17「パンツと勇気とマオの剣」その7
「ドラゴン?!」
武器庫前で準備万端になったマオが、驚嘆の声を上げた。
「うん……。でもちょっと考えさせて。なんか変なんだよ……」
リュシンが首をひねった。
「でもそうは言ってられないよ! サンジュちゃんが危ない!」
手分けをすることになった。
つまり、『戦闘班(マオ)』と『サンジュちゃんを探す班(僕とリュシン)』だ。『サンジュちゃんを探す班』の僕らは、先行して敵軍隊に突撃していったマオを見送り、再び物見櫓に登った。
「戦ってる!」
登るや否や、リュシンが叫んだ。
「どっちが?」
「どっちもです!」
見ると、村の近くにマオがいた。すでにマオの周りが青い結晶で溢れていた。さすが。強い。
そこから少し離れたところ、敵の軍隊がやってきている方向に、もう一人戦っている人影が見えた。遠くてよくわからないが、赤い光が見えていることからサンジュだろう。
こちらも、周りに青い結晶が散らばり始めていた。それなりに戦えているようで、とりあえずは一安心といったところか。
「なんとか戦えているみたいだな」
「……どうですかね」
リュシンが眉をひそめた。
ーーーーーーー
すごい。
この剣は、すごい。
私は1人、モンスターと戦っていました。
今までただの1体も倒せなかったモンスターが、この剣の前では一撃で倒れてゆきます。
「勝てる! 勝てるよ! パパ!」
いつの間にか、敵陣深くに突っ込んでしまっていました。
まわりをコボルト達に囲まれました。
それでも今なら……勝てるのです。
横薙ぎに剣を振るうと、赤い旋風が私の剣からほとばしり、コボルト達がおもしろいように吹き飛んでいきました。
いけるーーと思いました。
このまま敵を私が全滅させてーー
「ガフゥ!!」
真後ろで何かが雄叫びをあげました。
直後、強烈な衝撃に頭が真っ白になりました。
気がつくと、私は地面に投げ出されていました。
緑色の巨体。トロールでした。
私の周りに、トロールが集まり始めていたのです。私の体は、嫌が応にも震えあがりました。
それでも、ここで負けるわけにはいかないのです。剣を握りしめようとして、手が空をつかみました。
「えっ?」
剣がトロールの真後ろに転がっていました。
トロールに一撃をくらった時に、手から放り出されてしまっていたのです。
トロールの包囲網が、じりじりと迫ってきていました。
これだけの数のトロールに一度に攻撃を受けたら……。
「やだ……いやだよぅ……ぱぱぁ……」
足がすくんで立てない。
このままここで終わりに……いや、終わりにはできない。
勇気。私のなけなしの勇気を。
パパとママに会うために、必要なもの。
私はスカートの中に手を入れました。
パンツは履いている1枚しかない。これを使うしかないのです。
「パパ……!」
パンツを被って、駆け出しました。
「ンガフゥ?」
トロールが私の動きに困惑し、一瞬の隙が生まれました。トロールの足元の剣をつかみます。
"さすがサンジュちゃん! すばらしい勇気っす!"
誰かの声がしました。
この剣からでしょうか。
「そうだよ! わたしには……パパからもらった勇気があるの!」
掴んだ剣でトロールに斬りかかりました。
剣は……剣は通りませんでした。
にたり、と緑の巨人が笑いました。
その腕が私の頭をつかみました。いともたやすく持ち上げられました。
「や……やだっ」
"サンジュちゃんの勇気には、本当感動しちゃったっす!"
放り投げられました。
地面に叩きつけられて、息が止まります。
輪の中。
トロールの輪の中に引き戻されたのです。
5体のトロールが、私を見下ろして嫌な笑みを浮かべていました。
"足の速さもすごいなあ! 尊敬しちゃうなぁ!"
足。
そうだ……走って逃げれば……。
立ち上がって、トロールとトロールの隙間を目がけて走り出しました。
「ガフゥ!」
視界の端に映った棍棒。
次いで衝撃。
再びトロールの輪の中心にはじき返されました。
トロールの輪は何も変わらず。笑いながら私を見ていました。
わかってしまいました。
おもちゃにされているんだ。
逃げられないように私を囲って。
出れないんだ。
ここから出られないんだ……。
"多分、この村で一番速いんじゃないんすか? すごいなぁ"
トロール1体が近づいてきました。
足。逃げ足。ずっと逃げ続けた産物。
それも今は何の役にも立ちません。
"村を守るため、こんな大量の敵に1人で立ち向かうなんて! 本当すごい勇気です!"
