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13「パンツと勇気とマオの剣」その3

 僕とリュシンが湯船に浸かっていると、男の娘達が遠巻きに、服のままシャワーを浴びていていた。

 ちらりちらりとこちらの様子をうかがっている。


「服のまま浴びて気持ち悪くないのか?」


 僕が聞いた。

 男の娘達が、しきりに顔を見合わせている。誰が答えるかを決めあぐねているらしい。


「……き、気持ち悪い……けど……」「入らないよりは……」「マシです……」


 男の娘達が答えた。

 西の魔女の呪いの、あまりの不便さが明らかになってきた。なるほど、そもそも服を脱げないから脱衣所には何もなかったのか。


 男の娘達は、体を大まかに流し終えるとそうそうに浴場から出て行ってしまった。


「あの子達は……どうしてあんなに警戒しているわけ?」


 僕がリュシンに聞いた。


「それは……チヒロがイレギュラーズで、ボクが……魔導士だからだと思います」

「……危険視されているってことか」

「力があるってことは……そういうことでもありますから。でもそれだけじゃないんです」

「それだけじゃない?」


 リュシンが頷いて、おもむろに語り始めた。


「この社会では……魔術の才能を持っている人間には、冒険者しか生き方がないんです。この才能は……『魔』の才能なんです」

「『魔』……? ええと、ううん……どういうこと?」

「それはーー」



ーーーーー



 昔々、この世界は楽園でした。

 心優しい神によって、全てが与えられた世界でした。


 しかしそこへ、一人の少年が現れました。

 少年は強力な力を持っていて、その力で世界に『穴』を開けてしまいました。

 神の調和は完全に壊れ、異界より災悪が訪れました。


 世界はその少年によって崩壊してしまったのです。

 人々は少年を、魔の王ーー『魔王』と呼び恐れました。


 そんなとき、一人の幼女ゆうしゃが立ち上がりました。

 幼女ゆうしゃは希望の剣とともに、魔王と世界の崩壊に立ち向かいました。


 ついに幼女ゆうしゃは魔王に打ち勝ち、自らを失われた『神の座』におさめることで、再び世界に調和をもたらしたのです。



(創世の神話より)

ーーーーーー


「ボクのような召喚魔導士の使う術は……この魔王の力が起源だと言われています」

「召喚魔術が?」

「正確には召喚魔術じゃないんです。世界に……穴を穿つ……それがこの能力の本質なんです……」

「それで、その力は……1度世界を滅ぼした力だから、恐れられているってことなんだな?」

「そう……なんです」


 リュシンが顔を真っ赤にしていた。


「ごめん、あんまり言いたくない話だったのか?」


 リュシンが頭をふった。


「のぼせました……」





 僕達は風呂から上がることにした。


 体を拭きながら考えを巡らせる。『魔王』を倒し、神の座に至った幼女。眉唾な話だ。神話というものに、それほどの信憑性があるとは思えない。

 しかしーーである。

 この世界は、僕の世界とはまったく違ったルールで動いている。

 人は信じられないほど頑丈だし、モンスターもいるし、魔法もある。


 もし神話が……本当に起こったことだとすれば?


「この世界は文字通り……幼女ワールドだな」


 僕はひとりごちた。


 女子更衣室の前に、顔を真っ赤にしたマオがうずくまっていた。


「マオ? マオものぼせたの?」


 リュシンが尋ねた。こくりと力なく頷くマオ。多分違うよね。



ーーーーー



「お料理ができましたので」


 村の代表者らしき幼女がやってきた。

 食堂には何品かの料理が並べられていた。パン、野菜のスープ、丸焼きにされたらしい何かの動物、真っ赤な何かの果実。


「たいしたものは用意できていないので……」


 申し訳なさそうに頭を下げる幼女。


「そんなことないよ! 街を出てから何も食べてなかったから」


 マオが言った。確かに今までは、モンスターを倒して得られる経験魂レベルオーブだけで飢えをしのいできた。そういえば僕はこの世界に来てから、まだまともなものを食べていない。街にいた時に、パンとクッキーの中間のような食べ物を食べただけだ。

 マオだけは『何かを』食べていた気がするのだが、今は言うまい。


「いただきます!」


 椅子に座る。椅子の高さが低すぎて、カエルのような座り方になってしまった。


 手元にあったスープに口をつける。

 最初は一口だけ味を見るつもりだったのだが、下ろせない。

 食べる……ということが、これほど特別なものだとは思っていなかった。甘み。酸味。口当たり。どれも懐かしい。

 何かの動物の丸焼きに手を伸ばす。小鳥だろうか。いや、この際なんだってかまわない。かぶりつく。

 熱い! 溶けた油が口に広がる。肉汁というやつか? 味付けは質素だが、肉の味が濃いからか気にならない。うまい……。

 パンを口にする。

 口の中から水分という水分が奪われていく。あわてて頬張るべきではなかった。喉につまりそうだ……。


「おいしい! 本当においしいよ! ええと……」

「サンジュです。サンジュ・モンモン」

「サンジュちゃん! わざわざありがとう!」


 幼女の名前はサンジュというらしい。

 喉が……息が……。


「こんなにたくさんいただいて良かったんですか? お礼をしようにも、ボクらはそこまで経験魂レベルオーブを持っているわけじゃ……」

「いえ、いいんです。村を助けてもらったお礼です。それに、とっておいても……この村の人は食べることができませんので」


 サンジュが言った。

 

 僕は水をあわてて流し込んだ。

 喉のつまりがとれた。これでやっと一息をつける。

 何気なく辺りを見回すと、食堂の入り口から男の娘たちがこちらを覗いていた。生唾を飲み込んでいる。


「ええと……食べることができないってのは……一体?」


 僕が聞いた。

 サンジュが悲しそうに目を伏せた。


「食べてしまうと……その……ださなきゃいけないくなるので……。服が脱げないってことは……その……」

「え、ええと……じゃあどうやって食べないで過ごして……」


 そこまで言って、僕はようやっと思い至った。

 経験魂レベルオーブだ。

 経験魂レベルオーブを使って、かろうじて飢えをしのいでいるんだ。


 手元の食べ物に目を落とす。

 とても魅力的なその食事に、どういったわけか手を伸ばせない。リュシンも同様のようだった。入り口から見つめている、男の娘達の視線が苦しい。


 マオが、沈黙を破ってパンにかじりついた。


「マ……マオ……」

「食べなきゃ。食べなきゃダメだよ、二人とも」


 マオが言った。


「この料理は……もう作られちゃったこの料理は……私たちが食べなかったら、誰も食べられないんだよ。私たちは……これを食べて力をつけるの。力をつけて……西の魔女を倒すの」


 マオが小鳥の丸焼きに手を伸ばす。


 僕も改めてスープの椀に手を伸ばした。マオの言っていることは、もっともだ。心の中で謝罪を繰り返しながら、僕は一気にスープを流し込んだ。

 

【次回の幼女ワールド】


父と娘。

師匠と弟子。


勇気だけでは救えないものもある。それでも人は、勇気を子供みらいに伝えていきたいのだ。


次回 14「パンツと勇気とマオの剣」その4


村にもう一度、危機が迫る。

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