10「幼女の匂いを嗅げ!」その5
「〜〜〜なの〜〜〜かな〜〜?」
疑問系? 「そうなのかな」?
こいつ、一言が長いぞ! ええい、まどろっこしい!
「おっとりしたやつだと言うのなら!」
僕の国に古来より伝わる言葉があった。「逃げるが勝ち」。お隣の国中国にも似た言葉が伝わっている。「三十六計逃げるに如かず」。
たとえ僕自身がたいして速くないとしてもだ、相手がより遅いなら関係ないのである。
その巨体ではそこまで俊敏にダッシュなどできまい! タコ男! 100メートルを16秒で走りきる僕の俊足を思い知るといい!
「逃がすなよ、ダーゴン! そのイレギュラーズが一番重要なターゲットなんだぜ!」
「うーーーんーーーー」
背後に風圧を感じて振り返ると、目と鼻の先にタコ男の顔があった。
「はやっ」
【今日の教訓】
タコは速い。
Octopus is fast.
「つーーかまえーーーたーーー」
しなやかでなめらかなタコの両椀に掴まれて、いともたやすく僕は持ち上げられてしまった。もがいて脱出しようにも、体は1ミリも動かない。足が地についていないので踏ん張ることもできない。もっとも踏ん張ったところで出れる気もしない。
「チヒロっ! 今助けるよ!」
マオが僕に声をかけた。首だけ回して見返ると、まさにマオの背後から犬男が迫っていた。
「よそ見してる暇があんのかよっ、嬢ちゃん!」
振り下ろされた短剣を間一髪で剣でいなし、マオは犬男から距離をとった。
銀の剣に夕日が反射して紅くきらめく。もうあまり時間も残されてはいない。
「マ……マオ……」
木陰からリュシンが心配そうにマオを見つめる。
僕も固唾をのんでマオを見た。今や僕達の命運が、あの少女の小さな肩にかかっているのだ。
「ウルフィ〜〜〜。つかまえた〜〜〜どうすればいい〜〜〜〜〜」
「そのままつかまえておけ! あとで3人まとめて木に縛りつけてやるぜ! なあ嬢ちゃん!」
犬男が短剣を構え、腰を落とす。
仕掛けてくるつもりだ……!
「あんたは2つ……許せないことをした!」
マオが剣を、意外にも上段に構えた。
「1つ! 乙女の尊厳を踏みにじったこと! 2つ! 私の仲間に手を出したこと! 誉め殺しの魔剣ーーーーー!!」
マオが手にする剣が深紅のオーラを身にまとった。
そして一気に犬男との間合いをつめていく。
"ウルフィーさんって頭も回るし腕もたってすごいですね!""五感もするどくてさすが有名な狼男族!!""ダゴンさんも巨体に似合わない身のこなし! すごいなぁ!""全身筋肉ってマジぱないっすね!"
「なんだ?! 頭に直接ーー」
「この一太刀は!! 私の分!!」
上段から振り下ろされた剣撃を犬男は寸前でかわしたが、オーラの風圧に吹き飛ばされて大木に叩きつけられた。
「そしてこの一太刀はーーーー私の分だぁぁぁぁぁ!」
振り下ろした剣を、今度は右手で体をひねりながら振り上げる。深紅のオーラが地面を割りながらこちらの方へと飛んできた。
その延長線上いるのはタコ男とーーーー僕だ。
僕もいるじゃないかマオ!
「あーーーぶーーーなーーーいーーー」
タコ男が僕を横に放り投げた。
次の瞬間、タコ男が紅の奔流に呑まれていった。
「た、タコ男! タコ男ぉぉぉぉぉぉ!!」
ーーーーー
大木のたもとに、気絶した2体のモンスターが転がっていた。
「ごめん! 取り乱してた! チヒロごめん!」
「いや……大丈夫だったし、いいよもう」
マオが僕に慌てて謝っていた。
とりあえず、この女の子には逆らうまいと僕は決意した。
「ど……どうするの、この2体」
「え、どうってそりゃ……」
マオが剣に手をかけた。
「モンスター達は神様が人間に与えてくれた『試練と慈愛ーー」
「でもこのタコのモンスター、僕を助けてくれたんだよ。その気になれば僕を盾にもできたのに、そうしなかったんだ」
「それは……」
マオがじっと気絶しているタコ男を見下ろした。
「この犬男だって、バカっぽかったが悪い奴じゃないって気がしたよ」
「いや、それはないよ? こいつは極悪人だよ……?」
「あ……はい……」
リュシンがマオにそっと、頑丈そうなロープを手渡した。
「このロープでここに縛っておこうよ。もし本当に悪いやつらじゃないなら、コロポックリ達が助けてくれんじゃないかな」
「リュシンまで……うぅん……」
「それにさ、このモンスター達のおかげで森を抜ける準備が整ったんだよ」
リュシンがそう言いながら、地面に魔法陣を描き始めた。
円と五角形で描かれたその簡単な魔法陣の中心には、どうみても漢字で『犬』と書かれていた。
「開け! 異界の扉!」
少年が杖を掲げる。
少年の瞳と杖の宝石が、赤い輝きを放った。
魔法陣上に、レンズのようにゆがんだ空間が現れた。
「来れ、黄金の獣よ! 異形転送!!」
ゆがんだ空間の中心に、金色の毛並みを持つ大きな獣が現れた。
今ここにーー異世界からの獣が降臨したーー!!
輝けるかの獣こそは、過去現在未来を通じ、賢さと忠義の象徴たる者ーー
僕は今しずやかに、眼前に顕現した奇跡の真名を謳う。
其はーーー
ゴールデン・レトリーバー(イギリス原産の大型犬)
ーーーーー
森の出口が見えてきた。
星明かりの照らす草原。
ゴールデン・レトリーバーがモンスターの匂いを辿ったことで、僕らはなんとか森の出口までたどり着くことができたのだ。
地平線に光がいくつか灯っていた。マオがそれを見つけて飛び跳ねた。
「村だ! 村があるよ!」
「あ、夜道を走っちゃ危ないよ、マオ!」
駆け出すマオ。それに尻尾をふりながらついていく犬。リードに引っ張られるように駆け出すリュシン。
僕らの旅はまだ始まったばかりだ!
ーーーーー
「……すっかり夜だぜ、ダーゴン……」
「んなーーーー」
「あいつら……取り逃がしたなぁ……」
「んーーーーーなーーーー」
ウルフィーは帰った後のことを考えていた。イレギュラーズを取り逃がしたことで、ジェンシーが怒り狂うのは火を見るより明らかであった。
「ポッ」
「ポポポ」
コロポックリ達が、木陰からそっと顔を出した。
ウルフィーはその姿をみてふっと息をはいた。
「いいかぁ、明日帰れば……」
【次回の幼女ワールド】
「迷わせの森」を越えてたどり着いたのは、魔女のダンジョンから逃げ出してきた者達の村だった。その村に入った瞬間に、マオは謎のパンツ仮面に誉め殺しの魔剣を奪われてしまう! 大衆浴場で男湯に入る幼女達の謎!
次回 11「パンツと勇気とマオの剣」その1




