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1. 冒険者の再就職

「長い間お疲れ様でした」


 そう言って、受付嬢は俺が署名した書類を俺のギルドカードと共に裏に持っていく。とうとう俺も冒険者を引退するとは、ちょっと感慨深いものがある。

 辞める理由は同じく冒険者として旅をしていた妻が妊娠し、旅を続けられなくなったのでこのブロムという町に定住することになったからだ。

 なぜ、定住するのに冒険者を辞めなければいけないのかというと、冒険者の稼げる依頼は街から街に移動するときか、街を拠点にしても数日の泊まり込みが必要な依頼が多い。街の中で終わる簡単な仕事もあるがいくつか受けてやっとその日の宿代になる位の報酬しかもらえないことも多い。

 これからは家族も増えるし、安定した稼ぎがもらえる仕事に転職するつもりだ。その準備として冒険者ギルドから退会しているのだ。

 受付嬢はギルドカードを持って戻ってきた。先ほどまで黄色だったカードは透明になっている。それを受けとると、先ほどまで冒険者ギルドと書かれていたところに労働者組合と書かれていた。これで本当に俺は冒険者じゃなくなったのだ。


「それでは以上で手続きは終了です。今後のあなたのご活躍をお祈り申し上げます」


 ちょっぴり機械的な声と真面目な表情で告げられて、寂しさを覚えたが、軽く会釈して席を立つ。ギルド会館から出るときに振り向いたが、特に誰も話しかけてくるでもなく、ましてや引き留めようとする人もなかった。

 拠点にしていた町ではなかったので、知り合いも少ないし当たり前ではあるが、十五年在籍していたギルドを去るのにという思いも多少あった。

 そして大通りに出ると労働の斡旋と是正を行う労働者組合に足を向けた。妻にはできるだけ早く次の仕事を見つけるようにと言われているので、とりあえずどんな仕事があるかは調べておかないといけない。

 労働者組合の建物に入ると受付では列ができていた。一瞬怯むがそれに並ぶ。

 太陽の光が赤く染まり始めた頃、やっと自分の番となった。7と書いてある部屋に案内されると中には白髪混じりのじいさんが座っていた。俺もじいさんの目の前にあった椅子に座る。じいさんは顔をしかめたが気にせず話しかけた。


「この街にはどんな仕事があるんだ? できれば毎日家に帰れる仕事がいいんだが」

「お主は礼儀が足らんのう。これでは接客業は無理そうじゃな」


 俺はいきなり言われた無理という言葉に反応した。


「初対面で人のこと勝手に決めつけんなよな。武器屋なんて礼儀も何もあったもんじゃねえや。そうだよ、武器屋なんかはどうだ?」

「お主が言っているのは生産ギルドの直売所の武器屋かの? あそこは職人気質で言葉が荒いだけで、下積み時代は逆に師匠や先輩に対しての礼儀をしっかり覚えさせるからのう。お主のようなものが行っても辛いだけじゃ」


 やってみなきゃわからないじゃないかと言おうとするとじいさんは


「それにじゃ、仕事を探すといってもわしはお主のことを何も知らんのじゃ。何ができて何ができないのかを教えてもらえるかのう?」


 そう言って質問をしてきた。

 名前はマークだ。

 読み書きはギルドの依頼書くらいの簡単な文は読めるけど書けない。

 計算はだいたいわかる。細かいところは気にしない。

 冒険者時代は何やってたか、剣で敵をぶちのめしていたよ。魔法なんて派手なものは使えねえな。もっと細かくだ? 

 六人パーティーで剣が二人に槍が一人、弓も一人、魔法が二人だったな。うちの嫁が治癒魔法士だったんだよ。荷車引きながら転々と旅したものだ。馬車は扱えるかって? あんな高いものは持ってなかったよ。人力の荷車に大きな荷物は載せてたな。もちろん俺は馬車の扱いなんて知らないぜ。

 なぜ冒険者をやめたのかって? それはあれだよ、嫁さんが妊娠してしまったからだよ。旅もできなくなるし腰を落ち着けようと思ってね。

 なぜこの街に住むことにしたのか。俺も嫁さんも農業と狩猟しか無いような田舎出身だから大きな街に憧れていたんだ。だからこのローゼン王国の王都の衛星都市、ストローブの傘下で一番新しい街を選んだんだ。


