20「ドキドキ! 敵と入る露天温泉」その3
大河に面した港。タコ男に捕まった幼女を前にして、僕らはうなずき合った。
「罠だな」「罠ですね」「罠っぽいね」
赤毛の幼女はかぶりをふった。
「ワナジャナイヨ! シンジテ!」
「いや、無理」
僕らもかぶりを振った。
ぐぬぬ、と幼女が顔をしかめた。
「……ダゴン、おろして」
幼女がタコ男に指示を出した。タコ男は、幼女をそっと地面に下ろした。このタコ男って、以前僕をかばってくれたやつだろうか。似ているだけで違うのかもしれない。どうにもこのタコ男は、穏やかじゃなさそうだ。
大河を背に立つタコ男と赤毛幼女。
赤毛の幼女が深緑のローブの中から、リュシンと同じような木の杖を取り出した。杖の先端には、赤色の宝石が輝いていた。
「魔術師……それも、召喚魔術師!」
リュシンが驚嘆の声を上げた。そして辺りを見回し始めた。
「召喚魔術師? リュシンと一緒ってこと?」
「うん。そして彼女がモンスターと一緒ってことは……あの子が、西の魔女の契約者だよ!」
西の魔女……あの変態女の契約者?! ということは、この近くにあの女も?!
僕も辺りを見回した。
「桃ねえはいないよ! ここにはいない! だいたい、あんたを桃ねえに近づけたりなんかしないからね!」
赤毛の幼女が僕に杖を向けた。
僕? なんで僕? 僕なんかしたっけーー
そう思った僕だったが、すぐに西の魔女のパンツを見たことを思い出した。なるほどな。その節はどうもお世話になりました。
「あなた達はここで倒す! いきなさい、ダゴン!」
赤毛幼女が言い終わるその前に、タコ男の姿が消えた。
まばたき一つの間に、タコ男が僕たちの目の前にいた。
「グラムスーー」
僕の隣からマオが消えた。
後ろから何かが崩れ落ちる音がした。振り返るとマオが、港に積み上げられていた木箱の山に突っ込んでいた。
「は?」
状況が飲み込めないうちに、木箱から声が響いた。
「リュシン! チヒロ! 離れて!」
木箱の山が吹き飛んだ。赤い衝撃波が木箱から放たれた。こちらに向かって、高速で飛んでくる。僕もいるのに!
と、何かに強く突き飛ばされた。
タコ男が僕を突き飛ばしたのだ。
「お前、やっぱりーー」
タコ男の腕が一本、地面に落ちた。タコ男ぉぉぉぉ!
だがしかし、目の前からタコ男の姿が消えていた。木が破壊される音がしたので振り返ると、5体満足のタコ男が、木箱の山の跡地で辺りを見回していた。
よく見ると、タコ男の左腕が細くなっていた。
なんだ?! 何が起きているんだ?!
「褒め殺しの……魔剣!!」
上方から声がした。
タコ男の真上から、マオのきりもみながら落下していた。剣のオーラが空宇宙に赤の螺旋を描く。すさまじい螺旋の力を感じる!
タコ男の腕が分離して、伸びた。
右腕から2本、左腕は1本。
空中でマオを捉えるように迫る。
マオは剣で空中を斬りあげた。赤の衝撃波があらぬ方に飛んだかと思うと、その反対側にマオが飛んだ。
なるほど。つまり、ジェットの理屈だ。エネルギーを放出することで、空中で軌道を変えたのだ。おそらくマオが空にいたのは、地上にエネルギーを放出したことによる反動だろう。
マオは空中を放物線を描きながら落下していく。放物線の先には大河の水面があった。
「グ……グラムスレイヤー!」
マオが空中を斬った。
衝撃波と反対方向に吹き飛んで、マオが港の地面に転がるように着地した。
いつの間にか立ち位置が入れ替わっていた。
大河を背に追い詰められたのは僕たちだ。
僕はあわててマオに駆け寄った。マオの体はアザだらけになっていた。
なんでだろう? 水面に着水したほうがダメージが少なかったように思うのだが……。
タコ男の分離した腕が、元の長さに戻ってゆく。2本の触手が絡み合って右手となった。
なるほど……つまりタコ男は、8本の腕を2本ずつ束ねて四肢としているのか。最初に地面に落ちた1本は、左手を構成していた2本のうちの1本だったのだ。
おそらく、あえて1本にダメージを集約させて、体へのダメージを最低限に抑えたのだろう。見かけに反して、戦闘に関しては相当な技巧派であるらしい。
「ウルフィー……ウルフィーーーーー!!」
タコ男が絶叫した。
ウルフィー? 前に会った時に一緒にいた狼男か? そういえばどこにいったんだ、あの狼男。
「その子が…………その子が! ウルフィーをーー殺した!」
「えっ……」
いつ?
「だから……だから! 許さない!」
一瞬のうちにタコ男が目の前に迫った。
「グラーー」
マオが振り上げた剣を、タコ男が弾きとばした。
次の瞬間、僕とマオは空中に弾き飛ばされていた。
数秒の空中遊泳の後に、僕らは揃って大河に着水した。
水から首を出して、マオがもがきはじめた。
「い、いやっ……溺れっ……溺れっ!」
「落ち着け、マオ! 落ち着かないと水を呑むよ!」
「やだっ……やだぁ!」
まずい。
このままでは本当に溺れてしまう。止まったように見えた大河の水面にも、存外に強い流れがあった。僕だけならともかく、暴れるマオを助けるのは至難の技だ。そう思ったときーー
「こっちだよ! 掴まって!」
船がーー小さな木の船が、なぜか猛スピードで僕らの隣にやってきた。
手を差し伸べていたのは、リュシンだ。
マオをまずは船の上に押し上げる。僕がよじ登ると、船は猛スピードで発進した。
「なんだこれ?! すげえ速い!」
「魔法船です!」
「召喚魔法以外も使えたのか?!」
「魔法はもともと船の機能です! 操作方法さえわかっていれば誰にでも使えます! 今はとにかく逃げましょう!」
マオが咳き込みながら、水を吐いていた。案の定、少し飲み込んでいたようだ。
「ごめん……私が……敵わなくて……」
「いや、場所が悪かったよ。川の近くで戦っちゃったし……」
リュシンが船の隅を指差した。そこには褒め殺しの魔剣があった。
「拾っておいたよ!」
流石すぎるぞ、リュシン!
「事前にこうなるってわかってたのか?!」
「水に落とされたら本当にやばいと思ったので、大急ぎで使える船を探したんです! 間に合ってよかった!」
マオが額をリュシンの背中に預けた。
「ごめん……ありがと」
「う……うん!」
僕は尋ねた。
「マオ……水が苦手だったのか……?」
マオが頷いた。
「マオは、足のつかない水が苦手なんです。小さい頃ーー」
リュシンの返答が、船を襲った突然の衝撃に遮られた。
船を後方を、水中から伸びた腕が掴んでいた。
大河の水面に、タコ男が顔を出した。泳いで追いついたってのか?! その肩には、赤毛の幼女魔術師が肩車で乗っていた。深緑のローブが濡れて身体にまとわりついていた。
赤毛の幼女が、得意げに目を細めた。
「逃げられると思った? 言ったよね……あなた達はここで倒す!」
【次回の幼女ワールド】
本気モードのダゴン! 場所は大河のど真ん中!
絶体絶命のピンチに、マオは、リュシンは、チヒロはーーどう挑む?!
それから次回は温泉です。




