28「世界の果てとロリコンワンダーランド」その5
マオの上着は瞬く間に剥ぎ取られてしまいました。もはやマオに残された衣服はパンツだけです。巨大な右手が、虚空から紺色の衣服を降ろしてきました。マオは知る由もありませんがそれは『スクール水着』と呼ばれる服なのです。そしてそれを着せようとする巨大な腕にとって、マオに残された最後の砦すら邪魔になるのでした。
巨大な右手がマオの桃色の砦に手をかけます。
「やめて……もうやめて……」
マオが呟きました。その呟きにはもはや、抵抗する力も残されていませんでした。
「やめろっ! そのパンツに手をかけるな!」
少年の声が轟きました。マオが声のほうを見ると、スクール水着(女の子用)を着用し、目深にパンツを被った少年が走ってくるではありませんか。
マオは恐怖しました。
変態が迫ってきます。
巨大な右手が変態を指さしました。それを確認した虚ろ幼女たちが変態の確保に動き出しました。その包囲網を変態少年は変態的機動力でくぐり抜けると、剥ぎ取られて地面に落ちた衣服を拾い上げて、ついでに虚ろ幼女が確保していた誉め殺しの魔剣も強奪していきました。
「悔しかったらついてきてみろ! ビックハンド!」
変態少年は巨大な手を挑発すると、来た方向とは逆方面に走り去って行きました。巨大な手がマオを地面に丁寧に戻し、少年を追いかけて行きました。少年はすぐに路地裏に入って見えなくなりました。
虚ろ幼女が街角にあったおもちゃの電話ボックスに入りました。
「ようぎしゃはだんせい、130センチメートル、かみはくろ、きんにくもりもりパンツマンのへんたいだ」
街に警報が鳴り始めました。マオは左手で胸を隠しながら立ち上がり、辺りを見回しました。
物陰から、1人のエプロンの少女が現れました。
「こっちです! はやく!」
エプロン少女の手招きする路地へマオは滑り込みました。家と家の間の狭い路地。といっても、左右の家の壁がないのでどことなく妙な空間でした。
両側の家にいた幼女たちがマオの姿を見てこそこそと呟きます。
「パンツだ……」「やられたんだ……」「強制脱衣だ……」
エプロン少女が走っていきます。マオはその後を追いました。
少女もマオも息を切らし始めた頃、やっと目的の場所にたどり着いたようです。少女が物置小屋のドアを開けると、そこには地下への階段が隠されていました。
「この下よ」
階段を降りると、そこは広くて薄暗い地下室でした。石の壁から水が滴り落ちる音が響いていました。地下空間の中には、可愛らしい服に身を包まれた厳しい顔の幼女が何人かいました。厳しい顔の幼女を、マオは4人ほど確認しました。
「……剥かれているところを見ると……新入りか?」
壁際のメイド服幼女が言いました。声は完全に男でした。
「あの……あの人もしかして……」
「彼は男よ」
「そうだよね……」
マオが両腕で胸を隠しました。
「ごめんなさいね……。何かかけてあげたいのは山々なんだけど、この世界ではそれもできないから……」
エプロンの少女が肩をすくめました。
「ここは……西の魔女のダンジョン?」
「そうよ。武器を持っていたところを見ると、あなたは西の魔女を倒しに来た冒険者といったところなのかしら?」
「うん、そうだよ。あなたも……?」
エプロン少女はかぶりを振りました。
「それは夫のほう。私は囚われちゃっただけよ」
少女が右手を差し出しました。
「挨拶が遅れちゃったわね。私の名前はコーネリアス・モンモン。それからここはレジスタンスの秘密基地よ」
「マオ・クエスタ。冒険者だよ」
マオも右手を出して握手を交わしました。
「レジスタンス?」
「そう。このダンジョンに囚われた人を脱出させたり、あなたみたいに強制脱衣された人を保護したり……」
「脱出……できるの?!」
「可能だわ。いや……」
エプロン少女が声を落としました。
「『可能だった』わ」
ドアの開く音がました。皆が階段の上の方を見ます。
「昔は警備がざるだったからね。逃げるのは比較的簡単だった。あの木材の壁を越えることができれば、元の世界に戻れる」
階段の上から、スク水パンツ仮面変態少年がおりてきました。
「へ……へんたいがきた……」
マオが呟きました。
「ごめんなさいね……」
エプロン少女が恥ずかしげに言いました。マオはエプロン少女の方を見ました。
「なんであなたが謝るの?」
「うちの夫なのよ……あれでも……」
壁際のメイド服男の娘もため息をつきました。
「それからレジスタンスのリーダーでもある。あれでもな……」
スク水パンツ仮面変態少年がマオに近づいてきました。
マオは後ずさりたい気持ちを必死に抑えて、彼と向かい合います。
「これは隠しておいたほうがいい」
スク水パンツ仮面変態少年が抱えていた荷物をマオに差し出しました。
「あっ! 私の服!」
「帰るときにいるだろ?」
マオは変態から服を剥ぎ取りました。服の上には誉め殺しの魔剣も乗っていました。
マオは変態少年のパンツに隠れた顔をちらちらと見ます。
「あ……ありがとう……」
「どういたしまして。あっ、パンツは気にしないでくれ。この世界のルールをよく理解してなかった頃に被ってしまってね。外せなくなってしまったんだ」
ーーなんでそもそも被ったんだろう。
そうマオは思ったのですが、口には出せませんでした。
「この世界のルール……?」
「武器や防具は、この世界の中では本来の性能を発揮しない。剣では何も斬れないし、鎧は布みたいな耐久力になってしまう。外から持ち込んだ服は一度脱がされたら二度と着れない。逆にこの世界の服を着てしまったら、二度と脱げなくなる」
「それが……西の魔女の呪いの正体?」
変態少年が頷きます。
「さっき言ってた……『逃げることは可能だった』ってのは? 今は逃げられないの?」
「さっき君を囲んでた人形じみた幼女たちがいただろ? 僕たちは憲兵と呼んでいるんだけど……あいつらが異常に増えた。憲兵は常にダンジョン内を監視してる。特に壁の付近ではね。憲兵に見つかれば、必ずあのでかい手がやってくる……」
マオは自分を摘み上げた巨大な手を思い出し、震えあがりました。
「これからどうすればいいかというのは、正直僕もよくわかっていないんだよ……」
マオは自分の服を抱きしめました。今ここにいない人に思いを馳せます。
「あるよ。やるべきことがある……」
マオは言いました。
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僕が連れ去られたのは古い石レンガ造りの城だった。崖の上にそびえ立ったそれは、まさに難攻不落の魔王の城塞といった趣だ。
その迷路のような最下層をぬけ、上層階に入ってすぐの倉庫のような狭い一室に僕は押し込められた。
「桃ねえにあなたをどうすればいいか聞いてくる」
ジェンシーが言った。僕という荷物をおろして身軽になった狼男が、ジェンシーに話しかけた。
「すこし出かけてきていいか?」
「は?」
ジェンシーが狼男を見た。
「いいけど? どこへ?」
「ヤボ用だよ」
そういうと狼男は去っていった。ジェンシーも部屋を出て行った。部屋の扉が閉められて、外から鍵が掛かった音がした。
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少年の手の中で、指輪がかすかに赤い光を放っていました。小さな一条の光が、岩山の上を示しています。もう片方の手には巾着袋が握られていました。伝説の能力増加食品「きびだんご」です。
目の前には壁のごとき傾斜の石の山がそびえ立っていました。
「待ってて……マオ」
少年は木の蔦で杖を体にくくりつけると、きびだんごを一口だけ口に放り込みました。
次回の更新は明日です!




