7.傭兵ギルドの正騎士
私はオキス・ハイドロ。先祖が受けたハイドロという名を受け継ぎ、仕事もこのエリシンという町で正騎士という仕事を引き継いだ。いわゆる騎士の家系の人間だ。
所属は傭兵ギルドの幹部で、戦いだけが仕事ではなく書類を作ったり部下をまとめ上げたりと雑務も多く、合間を縫っては戦闘の訓練も行うといった感じだ。結局私が騎士として外に出るのは年に数回という調子で現場のことは部下に任せっきりである。
そんな私に緊急の出動命令が下された。ウォルターへの街道沿いで昨晩から森林火災が城壁の塔から観測されたそうだ。それが原因で魔獣が炎から逃げて街道に飛び出してくるかもしれないので警備するようにと命令書にはあった。更に追記で旅人に火災の原因を聞いて調べるということも書いてあった。命令を受け、急いで準備を終え出発できるようになったのは明け方のことだった。
「準備はできたか? 運び屋もいるな。それでは魔獣討伐に行くぞ!」
「「「はい!」」」
「「「了解です」」」
「「「おー!」」」
「任せてください」
それぞれの小隊から揃った声が聞こえた。町の外の任務は久し振りということで各々が張り切っているようで何よりだ。
私の隊は私を中隊長として部下は九人だ。それを更に三人ずつの小隊にして勤務を分担している。今回は街道をそのままウォルターまで行くのが私を含めて四人、途中で引き返しエリシンに戻るのが三人、この七名は騎馬である。そして火災発生現場にできるだけ近づいて確認するのが歩兵三人ということになっている。そして運送ギルドからも荷馬車とロバ、それを操る御者を手配し、討伐した魔獣の素材の回収を命じていた。
とりあえず中間地点にある広場まで騎乗しているものが先回りすることになった。人の足では中間地点まで二日以上かかるが馬ならば半日で着く。もっと急げば四半日で着くだろう。今回は旅人の安全を目的とするので途中で会った旅人を広場まで同行させて、まとめて町まで送り返す予定なのだ。
先に進むとちらほらと獣が右から左に街道を横切っていく。こちらに敵意を向けるのは少ないので深追いはしないが、飛び出してきた獣が馬と当たるのは危険なので森の中を警戒することは忘れない。
運悪く魔獣とかち合ってしまったのか亡骸となった者も見え、そういった者からは荷物とギルドカードを回収した。これもあとで町に帰ってから出門帳と照合し、処理しなくてはいけない。
もちろん生きている者もいた。多くは異変を感じて町に引き返すかその場で留まっているかしていたものだ。彼らを中心に騎士が外側を守るという形で歩を進めた。
しかし死んだものと合わせても思ったより旅人が少ない。確かに領主が代替わりをしたあとのウォルターの町は評判が悪い。門番の仕事をしているときに昔の記録と比較したことがあるがここ数年はウォルター方面に行く人は激減している。
冒険者ギルドと傭兵ギルドの下部の現場が癒着して難癖をつけられるということもあるそうだ。衛兵がまともに働かない町は治安が悪くなるだろう。
それに以前は協同で行っていたこの森の魔獣討伐の仕事も別々に行うようになった。そしてどこまでが討伐範囲かも厳格に定められてしまった。ここに口を出して来たのが向こうの冒険者ギルドで、冒険者ギルドにもその範囲が適用されてしまっている。本来ならばありえないことだが、うちの町のギルドマスターも何を考えているのかわからなくなった。
ちなみに合流した人々に火事の原因を聞くが誰もが知らないと答えるだけだった。むしろ火事が起きているということさえ知らずに旅を続けていた者もいたので、やはり直接現地で調査するのが良いのだろう。そして日も落ち、辺りが暗くなって野営の準備を始めないといけない頃合いになった。思ったより大所帯になってしまって思うようには進めなかったが、もう少し行ったところの広場で野営をすることに決まった。
