3. 便利屋の魔法使い
僕はメープ村出身の魔法使いグリン。そう名乗っている。メープ村なんて誰も知らないだろうし、覚えてもらおうなんて思わない。だけど同じ名前の村や町はないので、個人間の区別をつけるために、出身の村名を言っておいた方が、後々問題にならないらしい。村に定期的にやってくる冒険者が言ってたことだ。
そんな僕も仕事を探すために村から村を渡り歩いて、ココツという町までやって来ている。なぜ村から出て仕事を探すかというと、村の中の仕事は限られるし、村の外の人と交易もしないといけない。だから若いうちは村の外で仕事をして知己を広めておくことが重要らしい。
そして一番重要なのが、外から自分の伴侶をつれてきて、新しい血を混ぜることだそうだ。逆に他の村や町に住むものもいるが、それでも親子の縁を絶やさなければ子供同士を結婚させるなんてこともあるらしい。
閑話休題
そして村から出た僕にはひとつの野望がある。それは、魔法を使って有名になるということだ。そう、僕は魔法使いである。しかも、村の魔法を使える人、全てに教えてもらったお陰で、全属性の魔法と治癒術、身体強化の魔法を使えるようになったのだ。ちょっと時間がなかったので、免許皆伝の上級は使えないが、風、雷、炎の中級魔法と、身体強化は十全に使える。きっと僕のような魔法使いは貴重だから引く手数多だろう。そう思い魔術師ギルドに入った。
魔術師ギルドは町の広場の片隅にある建物で黒の木造の建物で一瞬入るのを躊躇う容貌をしていた。中も怪しい臭いがどこからともなく漂う室内で、壁にも複雑な魔方陣がいくつも描かれていた。
受付の机は中央にあり、机の上にはランプが灯っていたが人の気配はしない。すみませんと声を出そうとしたときに、誰もいないと思った受付から声がした。
「初めて見る顔ね。とりあえずこちらに座って」
目を凝らしてみると、黒いローブを被った人が受付の机の向こうにいるのが幽かにわかる。なぜかランプに照らされているはずなのにはっきりとは見えない。
とりあえず言われた通りに椅子に座るがここまで近づいても顔がわからない。
「どのような用件で来たのかしら? それと私はどう見える?」
突然の質問に焦り
「魔術師になりに来たんです。そしてなんでこんなに近づいているのにあなたの顔がわからないんですか?」
質問に質問で返してしまった。
「そう、顔はわからないのね。それなら成功かしら。魔術師になりたいってあなた、魔法は使えないのね?」
「魔法は使えるに決まっているじゃないですか。それじゃなきゃ魔術師ギルドに来たりしませんよ」
「魔法が使えるってことはもう魔術師じゃない。それじゃうちで教えることは無いわね。じゃあ帰っていいわよ。いや、ちょっと待って今、ギルド会館に入ってからのことを教えて頂戴」
帰っていいって、僕はギルドに入りに来たのになにもしないで帰っていいっていうのは酷すぎる。そしてギルド会館に入ってからのことってどういうことだ?