「新しい街っていわれても十年は経っているんじゃがの。それで誰かこの街で知り合いは居るのかの」

「それは、常連になった酒場の店員とか宿のおばちゃんとかかな」

「もうちょっと自分の仕事に関わりそうな知り合いはおらんのか? 冒険者ギルドの先輩とかで」

「この地方にはあまり来なかったからな、あまりこの地方には詳しくない」


 そういうとじいさんは頭を抱えて机に突っ伏す。心配して身を乗り出すと急に起き上がった。あと少し近づいていたら頭突きを受けるところだった。


「ああ、もう! 得意なことはないのか? 冒険者ギルドでの最終的なランクはいくつじゃ?」

「得意なことは力仕事だぜ。ギルドランクはC+だったな。そうだ運送ギルドの荷運びなんかはどうだ?」

「文字が読めんと配達先に行けんじゃろうが。ランクは中の上じゃな。予備冒険者は登録したのか? 微々たるものじゃが年金もでるぞ。というか訓練監督者とかにはならなかったのか?」


 そう言いながらじいさんは手元の資料を見始めた。しかしいまのことでわからないこともあった。


「その予備冒険者ってなんだ?」

「はあ~、そっちも知らんのか。ギルドを抜けるときに説明は受けかったのかの?」

「わからん、それになってるかの確認とかってできるのか?」

「ギルドカードを貸しとくれ」


 じいさんにギルドカードを渡す。するとおもむろに呪文を唱えた。するとギルドカードの表示が変わった。じいさんは指でなぞって確認してから基本情報に戻してカードを返してきた。


「一応、予備冒険者の登録はされているようじゃな。本当にお主は説明を受けとらんのか?」

「そういやなんか紙をもらったな。読めねえから帰って嫁さんに読んでもらおうかと思ってたやつだ」


 そう言い鞄に無造作に突っ込んでくしゃくしゃになった紙を取り出し、じいさんに渡した。


「これが予備冒険者の説明じゃな。わしが説明してやろう」


 じいさん曰く予備冒険者とは自然災害や魔獣災害とかの緊急事態になったときに行われる強制依頼には参加する義務が発生するそうだ。あとは年に数回、ギルドの訓練所で訓練をしなければいけないらしいのと、緊急招集に対して特別な理由もなく断ると前回の緊急招集からの年金の返還と予備冒険者の登録削除となるらしい。

 結局は辞めるタイミングが重要なんだとか。年で体が付いていかなくなったら年金が惜しくても辞めないといけないそうだ。そうしないと緊急招集で命を落とすこともあるのだと。


「わかった、わかった。それで俺にふさわしい仕事はあったのか?」

「そうじゃな、傭兵ギルドに入って商業ギルドから依頼される用心棒なんかはどうじゃ? これなら剣士としての腕前も衰えんぞい」

「商業ギルドで働くのに傭兵ギルドなのか? なんか面倒だな」

「昔は商業ギルドで直接雇ってたんじゃよ。だがな、色々と問題も多くての、傭兵ギルドに依頼することになったんじゃ」

「それじゃ、俺は傭兵ギルドに行けば良いのか?」

「そうじゃな、傭兵ギルドなら他にも門番の仕事とかもあるし良いじゃろ。冒険者を引退した者も多いしの」

「ありがとな、じいさん。それじゃ明日行ってみるぜ」

「それでは今後の活躍を祈っておるよ。がんばるんじゃぞい」


 労働者組合の会館の外に出るともう暗くなっていた。酒場の灯りと屋台の灯が通りを照らしている。屋台で家への土産を買い込み、この間借りたばかりの家に帰る。




「ただいま、リーサ」

「おかえりなさい、マーク。仕事は見つかったのかしら?」


 家に帰った俺を出迎えてくれたのは嫁のリーサだ。お腹も目立つようになって来ていて、医術ギルドの見立てでは冬に入る前には新しい家族ができるそうだ。もう夏も終わるのでもうちょっとだ。それまでに生活を安定させなければいけない。

 今日の労働者組合で聞いた話をリーサに伝えようと思ったらリーサの後ろから声がする。


「帰ってきたか、やっぱり冒険者続けようぜ」

「やっぱりパーティーが二人減ると厳しいよ~」

「特にリーサさんね。回復魔法使える人が一人抜けちゃったのが大きいのよ。回復魔法はグリンも使えるけどリーサさん程じゃないし」

「ちょっ、確かに俺の回復魔法は専門じゃなくて属性魔法のおまけみたいなものだけど、冒険者で回復魔法使える人は少ないんだ」


 騒々しく人の家で飲んでいるのは数日前までパーティーを組んでいた奴らだ。

 リーダーで武器は槍のハンス、弓使いのミノア、剣士のフレイ、そして魔法使いのグリンだ。

 春の終わりの雨季でリーサの妊娠がわかったあとはこのブロッサムに拠点を作って冒険者をしていた。そしてある程度のお金が貯まり、数日前に家を借りたのを機に俺はパーティーを抜けたのだった。もちろんリーサも妊娠がわかった時点でパーティー抜けていた。

