31「世界の果てとロリコンワンダーランド」その8
「まずはどうする?」
「まずはあの巨大な手にまた捕まって、服を着るよ。さすがにこれじゃ歩き回れないし……」
マオはそう言って、片手で胸を隠したまま大通りに出て行きました。
街を歩いていたロリの憲兵がマオに気がついて近づいてきました。
「はだか?」「はだかなの?」「ぱんつまるみえよ」
マオは赤面しながら巨大な手を待ちました。物陰からレジスタンスのメンバーが固唾をのんで見守ります。マオに同行しているのは、レジスタンスリーダーであるスク水変態パンツ仮面少年・その妻コーネリアス・メイド服の男の娘の3人です。
「もったいない。あのままのかっこでも十分魅力ぐえっ」
スク水変態パンツ仮面が隣にいたコーネリアスに首を絞められました。
上方の虚空から巨大なる手が影を落としてきました。その右手は握りしめられた状態で、親指だけが立てられていました。
サムズアップです。古代ローマにおいて、満足できる、納得できる行動をした者にだけ与えられる仕草でした。
マオに「満足したよ」と無言で告げた巨大な手は、そのまま何もせずに虚空に帰って行きました。
「なんでっ!!」
マオの悲痛な叫びがこだまします。
憲兵たちがマオに興味を失い、歩き始めました。
「いこ」「そーね」「さんぽのつづきよ」
憲兵たちが去って行ったのを見計らい、マオは指先だけで隠れているメンバーを手招きしました。
一瞬躊躇したレジスタンスのメンバーでしたが、リーダーであるスク水変態パンツ仮面少年が先陣をきりました。
「出てきてよかったのかい? 僕らも」
「大丈夫だよ。私たちは思い違いをしてたみたい」
遅れてコーネリアスとメイド服の少年がやってきました。コーネリアスは首をかしげました。
「思い違いって?」
「うん、つまりね、私たちが憲兵って呼んでいたあの子たち……あの子たちは別に、監視のために歩いているんじゃないってこと」
「バカな」
メイド服の男の娘が首を振りました。
「あの子たちに見つかったせいで、何人ものレジスタンスがおもちゃの家に押し込められた。しかも悪いことに、あの巨大な手によって強制された行動は自分ではやめられないんだ」
「たしかに、あの子たちは『この世界のルールから外れたもの』は見過ごさない。でも監視してるわけじゃないんだってさっきわかった。あの子たちは散歩してるだけなんだよ」
「散歩?」
「西の魔女はきっと、私たちにこの世界で『普通に暮らすこと』を望んでる。あの子たちもそうだよ。『普通に』散歩しているだけ。西の魔女の期待通り動く限り、誰も私たちには手出しできないはずだよ」
スク水パンツ仮面があごに手を当てながら考え込みました。
「ええと……つまりこういうことかい? 歩くんなら大通りを……堂々行けばいいってことか?」
はたして予想は的中しました。大通りを歩き始めたマオたち4人はその後何度か憲兵たちとすれ違いましたが、全く問題なく行動することができたのです。
「いいおてんきね」
コーネリアスが引きつった笑顔で返しました。
「い、いいお天気ね」
「それでは」
去っていく憲兵をチラチラとかえりみながら、スク水少年が感心したように言います。
「いや、うまくいくもんだなぁ」
「私たち、今まで隠れるか逃げるかしかしてなかったからね……」
確かな手応えを感じながら一行は進みます。
そのうちに十字路に差し掛かりました。
「目指す場所は中心……でいいんだよな?」
「うん」
世界の端の壁ではなく、あくまでも中心。これもマオが言ったことでした。マオはダンジョン『幼女理想郷』の秘密はその中心部にあると考えたのです。
中心部にたどり着くのにさほど時間はかかりませんでした。実際邪魔さえ入らなければ、大した距離ではないのです。中心部には噴水があり、その噴水を囲むように円形の広場が広がっていました。広場からは各方向へと道が伸びていました。
広場には石が敷かれ、その外縁部分には木が植えられています。木陰のベンチではパンなどを食べている憲兵幼女の姿もありました。
「何もないように見えるがな」
メイド服男の娘が言いました。
「やっぱり壁の方に秘密があるのかしら?」
「そうなのかな……」
「まあ、さっきと同じ散歩作戦なら壁の方にも戻れるんじゃないか?」
スク水変態少年が噴水に近づいて行きました。なんの変哲もない噴水です。中心から湧き上がった水が、段々になった石に薄い水の膜を張っています。
「中心……噴水……」
呟きながら水に手を突っ込みました。水面に突っ込んだ手が、水に漬かった部分だけ見えなくなりました。スク水変態少年はあわてて手を引き抜きました。
「んなっ……」
少年の声に気がついて、マオ達が彼を見ました。
「どうしたの?」
「この中だ」
「何が?」
「この中だよ! きっと!」
少年が改めて、顔を水に突っ込みました。
マオたちもそれに続いて、そして皆慌てて顔を離しました。
彼女達に見えたもの、それは底の見えない水でした。
どこまでも落ちていってしまいそうな仄暗い異界でした。
「や……やだ……」
マオは震えながら後ずさりました。足がつかない水、それはマオがトラウマとするものでした。まして底が見えないとなれば、誰であっても恐怖するでしょう。実際、スク水少年以外は噴水から少しだけ離れました。
「行こう。この中へ。西の魔女の秘密は、きっとこの中にある」
「怖くないの? アーサー……」
コーネリアスが彼に問いました。
「怖いよ。でも行けば、みんなを解放できるかもしれない……そうなんだろ? マオ・クエスタ……」
マオの足が震えだしました。
怖かったのです。目の前にあるものが。そして同時に、「自分が行かねばいけない」ということがマオの心を急かしていたのです。マオはしばし言葉を失ってしまいました。
マオの決断を、ダンジョンは待ってはくれませんでした。
広場の片隅にいた幼女憲兵たちが近づいてきたのです。
「なにしてるの?」「そんなところでなにをしてるの?」「ダメだよ、そんなところにちかづいたら」
円形の広場の全ての方向から、幼女憲兵が包囲網を狭めてきました。
「いいつけちゃうよ」「おかあさんにいいつけちゃうよ」
「逃げ場がないぞ……アーサー!」
メイド服男の娘が辺りを見回しながら言いました。
「ああ……けどこれは、逆にこの噴水で正解だってことじゃあないか?」
上空から、巨大な手が三たび迫ってきました。
「時間がないな! 先に突入するよ!」
スク水変態少年が率先して噴水に飛び込みました。その姿は綺麗に消えてしまいました。
「あっ、待ってアーサー!」
妻であるコーネリアスが後に続きました。
マオは体を震わせていました。巨大な手がすぐそこまで迫っていました。
「大丈夫か?! 時間がないぞ!」
メイド服男の娘が焦りながら言いました。
マオはーー
広場に甲高い音が響きました。
マオが自分の両ほほを、自分の両手で叩いたのです。
「動かなきゃダメだよっ! 怖がってちゃダメだよ! 心を強く持て、マオ・クエスタ!」
マオは自分に向かって叫びました。
そしてしっかりと噴水を見つめました。
「うん! 行こう!」
マオは走り出しました。そして振り切るように噴水の中に飛び込んでいきました。メイド服男の娘が赤面しながらそれに続きました。
なぜ彼が赤面していたか?
いやだってねえ……マオはパンツ以外身につけていなかったわけでして……その状態で両手を自由に動かしたら……。
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