「怪しい臭いがしたとかですか。あとはあなたに声をかけられるまであなたのことは認識できなかったんですが何かの魔法ですか? 今もあなたの顔はわかりません」
「そう、やはり成功したみたいね。ただ準備に手間がかかるのが問題かしら。あとはかかりやすい人、かかりにくい人を調べてあと複数かけるとかかりにくくなるかも調べないとね。じゃああなた、帰っていいわよ」
何を言っているかわからないけど帰れって言われてるのはわかった。ただ、言う通りに帰るわけにもいかない。
「だから、魔術師になりたいんですって」
「あなたは魔法を使えるのでしょう。だったらもう程度の差はあれ魔術師じゃないですか。だったらもうこちらでできることはないわ」
うん、話が噛み合っていない。えっと
「そうじゃなくて、魔術師ギルドに入りたいんです」
「あー、そうなの。それならちゃんとはっきり目的を言いなさい。魔法を教えてくれっていう依頼かと思いましたわ。それならこの書類を書いてください。私は少々席を外すので、書き終わった頃に代わりのものが来ますわ」
そういって女性はペンとインク壺、そして後ろから取り出した焼き印の押してある木の板を取り出して机の上に並べたあとどこかに行ってしまった。
話を聞かない人だなという印象だったけど、代わりの人もそうじゃないだろう。
そして木の板に焼かれた文字を見ると質問の箇条書きだった。名前から始まり、出身や使える魔法、ギルドに入って何がしたいか。様々な質問が並んでいた。
魔法の欄には初級、中級、上級、完全、極と欄があったが、初級と中級の欄にこれでもかってくらいの魔法を書く。
そしてギルドに入ったら有名な魔法使いになりたい。そう書いた。
書き終わって頭を起こすと目の前にさっきとは違う誰かが、同じようなローブを被って座っていた。
「書き終わったようだな。それじゃあ見せてもらえるかな」
驚いて声もでなかったが、向こうはそれを気にせずに木版を回して読み始めていた。
「はははっ、基本全属性か。しかもほとんどが初級、できても中級か」
「何がおかしいんですか?」
「いやー、魔法使いの雛だと引き継いだんだけどこれじゃまだ卵だね。ぷぷっ、やりたいことも有名になるってだけだし、これじゃギルドにもたらす益が見いだせないね」
馬鹿にされているのがわかる。しかも会話が成立してるようだけどこっちに向かって話してない。独り言のようだった。さっきの人もそんな感じだったし魔術師はみんなそうなのか。
「あー、いつまでいるの君。帰っていいよ。君はこのギルドに入る資格はない。村に帰るか、それとも冒険者でもするか。とにかく今の君はこのギルドに入れらんないな」
「なぜですか? 僕は魔法も全属性使えるし、その中で中級も使えます」
「基本的に属性の数よりも使える魔法の複雑さを求めるんだ。だから中級じゃダメだね。せめて上級は使えないと。それもあって上級を使えたら免許皆伝って言われるんだし。それに君の魔法は独創性がない。君が使えるのは基本属性だけだね。物真似ばかりでひとつもオリジナル魔法を作っていない。派生属性のひとつでもないと魅力はないね。それじゃ、早く実験室帰ってアリシアに結果報告しないと」
席を立って立ち去ろうとする後ろ姿に叫ぶ
「上級を使えればいいんですか?!」
「使えたら一考の余地があるだけだよ。まあ今の君なら無理じゃないかな」
「上級魔法を教えてください」
「お金はあるの? 依頼として受けるなら上級は一日金貨一枚だよ。中級で銀貨十枚、下級の便利魔法なら銀貨一枚だよ。まあ払ってくれるならお客様として扱おう」
値段を聞いて怯む。金貨一枚なんて払えない。しかも魔法を一日で覚えることが難しいのはわかってる。集中的に教えてもらったって十日で覚えたら早い方だろう。すると金貨十枚。全然足りない。
「ギルドに入って教えてもらうっていうのは?」
「それだったら学院ギルドに入って魔法学校行けばいい。そっちは季節単位で金貨五十枚あれば誰でも入れるよ。もちろん君にしかない技術が創れたらうちのギルドに入れてあげてもいいよ」
魔法学校なんてものもあるらしい。だがそっちもお金が足りない。当たり前だ。旅に出るときにもらった、僕が生まれてから親が貯めていたお金、金貨五枚を少しずつ使っているので、今の所持金は金貨四枚くらいだ。