 よって今のメンバーはこの四人となっている。冒険者ギルドで条件の合う人も探しているようだが上手いようには見つからないみたいだ。


「今日まで近場の討伐依頼と採集依頼やってみたんだが、戦闘が長引いて効率が悪い。リーサもいなくなってからは知ってるだろ。グリンの魔力を回復魔法に回すために広範囲魔法を節約して手間取るのを。それに加えてマークがいなくなって完全に火力不足だ。やっぱり新しいメンバー見つかるまでは手伝ってくれよ」

「悪い。今日冒険者ギルドで退会手続きしてしまったからもう手伝えない。お前らだから信用はしてるが、それでも流れみたいなことはできない」

「そうね。それにマークにはちゃんと稼いでもらわないとね。私も神殿でそろそろ長期休暇に入りなさいと言われてるし、そうしたら冒険者の稼ぎじゃ暮らしていけないんだから。それでもう一度聞くわ。仕事は見つかったのかしら?」


 ハンスから愚痴混ざりの勧誘を受けていた俺にハンスの後ろからリーサが口出ししてきた。最近少しばかり俺に厳しい。確かに不安もあるだろう。今のそれなりの稼ぎがある神殿の仕事を休職してこれから当分は俺の稼ぎだけとなるのだから。

 労働者組合に行ったこと、そして傭兵ギルドを紹介されたことを言うと。


「見つかりそうなのね。良かった。それなら近いうちに私も休めるわ」

「傭兵ギルドか~、マークの戦い方で受け入れられるのかな?」


 ミノアが突然話に入ってきた。そして俺の戦い方についてケチをつけてくるのはどういうことだ。


「そうだよな。Cランクの冒険者なら新人の育成のための教官とかも斡旋される時もあるしな。やっぱりマークの戦い方が真似できないからか」

「魔力の無駄遣い。結局俺とリーサが教えても属性魔法はできなかったものな。身体強化と自己治癒の無魔法だけしか使えないのにメンバーの中で一番魔力が高いなんてやっぱり魔力の無駄遣い。俺にその魔力の半分でもいいから寄越せ」


 魔力の無駄遣いって失礼なやつだ。それに属性魔法は覚えることが多すぎるんだ。


「しょうがないじゃないか。面倒な呪文とか魔力回路を考えなくても力を入れたい場所を意識するだけで身体強化ができて楽なんだし。自己治癒は親に文句言ってくれ。暴走した魔力が危ないからって、毎晩、指を傷付けて魔力で治すなんてことやって魔法を使わされたんだから」

「それで付いた二つ名が『パワフルゾンビ』だっけ? 致命傷以外のの怪我ならすぐに治って、しかも武器も他人が持てないようなばかでかい大剣だしな」


 その二つ名を言うな。恥ずかしい。いつもと同じやり方を合同依頼の時にやってたら周りから言われ始めた二つ名なんだから。


「正直、あの治癒魔法が他人にかけられたら、いろんなギルドから引く手あまたなんだろうけどな」

「しかも連続で使用可能なくらい魔力の容量は多い。やっぱり魔力の無駄遣いだな。他人のために使え」


 なぜか最終的には俺の戦い方についての話になって夜は更けていった。




 翌日、ハンス達を送り出した後、俺も傭兵ギルドの会館に向かうために出かける。傭兵ということで冒険者時代の鎧を装備し、背中に大剣を担ぐ。そして冒険者ギルドや商業ギルド、神殿ギルドなどの大きなギルド会館のある通りから一本外れた、中小ギルドやギルド会館が小さくても問題ないギルドが立ち並ぶ通りに傭兵ギルド会館はあった。

 中に入ると幾人かの鎧を装備しているものが目につくが、何よりも気になるのは頭の上から爪先まで同じデザインの鎧を装備していることだ。それに加えて剣までサイズの違いはあるにせよお揃いなのには驚いた。