その広場が見えるようになると松明が灯っているのが見えた。他にも休憩している団体がいるようだ。よくよく見るとこの間まで興行を行っていたキャラバン隊だ。もっと先まで行っているはずがまだこんな半分も行っていないところにいるなんて。この先で何かあったんだろうか。もしかしたら火事のことについても知っているかもしれない。とりあえず広場の入り口に立っている警備員に
「ご苦労。私はエリシンの町の正騎士、オキス・ハイドロというものだ。今回の火災の原因の調査と街道の安全を確保しに行軍している。ここの責任者と話がしたいのだが。あと後ろにいる彼らは私たちが保護している旅人だ。空いているところでよいのでこの広場を使わしてくれ」
「お疲れ様です。わかりました。団長を呼んできますね。あと広場は私たちのものではございませんのでどうぞ自由に使ってください。ただご存知の通り我がキャラバン隊には竜がおります。迂闊に近寄らないようご注意ください」
言葉遣いも丁寧でよくしつけられていることがわかる。しかし竜か。あれは別行動で飛んで行ったのではなかったか? キャラバンに戻っているというのはどういうことだ。
馬を預け、待っていると一番豪奢な天幕へ案内された。中に入ると外から見た派手さは無く、むき出しの地面に椅子と机とベッドが置かれているだけだった。
「ようこそ、騎士さま。私がこのキャラバン隊の団長を務めますコンラッド・アロッドでございます。今回は碌なおもてなしもできませんで申し訳ない」
「オキス・ハイドロだ。オキスで構わん。それで今回の火事に関しては何か知っているか?」
別に情報が無いなら無いでいい。そう思って聞いたが目の前の男の目が少し泳いだ。犯罪の取り締まりを生業としているとこういう反応には敏くなる。少し揺さぶるか。
「それにしても大所帯とはいえゆっくりだな。もう本来ならばウォルターに着くころではないか? 何か今回の火事と関係があるのか?」
更に目が泳いでいる。が、覚悟を決めたのか。
「ええ、少々問題が起きましてエリシンに戻ることにしたのです。なので今はエリシンの方へ進んでいるのですよ」
「火事はウォルターの方が近いのだったな。もしかして街道に何かあったのか?」
「いえ、そこまではわかりません。しかしもしかしたら目的地を見直さなくてはいけないかもしれません。なのでまずはエリシンに戻るのです」
何ともはっきりとしない返答だ。嘘はついていないようだが絶対に何かを隠している。目的地を見直すとはどういうことだ。街道に魔獣が出たとかそういう話なのか?
「エリシンに戻れば詳しい話を聞かせてもらえるのか?」
「ええ、もちろん。正騎士さまに聞いてもらえるなら心強いです」
その後もいくつか質問をしたが明確な返答はなく、エリシンに戻ってからという一点張りだった。そして話すこともなくなると寝床を用意してあるということで、天幕を出た。
すると広場の中心では竜が丸くなっており、その傍らでは竜使いの娘と何人かの娘が竜の鱗を布で拭いていた。竜とは恐ろしい魔獣であるが賢いとも聞く。心を許すものにはあのように優しく寄り添い、彼女もまたあの竜を大事にしているのであろう。
もっと近くで見てみたいそう思いゆっくりと近づく。すると横から不意に男が現れた。身なりは冒険者らしいがその鎧は満足に手入れもされてなく、髪や肌も油で汚れていた。ここまで保護してきた旅人では見なかったのでキャラバンの団員かもしれない。しかしこのキャラバンは警備員でも小奇麗にしてたし、しつけも行き届いていた。だから奴の風貌はこのキャラバンには合わない。何なんだろうか彼は、私は警戒心を強めた。そして彼は私と竜の間に立って叫んだ。
「あいつだ! あいつの竜が火を点けたんだ。大事な森を焼いたあいつには相当な罰を与えなくては! あの連れている竜にもだ!」
反射的に剣を向けた。冒険者に向けたつもりだったが、竜使いの娘は他の娘の後ろに隠れてしまうし、竜からも威圧感を向けられる羽目になった。一度剣をしまい、近寄りがたい圧力に耐えながら竜の方へ歩く。冒険者は私にすり寄ってきて何かを言うが耳に入らない。そして竜使いの娘に問う。
