14「パンツと勇気とマオの剣」その4
必死の思いで最後のパンのカケラを飲み込んだ後、僕は尋ねた。
「この村の子たちは……みんな西の魔女に呪いをかけられているわけ?」
「みんなではありませんけど……だいたいは……」
サンジュが答えた。
「西の魔女の軍勢に襲撃を受けた時に……この村の戦える人はみんな迎撃をしたんです。でも……誰も敵わなくて……。たくさんの村人が、西の魔女に連れ去られていってしまいました」
サンジュが食堂の壁に掛けられている一本の槍に目を向けた。
「私の父は……この村の自警団の団長でした。ですがその父も……」
「そう、だったんだ……」
「私は父に……この村を託されたんです。なので……今度は……私も」
サンジュの手を、マオが机から身を乗り出して握った。
「だいじょうぶだよ、サンジュちゃん。西の魔女は必ず、私たちが倒すよ」
「それでは……みなさんは、このまま西の魔女のところへ?」
「うん。これ以上、西の魔女をほうってはおけないからね」
「そうですか。では……村のはずれまで見送りますので……」
サンジュが立ち上がった。リュシンが引き止める。
「あ、いや……。先に、誰かに盗まれたマオの武器を見つけないといけないんです」
「そ、そうなんですか。武器なら……自警団の倉庫にたくさんありますので……」
マオが頭をふった。
「ううん。あれじゃなきゃ……ダメなんだ」
「……それほど……大切な剣だったんですか?」
「うん。あれは……私の師匠の形見だから。私が師匠に……託されたものなんだ」
サンジュがうつむいた。食器を重ね始めた。
重ねた食器を持ち上げると、こちらを見ずに歩き出した。
「村の人に……心当たりがないかを聞いてきます」
「ありがとう!」
マオが言った。
サンジュが出て行ってから、僕とリュシンは顔を見合わせた。
「チヒロ……これって」
「まー……多分そういうことだろうな」
マオが不思議そうに首をかしげた。
「どうしたの、2人とも。さてはアレ? 男同士の秘密ってやつなのかな?」
「ううんと……つまりね、ボクたちは一言も……盗まれたのが剣とは言ってないってこと」
「ええと……?」
マオが眉をひそめた。
「サンジュちゃんが……誉め殺しの魔剣を盗んだってこと……? でも……たまたま私が剣を盗られるところを見ていたのかもしれないし……」
「もちろん、そうかもしれない。でもちょっと、今の感じはひっかかるよ」
ーーーーーー
なんやかんやとあって、僕は幼女をストーキングすることとなった。
字面だけ見ると非常に『危ない』のだが、僕の話を聞いてほしい。
さきほどの食堂での、サンジュの様子は怪しかった。マオの剣を取り戻すために、どうしても確かめなければならない。
そして、その確かめるミッションには、僕の能力が役に立つ。10メートル以内であれば、壁があろうが様子が探れるからだ。
だから僕はこうして、息を潜めて幼女を尾行しているわけです。
「はぁ……」
サンジュがため息をつきながら、自分の部屋らしきところに入っていった。
「……神の視点……!」
僕はイレギュラーズスキルを発動した。体から視点が離れていく。
ドアを通り抜けると、サンジュがスカートを脱いでいた。
「っ」
あわてて目を覆う。が、視点は変わらなかった。
能力の発動中に、肉体の方の瞳をおさえても意味がないということか。くっそう、くまさんなんだNE!(錯乱)
これでもうひとつはっきりしたことがある。服を脱ぐことができるということは、西の魔女の呪いは受けていないということ。もし西の魔女の呪いを受けていたら、着替えることはできないはずだ。つまり、パンツ仮面に変装することもできないはずなのだ。
状況証拠で言えば、黒だ。
しかしまだ断定はできない。部屋の中にマオの剣があれば、完全にそうなのだが……。
僕は部屋を見回した。クローゼットと子供用のベッドが3つ並んでいること以外は、何もない部屋だ。
出窓の所に、写真立てがあった。
この世界にも、写真があるのか。あるいは、僕の世界から『召喚』したのか……。
興味本位で近づいてみる。写真立ての写真には、3人の人間が写っていた。真ん中の小さな幼女は、おそらく数年前のサンジュだろう。今のサンジュを少し大きくした感じの少女と、活発そうな少年がサンジュを挟んでいる。
父親と母親なのだとしたら、若すぎる。
が……しかし……無理ではないのかもしれない。この世界の大人が……15歳ぐらいのことを指すのであれば。こちらの世界の人間は、頑丈なのだし……。
「ぱぱ……ままぁ……」
驚いて、振り返った。
サンジュが、パンイチで枕に頭を埋めていた。だからなんでパンイチなんだ。おっさんかよ。
サンジュに近づいてみる。
鼻水をすすりあげる音が聞こえる。泣いている……のか。
「サンジュは泣き虫だなぁ!」
部屋の中で声がした。あわてて振り返る。
少年が立っていた。写真立ての中にいた少年だ。なぜかパンイチだ。だからなんでだよ!