 この中で俺だけ違う装備ということに一瞬怯んだがカウンターの中に受付の文字を見つけて、とりあえずそこに行き、ギルドに入りたいことを告げた。


「それでは入会担当との面接がございますので用意ができるまでしばらくお待ちください。それといままでの実績及び犯罪歴を調べますのでギルドカードをお借りします」


 真面目な表情で淡々と言われ、昨日の冒険者ギルドの受付も同じだったなと思い返した。笑えばかわいいだろうに何でこんなに固っくるしい受付嬢ばかりなんだろうか。

 そして少しばかり椅子に座って待っていると名前が呼ばれて、事務室の裏の小部屋に案内された。部屋の中で待っていたのは俺と同い年くらいの線の細い青年で、椅子に座っている姿も妙にキザったらしい態度が鼻につく。


「ようこそ傭兵ギルドへ。僕はこの街の傭兵ギルドの採用担当官、ディックだ。あなたのことは知ってるよ。パワフルゾンビのマーク。それともマクスウェル・ハードナーと呼んだ方が良いかな?」

「マークだ」


 捨てたはずの本名を呼ばれた俺は奴を睨む。しかし奴は気にした風でもなく


「そんなに睨むなよ。このギルドカードに情報入ってるんだよ。これまでの経歴や戦績は確認するからね。犯罪歴とかも調べるし、このカードって便利だよね。あなたみたいな隠したいものがあっても隠しきれない。もちろんここまで細かい情報を見れる人は限られるけどね。冒険者ギルドの受付なら犯罪歴調べるくらいだよ。まあ無駄話はこれくらいにして、マークは傭兵ギルドで何をしたいの? あとどれくらい稼ぎたいの?」


 奴はへらへらした態度と空気から一転して急に緊張感のある雰囲気になった。少々面食らったが


「昨日、聞いた話では商業ギルドの用心棒とか街の門番の仕事もあると聞いたんだ。この街の中での仕事がいい。稼ぎは嫁さんと今度生まれてくる子供を食わしていくだけのものが欲しい」

「街の外に出ない仕事で必要な稼ぎは日に銀貨五枚から十枚くらいか。宿はどうしてる?」

「家を借りた。借賃は季節の日に金貨三枚払うことになってるな。次の季節の日までの借賃と手続きの代金として金貨五枚は払ってある」

「結構良い家借りてるな。だけど手続きの代金が少しぼられてるね。まあ勉強代だ。取り返す手間の方が大きくなる絶妙のバランスになってる。だけど一日に銀貨三枚強貯めないといけないのか。そうすると毎日働いても一日に銀貨十枚か。少し休みも入れないとギルドメンバーが倒れたときに、ギルドが悪者にされるから一日十五枚の仕事かな。それで良い?」

「それで良いと聞かれてもぶつぶつとお前が言ってるだけでわからないんだが。それで条件に合う仕事はあったのか?」

「とりあえず条件に合う仕事はというと、門番で一日交代の一番きつい仕事ならマークの要望通りの稼ぎにはなるはず。あとは難しいけど商店の専属の用心棒かな」

「それはどれくらい稼げるんだ?」

「えーっと、門番が一勤務につき銀貨二十五枚、商店は一勤務につき銀貨十三枚だね。だけど今のあなたは商店の仕事は紹介できない。てかまだあなたを傭兵ギルドに入れるかも決定してないからね。他にも実技試験もやらないといけない。ちなみに傭兵ギルドは装備品が全て支給される既製品なんだ。いまあなたが着ているような立派なものじゃないから、それはいま用意するしそれに着替えて裏の訓練場に来て」


 そう言ってから奴は机の上にあったベルを鳴らして、他の職員が入ってくるのと同時に部屋を出ていった。入ってきた職員は先程ギルド会館に入った時に見た鎧を持ってきていた。これに着替えろということなのだろう。

 とりあえず職員に手伝ってもらいながら脱いで、また着る。この支給品の鎧は軽くて少し不安がある。そしてすぐに裏の訓練場に案内された。

 訓練場は冒険者ギルドのものと違い、一対一で戦うことしかできないくらい狭かった。そこで待ち受けていたのはさっきの優男、ディックだ。あいつが実技の試験も行うのか。だったらこてんぱんにしてやろう。


「そんな怖い顔をしないでくださいよ。あくまでも試験ですからね。あと僕もそんなに弱くないですよ。武器はそこに立ててあるやつ使ってください。もしかしたら使い辛いかも知れませんけど支給品ですし、もし傭兵ギルドで働くことになったらこちらと同じものを使ってもらいますので」