「まあ地方から出てきた出稼ぎは冒険者って決まってるし便利屋ならなおさらお似合いだ。帰った帰った。冒険者ギルドは出て右ね」
話は終わったとばかりに会館から追い出された。
途方に暮れるが、お金もいつまでもあるわけでもないし、仕事を探さないといけない。最後に言われた冒険者という言葉が気になった。強くないとなれないと思ったけど僕みたいなのでも大丈夫だろうか。宿に帰ってもやることもないし行ってみようかな。
そう思って広場を斜めに横切り冒険者ギルドにやって来た。さっきとは違い人の出入りも多く、外から見ただけで賑わっているのがわかる。
中にいる人も歴戦の戦士のような人もいれば、かごを担いだ僕と同じような年頃の人もいる。
「どうしたぼうず。入り口で立ち止まって」
中の様子を眺めていると、後ろから声をかけられた。振り向くと僕の二倍はありそうな大男が立っていた。その男は剣を背負い、後ろにはさっきから見てたような、かごを担いだ少年もいる。そのかごには色々なものがつまっているのがわかった。他にも何人か引き連れており、その中の一人が
「新人じゃないの、初めて見る顔だし、初々しいし」
「そうか、じゃあそこの受付だな。がんばれよ」
最後に背中を叩かれ、吹き飛びそうになる。そして男達は僕の脇を通りすぎて、並んでる受付の列に並んでいった。男が指差した方向には他とは違い空いてる受付があった。
とりあえず言われた通りにその受付に行くと
「よ、ようこそ、ココツの冒険者ギルドへ。新人さんですか? それとも拠点変更ですか?」
受付にいた肩まで伸びた金色の髪に少し年上の、まだ働くのに慣れて無い雰囲気を持った女の子が話しかけてきた。
早口で少しわかりにくかったが
「新人登録でお願いします」
「えっと、新人登録ですね。ちょっと待って下さい」
裏に走っていった。と思ったらすぐに帰ってきた。
「はあ、はあ、ギ、ギルドカード貸してください」
息切れしながらギルドカードを求めてくる。僕は五歳の時に作ったギルドカードを取り出すが、親には人に渡してはいけないと教えられているそれを渡すか躊躇った。
「ありがとうございます。それじゃあちょっと待ってて下さい」
手元からカードをひったくりまた裏に走って行こうとしたが、その子の後ろに立っていた人が彼女の襟元を掴んで止めた。彼女はバランスを崩し尻餅をつく。
「少し落ち着きな。フィア。それじゃあ新人さんも困るだろ」
彼女を止めたスラッと背が高い女性は僕のギルドカードをつまみ、一瞥してから僕に返してくれた。声の感じは治癒魔法を教えてもらっていたおばちゃんと同じで少し低い声だった。
「悪かったね。グリン。私はフィアの監督をしているディアナだ。こいつも悪気はなかったんだ。ただ久しぶりの仕事にやる気を出しすぎたんだ」
「久しぶりの仕事ですか?」
「まあ新人登録なんてあまりないし、拠点の変更も毎日あるようなことでもないからね。それで、グリンは冒険者ギルドに入るんだね。理由を聞いてもいいかな。それとフィアは後ろに立って仕事をもう一度覚えなさい」
ディアナさんに僕は旅に出た理由と魔術師ギルドに追い払われたこと、そして冒険者ギルドに来たことを話した。
「魔術師ギルドはエリートの集まりだからな。変人の集まりでもある。ギルドの利益を求めるし、その利益が自分の研究の予算にもなる。まだ君のような若いものが入る場所ではないよ。それでどんな魔法が使えるんだ。魔物は倒したことがあるのか?」
使える魔法を教え、村から出た後に中級の炎魔法で魔物は倒したことがあると伝えると
「便利屋か。それでも中級使えるだけましか。上級魔法を使えると複数相手にしても殲滅できるんだが」
ここでも便利屋という言葉が出てきた。気になったので尋ねると
「便利屋ってのはな、全属性の初級を覚えている魔法使いのことだ。あまり良い意味で使われることもないが一番わかりやすいし、全属性の初級を覚えている魔法使い、では長いからよく使われている」
「便利っていうのは良いことですよね。それがなんであまり良い意味では無いのですか」
