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5. 遊興ギルドの休日

 今日、私の職場である遊興ギルドの会館はお休みで何もイベントが行われてない。そんな休日は基本的には五日周期でやってくる。そんな日は職員も休みだろうと思われがちだが仕事はある。

 魔物への餌やりや館内の清掃、そして他のギルドへの会館の貸与等だ。他のギルドへの貸与は訓練で使われるのが一般的だ。今日の私の仕事もこの他のギルドへの対応だ。

 今日、会館の闘技場を借りにくるのは冒険者ギルドで、新人の訓練らしい。昨日いきなり決まったので詳しい情報もなく新人に合わせた魔物と魔法のターゲットの丸太が必要になるとしか聞いていない。

 一応昨日のうちに魔物を管理している組には申し伝えておいたが、魔物使いの少女のあの目を今日も見るのかと思うと仕事を放り出したくなる。

 彼女にとっては魔物は仲間であり戦うものではないそうだ。だから戦いに魔物を送り出すときにはいつも赤い瞳に涙を浮かべている。魔物が闘技場から帰って来ることは難しいからだ。本当に彼女にはこのギルドの仕事は向いていないといつも思う。だがそんな彼女も巡業組合から訳あって遊興ギルドに移って来た身だ。

 思考がそれてしまったが彼女から魔物を譲ってもらうってだけで憂鬱だ。昼の鐘の後に来ると言ってたがそれまでこの気分で仕事をしなければいけないのか。


 まずは一番広い訓練場に丸太を二十本と訓練用の木製の武器を二セット、闘技場の実戦でも使う鉄製の武器を一セット倉庫から出してくる。武器は籠を担ぐだけだから一セットずつなら簡単に運べる。しかし丸太はそうはいかない。一般的な人族の男性と同じくらいの重さがあるのだ。太さもあるのでそのままではひとつしか運べない。それを二十回もやっていたら日が暮れてしまう。そこで丸太を倒し、土魔法で床を変形させて転がす。すると一度に数本の丸太を動かせるので五往復くらいで済む。

 準備が終わってしばらくすると昼の鐘が鳴った。そして気もそぞろにドアを時々見ながら今か今か、と構えていると受付に繋がる扉をノックが聞こえた。私は休日出勤の原因ともあってぞんざいにどうぞとだけ言った。そして入って来るものを見た。恐らく案内だけだから下っ端だろうと思っていたが、入ってきた人を見て驚いた。冒険者ギルドの事務長、ディアナ・ゴードンだったのだ。

 事務長自ら新人の訓練についてくるなんてどうしたことだろう。一瞬疑問に思ったが、それ以上に今の状態はまずい。

 だらけていた自分の体を跳ね起こし、お茶とお茶受けの準備を始める。その傍らで事務所の一番いい椅子にクッションを置くのも忘れない。ゴードンさんはそちらに座ってもらい、熱湯の筒から出たお湯をギルドの来客用の一番高いお茶っ葉を入れたポットに注ぎ、お茶が出るまでの間にお茶受けを探す。今日は休日なので適当なものがない。


「チップ。お茶はありがとう。お菓子は私が持ってきたものがあるから大丈夫よ」


 ゴードンさんはお菓子まで持ってきてくれたらしい。とりあえずカップにお茶を注ぎ、ゴードンさんの前に出す。ゴードンさんもお菓子を取り出していた。見慣れない菓子が出てきて出所を尋ねると、王都に住んでいる友達が送ってきたものらしい。この町で売っている甘いものなど果物のジャムがせいぜいで、一店だけ菓子も売っているパン屋もあるが、値段は相応に高い。砂糖が入って来ないためだ。

 ゴードンさんが取り出したお菓子は卵白を泡立てて砂糖と混ぜ、焼いたというものだった。説明を聞いても味の想像がつかないので恐る恐る食べてみた。口の中に純粋な甘味が広がっていく。時々食べるジャムよりも甘味が強く、しかも苦味や渋味などの余計な味がなかった。ジャムの苦味や渋味などない甘さというのはスッキリしていてお茶を飲めばもう口に残らない。二つ目はゆっくり舌の上で溶かし、味わう。


「気に入ってもらえたようで良かったわ。それでここに来た理由だけど訓練場をここから見ることができたわよね。見せてもらっていいかしら?」

「ゴフッ、わがりまじた。すぐに用意します」


 味わっているところで声をかけられてむせた。もったいないがお菓子を飲み込み、準備を急ぐ。元々魔物の管理のために事務室にいながらにして館内の至るところを見る設備はあるのだ。今日訓練を行う部屋を映し出す。

 映った画面には武器を選んでいる冒険者の姿が映っていた。


「間に合ったわね。さてどんな風に戦うのか楽しみね」

「わざわざこちらで見なくても直接訓練場で見れば良かったんじゃないですか?」

「それだとエッボ達がやりにくいし、それに新しい関係を作るのに邪魔じゃない。それに休日出勤のあなたに差し入れもあるし、座ってお茶を飲みながら見れるのよ」


 前半はわかる。確かに上司に横で見られているのはやりづらい。後半も言っている意味もわかるし同意もしたくなる。お菓子のことも感謝している。しかしサボってお菓子を食べるという事実があってそれを認めないと同意できないのが返事をためらう理由だ。