 奴が指差した先には武器を入れてある箱があり中には様々な武器が二本ずつあった。剣も何種類かあったので柄を握り、自分にあった剣を選ぶ。全て持ち上げた中で一番重いものを選んだ。重いといっても自分の大剣の半分以下の重さだが。

 それを戦いで使えるか試すために身体全体に身体強化の魔法をかけ、何度か素振りをする。少し剣先の速度が剣が軽い分かなり速くなるが、上手くタイミングを図れば大丈夫だろう。最後に一度、本気で振って奴を威圧した。

 すると不思議なことが起きた。奴の後ろにあった壁に何かがぶつかった音がしたのだ。


「危ないじゃないですか。剣に風属性の刃を乗せたんですか? 結界石なければ死んでましたよ」

「どういうことだ? いまの音はなんだ?」

「あなたが使った魔法じゃないんですか? 不意討ちは勘弁してくださいよ。てか、殺す気でやるということですか?」


 さっきまでのおちゃらけた雰囲気が飛び、殺気だけがこちらに向けられる。身体中から冷や汗が吹き出して生存本能が警鐘を鳴らす。どうにかしないと


「待て待て、魔法は身体強化しか使ってない。今のも少し素振りをしていただけだ」

「本当ですか? 別に僕を狙った殺し屋ではない? まあ良いですよ。命は取りませんけど少し本気でやりますよ」


 言い終わると同時に奴が地面を蹴り、一瞬で距離を縮められた。横に振るわれた剣に自分の剣を合わせ弾き飛ばす。しかし力で押し負けて体勢を崩してしまう。先手を取られ、更に身体強化を使っているときに力負けして怯んだことで、向こうのペースに乗せられた俺は、そのあと続く連撃を致命傷を受けないように剣で防ぐか避けるので精一杯だった。多少かすったくらいの傷は自己治癒で回復するので問題ないが、それでもキリがない。一度、体勢を立て直そうと後ろに飛んで距離を取ろうにも、同じ歩幅で突き進んでくるから離れて一息付く暇もない。そこで主導権を奪うため、弾かずに受け止めて鍔迫り合いに持ち込んだ。そして身体強化に使う魔力を増やし、全力で相手の剣を押し上げる。若干、体が浮き上がったところに追撃を繰り出す。これは剣で止められるが攻守は入れ替わった。相手にどんどんと打ち込んでいく。すると次第に剣を振るうスピードが速くなり、それに相手の動きが追い付かなくなっているのがわかった。そして一瞬の隙が生まれたところで全力で剣を横に振るう。後ろに飛ばれてかわされたが、相手はそのまま宙に浮き壁まで吹き飛ばされた。予想と違った結果に一瞬戸惑ったがすぐに距離を詰め、首に剣を当てた。


「参りました。久しぶりですね、試験で負けたのは。いつも技量を確認するだけですし軽く流すんで」

「じゃあ俺もそれで良かったよ。死ぬかと思った」

「いや~、たまには本気出さないと剣技も衰えちゃいますしね。今度から個人的に依頼出しますんで時々やりましょう。私とやりあえる人って貴重なんですよ。ここも中都市なので」


 なんかふざけたことを言い出した。こいつとやりあってたら命がいくつあっても足りない。


「てか本気出さないんじゃなかったのかよ」

「僕の本気は属性魔法も込みですからね。ん~、今のは剣技の全力ですかね。てか最後の一撃は何ですか? 魔法使うなら僕も魔法使った本気で次はやりますよ」

「さっきから言ってるが魔法は身体強化しか使ってない。身体強化はお前も使ってるだろ」

「身体強化だけですか。ちょっと待ってください」


 考え込んでいた奴は首もとから小さい珠が無数に連なったペンダントを取り出して眺めていた。


「物理攻撃の結界石が壊れてるな。魔法の方は一切変化なしか」


 あのペンダントになってるのが結界石らしい。金貨一枚に満たない価格の安い魔道具である結界石でもあの量は普通じゃない。


「ちょっと僕はあなたの後ろにいるので、剣をさっきみたいに思いっきり振ってくれる。できれば縦に」

「それはいいが、ほら!」


 奴の要求通りに剣を思いっきり下に叩きつける。すると目の前の地面が抉れ、その先の土も巻くれ上がり最後は壁が爆発した。

 呆然としていると、訓練場の入り口から何人もの人が出てくる。


「どうしたんですか。ディック様」

「何の音ですか」

「心配要らないよ。ちょっと試しに彼の能力を試してただけだから。あとで直しておくし戻っていいよ」


 そう言って心配して来た職員達を会館の中に帰し、また訓練場は奴と俺の二人となった。


「さっきのはどういうことなんだ? 本当にただ剣を振っただけだぞ」

「夏に風を起こすための道具で扇子ってあるの知ってるよね。あれも振れば風が起きるでしょ。まああれと同じで振った剣で風を作っていたみたいだね。いままでこういうことなかったの?」


