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19「ドキドキ! 敵と入る露天温泉」その2

 朝が来た。

 何度目かの朝が来た。


「この村から出たら、次は?」


 サンジュから借りた宿の一室。

 出発の準備をしているなかで、僕が聞いた。

 リュシンがリネットから預かった地図を開いた。


「荒野をぬけると、大河があって、そのほとりに街があるみたいですね」


 街、ね。

 その方角から敵モンスターが来てたってことは、その街もおそらく大変な状況になっているのだろう。


「大河……」


 マオが険しい顔でつぶやいた。

 めずらしいなと僕は思った。川に何かあるのだろうか?


「で、大河の先は?」

「その先は山岳地帯で、山岳地帯のどこかに西の魔女の根城があるみたいです」

「どこかに、か」


 詳しい場所はわからないってことか。


「あの……場所、わかりますので」


 部屋の入り口にサンジュが立っていた。パジャマだった。


「わかる? ええと、何が?」

「……西の魔女の、根城の場所です」

「えっ」


 リュシンが口をぽかんとあけた。


「どういうこと?!」

「これです……」


 サンジュが、手のひらを開いた。何かがそこに乗っていた。

 銀の指輪。小さな水晶がはまっている。

 水晶はかすかに赤く輝いていた。


「対の指輪、です。お父さんに託されたものです。もう片方……お母さんの指輪と対になっていて、お互いのいる方角がわかるんです」

「お互いのいる……」

「お母さんは西の魔女につかまっています。だから、お母さんの居場所がわかれば西の魔女のところにもたどり着ける……はずです」


 マオがサンジュを見つめた。

 サンジュもマオを見つめ返した。


「それは……お父さんから託されたものなんでしょ? それを、私たちが持っていってもいいの?」

「……お父さんは……パパは……私のところへ帰ってくるって言って、この指輪を私に預けたんです……」

「なら」


 サンジュは首をふった。


「パパはまだ帰ってきてません。きっともう……パパもひとりじゃ帰ってこれなくなっちゃってるんです……」


 僕ははっとした。

 サンジュの父親が、いくらこの街の自警団長だったからといって、多勢に無勢なのだ。ひとりではどうにもできなかったのだ。実際、西の魔女はまだ倒れていないのだから。


「わたしは、この村で待ってます。この村を、守ってみせます。だから……あなたにひどいことをしておいて……こんなこと頼めないかもしれないんですけど……それでもお願いします」


 サンジュが頭を下げた。指輪をマオに差し出した。


「パパと……ママと……みんなを、助けてください」


 マオも手を伸ばした。サンジュの手に、その手を重ねた。


「わかった。サンジュちゃんの想い、たしかに私が引き受けます」



ーーーーーー


 

 村から出発し、荒野をゆく。

 マオの掌の上で、『対の指輪』が光っていた。おぼろげな赤い光の筋が、月の沈んだ方角を示している。アレみたいだ。


「なんかアレみたいだな」


 僕が言った。


「アレ? アレって何、チヒロ」


 マオが首を傾げた。


「版権の関係で詳しくは言えないが……強いて言うなら、そうだな。リーテ・ラトバリタ・ウルス。アリアロス・バル・ネトリール……ってとこかな」

「何ですかそれ、呪文?」


 リュシンが食いついてきた。まあ呪文には違いないな……。


「ばあちゃん家に行くたびにさ、金曜ロードショーの録画を見てたんだ。さすがに呪文も全部覚えちゃったよ」

「ばあ……ちゃん? それって誰?」

「誰って……」


 予想だにしなかった質問に、僕はマオの顔をまじまじと見つめてしまった。

 どういう意図の質問なのか、最初わからなかった。


「僕の……祖母だよ、祖母」

「ソボ?」

「えっと……え? もしかして祖母ってわからないのか? 祖父も?」

「ソボゾフ?」


 なんかロシアの人みたいになってるし。


「親の……親って言ったらいいのかな。親の父親は祖父で、親の母親が祖母」

「親の親……えっ? チヒロの、親の親は……生きてるの?」

「いや、今は生きてないけど……ちょっと前までは生きてたよ」

「すごい! 長生きなんだね!」


 マオがらんらんとした目で言った。リュシンも驚いたように僕を見つめていた。ふと、マオの育ての親が死んでいるという話を思い出した。

 背筋に、妙に冷たい汗が流れた。


「ええと……なあ、つかぬことを聞くんだけど」

「どうしたの?」


 マオの大きな瞳が僕を見据えた。


「いや……なんでもない」


 リュシンが何か考え事をしていた。


「そのバアチャン?のところで呪文を覚えたっていうことは……バアチャン?は魔女か何かだったのですか」

「いやまあ」


 僕は頷いた。


「それに類する何かだよ」



ーーーーーーーー


 途中何度か休憩をはさみつつ、歩いていくと彼方に街が見えてきた。街の向こうには湖が見えた。

 街まではゆるやかな下り坂が続いていた。僕らが歩いてきた荒野は実は台地のような地形になっていたらしく、その台地のふもとに街と湖があるようだ。


「あれが街か?」

「そのようです。その先に見えているのが大河です」

「大河……えっ? あの湖みたいなのが?!」

「川ですね」


 驚いた。たしかに左右を見渡すと、横に長い湖ではある。これで川か。規模がでかい……。


「どうわたるんだ、あんなの」

「街で船を借りるしかないと思います」


 街。

 改めて街を見ると、これがどうにも生活感のない街であった。

 昼間だというのに、人影が見えない。遠くだから見えたなかったのかもと思っていたが、近づけども近づけども人の気配はなかった。


 街の中に足を踏み入れる。

 立派な街だった。白い石の建物が多い。店やらしき構えの建物も多い。港町として賑わっていたのだろう。

 街自体が大河に向かった傾斜の上に建っているので、家々が段々になっているのも面白い。


「誰もいないな」

「そのようですね」


 そのときだった。どこかから、少女の悲鳴が聞こえた。


「……ケーテー!」


 僕らは辺りを見回した。

 マオが声の方角に走り出した。


「あっちみたい!」


 坂を駆け下りる。

 川の近くのようだった。


「タースーケーテー!」


 川の近くに、2mを超える直立したタコがいた。ついこの前会った記憶がある。その手に小さな女の子が捕まっていた。

 赤色の髪を左右でお団子にまとめた幼女だった。深緑色のローブのようなものを身にまとっていた。


「狼藉はそこまでだよ! その子を離して!」

「タスケテー!」


 マオが剣を引き抜いた。

 しかしなぜだろう……。さっきからあの子の悲鳴が棒読みに聞こえてならないのだが……。


「マオ、ちょっと待って。なんかおかしいよ。なんで無人の街にあの子だけいるわけ?」


 リュシンがマオを引き止めた。


「どういうこと? 罠だってこと?」

「わからないけど、なんか怪しいなって……」

「ワナジャナイヨー! タスケテー!」


 罠だな(確信)。

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