トロールが再び私をつかみ上げました。
勇気?
そんなものが私にあったのですか?
私はずっと……パパに守られて……逃げ続けてきたのに。
村を守りたい? そんなわけない。
村の人なんて大っ嫌い。
私をずっとバカにしてきて……。
『泣き虫サンジュ』。
それが本当の私なんだ。
この剣も……きっと村を守りたいから盗んだんじゃないんだ。
私はただ……怖かった……。怖いから……力が欲しかったんだ。
トロールが私をどこかに運んでいました。
きっとこれは罰なのです。泣き虫で、自分勝手な私への……。
私が運ばれていく先に、赤い巨体の怪物がいました。翼の生えた、巨大な爬虫類のような怪物でした。
無数の歯が獰猛に並び、真紅の目が鋭く私をとらえていました。
食べられちゃうんだ。
このまま食べられちゃうんだ……。
体が震えだしました。嫌だ。死にたくない。逃げ出したい。助けて。誰か!
"本当サンジュちゃんは勇気がーー"
「勇気なんてない! ごめんなさい! ごめんなさい! 助けて! 殺さないで! 殺さないでください!」
さらに巨体に近づいていきます。
怪物が私に手を伸ばしてきました。
「やだっ……やだやだやだやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
手が私に触れーー
「狼藉は……そこまでだよ!」
私の体が宙に浮きました。
私を掴んでいたトロールが、青い結晶になって消えました。
落下した私を、誰かが抱きとめました。
私が剣を盗んだ、マオという冒険者でした。
「勇気なんてない? そんなことないよ、サンジュちゃん。誉め殺しの魔剣は、嘘はつかないんだよ」
私を抱えて、マオが言いました。
「よくここまで、一人でがんばったね」
「なんで……な……」
涙と嗚咽で、次の言葉がつまりました。
「あとは、私がひきうけたから」
マオは私を地面に下ろしました。
マオの仲間の少年と、同じくマオの仲間の変態さんが近寄ってきました。
「ここは危ない! 離れよう!」
少年が言いました。
私は震える手で、剣の柄をマオに向けました。
「ごめんなさい……」
マオはうなずきました。そして剣を手に取りました。
「サンジュちゃんの気持ちは、私が確かに受け取ったよ。だから、安心して。西の魔女は、私たちが必ず倒すから。このモンスターの大群も、私が倒してみせる。そしたら、その経験魂でしばらく生活できるから」
「なんで……? なんでそこまで……」
「下がっててね、サンジュちゃん!」
少年が私の手を引きました。
引かれるままに、私は走り出しました。
マオが剣を、巨大なドラゴンに向けました。
「あなたがこの集団の頭みたいね。まずはあなたから倒すよ!」
ドラゴンが口を大きく開けました。並んだ歯の奥から、赤黒い蛇のような舌が這い出ました。
「俺に勝てると思っているのか……? 小娘……」
「うん。勝てると思うよ」
事も無げに、マオが言いました。
「……え?」
「リュシンが言ってた。あなた多分ドラゴンじゃないでしょ。そんなに立派な翼があるのに、飛ぼうともしないし。火も吐かないし。それにね……伝説のドラゴンは、しゃべれないんだよ」
「えっ、ウソ!」
ドラゴンが口に手を当てておさえました。
「ごめん。最後のはウソ」
マオがドラゴンの尻尾側にまわって、体を駆け上りました。剣が赤い光を纏っていました。
「だっ……騙しやがったなぁ!」
「お互い様だよ! 誉め殺しの魔剣!!」
赤い閃光が一閃。ドラゴンの体を貫きました。
【次章の幼女ワールド】
度重なる配下の失敗に、業を煮やしたジェンシーがついに動く!
無人になった街! 荒れ狂う大河! マオがトラウマで大ピンチ!
そしてついに発動する、主人公の固有世界!
次章「ドキドキ! 敵と入る露天温泉」