 突拍子もないことを言われて考える。


「……無かったな。この剣軽すぎていつもより振るスピードが速いんだよ。その性じゃねえか」

「それでも普通はこんなこと起きないと思うよ。僕も風魔法使わないとできないもの。だけど困ったな。支給品で使える武器ないよね。それが一番重い武器だから更に軽くしても同じことが起きるし、剣振っただけで周りに被害が出るなら仕事は限られるよ」

「じゃあどうすればいいんだ?」


 この言い方だとここでは働けないのかもしれない。だけどダメって言われるまでは粘る。嫁さんも怖いしな。

 相手も考え込んでいたが


「本当に文字の読み書きできませんか? 名付きの家で十二才まで育ったら親に教育されてますよね」

「もう十五年も触れてないんだぜ。確かに家出るときまではちゃんとできたけどよ」

「もう一回覚えませんか? それだけで仕事の幅が増えるんですよ。もちろん警備の仕事をやる片手間でいいですから」

「どうしてそういう話になるんだ? 警備の仕事だけでいいじゃないか」

「一番の理由はあなたを囲っときたい。だけど今のあなたでは満足に稼がせられないんだ。あなたは強いけど、警備の仕事は強いだけでは務まらないからね。あとは読み書きができる人が足りないというのもある。名付きの家と商店の子息くらいだからね。まともに教育を受けれるのは。学院ギルドなんて名付きか金を見せるかしないとろくな対応もしないから。だから将来的には事務職をやれる人間が欲しいわけ。それで一度、教育を受けたものが目の前にいたら使えるようにしたいよね。わかった?」


 早口で捲し立てられたからわからないこともあるが、読み書きできれば稼げるってことか。だけどこいつはなんだか別の理由もありそうだ。


「なあ、あんたは何なんだ? ただの採用担当じゃないんじゃないか?」


 そう尋ねると奴は身体をビクッと震わせた。そして先程までの勢いもなく探るように


「なぜそう思われたのですか?」

「いや、さっきの話だと俺に警備の仕事の適性がないんじゃないのか? だけどあんたは俺を何かしらの理由をつけてこのギルドにいれようとしている。さっきからなんとなくちぐはぐなんだよな」

「いや、ちゃんと公平に審査してますよ。そして適切な人事をするようにしています」

「いや、適切な人事だったら俺を無理矢理文官にしようとはしないだろ。それにさっきの実技の試験だっておかしい。最初の一撃なんて身体強化無かったら死んでたぞ。それにあんたに読み書きのこと話してないよな。何を隠している?」

「いや、だからあなたをギルドに入れるためにこんな仕事ありますよって説明しただけですし、実技試験は受験者のレベルに合わせているだけですよ」

「入れるためって適性がない俺をそこまでして入れたがる理由はなんだ?」


 適切な人事をしてると言ったあとですぐに入れるためと来た。こいつは何を考えているんだ。


「ですから」

「お兄様、もういいですわ。彼に疑いを持たれてしまってます。これではちゃんと説明しないと納得してくれませんわ。少し落ち着くために、そしてゆっくりと話すために会館の中に戻りましょう。マークさんも入ってください。これまでの事情を説明いたしますわ」


 奴が声を荒げてまた実もないことを言おうとしたとき、一人の女の声がそれを止めた。声がした方を見ると、そこにはこのギルドには似つかわしくない、まだ幼さが残る女が立っていた。青いドレスに包まれた身体は細く、戦いなんてものとは縁がないことは一目瞭然だ。しかしその青い目にはしっかりと力が宿っていてその目で見つめられたら少し気持ちが落ち着いた。