「そんなに気を使わないでもあなたは来客をもてなしているだけなのだから。さっきのは私の理由だし、後半は誰にも言わなきゃ前半で納得してくれるわよ」


 そう考えると少し気が楽になった。そして訓練場の方に目を写すと剣を持って構えているところだ。

 少年が突っ込んで打ち弾かれた。あっという間に試合は終わってしまった。


「まあこんなものか。身体強化は要練習ってとこか」

「いや、勝負になってませんよ」

「元々心を打ち砕きに来たから大丈夫。次は魔法の訓練に移るかね?」


 心を打ち砕きに来たってさすがにあんな子供をいじめるなんて。冒険者ギルドは恐ろしいとこだな。


「なんかチップに誤解されてる気がするから言っとくけど、この少年はちょっと夢見がちに町まで来てしまったのね。だからその夢を打ち破るの。そうしないとすぐに死んじゃうから」


 私はどんな顔をしていたのだろうか。私の顔を見てあわてて理由を説明してくれた。そして最後の言葉は私ではない誰かに向けられていたように思える。

 そして訓練場では少年と少女が武器を構えて向き合っていた。


「もう一試合やるみたいですね。相手の少女はどんな戦いするんでしょう?」

「まだまだ冒険者になって一年ちょっとの新米だよ。しかも魔法使いだ。魔法は上級も使えるが身体強化は苦手だったな。そこら辺も込みでエッボに任せたんだ」

「それじゃあいい勝負になりますかね? あっ、始まった」


 少年は油断したのか少女の方が先に攻撃した。だが、少女の攻撃はさっきのエッボさん程の威力もなく少年に軽々と避けられる。しかし棒をうまく回し、少年が避けた方へ追撃する。剣で弾くが少年の反撃するタイミングをなくすようにリズムよく多彩に攻め立てていた。このまま勝負が決まると思ったら少年は大きく跳んで攻撃の連打から逃れた。少女も攻撃が大きく空振りしてしまい体勢が崩れている。そこに少年が突っ込んでいく。しかし、少女は振りかぶられた剣になんとか棒を打ち合わせてさらに斜め後ろに流した。少年は少女の横に立つ位置に流され、棒を後頭部に打ち付けられ倒れた。


「上手く決まったわね~。グリンって子は突っ込むしか能がないのか」

「あの少女は上手く棒で敵の攻撃を防いでましたね」

「あの間に詠唱して魔法を打てるのよ。中級でギリギリらしいけど」

「戦いながら魔法を使えるのはすごいですね。これで訓練は終わりですか?」


 若干の希望を込めて尋ねるが


「いや、あの子が起きたら続けるよ。今のうちに魔物の用意をしてくれ。そうだなホーンラビットでいいだろう」

「獣もいますよ。本当に魔物でいいんですか?」

「まあバックアップがいるし、ホーンラビットで死ぬことはないだろう」

「いや、それでも……」


 反論しようと口を開くが、睨み付けられて口ごもってしまう。観念して厩舎の方に向かうために事務所を出た。とぼとぼとわからない程度にゆっくりと歩き、厩舎の入り口につく。そこには魔物使いの少女の姿もあり、一瞬声をかけるのを躊躇った。しかし、彼女もこちらに気づいたようで向こうから声をかけてくれた。


「お迎えですか? 今日はなんの魔物をつれていきますか?」


 無造作に伸びた黒い髪に瞳は隠れているが、前に見たとき珍しい黒い瞳だったのを覚えている。そのときも暗く淀んでいたが今もそうだろう。声も精気がないので私も引きずられて調子を落とす。


「ホーンラビットをつれていきます。ケージとかの用意はやりますね」

「それじゃあルブをつれていってください。この間捕まえたばかりなんですけど頭がいいんですよ」


 もしかしたら明るく言ってるつもりかもしれない。だけど表情も眉ひとつ動かしていないし、声のトーンも単調だった。しかし魔物にも名前を付けるというのを初めて知った。いつもなら無言で該当する魔物を渡されるだけだから、個体名があるということは彼女が大事にしている魔物なのかもしれない。そんな魔物をつれていっていいのだろうか?


「ねえ、大丈夫? 君にこの仕事向いてないと思うんだけど。もっと他の仕事はないの?」

「ジークフリートのご飯代を稼がないといけないから。それに獣の世話するのは好きだから」


 ジークフリートというのはいわゆるドラゴンだ。まだ成長を続ける若竜だがそれでも体格は通りが埋まる位大きい。そして彼女以外の人にはなつかない。別に近寄っても攻撃される訳ではないが、触ろうとすると逃げられる。もちろん目の前で見上げるような巨体が動くのだから近寄った人間はただじゃすまない。なので普段は一番奥の檻の中で彼女と過ごしている。


