冒険者のパーティー事情
翌日、パーティーのみんなにも結婚することを伝えると祝福された。しかし喜びだけではなんともならない問題も控えていた。
「リーサさんは冒険者辞めるんですか?」
それを口に出したのは魔法使いのグリンだった。
私たちのパーティーでは一番若く、そして一番新しい。冒険者になって一年も経ってない彼は、魔法の才能はあるが子供っぽいところもあって、周りに馴染めなかったのか、冒険者ギルドでひとりぼっちだった彼をミノアが拾ってきた。
彼は強力な魔法は使えないが全ての属性の基礎魔法と、相性のいい属性の中級魔法は使える腕前だ。本来なら得意な属性を極めることの多い魔法使いにとって異質な存在である。彼らみたいな魔法使いは便利屋と揶揄されることも多い。日常生活では役にたつが戦闘で使える中級以上はほとんど使えないためだ。
そして今の彼は私達のパーティーのサブリーダーで頭脳労働担当でもある。ミノアが一番向いてると思うが、彼女自体はあまり前に出たがらず、サブリーダーはやらないと言い切った。そして私は神殿の所属なのであまり前に出ない方がいい。フレイも父親との関係で断ったし、マークも考えることは嫌と逃げた。なので新人の彼にサブリーダーを任せることになったのだ。そんな彼はいつもパーティーのことを考えてるし、大きく関わる私の進退は気になるのだろう。
「そうね、お腹が大きくなったら戦えないし、子供と一緒じゃ旅暮らしは無理ね。神殿の神官になる手続きはしてもらった。あとは書類を赴任先の神殿に持っていくだけよ」
「ちょっと待った。もう次の仕事場所が決まってるのか? 昨日はそんなこと言ってなかったじゃないか」
「マークも知らなかったのか。リーサ、どういうことだ?」
「ちょっと言い忘れていただけよ。昨日ギルドの友達に薦められたの」
マークとハンスが詰め寄ってきたが、軽く胸を手で押して下がってもらう。
昨日はマークと一緒に逃げちゃったからこういうことも言いそびれてた。だけどちゃんと話し合わなきゃ。
「その言い方だと赴任先に住むんだろ。どこの町だ?」
「ブロムって知ってる? ここからだと南東のストローブまで行ってそこから西に行ったとこにある新しい町。冒険者としては行ったことはないかも。まあそこが一番条件はよかったから」
みんな互いに誰か知ってるかと情報を求め始めた。だけど行ったことのない町で、しかも新しい町は突然現れて、次に行った時にはなくなってることもある。そんな新しい町の細かい情報なんてギルドに行かなきゃわからないと思う。
私もギルドで読んだ情報以上のことはわからない。
「どんな条件だったんだ? 冒険者より良いのか?」
マークが恐る恐る聞いてきた。恐らく自分も冒険者を辞める決断を迫られているということをわかっているんだろう。こういうときは敏いんだよね。属性魔法は覚えるのがめんどくさいって言ってた割には、自分の使う身体強化魔法は魔力に流れが的確だし実は頭が良いとか。まあそれはないか。
「季節辺り金貨四枚、プラスで治療術士の歩合と事務仕事の分の報酬もあるから合わせて金貨六枚は堅いんじゃないかしら? あと新しい町だから新しく入植する人も馴染みやすいそうよ」
報酬を明かすとみんな驚いた顔をしていた。一般的な冒険者の稼ぎだと報酬が金貨という単位で払われることがないからだ。報酬はパーティーのメンバーに分配されるので、取り分としては日に銀貨五枚も稼げれば良い方である。
逆に討伐依頼をやればパーティーで金貨まで稼ぐこともできる。そんな依頼も無限ではないので、依頼が出てる町を探して渡り歩くし、自分達では対処のできないものは他の町の冒険者に情報を売って金を稼ぐ。
もしかしたら金貨六枚は冒険者の時の最大の収入よりは少ないのだが、やはり定期的な収入があるというのは大きいのだ。
「俺もその町に住むのか?」
マークが変なことを言い出した。
「だって結婚してくれるんでしょう。だったら一緒に住むことになるわよね」
「いや、だって定住したら冒険者の稼ぎなんて微々たるものだぜ」
