29「世界の果てとロリコンワンダーランド」その6
私はずっと「いい子」だった。
学校の成績は良かったし、思い出せる限り反抗期のようなものもなかったと思う。たいていのことはお母さんの言うとおりにしてきた。お母さんは私より頭がいいし、たいていは正しいんだーー
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暇だ。
ことのほか暇だ。
部屋に閉じ込められてからどれほど時間が経ったのだろう。たいして経っていないのかもしれないし、結構時間が経ったのかもしれない。いかんせん時間経過を知るためのものが少なすぎる。部屋の中には窓なんてないし、僕自身も時計なんて持っていない。時計を持っていないというか、全裸に薄手の布が1枚かけられているだけにすぎない。
神の視点!
視点を自分の体から切り離した。倉庫の鉄の扉をすり抜けて外に出る。薄暗い石レンガの廊下が左右に広がっていた。やはりこの廊下にも窓がない。視点を切り離せる限界(10メートルほど)まで伸ばしてみたが、変わり映えのしない廊下が続いていた。
おや?
小さな影が視界の果てで動いていた。
黒いローブを身にまとい、フードを顔にもかけているため分かりづらくはあったが……間違いない。あれはーー
「リュシン!」
気がついたはいいが、大声は出せない。大声を出せばリュシンの存在が周囲にバレてしまう。それは避けたい。どうしたらいい? 考えろ僕。違和感なく僕の存在をリュシンに伝えるために。リュシンはこちらに気がつかずに立ち去ろうとしていた!
その時、生命の大車輪的なものが僕の直感をプッシュした。
「ワォーン」
僕のモノマネレパートリー10のうちのひとつ「犬」! 姉さんにも「無駄に似ている」と言わしめた犬の鳴き真似が火を噴くぜ!
僕の渾身の祈りが届いたのか、リュシンがこちらに走ってきた。十分に近づいたのを見計らって、僕はリュシンに呼びかけた。
「リュシン! こっちだ!」
リュシンが僕の閉じ込められている部屋の前まで来た。もういいだろう。僕は神の視点を解除した。
「チヒロ! この部屋の中にいるの?」
「すまない、閉じ込められたみたいなんだ。外から開けられないか?」
「無理です……錠で閉じられちゃってるので……」
まあ仕方がないか。鍵をかけられたことはわかっていたしな。
「あまり時間がありません。手短に話します」
「時間がない?」
「見回りが来るのは時間の問題だと思うので……」
「そうなのか……けっこう頑張って犬っぽい声を出したんだが……」
「あ、やっぱりさっきの声って犬の真似だったんですね。でもこっちの世界に犬はいないので」
あっ。
「ごめん……」
「だから手短に話します。マオがダンジョンにとらわれたのはわかりますよね」
「それはな」
僕は頷いた。
「それを今から助けます。マオだけじゃなくて、囚われた人全てを」
「そんなことができるのか?」
「チヒロにも協力してもらえれば、できます」
リュシンが続けた。
「ダンジョンというのはそもそも、精神世界の具現化なんです。だから精神的な動揺で破ることができるんです」
「えっ……それだけ?」
それぐらいだったらずいぶん簡単そうに聞こえるが……。
「それだけです。だけど……本人とダンジョン内部、その両方に同時に働きかけないといけません。今はダンジョンの外に本人がいるので、ダンジョンの中と外両方から働きかけないとダメなんです」
中と外……その両方を攻略しなければいけないのか。外はまだわかるとして、内部の動揺ってのはどういうことなんだ?
「ボクは今から西の魔女にダンジョンをかけられに行ってきます。それで中に入り込みます。だからチヒロは、現実世界で西の魔女を動揺させて欲しいんです」
「もし……西の魔女がダンジョンをかけなかったら?」
「マオも中にいるから……このことはマオも知ってるので、そのときは外から働きかけるしかないです……」
中のマオを信じて、外側から働きかけ続ける。確かに、西の魔女がダンジョンを使わなければそれしかない。精神の内側のことはマオに任せるしかない……?
ちょっと待て、と僕は思った。
何かもっと良い策があるような気がする。リュシンにしかできないこと……僕にしかできないこと……。
「それじゃあボク、行ってきます」
「待って! リュシン!」
引き止めた。そうだ、僕にはやるべきことがあった。ジェンシーを救うために。マオを助けるために。僕は西の魔女のことを知らなければならないんだ。
「リュシン……ダンジョンには、ダンジョンだ」
僕の直感が、今度こそ正しいことを願う。
ーーーーーー
カッカッカと廊下に音がこだました。来たな、と僕は顔を上げた。足音は扉の前で立ち止まった。
「あんたをどうしたらいいのか、結局私にもよくわかってないのだけど……」
西の魔女が扉越しに言った。
「まあずっと、そこに閉じ込めておいても私は構わないけどね」
「あのーー」
僕は彼女に声をかけた。声が上ずった。何故かはわからないが、緊張する。
「僕の名前は花ヶ崎千洋と言います」
「……は?」
西の魔女が沈黙した。おそらくはこちらの意図を図りかねているのだろう。僕だって正直、バカだと思う。だが続ける。
「16歳で……ええと、高校1年です。乙女座のA型で……姉が1人います」
「えっ……何急に……怖いんだけど」
「謝罪のつもりです。申し訳ないと思って……」
「何に対する謝罪よ……パ……パンツ見たこと……?」
それもあった。でももっとなんだ。
「……ジェンシーを助けたい」
「何よ急に。ていうかなんであんたが?」
「知ってしまったからです。あの子が村から追い出されて……殺されそうになったってこと」
そうだ。あの光景を覗き見てしまった以上、僕は後戻りができない。知ってしまったからには……。
「だから、ジェンシーを助けるために、僕はあなたのことが知りたい」
「……は? 何?! 何で!?」
「僕は……知らなきゃいけない! 西の魔女って呼ばれているあなたのことを! そ、それを……あなたが望まないとわかっていても!」
僕は覚悟を決めた。
僕の傍に、僕の姉さんが現れた。僕の能力の管理者としての、イメージとしての姉にすぎないがーーそれでも行くよ、姉さん。
「ちょっと待って! あんた何する気なのよ!」
「心世界行!」
僕の能力が、西の魔女を捉えた。
【次回の幼女ワールド】
西の魔女のダンジョンの中でチヒロはマオたちと合流する。目指す場所はダンジョンの深部。立ちふさがるのは西の魔女なのかーーそれとも……?
一方のリュシンに迫る、モンスターたちの包囲網。戦闘能力のないリュシンは西の魔女の元までたどり着けるのか。
次回 30「世界の果てとロリコンワンダーランド」その7
クライマックスフェイズが始まる!
(次回の投稿は1月1日です。年内に完結すると言ったな。あれは嘘だ)