「まあ基本的に便利屋と言われるやつは魔法での戦闘能力がない。君だってわかるだろう。初級魔法には魔物を倒す力が無いことは」
僕は頷く。確かに初級魔法は炎は焚き火みたいだし、風はそよ風、水は桶をひっくり返した程度、土は石を手で投げても同じ、雷だってすぐに消える。光と闇は一瞬目が眩む程度。確かにこれでは魔物を倒せない。
「炎と土はうまく使えば魔物は逃げてくれるだろうな。だがそれだけだ。だとすると便利屋は役立たずということになる」
「でも便利って言ってるじゃないですか」
「そう、本来役立たずだと思われるが、それは戦闘でだ。冒険者はいつでも町に泊まる訳ではない。森で夜営もするし、洞窟に入って中で夜を過ごすこともある。そのために水袋を持ち歩くし、薪木も集めないといけない。雨が降っていたら薪木が湿って火がつかないこともある。そこで便利屋の魔法が役に立つ。よほど乾燥していなければ水魔法で水が常時手に入り、炎魔法で火も出せる。風だってものを乾かすのに使えるし、光はランプの代わりになる。土と闇だけは戦闘で魔物の気をそらせることもできる。便利だろ。普通の魔術師は一点特化で魔法を極めるから便利屋自体は需要あるな。しかもグリンは珍しく中級も使えるし、治癒と身体強化も使えるようだからな」
それを聞いて愕然とした。確かに便利屋という名前はぴったりだと思う。だけどこんなことで有名になるのは僕の求めていたことじゃない。もっと僕が輝ける場もあるんじゃないのか。
「ほらほら、そう気を落とすな。まあ君ぐらいの歳だと壮大な夢もあるだろう。だけどそれはすぐには叶わないよ。色んなことを経験して、失敗もたくさんする。そうしてゆっくり夢に近づいて行くんだ。すぐに叶えられる夢はつまらないだろう?」
その言葉を聞いて思った。まずは魔法の修練をしてみよう。そしてさっき魔術師ギルドで言われた独創性もある。新しい魔法を開発すれば有名になれるんじゃないか。そして全属性の上級を使える魔法使いはかっこいいんじゃないかと思った。
「わかりました。全属性の上級使えるようになります」
「何を目標にするかは君の自由だ。頑張りたまえ。それで冒険者になるのでいいんだな。それでは改めてカードを貸してくれ」
「カードは他人に見せるのは良いけど渡してはいけないと教えられたんですが」
「その教えは守った方がいいね。でもカードを書き換えないといけないからギルドでは渡さないといけないんだ」
そう言って僕のギルドカードを持って裏に行った。フィアと呼ばれていた子もついていったので受付に残ったのは僕一人だ。
改めて周りを見渡すと色々な人がいるのがわかった。僕と同じくらいの少年も何人かいる。色々な中身のかごを背負っているのでわかりやすいのだ。あとは数が少ないが見た目で魔術師とわかる出で立ちの人も目立つ。
依頼票の貼ってある掲示板の前で悩んでいる人もいれば、よく読みもしないで依頼票を剥がし、受付に持っていく人もいる。目を凝らしても依頼票は読めなかった。
「待たせたね。これでグリンは冒険者ギルドの一員だ。まずはギルドランクFだ。そして仕事の前に基礎訓練の講習を受けてもらう。それが終わるとEランクになる。訓練の内容は戦い方の指導と野営のやり方の指導だ。パーティーを組むなら野営の指導は受けないと暗黙の了解もあるからな。戦闘能力についても人に一度見てもらった方がよい。これらは基本的に強制だから日にちを決めてくれ」
「それじゃあ、明日でお願いします。早く仕事をしないとお金が無くなりそうなので」
「わかった。それじゃあ明日、昼の鐘が鳴ったら冒険者ギルドに来てくれ。一応泊まりということになるのでそのつもりで用意を頼む」
他にもギルドにお金が預けられることや、逆に装備を持ってない新人の為にお金を貸してくれることも教えてくれた。他にも素材の素材の買い取りカウンターの説明や、依頼票の貼ってある掲示板についての説明もあって夕暮れの鐘がなる頃になった。
「それじゃ、グリンの冒険者としての成功を祈ってるよ」
最後にディアナさんにそう言われて僕も大きくうなずいた。想定とは違ったけど、これからの大きな目標を叶えることができれば、僕は有名な魔法使いになれる。そう思ったらやる気が出てきた。
そして僕は冒険者としての一歩を踏み出した。