「冒険者を辞めて他の仕事につけばいいじゃない。それとも身重の妻を家に置いてきぼりにして旅に出るつもり? それにお金を稼いでもらわないと私はすぐに働けなくなるから困っちゃうわ」
「そんなこと言ったって他になんの仕事ができるんだ?」
「人が足りないみたいだから何かしら仕事はあるわよ。家借りたりするお金も必要だしちゃんと探そうね」
そういうと唸りだしてしまった。いつまでも冒険者もできないから大体の人は結婚か年齢を理由で辞めていくのが多いのは知っているはずなのに。まあ私の両親みたいに結婚しても続ける人もいるけど。そういえばハンスもそうかな。
だけど私は子供を手放してしまうなんてことはしない。もしマークがこのまま冒険者を続けて私を置いていっても私一人で子供は育てる。私の稼ぎでも少し質素だが生活はできるのだ。それにギルドにも出向手当ての分のお金は預けてある。
「……わかった。仕事を探してみる。四十くらいまでは冒険者続ける気だったんだけどな」
どうやら嫌々ながらも覚悟を決めてくれたようだ。未練もまだあるみたいだけど新しい生活が始まれば薄れていくと思う。
「ねえねえ、これからの話は大事ですけど僕達のことも考えて下さいよ」
マークとの話し合いに一区切りがついた時点でグリンが間に入ってきた。
「二人が定住するってことはパーティーから二人が抜けるってことですよね。しかも治癒術士と前衛の剣士が。そうすると僕達も困るんですよ。いや、そうじゃなくて結婚をするなって言うつもりはないですよ。だけどマークまで冒険者やめさせないで下さいよ」
「そうは言うがな、リーサの言うことも間違ってないし、冒険者は来るもの拒まず、去るもの追わず、だろ。時々遊びに行くから元気でやってくれよ」
「ハンスさん、なに話は終わって見送りの言葉をかけてるんですか。引き留めてくださいよ」
「だけどだな、家に家族を置いて冒険者をやっても時々そいつは帰らないといけないし、嫁さんもいつ帰って来るかわからない夫を待つのは精神的に辛い、とうちの嫁が言ってた」
「なんか意外に良いこと言ってると思ったら嫁さんの受け売りですか。てか、ハンスさんの奥さんって会ったことないんですけど、時々帰ったりしないんですか?」
ハンスとグリンはいつも通り脱線していった。グリンは全部に律儀に突っ込むからこういうことになるし、好奇心に誘われてすぐに他のことに興味が移るからひとつのことを極められないんだって。
ハンスの嫁自慢始まってるしなー。なんか彼らと真面目な話をする雰囲気もなくなってしまった。
「で、結局どうするのよ。あなたたちが冒険者をやめるのはわかった。だけどここまでいきなりだと私たちも辛いのよ」
「わかってるわよ、ミノア。とりあえず私の赴任先まで一緒に行ってもらおうかと。それで町に着いたら私は生活の準備、マークは私の準備が終わるまでは冒険者を続けてもらうって考えていたんだけど」
「その間に平行して新しいメンバーも探すということね。新しい町で見つかるのかしら?」
「パパも冒険者やめたりしないかな? ママも私を見張りとして冒険者をさせてくれるけど家に帰るといつも心配してる」
ミノアと話してるとフレイも加わってきて彼女の父親の話を始めた。そう、彼女の父親は
「えーーっ!! ハンスさんの娘がフレイなんですか!?」
ハンスの話が落ちまでいったみたいだ。やっぱりグリンは気づいていなかったのね。
元々あの親子は時々しか帰ってこなかったハンスに対して、あまりフレイがなついていなかった。だから普通の親子より距離感はあるんだと思う。フレイもハンスに向かって直接パパとは呼ばない。
そんな彼女が父親と同じパーティーにいる理由は、彼女が十二歳になった頃、私たちのパーティーは冒険者生活が上手くいっていて、自分のランクより若干上の危険な依頼を引き受けていた。そのことを知った奥さんが、いつ死ぬかわからない夫に親子の絆になるということで泣く泣くフレイを預けたのだ。