 そしてそのまま彼女に促されて最初の部屋に戻った。

 部屋にはお茶も用意されていたので戦いで喉が渇いていた俺は一気に煽る。香りも味も家に置いてある安いお茶とは全く違い高級品なのがわかった。

 空になったカップに彼女がポットからお茶を注いでもらい、一息ついたところで彼女は話し始めた。


「はじめまして。私はエレノーラ・ブロムと申します。名前の通りこの町を治める一族に連なっていますわ。役職としてはこの傭兵ギルドのギルドマスターです」

「僕はディクソン・ブロム。こいつとは従兄弟で僕が将来の領主になる予定だ」

「まあ人生経験みたいなものですわ。それと人を見る目を鍛えるのもあるかしら」


 こいつは恐れ入った。なんでギルドに入りに来ただけだというのにこういう奴と知り合うんだ。

 しかも領主の息子がギルド職員でその従姉妹がギルドマスターだと。古い記憶の中で違和感があった。


「おい、ギルドの独立はどうなってんd…ですか? 土地を治めるものはギルドの運営に関われないだ…ですよね」

「やはりある程度の教育はあるようだね。それもあるから土地を直接治めているわけではない姪がギルドマスターで、息子は職員なんですよ。僕も領主を継承するときに息子なりに引き継ぎますしね。ギルドマスターは弟の息子が引き継ぐことになるでしょうか。あと名付き同士ですから口調は楽で良いですよ」


 少し複雑な関係があるようだ。確かに直接関わっていないがいいのだろうか。そして口調を気にしないで良いというならそれに甘えよう。


「それに理由もあるのです。傭兵ギルドの仕事は信頼がおける人物が行うことに重点を置くのですわ。門番とか衛兵が真面目に働かないとその領地は犯罪が多くなりますし、商店で野蛮なことをやったら旅人や商人が逃げてしまうでしょ。だから傭兵ギルドには幹部に領主の親戚が必要なのです。それに新しい町ですので各ギルドの幹部には遠縁の親戚も多いですよ」

「将来的に僕が領主になったときは、僕の選んだ人材が領地を守るっていうね」


 確かにと思うこともある。町によっては門を通るときに賄賂が必要だったり、恐喝紛いの用心棒がいる店があるということもある。そういう町は冒険者の繋がりで情報が流れてきて、どうしてもという場合を除き避けるのが通例だ。


「ちなみにマークさんの実家はどうなさってたんですか?」

「こんな大きな町じゃなくて小さな村だったから傭兵ギルドも無かったし、村唯一のギルド会館も商業ギルドと冒険者ギルドが一つにまとまってたな。神官も季節に一度来る感じだった」

「魔物や盗賊の襲撃はどうしたのですか?」

「両親が広範囲殲滅魔法を連発して退治していた。それであんたたちが俺を無理矢理に入れようとしている理由は?」


 聞いてきた質問に記憶をたどり返すが、問題は俺の実家の話より仕事のことだ。


「僕が気に……」

「マークさんの戦闘力は特殊なんですわ。継戦能力が高いのもそうですし、先程、遠距離攻撃も使えることもわかりました。それがもし裏や闇に所属されたらと思いますし、この町に住むというなら有事の際の戦力として所属してほしいのです」

「それはいいが、それでなんで事務作業を手伝わなければいけないんだ?」

「それはだn……」

「事務作業を手伝うというより、マークさんがこのギルドで働くのでしたら将来的には事務職が主な仕事となるかと思います。マークさんの戦闘能力は平時の町では強すぎるのですわ。なのでお給金をお渡しするために何か仕事を斡旋しなければいけないんですが、現場仕事は斡旋できる仕事が少ないんです。それに報酬も少ない日雇いですしね」

「報酬が少ないのは困るぜ。嫁さんに一日で銀貨八枚は稼いで来いって言われてるしな。文字も本当はある程度なら読めるが、流石に十五年もやってないから文は書けないと思うぜ」

「そうですか。計算はどうなんですか?」

「そっちも怪しいな」

「一度覚えたことがあるのですよね。やる気さえあればこちらで教えますし、いかがですか? もちろんちゃんと勉強してもらわないといけないですけど」


 この歳になってまた文字の読み書きと計算を教えられようとするなんて思わなかった。しかも戦闘系ギルドでこんな提案されるなんてな。


「さっきからエリーがいってる通り、今のこの町ではあなたの力は強過ぎる。だけど領主としては町にある程度の武力は常時準備しておきたい。何かあったときに周りの町から兵を借りるのも手続きに時間がかかってしまうし、借りになってしまうからね」


 しかしこの条件は大変そうだ。事務作業をしながら今の強さも維持しなければいけない。しかもこの町に何かあったときは最前線に行かないといけない。そして今から文字も計算も覚えなければいけない。仕事も慣れない仕事であろうし、やらなくちゃいけないことが多すぎる。やはり何も先のことは考えず冒険者をやって来た俺には無理なんじゃないか。