しかしいつ入ってきた?! 西の魔女にさらわれたのでは?!
窓に目を向ける。日が落ちていた。そんな馬鹿な!
「だってぇ……みんながいじわるするんだもん……」
ベッドの上で、いつの間にかパジャマになっていたサンジュが、泣きべそをかきながら言った。
これは……過去の映像か?! なんでこんなことが?!
今朝の夢といい、僕の体に何が起きているんだ?
「無自覚なのね。まぁ、最初はそんなもんかも……」
聞きなれた声に驚いて振り返る。そこに立っていたのは、世紀末覇者のごとき服装を身にまとった黒髪長髪の女だった。髪とマントが風にはためく。室内なのに?
その女の声に聞き覚えがあったのは……なんてことはない、この女こそ数多のトラウマを僕に植え付けた張本人、魔神・藤村千明(旧姓・花ヶ崎)なのだ!
「自分の姉を魔神呼ばわりとは……たいした度胸だこと」
魔神が言った。だめだ。僕の頭上に死兆星が見える。
「なっ……違う! 言ってない! 思っただけだよ!」
「別にいいわよ。だいいち、私はあんたの姉じゃないしね」
僕の姉の顔をした女が言った。
「姉さんじゃない? ……じゃあ、誰なんです、あなた」
「私はあなたのイメージした、この空間の管理者よ。まったく……自分の姉にどんなイメージを持っているのか……」
「恐縮です」
「本当に思ってる?」
魔神の姿が消えた。慌てて辺りを見回す。部屋の中から消えていた。
しかし油断ならない。後ろからブスリとくるつもりなのかもしれない。
「……私のことを探す暇があるなら、この空間をもう少しうまく使うことを考えたほうがいいわね」
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ーーーーーー
「こんなものがあるの」
赤色の髪を左右でお団子にまとめた子供魔術師ジェン・ジェン・ジェンシーが、白い液体の入った瓶をかかげた。瓶の底に沈んでいる奇妙な形の植物。謎の白い液体の正体とは。
「なんです、ソレ」
狼男のウルフィーが尋ねた。
「変化の水だよ。この水を浴びたら、違う姿に変化するの。すごいの!」
「へえ……効果のほどはいかほどで?」
「それはこれから試す」
「なるほど。うまくいくことを祈ってますぜ」
ジェンシーが首をかしげた。
「何を言っているのウルフィー?」
「うん?」
「試すってのは、ウルフィーでだよ」
一瞬ののちに、状況を理解したウルフィーは、回れ右で駆け出した。
「捕まえなさい! ダゴン!」
タコ顔の怪物ダゴンの触手が伸びた。恐るべき速さと力で、ウルフィーを捕まえた。
「やめろぉ! ダーゴン! 離すんだ!」
「捕まえておきなさい、ダゴン!」
ウルフィーが叫んだ。ジェンシーがそれを牽制した。
ダゴンはウルフィーとジェンシーの顔を交互に見た。
「んーーなーー……ジェンシーは捕まえてと言う……ウルフィーは離せという……どっちが正しい……??」
「いいから離せぇダーゴォォォォン!! 手遅れになるだろうがぁぁぁぁぁぁ!!」
ジェンシーが白い液体をウルフィーの頭にぶっかけた。
【次回の幼女ワールド】
幼女を尾行していた主人公が迷い込んだ、謎の空間。
そこで明らかになる幼女パンツの秘密。
字面だけ見ると最悪だが、気にするな! みんな必死だ!
次回 15「パンツと勇気とマオの剣」その5
かわいそうなウルフィー……。