するとハンスは危険な依頼を避けるようになったので、奥さんの作戦も成功だったのだろう。大きな稼ぎはなくなったが多少不安が和らいだそうだ。だけど出来れば引退も考えて欲しいとも言っていた。
「そうよ。グリンは本当に気づいてなかったのね。ハンスは一応私のパパよ」
「一応とはなんだ、一応とは」
「だっていつも一年に一度、何日かしか家にいなかったじゃない。昔は怖いおじさんが来るって思って、秋口になると家に帰りたくなくなってたわよ」
「くっ、怖いおじさんだと、こんな優しいのに」
「いや、見た目は熊みたいだからガキには怖いだろ。俺だってガキの頃に家に帰って知らない熊がいたらビビるぜ」
いつもこういうことになるから話は振らない。ハンスの肩は持てないし、それもあってその後がちょっと気まずくなるのだ。
マークもハンスをからかっているけど
「マーク。あなたも冒険者を続けたら子供に同じことを言われるかもしれないわ」
「……よし、ちゃんと仕事を探そう」
「いやいや、だから僕たちの戦力が。ハンスさんも、戦力が減ったらフレイが怪我する可能性もありますよ。良いんですか?」
いま得た情報をすぐに説得に使うなんて、やっぱりグリンは頭がよく回るわね。
「それで、いまミノアと話してたんだけど、とりあえずブロムまで一緒に行かない? それで、ブロムで私たちの新居とかの準備とかを私がするから、それが終わるまではマークは冒険者で良いわよ。あとその間に新メンバーも探してみて。こっちもダメもとで神殿ギルドに冒険者に出向できる神官がいるか聞いてみるわ」
「そうか、ブロムまで行くのは良い。だがそれだったら俺たちがブロムを拠点に冒険者を続けるのはどうだ。そうすればリーサもマークも冒険者をやめなくてすむぞ」
「パパ!! 冒険者を夫に持った母親の寂しさを考えてよ。旅をすることは面白いし、珍しいものを見つけたときの高揚感はわかるよ。だけど家で待っている人は毎日、毎日、今日は何してるか、危険な目にあってないか、いろんな心配しているんだよ。私はパパが危険なことをしないようについてきたけど本当はママと一緒に暮らしたかったんだよ。もう冒険者なんてやめて家に帰ろうよ」
フレイは最後、涙を流してハンスの胸を叩いてた。ここまで直接言うことも多分始めてなんだろう。娘の本音を聞いてハンスもどうしたら良いかわからずキョロキョロと周りを見て助けを求めていた。
「ちょっとフレイをなだめてくるので、話を進めといてください」
グリンはフレイの耳元でなにかを囁き、そのまま腕を引いて部屋から出ていった。周りもあっけにとられていて止めなかったが
「ねえ、あれって」
「そういえばグリンってフレイのことだけ呼び捨てだよね」
「いつからだと思う?」
「実はまだ片想いとか」
「いま告ればいけそうだよね」
「だけどこんなときに告白なんて卑怯でしょ」
「まあグリンって考えすぎて動けなくなるから大丈夫じゃない」
いつでも女の子は恋愛にからむ話は大好物だ。それを聞いたハンスは呆けていた頭が復活したみたいで
「……ちょっと待った。それってつまり…。…ちょっとグリンを殴ってくる」
「おいおい、ハンス。娘を持つ気持ちはまだわからんけど、今、邪魔したら一生娘に恨まれるぜ。おとなしく待ってなよ。今回はハンスの責任もある。まあ一緒に冒険してる俺たちも同じ穴の狢だけどな」
部屋を出ていこうとしたハンスをマークが止める。娘に恨まれるというフレーズはハンスの心にきたらしい。何か彼らしくなく頭の良い言い方が気になったけど。
「それでハンスはどうするのよ。冒険者は続けるの?」
「子供が生まれたら、三十になったら、子供が働き始めたら、四十になったら、いつもやめ時を考えてはいるんだよな。だけどだな、いつも続ける理由を何か見つけてやめないんだ。やめたら何をすれば良いのかわからないしな」
「やめたときに考えたら良いわよ。リーサみたいに次の仕事が決まってる人なんて珍しいんだから」
