4.「滑稽滑稽烏骨鶏よ!」
青春漫画や恋愛小説のようなチープな別れ方と心情だが私は嫌いではなかった。
存外、あの文学少女を気に入ったようだ。
面倒事が嫌いな私が積極的に関わりたい訳ではないが、軽く離す程度なら……と思ったけれど、思ったんだけどなぁ。
「ヤンデレはとても美味しいわ。」
出会い頭で美少女が涎を垂らしながら恍惚とした表情で語ってる姿……
これは前言撤回に加え何と言うか。
オブラートに包んでも仕方ない正直に言おう。
大変気持ちが悪い。
略すとキモイだが、これを本人に言ったって無駄なのは分かってるから心の内に留めて置くことにしよう。
「ヤンデレは!凄く!美味しいわ!」
いやはや、『文学少女』は強調して台詞を言い直したではないか。
気持ちが悪い所ではなく血走った眼のせいでとても恐ろしい。
何度見ても美少女の血走った眼は怖い。
がくがく震えてしまう、ガクブルだ。
「それよりも涎をどうにかしてくれないか?」
「涎なんかどうでもいいのよ、それよりもヤンデレよ!」
分かっていたがどうしようもない。
手遅れだ。
「細かいことは知らないわ、ヤンデレよヤンデレ!ヤンデレ成分が足りないわ!」
「よし、落ち着こうか。」
「これが!落ち着いて!られないわ!」
私にはお手上げだ。さて帰ろう。
そう思い踵を返そうとしたが
「逃がさないわ。」
そう言って『文学少女』に腕を掴まれ空き教室まで連行されてしまった。
ドナドナ状態だ。
昼下がりでないどころか今日は晴れてすらいないけれど。
「分かった。分かったから落ち着こう。」
「何を言っているのかしら?私はいつも落ち着いてますわ。」
平常運転のようだがそれは落ち着いてるとは言わないのだよ。
私は諦めることにした。
「そんなことよりもヤンデレについてよ!」
口を開けばヤンデレ。
「昨今のヤンデレについて私は物申したいわ。」
またまたヤンデレか。
「ヤンデレの定義についてだけど、私もきちんとした線引きは分からないわ。
でも、ヤンデレは病んデレなのよ?病んでデレてるよの?」
…………。
「ただ相手を殺すのがヤンデレ?監禁するだけがヤンデレ?束縛?溺愛?苛める?笑止千万ですわ!
滑稽滑稽烏骨鶏よ!」
日本語って……なんだったけかな。
私の知ってる日本語と今聞こえてくる日本語は少しばかり違うようだ。
「ドSで彼女or彼氏を甚振る?ハッ、糞くらえですわ。何故それがヤンデレに部類されるのです?
最近多すぎるのよ、こうしとけばヤンデレだろうっていうものが!」
彼女は自分を落ち着けるためなのか深呼吸を始めた。
いや違う、ただ興奮して息が上がってるだけのようだ。
「監禁などはとても美味しいけれど、監禁しとけばヤンデレだろうというのは非常に気に入りません。
私が思うにヤンデレとして一番大事なのは恋愛の過程で好きすぎてどうしようもなくり、病んでしまう
ことだと思うの。その結果自分でも歯止めが利かなくなるとか、その行動を間違ってるとも思わない、罪悪感も感じない
、なにもかも自分が正しいという考えのもと行うといった感じね。」
そうなのかー。
雨が降らないうちに帰りたいなー。
「そ・れ・な・の・に・!」
なのにー。
「最近のヤンデレの皮被ったのはなんなんですか!!メンヘラじゃないですか!
自傷行為をして相手の気を引くなんてあれはヤンデレの部類じゃないわ!メンヘラよ!」
「私にはヤンデレもメンヘラも同じに見えるけれど。」
「お黙りなさい!」
あっ、口挟んでさーせんっ。
お口チャックしますねー、バッテンマークしますねー。
「世間一般からしてみればそうでしょうね。でもヤンデレとメンヘラの間にはエベレストよりも高い壁があるのよ!」
へーへー。
「貴女、私の話いつも適当に聞き流してるわね。」
「いやいや、興味深いからきちんと聞いているよ。」
ただ聞いてるだけだけれど。
「まぁ、いいわ。私の言いたいことはちゃんとしたヤンデレが読みたい、欲しい、美味しいヤンデレくださいってだけなの。」
そう言って彼女は荒い足取りで帰って行った。
ん?
ん??
ん???
「そういえば、明後日から台風か……。」
まさに台風。いや嵐。
今日は一段と訳が分からなかった。
雨が降ってきたから私も帰ろう。