「やっぱり俺には」

「事務員として働くなら報酬は季節辺りローゼン金貨十枚。それとは別に兵士として仕事をした場合はその分の上乗せはもちろんある。どうだ?」


 いままで何も考えないで生きてきた自分には向いてないと断ろうとすると、その言葉を消すように声が響いた。そして季節辺りだが金貨十枚とは。家の借賃を払ったあとでもそれなりの金額が手元に残る。更にその金額に上乗せがあるかもしれないのだ。


「それは貰いすぎじゃないのか? ずっとギルド会館で仕事をしてるんだろ」

「名付きの事務員なんてこんなものだよ。というかうちで働くなら名付きとして働いてもらうよ。その方があなたの今後にも有利だし」

「ですが無条件という訳でもございませんわ。次の季節の日、秋の日までに読み書きを覚えてもらいます。それができなければ平の現場仕事ですわ。日雇いですし、収入は安定しないでしょうけど、割り振れる仕事が少ないのでしょうがないですわ」


 知らないうちに事務員になる方向で話が進んでいるし、それがダメだと稼ぎも低いものしかないらしい。


「ちょっと待った。さっき言ってた門番とか、商店での用心棒はダメなのか?」

「だから、剣を振っただけで周りに被害が及ぶ人が商店の用心棒は無理でしょ。門番だって町の中に衝撃波が飛んできたら危ないしね。もし斡旋するなら冒険者の案内人とか、郊外の街道警備ぐらいだね。こちらは良くて銀貨五枚くらい。それに町の外に出て数日間という仕事が多いよ。これはだからチャンスだよ。なんで名前を捨ててるかは知らないけど使えるものは使った方が良い。あなたが名付きでなければ入会なんてなかったかもしれない」


 そうだよ。名付きでいることも強要されているんだ。あの窮屈で結果を求められる名付きだ。冒険者は依頼の成功という結果で良かったが、名付きは抽象的な結果や、他人の生活を背負う覚悟が必要になることが多い。俺の両親も村の維持と新しい技術の考案を同時に行っていた。あんなに忙しい生活をしないといけないのか。それよりもリーサと相談をした方がいいんじゃないか?


「ちょっと家に帰って嫁と相談をしてもいいか?」

「別に構わないですよ。だけど返答はできるだけ早くお願いします。そうですね。明後日までに決めてもらえますか?」


 少し時間をもらって家でリーサと相談した。名付きだったことは驚かれたが、ギルドについては有無を言わさずに傭兵ギルドの事務員になることを求められた。読み書きの勉強も当分は家にいるから手伝ってくれるらしい。

 結局その事を翌日、エレノーラとディクソンに伝えると彼らは喜んで歓迎してくれた。その後、期限までに読み書きを必死に勉強し、事務職として傭兵ギルドに登録することができた。




 最初の頃は文字や計算に慣れず無性に戦いたくなることもあったし、丁寧なしゃべり方も崩れることが多かった。しかしながら同僚達も将来的には仕事を減らしてくれる新人の私には優しく根気強く教えてくれた。その甲斐もあってか二季節も過ぎる頃には基本的な仕事は一人でできるようになった。そして一年が経つ頃には任せられる仕事は全て遅れずにこなすことができ、最初に言っていた金貨十枚という報酬を貰えることになった。後輩も一人入ってきたので教える側に回り私が教えられたことを教えることもある。

 今は長男も生まれて二年が経ち、二人目もリーサのお腹の中にいる。事務員は本当に人が少なく仕事は忙しいが、最近は慣れてきてやめたいなんて思うこともなくなった。

 時々遊びに来るハンス達にも毎回冒険者に戻ろうと誘われる。最初に彼らに言った時は名付きだということは隠していたので、騙されているんじゃないのか、断り辛いから無理難題を出してるんだ、とかいろいろな意見を言われた。そして彼らはまだ俺がちゃんと働いているかを疑っているらしい。うちには来ないが新しいメンバーも少し加わったみたいで、安全に依頼をこなせるようになったそうだ。

 まあ、本当になんでこんな仕事に就いたのか。昔の冒険者をやってた私では想像もつかないことだろう。ギルド内でもディクソンやエレノーラに振り回されるし、一人立ちしたあとは同僚からたくさんの仕事を押し付けられる。

 気楽なその日暮らしの頃を懐かしく思うし、ディクソンやエレノーラにのせられずに、この仕事ではなく、日銭を稼ぐ仕事だったらもっと楽だったんじゃないかとも思う。

 そんな今の状況だが、それでも今のこの生活は幸せだと思う私がいる。

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