24「世界の果てとロリコンワンダーランド」その1
まだどこでもない空間。
僕の眼の前には、裸の姉さんが仁王立ちしていた。なんで裸なんだ。
「それはあなた自身が裸になっているからよ」
そう言われて見れば、確かに温泉に浸かっているのだから僕が裸なのは当たり前だ。
……うん? いや違うぞ。
「いや待って、その理屈はおかしい。それだと前回会った時に、僕も『世紀末覇者』だったってことになってしまう」
「あら? そうだったじゃない」
え、そうだったっけ? だめだ、記憶が曖昧すぎる。何着てたかなあのとき。普通に学ランだったと思うけど。
世紀末覇者。それは肩パッドにマント、それから鉄の胸アーマー。
「いやいや、そんなものを着たことは一度もないよ! 姉さんとは違うんだ!」
「失礼ね! 私だってたまにしか着ないわよ」
「たまにでも着たらアウトでしょそんな服!」
「うるさい! 元はと言えば自分の姉を魔神呼ばわりしたあんたが悪い! 姉への非礼を詫びよ!」
姉(裸)が僕の背後に回り込み、右腕を僕の首にまわして左腕でホールディングした。息が。息ができない。チョークスリーパーだこれ。
しかも悪いことに、裸で体を密着させてきているものだからいろいろと『当たって』しまっている。実の姉にやられてもうれしくもなんともない。ひたすらに気まずいだけだ。
僕は姉の腕をタッピングした。
「ギブギブ!」
「非礼を詫びよ」
「ごめんなさい! ごめんなさい! ギブアップ!」
「非礼を詫びよ」
それしか言えねえのか!
数秒後、僕は落ちた。
ーーーーーーー
目を覚ますと、ぬかるんだ道を雨が叩いていた。
僕はそこに立っていた。体には雨が当たっていない。まるで僕が透明になってしまっているみたいだ。
ん? コレは死んだ? 僕がお亡くなりに? ゴースト的な何かになって命燃やします?
「死んでないわ。もともとこの空間の中では、それがあなたのデフォルトよ」
僕のすぐ近くに姉が立っていた。
良かった。今度はいつものパンツルックだ。
「ちゃんと服を着れるんじゃないか」
「裸でいて欲しかったってこと? 裸で一緒に外出したかったってこと?」
「違うよ!」
「でもごめんね。裸で一緒に外出しちゃうと、結婚するか殺すかしかできなくなるの。弟のあなたとは結婚できないから、必然的に殺すしかなくなってしまう」
「なんでそんな物騒な選択肢が?!」
「結婚がってこと?」
「殺す方!」
でもこの分だとだいぶ結婚の方も物騒だよね! 藤村さん(義理の兄)も物好きだな。
閑話休題。
「それで、この空間のデフォルトってどういう意味だ? ていうかそもそも……ここは一体……?」
「ここはあなたがあなた自身の意思と力で創りあげた固有世界。あなた自身のダンジョン」
ダンジョン? ここが?
僕のイメージしていたものとだいぶ違う。もっと迷路のようなものを想像していたんだが、ここはただの開けた砂利道だ。
「ダンジョンというのはイレギュラーズによって創られた異世界。世界を浸潤し、自らの理想を法則として押し付けるもの。そう、例えば『かわいらしい幼女以外は存在を許さない』……とか」
「実例を出されると急に安っぽくなるな」
「でもこれってとてつもないことじゃない。自身の心象世界を具現化させてしまうなんて。型月顔負けね」
「よせ、やめろ」
「もっとも、あなたのこれはちょっと違うみたいだけど」
違う?
「どういうこと?」
「じゃあ聞くけど、あなたはこの景色に見覚えがあるわけ?」
僕は周りを見回した。雨の降る砂利道。遠くに見えている岩山。
いや、知らない場所だ。ここには一度も来たことがないはずだ。
「あなたは以前……マオの夢の中に入っていたわね? サンジュの過去の記憶にも入っていた……そして今は……」
姉が砂利道の向かう先を指差した。
その彼方から誰かがこちらに向かって歩いてきていた。
赤毛の小柄な少年だった。
「ジェンシー……? この世界はまさか……ジェンシーの心の中なのか?」
「自身の心象世界を他者に投影するのではなく……他者の心象世界を自身に投影してしまう固有世界。それがあなたの能力。ダンジョン攻略のためのダンジョン、『心世界行』よ」
他人の心に入り込んでしまう能力だって?
そんな能力、プライバシーの侵害なんてレベルじゃない! 『神の視点』もだいぶ悪用できる能力だったけど、この能力の方がはるかに悪辣な使い方ができるじゃないか!
「そうね。この能力はやろうと思えば、相手が過去に押しやった知られたくない秘密を暴き、抱え込んでいる本心を見透かし、思い描いた未来の妄想までも一方的に盗み見れてしまう。でもこの能力を望んだのはあなた自身なのよ。あなた自身が、このダンジョンの発動を望んだのよ」
「それはーー」
確かに僕は願った。あの子の心の中を知りたいと。けれどそれは、実際にはできないと知った上での望みだったはずだ。実際には実現しないことだからこそ、罪悪感を感じずに願えたんじゃないか。
「罪悪感を感じているというのなら……せめてこの能力、正しく使うことね……」
ーーーーーーーーーーー
悪魔の子だと罵られた。
あいつは化け物の言葉がわかると恐れられた。
ボクのまわりには誰もいなかった。
本って素敵だ。
見たことのない世界。
聞いたことのない物語。
まだボクの知らない理ことわり。
なんでもボクに教えてくれる。
絶対にボクを責めたりしない。
読んだ。
読んだ。
たくさん読んだ。
そのうちに、書かれていることを試してみたくなった。
書かれていることを実践するのは簡単だった。
その日は朝から雨が降っていた。
ボクは、イレギュラーズ・東川桃香を召喚に成功した。
「は? え……どこよここ……」
「やった! やったやった!」
「え?! は?! だれよ?! なんなの?!」
これでみんなに認めてもらえる。
これでボクの力を認めてもらえる。
そう思った。
その日は朝から雨が降っていた。
「とうとう本物の悪魔を呼び出したな!」
泥水に投げ出された。
「悪魔の子め! 村をどうする気なんだ?!」
「ぼ、ぼくはそんなーー」
「で、出て行け! この村から出て行け!」
村人が並んで僕を見ていた。
「村を守れ!」「村から追い出せ!」「そうだ! 悪魔にこの村を渡すな!」
石が飛んで体に当たった。
「痛いっ! やめて! やめてよう! パパ! ママ!」
目を向けた先で、赤毛の夫婦がさっと目をそらした。
どうして? なんで?
石が飛んできた。
目をつむった。顔を覆った。
石はいつまでたってもボクに当たらなかった。
恐る恐る目を開けた。
「待ちなさいよ。こ、この子が何をしたっていうの?! 私は……まだぜんぜん状況がわかんないけど……少なくとも私は悪魔なんかじゃないし! この子だって悪魔の子じゃないわよ!」
石が空中に浮いていた。村人たちは、その光景に恐怖を隠せないようだった。
女の人がボクの前に立って、村人たちを睨みつけていた。
ボクにはわからなかった。目の前の人が、いったいなぜそこに立っているのか。
その人がボクを助けてくれたと気がつけたのは、しばらく経ってからだった。このときのボクには、誰かがボクを助けてくれるという発想そのものがなかったんだから。
【次回の幼女ワールド】
いかにして彼女は『西の魔女』と呼ばれるに至ったか。あるいは彼が幼女になろうと決意した理由。
次回 25「世界の果てとロリコンワンダーランド」その2




