18「ドキドキ! 敵と入る露天温泉」その1
数時間後ほどたった。
『頭』をあっけなく失ったモンスター達は、立ち所に烏合の衆になりはてた。ドラゴンだと僕が思っていたそれは、マオの剣の一太刀であっけなくチリと消えた。
残党達はドラゴンすら一撃に屠るマオに恐れをなし、むしろマオから逃げ惑うほどであった。さすがに数が多かったのでまともに戦えばマオも苦戦するだろうと思っていたが、これは良い意味で思わぬ誤算だった。
「見かけ倒しが、こっちに有利に働いたみたいですね」
リュシンが言った。
あれだけの数がいたモンスター達は、きれいさっぱり撤退していた。
あとに残ったのは、大量の青い結晶『経験魂』である。
「これはこの村のみんなでつかって、サンジュちゃん」
マオがそう言って、パンツ幼女に向き合った。
そういえばこの子、いつの間にかパンツを被ってるな。部屋を飛び出した時は被ってなかったはずなのに。
どこから調達したんだ?
まさか自前ーー
「わたしは……わ、わたしはっ……あなたから大切なものを盗もうとしましたっ……」
こうべをたれながら、真剣にパンツ幼女が話し始めた。
ゲスな勘ぐりをする自分が恥ずかしくなった。
「うん、わかってる。でもそれは、サンジュちゃんが大切なものの守ろうとやったことでしょう」
「違います。違うんですっ」
サンジュが嗚咽をあげ始めた。
「わたしは……そんなんじゃなくて……わたしはっ」
違うーーと僕は思った。
だから、言わずにはいられなかった。
「それは違うよ、サンジュちゃん。勇気がないやつがさ、あんな恐いモンスター達のところへ飛び込めるはずがないよ」
「それはっ……マオ……さんの、剣がっ……あったから」
「それじゃあさ、僕たちがはじめにこの村に来た時も、その剣をサンジュちゃんが持ってたのかい?」
そうだ。
そうなのだ。
僕が見たあの日の光景。自分の弱さを知りながら、それでも単身敵地に乗り込んでいったサンジュの姿が、確かにあった。あの時の彼女は、褒め殺しの剣の存在なんて知らなかったはずだ。それでも彼女は走ったんだ。父のために。村のために。
それが勇気じゃないなら、なんだ!
「たしかに手段は……少し間違ってたのかもしれない。でもサンジュちゃんには、確かに勇気があったんだ。それは間違いないんだよ」
サンジュは泣いた。
膝をついて泣いた。
マオがそっと歩み寄って、膝を落とし、そっと彼女を抱き寄せた。
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その夜。村の男の娘たちが、おそるおそる僕らのところへやってきて、口々にお礼をいった。
「ありがとうございます」「これでしばらく暮らせます」「もうだめかと思ってました」
マオは彼らに言った。
「今回も、その前も。サンジュちゃんは一人で戦っていたんだよ。モンスター達と。だからもう、『泣き虫サンジュ』っていうのはナシだよ!」
宿の一室を僕らに貸すと、サンジュは寝込んでしまった。
「大丈夫かな、サンジュちゃん……」
リュシンが心配そうにサンジュの部屋の方を見た。
「まあ、いろいろと大変だったからな」
僕が言った。リュシンがかぶりを振った。
「それもあるんですが、それだけじゃなくて。マオの剣を長く持っていたので、それが少し心配なんです」
「それは、どういう」
「褒め殺しの魔剣は、強力な言霊を練りこまれた剣なんです」
「言霊? ええとそれは……言葉には力が宿っている、みたいな話か?」
「そうです。例えばボクが召喚魔術に使う魔法陣にも、言霊は練りこまれているんです」
僕は、自分が召喚された魔法陣の中心に、『人』という漢字が書かれていたのを思い出した。ゴールデンレトリバーを召喚した時は『犬』だったか……。
「そういえば、そんなことしてたな。……い……そんな意味があったのか」
『意味があったのか』と言おうとしていたが、寸前で飲み込んだ。
「言葉には力があって、その力はうまく使えばボクらを助けてくれるものです。ですが……強すぎる力は、不安定になります。それは言霊でも一緒です。褒め殺しの魔剣は、その名前の通り周囲に褒め言葉……プラスの言葉のエネルギーを放出し、周辺の言霊を不安定にさせる剣なんです」
「んっと……ちょっとややこしいな。褒め言葉なんだからいいような気がするが」
リュシンがかぶりを振った。
「そうでもないんですよ。マイナスであれプラスであれ、エネルギーは大きいと不安定になってしまうのは一緒なんです」
「周囲に過剰にエネルギーを提供しちゃう剣ってことか。それでサンジュちゃんも参ってしまっていると?」
「たぶん」
なるほどなと頷いた。頷いて、しばらくして少し引っかかることが出てきた。
「ん? てことはマオも、その過剰な言霊を常に浴びてるってこと?」
「そうなります」
それじゃあマオは、どうして平気な顔をずっとしているんだ?
ーーーーーーーー
唐突ですが、ウルフィー視点です。
ウルフィーは今、ちっちゃくなっていました。
マオの褒め殺しの魔剣に断ち切られる瞬間、『変化の水』の副作用で突然虫サイズまでちっちゃくなったウルフィードラゴン(飛べない、火を吐けない、たいして強くない)は、剣撃の猛烈な風圧によりはるか遠くに飛ばされたのです。
落下していくウルフィードラゴンは、自分の帰りを今か今かと待っているダゴンとジェンシーちゃんを見つけました。
「・・・・・・」
ウルフィードラゴンが何かを言っていますが、声が小さくて聞こえませんね。
「村からモンスターが逃げ帰ってきてるみたい。また失敗したんだウルフィー……」
ダゴンはふるふると震えていました。
タコのモンスターであるダゴンは、非常に目が良いのです。
なので村での戦いの様子も、この位置から見えていたわけですが、
「ウル……ウルフィーがーー」
「ん? どうしたのダゴン」
「ウルフィーが、斬られて……消えたーー」
「・・・・・・・」
「そう……」
ジェンシーちゃんが眉をひそめました。途中でウルフィーが何かを言っていましたが、やっぱり声が小さくて聞こえませんね。
「んなーーー……ジェンシー……ウルフィーは……ウルフィーは、どうなったの……?」
「たぶん、レベルオーブになったんだよ」
「レベ…………?」
ジェンシーちゃんはダゴンから目をそらしました。
「死んだってことだよ、ウルフィーは」
「死ん、だ……? え? え? ウルフィー……が……?」
「・・・・・・・・・・・」
ダゴンは、呆然とした瞳のまま、ジェンシーちゃんを見つめていました。
ジェンシーちゃんは、魔法の杖を握りしめました。
「もうこれ以上、あいつらを桃ねえに近づけるわけにはいかない! ダゴン! 私たちもいくよ!」
「ウルフィー……ウルフィー……」
ダゴンはわなわなと震えました。
そして力任せに、両腕を地面に叩きつけました。石の道が砕けました。
「ウルフィーーーーーーーー!!!」
「・・・!!!!」
砕けた石の道の破片が、猛スピードでウルフィードラゴンにぶつかりました。
小さな絶叫をあげながら、ウルフィーはまた遠くへ飛んで行きました。
【次回の幼女ワールド】
パンツ幼女から託された思いを胸に、先へと進むマオ一向。そんなマオ達の前に、本気モードのジェンシーとダゴンが立ちはだかる。
次回 19「ドキドキ! 敵と入る露天温泉」その2




