25「世界の果てとロリコンワンダーランド」その2
雨の降る砂利道。遠くに見えている岩山。
砂利道の彼方から、赤髪の少年がこちらに向かって歩いてきていた。
「ついてこないでよ」
赤髪の少年が、彼を助けた女性・西の魔女の方を振り向いて言った。
「そんなわけにはいかないでしょ! だいたい私一人でどうしろっていうのよ。ここがどこなのかも全然わからないのに……」
西の魔女……は全然魔女という雰囲気ではなかった。ただの真面目そうな、スーツ姿の女性だった。
「そ、それに……あんたを放っておけるわけないでしょ? あんなにみんなにひどいことを言われて……」
「だから村長に言われたでしょ! ボク一人で行かないと意味がないの!」
西の魔女が村人達と対峙したとき、背の高い少女が歩み出たのだ。
村長と呼ばれた彼女は言ったのだ。
「ジェン・ジェン・ジェンシー、あなたに試練を与えます。西の山に祠があり、そこに古い神が祀られています。その祠に行って魔導書を捨ててきたならば、あなたを悪魔の子ではないと認めましょう。ただしあなた一人の力でやらなければいけません」
岩山が近づいてきていた。
「あんなの! 理不尽だって思わないの?! あなたは悪魔の子じゃないでしょ?! 私だって別に悪魔じゃないし!」
「よく知りもしないで! あなたはこの世界では悪魔も同じだよ! ボクだってきっと……」
西の魔女が歩みを止めた。
「な、何よ。いいわよそれじゃあ! 一人で勝手に行ってくればいいでしょ! 心配して損した!」
「……嘘つき。ボクの心配をする人なんて、いるわけないじゃん……」
雨は強くなっていった。
泥水が岩の谷間を川のように流れていく。
赤髪の少年は、急な傾斜に手をかけて登っていくうちにすっかり泥だらけになっていた。
「どこ……祠どこ……」
赤髪の少年が登っていく。
少年が足を滑らせて、岩の下に落下した。落下と言っても1メートルない高さを転がるように落下しただけであったが、少年を泥の中に叩きつけるには十分な高さだった。
「ひぐっ……どこぉ……どこなんだよぉ……」
そのとき、どこかから声がした。
こっちだよ、というか細い声。
少年は立ち上がった。
どこともしれない、声のした方へと歩き出した。
分かれ道に差し掛かると、また声が聞こえた。
こっちだよ……
少年は歩いた。
切り立つ崖の間に、細い道が続いていた。道の奥の暗がりには、何やら岩を積み上げたような塔が立っていた。
「ここ……?」
おいで、と声が言った。
「ここなの……?」
そうだよ、と声が言った。少年は恐る恐る岩の塔に近づいていった。
「村での会話……聞こえていたよ……ジェンシーちゃん、本当に大変だったね……そしてかわいそうに……」
少年が歩みを止めた。僕も違和感を感じた。いや、今はジェンシーの夢の中だから、この違和感もきっとジェンシーが感じている違和感なのだろう。以前マオの夢の中に僕が入っていた時もそうだったが、ある程度夢の主の『感覚』『感情』が僕にも共有されるらしい。
違和感。
それは声のする方向だ。
声は祠からは聞こえてきていない。何やら違うところから響いているようだ。
「まったく……村長はさぁ……人が悪いねぇぇぇぇ? 山にはさぁ、俺様がいるって知ってたくせにさぁぁぁぁぁぁぁ」
声色が突然変わった。不愉快に甲高い声が響いた。
「えっ……? 何……? 誰なの……?」
「祠なんてこの山にはねぇよ?! ばぁぁぁか! それはなぁ、俺様がさっき適当に石を積んだだけだヨォ!」
カタカタと声が笑った。石の塔が滑って崩れた。
少年は一気に青ざめて、踵を返して走り出した。
「じゃあねえ! せいぜいあっちの世でも元気でやりな、ジェンシーちゃぁぁぁぁぁん」
ジェンシーを挟んでいた崖が、崩れた。
轟音とともに岩石が谷間へなだれ込んでいく。
音が鳴り止まない。ジェンシーちゃんの姿は土けむりに消えて見えない。
下衆な笑い声が遠ざかっていく。
雨が地面を叩いていた。
土煙が流され始めた。
西の魔女が、ジェンシーを抱きかかえていた。
大きな岩の塊が、空中で静止していた。
ジェンシーの顔は、泥と涙と鼻水でどろどろになっていた。
「ど……どうして……」
西の魔女も震えながらジェンシーの体を抱きしめていた。
「わからないわよ……な、なんか……ほうっておけなくて……」
「どうしてボクなんかを助けたの……! 死んじゃうかもしれなかったんだよ……!」
「だから知らないわよ! 助けようとしたわけじゃないもん! 飛び出しちゃっただけ……助けたかっただけ!」
ジェンシーが嗚咽をあげた。
嗚咽をあげながら、西の魔女に抱きつき返した。
「あなた……ジェンシーって言うんだっけ? も、もう大丈夫だからね……もう、怖くないんだからね……」
ジェンシーは彼女に、いつまでも抱きついていた。
岩が非常にゆっくりと、雨よりも遅く地面に落ちていった。
僕は理解した。
西の魔女は、ジェンシーにとってはじめて自分を受け止めてくれた相手だったんだ。はじめて、理屈抜きでの安心を与えてくれた相手だったんだ。
対してジェンシーにとっての世界とは、自分を虐げ、隔離し、果ては命までも奪おうとしたものだった。恨んで当然だ。悲しんで当然だ。
僕は……いや、僕たちは、いったいどうしたら君を救えるんだ? ジェンシー……。
「あなたの知りたかったことは知れたのかしら? チヒロ」
いつの間にか隣にいた姉さんが言った。僕は頷いた。
「そうだな。現実に戻ったら……うん、まずはジェンシーに謝らないといけないな……」
ずいぶんと勝手に、人の心の中に踏み込んでしまったものだ。
「ああ……それは、すぐにはできないかもしれないわよ」
姉が言った。
「はぁ?」
僕が言った。
「ええと、つまりね、あなたはジェンシーの心の中に深く潜り過ぎてしまったのよ」
「そうすると何か不都合なことが?」
「この世界は……相手の心に大きく依存しているわけ。それはわかるわよね。この世界に飛び込むときにはあなたの意志でこの世界が創られるわけだけど、逆にこの世界から出るときには相手の思考に多大な影響を受けてしまうの」
「ええと、つまり?」
「ええと、そうね……」
姉がしばらく腕を組んで考え込んだ。そして言った。
「ま、実際に見た方が早いでしょ」
姉の非常な一言により、唐突に僕の世界は閉じた。
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岩山に僕は立っていた。すぐ目の前に(いや、本当に顔のすぐ前に)黒髪長髪、メガネでゴスロリの女がいた。
「は?」
僕が声を漏らした。
「え?」
西の魔女が間抜けにつぶやいた。
【次回の幼女ワールド】
再びあいまみえる「僕」と西の魔女! 役者が一堂に会す時、西の魔女のダンジョン「幼女理想郷」が発動する!
次回 26「世界の果てとロリコンワンダーランド」その3