私とマークの話からとんでもない方向に話が進んでしまった。ハンスの今後も大事だし、外に出た二人も気になる。ハンスも時折扉の方を気にしているのがわかる。
「俺にも仕事があるかね」
ハンスのできる仕事、力仕事ならできそうだけど
「俺もこれから仕事を探すんだ。どんな仕事があるかわからないし、冒険と同じだな。先が見通せないってことは」
「そうだな。今度、家に帰ったらフレイと嫁さんに話してみるよ。冒険者について」
ハンスも引退する雰囲気だ。そうするとフレイも家に戻るだろうからパーティーはグリンとミノアしか残らない。グリンもフレイと上手くいくと
「リーサ、そんなに思い詰めた顔をしないで。私だけになったらまた一人旅をしながら見所のある新人さんを見つけて鍛えるわよ。ハンスもそうだったわね。力押しだけで少し危なっかしくて手伝ってしまったの。そうしたら雛みたいに後ろについてきたのよね」
「ミノア、その話はやめてくれ。この歳で昔の失敗を語られるのはすごく恥ずかしい」
ミノアの昔語りはハンスが無理矢理止めてしまった。
「まあ、時々遊びにいくわよ。ただ、本当はグリンを鍛えたかったんだけどね。魔法の才能はあるのよ。更に属性魔法の付与を覚えれば魔法剣やマジカルアローも魔武器を使わずにできるからあの子に向いてると思ったんだよね」
魔法を教えるって言ってるけど、ミノアはいつも弓と短剣を使って戦っているので魔法を使うのを見たことがない。ハンスも子供みたいに扱ってるし、年齢も上らしい。前々から思っていたけどミノアは不思議の塊だ。
「質問には答えないわよ。私はひとつの町で長くは暮らさないし、冒険者やってれば出会って別れての繰り返しだからちょうど良いのよ。そうね、結婚祝いとしてリーサにも今度、完全治癒を教えてあげましょうか?」
完全治癒の魔法は治癒術の最高峰である。気軽に教えられる魔法でもないし、これを使えるとなるといろんな方面から引く手数多だ。
「治癒術も使えるの?」
「使えるか使えないかだったら使えるわよ。ただ魔力の適性がないから無駄も多くて使えないのと一緒よ。だから魔法が使えることは基本的に秘密」
よりいっそう謎が深まった。普通、魔力の適性が無い属性なんて覚えないのに、しかも適性が無いと言いつつ最高峰を使えるなんて。
そのあとはブロムまではみんなで一緒に行くことに決定して、そこでもう一度これからのことを話し合うことになった。
そしてグリンとフレイが帰ってきたのは夕食の前で、グリンとどんな話をしていたのかフレイは吹っ切れた表情をしていた。ハンスに対しての距離も少し縮まったように思える。
帰ってきたときのグリンを殴りそうだったハンスはまたマークに止められていた。しかしグリンとハンスが二人きりで話しているのを私は知っている。怪我をしていたら治そうと思い様子を遠くから伺っていたが、只の話し合いだけで殴りあいはなかったようだ。終わったあとのグリンの絶望したような表情は気になったが、こっそり見ていた、なんて言えないので真相はわからない。
このローゼンの都では色々なことがあった。あのあとミーナには栄養のある食べ物と、なにも食べれないときのための栄養を濃縮した薬をもらった。冒険者の非常食として有名だが、その分値段も高い。恐らく報酬以上の価値があるだろう。本当に良い友達だ。そして別れ際にこれからの未来の多幸も祈ってくれた。生活が落ち着いたらまたこの都に遊びに来よう。
ハンスとフレイは少しギクシャクしているが間にグリンが入っておさめている。
そして今日、ブロムに向けて出発する。これは私の最後の冒険者の旅ということになるので、楽しもうと思う。今までの旅も楽しいこともあったけど、それを上回る辛いこともあった。
だけど良い出会いもたくさんあったし、経験もあった。いまも私のお腹の中に新たな命との出会いもある。
この先も新しい町で、新しい仕事。新しいことがたくさんある。将来のことはわからないけどヴィル爺みたいな神官を目標に私は頑張ろうと思う。
ローゼンの都の門を潜って広野に出た。
さて冒険の始まりだ。