「世話した獣が闘技場で死んでいくのが辛いんだろう。それに君のご飯代はどうしてるんだ?」


 ガリガリでそこら辺の孤児と変わらない体つきの少女に心配して声をかける。しかし、返ってきたのは思いがけない言葉だった。


「うるさい! いつも勝手なことばかり言って。ここを出ていっても私は何もできない。魔物を育てて売るだけの仕事しかできない。自分で獣を殺せないからジークフリートのご飯も自分で取れない。ジークフリートが森に行くと冒険者ギルドからは怒られた。そんな私はどうやってご飯を食べればいいの?」

「商業組合の騎獣屋とか、農業組合の牧畜ではダメなのかい? 君の能力ならうってつけだよ」

「両方断られたことあります。ジークフリートのことを怖がって臆病な馬になったり、乳の出が悪くなるそうです。元々町に住もうと思ったらばかでかい家も必要ですし、餌の獣も山奥程の大きさのはいないので量を確保しなくてはいけません。それが揃ってるこのギルドが一番良いんですよ」

「それでもこのままじゃ君が倒れちゃうよ」

「もういいですよ。ルブをつれて戻ってください。じゃあルブ。頑張ってね」


 彼女は私にルブと名付けられたホーンラビットを手渡して厩舎の中に去っていった。彼女の後ろ姿を見ているとどうにかしたいと思ってしまうが、私にどうこう出来る問題でもないのがわかっている。

 大人しく抱かれて角を腕にすりすりと擦ってくるホーンラビットをケージに入れて事務所へと戻る。魔獣が人に大人しく抱かれるということは無視した。認めると彼女がうちのギルドに必要な人材だと認めることになってしまうからだ。



 事務所ではディアナさんが優雅にお茶を飲んでいた。訓練場の映像は丸太に向かって炎弾を放っている少年が映っていた。


「魔法の試験ですか。どんな感じですか?」

「あと数発打って終わり。命中率と発射速度が悪いね」

「あ~、惜しいな。もうちょっと左だった。これじゃ前の丸太が邪魔して後ろ狙えませんね」

「それで借りてきたのはそいつかい? 闘争心が無さそうだが大丈夫かね」

「あの子曰く頭が良いそうです。生きて返せるといいんですが」

「生きて返すか。それは誰のためにだい? まあいいか、それじゃあ準備しようか」


 ディアナさんはカップを空けて、事務所を出ていく。私も必要なものを鞄に詰めて、ケージと一緒に持って付いていく。そして訓練場までの廊下を歩きながら、生きて返すのは誰のためになのか、つい考えてしまう。あの少女の悲しむ顔を見たくないから生きて返したい。それは自分のためなのか、少女のためなのか。少女の気持ちが少し報われれば自分の心労も減って、良いことをしたという気持ちになるから快く帰れる。そう考えると自分のため。またはありえない話だが、このきゅーきゅー鳴いているルブというホーンラビットに情が移ったのか。

 そんなことを考えているうちに訓練場の裏の扉についた。さっきの厩舎に向かう通路がここにもある。ここは大型の魔物でも問題なく通れるように作ってあるのだ。稼働柵を設置し、大きな鉄の扉の錠を外して合図を待つ。ケージ内には興奮剤をまく。訓練場内ではさっきまでの派手な音も聞こえなくなった。


『ディアナさん、お願いします』


 扉の向こうからその声が聞こえるとケージの鍵を開けて、鉄の扉を開き、ケージも開ける。すると興奮していきり立ったルブが鉄の扉をくぐって行った。すぐさま戦闘空間を認識し、結界石に魔力を込める。これで範囲外の人間に流れ弾が当たることはない。

 ルブは相手を見定めると後ろ足に力をためて飛び込んだ。少年には避けられ、追い討ちに炎弾を放たれた。その炎弾は外れたが、ルブの怒りを買ってしまったようだった。他のものには目もくれず、もう一度ルブは突撃した。その鳩尾を狙い済ましたかのような突撃は少年の剣によって防がれた。防いだ剣は弾き飛ばされ床に転がり、本来ならばルブの勝利だ。しかし、相手は魔法使いだ。角に剣が当たり怯んだルブに炎弾を打ち込み、更に風の刃で止めをさした。

 ふわふわだった毛皮は黒く焦げ、首からは鮮血が噴き出している。絶命は確実だろう。そして胸の奥にモヤモヤが溜まっていく。気分も悪くなりホーンラビットの死体から目を背けた。少年は勝利に歓喜し他の冒険者と話し込んでいる。今倒した魔物なんて気にも留めてない。

 多分それが冒険者の普通なのかもしれない。ひとつ深呼吸をして死体を片付ける。すると冒険者のリーダーらしき人が


「その角は剥ぎ取らせてもらっていいか? いい素材になるんだ。新人の初めての稼ぎになるからな」

「どうぞ。他は焦げて使えませんしね」


 拒否する理由もないので認めた。すると角を上手く生え際から折り、それを新人に渡していた。私は無心になって後片付けを続ける。

 この死体はいつものように厩舎に持っていって他の獣の餌になるだろう。そしてそのときに私は彼女に何て言えばいいのだろうか。いつも考えるがうまい言葉が見つからない。

 そして今日はまたあの瞳を見て仕事を終えるとなるとげんなりする。やはり休日出勤は辛い。

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