「詳しい話を聞かせてくれ。お前が、その竜がこの火災の原因というのは本当か?」
話さない彼女を見て早く竜の圧力から逃れたい私は叫んだ。
「どうした! 黙っていてはわからんぞ!」
娘は怯え、竜からの圧力は余計に酷くなったが、声を張り上げないと何も言えないくらい緊張していたのだからしょうがないじゃないか。どうしようもなく立往生していると後ろから肩を叩かれた。先ほど別れたアロッドだ。
「それを詳しく話そうとエリシンまで戻っていたところなのです。騎士様。町でこの子の話と彼らの話をそれぞれ聞いてください」
彼らというのはあの冒険者らしい。あんなのが何人もいるのか。そしてあの娘と彼らは火事の原因を知っているということなのだな。そして見かけで判断してはいけないとは思うのだがあの冒険者たちは何か後ろ暗いものもありそうだ。そこらへんをつけば情報が得られるだろう。
「わかった。彼らにも火事の原因をなぜ知っているのか聞けばいいのだな」
薄汚れた冒険者をにらむと顔を背けられたが奴らも何か知っているのは間違いない。
翌日、一足先に私はキャラバン隊と共にエリシンに帰ることにし、ウォルターには私の手紙を預けた四人の騎士に行ってもらうことにした。
キャラバンの馬車に保護した旅人を任せ先頭を歩く。本当は中間で前と後ろを見張っていたかったのだが、馬が竜に怯えたので竜は殿を歩いてもらっている。しかし昨日ほど獣を見ない。これも竜の気配のお陰なのだろうか。
人数も多くなったので、森の中でもう一泊を覚悟していたのだが日がくれる頃にはエリシンの町の城壁も見えた。思ったより早く行軍ができていたみたいだ。その事を団長のコンラッドに言うと
「私共は旅慣れていますし、ジークフリートのお陰で大きな戦闘もありませんでした。それに急がねば次の稼ぎを逃してしまい団員が飢えます。ならば多少の無理はいたしますよ」
そう言って彼は城壁の外の空き地に天幕が出来るのを確認していた。
一通りの段取りが出来ると彼と何人かの団員、そして竜使いの娘がこちらに来た。今から城壁の中で聴取を行うのだ。もちろん何かを知っていそうな冒険者は逃がさないように私の部下に連行させる。
彼らは騎士の見張りを付けて会議室横の部屋に入れた。聴取の際のみ一人ずつ会議室に呼び出すのだ。もちろん口裏あわせはできないように私語を禁止するための騎士の見張りだ。実際には人手がなくまとめて連行したので口裏を合わせる隙もあったと思うが念のためと慣習によってだ。
そしてコンラッドと従者一人を会議室に案内する。
会議室に入るとコンラッドに聴取に参加してほしいと頼まれた人達も揃っていた。
次期領主でもある領主の息子アルベルト様、エリシン支部冒険者ギルドマスターのカイ殿、我らの傭兵ギルド騎士団長のヨイク、そして労働組合長のギデンツ。
これだけの御偉方が集まると室内の空気は緊迫感溢れるものになってた。もう探り合いが始まっているようだ。確かに町のそばでの火事というのは大事件だし、各ギルドの調整も行わなくてはいけない。しかし今の状況でこの規模の話し合いが必要なのだろうか。コンラッドが持っている情報はそれほどまでに重要なのだろうか。疑問はつきない。
コンラッドを案内した私は逃げるように部屋を出ようとした。しかし後ろから声がかかる。
「オキス、お前はこの会議に付き合え。森の様子も知りたいからな」
団長の命令とあればそれは義務である。外にいる騎士に武器を預けヨイクの横に座った。
それを見てアルベルト様は
「揃ったみたいだな。それでは会議を始めたいと思う。父上に代わり私、アルベルトが議事を進めることとなっている。異論はあるか?」
誰もなにも言わない。領主様が直々に来ないのはこの会議を重く受け止められていないのか、それとも他で忙しく来れないのかが気になったが、私の役割ではないのがわかりきっているのでなにも言わない。他も同じだろう。これはただの慣例であり混ぜ返すことではない。
「異論は無いようだな。それでは会議を始める」
こうしてすぐに終わると思っていた会議が始まった。




