るのか。


次回 33「世界の果てとロリコンワンダーランド」その10


しっかり見つめなきゃダメなんだ。あなたを不自由にしているのがーー本当は誰なのか

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