第一話
必要ない内容がたくさん入ってしまった……!一万字は辛いんですよね。現にできなかったし。
旅は道連れ、世は情け。
誰が唱えたかはどうでもいいが、ふとそう浮かんで口元を緩ませた。
そもそも旅とは――言葉の意味自体は別の場所に行くことだが――道中の過程を楽しむものでもある。猫の形をしたロボットなのに、某青狸と呼ばれるかわいそうな未来の生き物のポケットからよく出てくる一面真っピンクなド派手なドア。それを開くとどこでも行きたいところに行けるという優れた道具ではある、が。同じくそのロボットが持っている道具に、真っ黄色な竹とんぼを模したものがある。それを体のどこかに装着して、目的地までの周りの景色を楽しむというのも一つの醍醐味だろう。
異世界トリップしたものにとって、道中の過程は重要なものとなる。街につくまでの間に魔物が飛び出してきたり、道に落ちている薬草を拾ったりと、その世界の雰囲気を知ることは、見知らぬ世界に飛ばされたものにとっては脅威となりかねない。「この世で一番幸せなことは何も知らないこと」らしいが、異世界トリップ者にとっては当てはまらないだろう。むしろ「無知は罪」の方だ。
たいていのトリッパーの主人公は「第一級フラグ建築士」の資格を持つ凡人、もしくは美形の男に分けられる。そしてその過程では間違いなく「イベント」が起きるのだ。街に着くまでの森で、魔物に襲われている美少女を助けたら、それが実は行こうとしていた街の王女だったり。屈強な男たちに襲われかけている女の子を助けたらそれが実は世界随一の魔法使いだったり。そしてそこから物語は始まっていく……のだが。
それは当然総士郎たちには当てはまらない。一瞬のうちにアグテブ国に到着してしまったのだから。
「さて。まずは何しよっか」
「……ギルド登録か宿屋にチェックイン」
「どっち先にしようか」
いくら自分の世界座標がキマナーザにあるとはいえ、総士郎はこの世界の住民登録をもってはいない。とすると先にキマナーザでの身分証明証を手に入れておく方が得策だろう、そう考えてギルドに先に行くことにし魔術を使う。
「《探検索》」
《探検索》、見つけたい物や人、場所などを広範囲にわたって探すことができる魔術である。スマフォの地図機能や検索機能を使ってもいいかとも総士郎は考えたのだが、せっかく魔法のある世界に来たのだ。使える時に使っておくべきだと考え、極力自分の力で済ますことにしている。結局のところ、その力自体も神からの恩恵であることに変わりはないが。
「あ、近い」
検索した結果、今いる場所から五十メートルほどらしい。国自体が広いので歩き回ることを危惧していた総士郎たちにとって、まさに渡りに船である。
「おお」
見るからにデカい建物を見上げて総士郎は感嘆の声を上げる。五階建ての――地球で言うと市役所のようなものだろうか、エントランスに衛兵が立っていたり、いくつかの窓口に分かれていたりと似ている点が多々見られた。
「《生産》、《農業》、《魔術》、《法術》……」
「む、向こうには《科学》なんてのもあるぞ」
受付窓口の分類を読み上げていくとモノも気付いたような声を上げる。ノアザーク国のみ科学と魔術の融合した場所だが、それでもノアザークにのみ科学系があるのはおかしいと考えるのが妥当だのでアグテブにあっても不思議はないが、それでも魔術が主軸の異世界において、科学の文字を見つけたことに少し驚いていたのも事実である。
分類区分はいくつにも分かれているが個々に登録する必要はないらしく、《ギルド》自体に登録をしておけば始めは《生産》系に所属していたとしても後々に変更も可能だということが分かった。ギルド登録は一か所でいいということだ。
登録受付は三か所に分かれている。まだ若々しい美乳の可愛らしい女性と荒々しい酔っぱらった風の男性、最後はもう定年間近位の老爺である。
「……さて」
女性の前にはそれなりの人数が並んでいるのに対し他の二つの受付には全く人がいない。受付の女性もあせってミスをしているのだろうか、先ほどから全く列が進んでいないようだ。それを列の男性たちは微笑ましいものでも見るかのような眼をしながら、しかし鼻の下を伸ばしながら眺めている。
「モノ、どこがいいと思う?」
「早けりゃ何処でもいいが」
「……んじゃ、男性と老人だったらどっちかな」
「爺」
同じ考えか。
ニッと口元を緩ませると総士郎とモノは老人の前まで歩くが、目の前まで来ているのに何も反応しない爺に総士郎は声を掛けた。
「お爺さん」
「……何じゃ」
「見て分かるだろう、登録だ」
「俺たち二人、ギルドに登録したいんです」
「……ホレ」
そう言って手渡された二枚の紙、一番上には《登録用紙》の文字が書かれていた。
「これに必要事項を書いてくれ」
「はい」
軽く挨拶をしてペンをとり書き始め、名前や年齢、出身国に主な武器などを埋めていく。魔力や適正属性の欄もあったが、適当な属性や魔力量を記入する。事実は時として残酷なものであるということを、総次郎はこの一年で嫌というほど理解していた。
「……嘘も方便、か」
かけられた声に総士郎は書いている手を止めてしまった。思わず老人の方を見ると口の端を釣り上げていた。
「まあ事実は書けんわな」
「……何のことですか」
笑顔を浮かべて返すとホッホッ、と笑って続けた。この好々爺が。
「お主らも分かっておるから儂のところに来たんじゃろう? たいていの若い衆は皆我先にとアリナの方に行くからのう」
アリナというのはあの女性受付のことだろう。あの見た目からして若者、というより男性は皆彼女の元に向かうと思う。つまり、あえてこの爺さんや隣の酔っぱらいの男性に向かってきた人物は早く済ませたいか男色家か不能者かもしくは――。
「お主らは儂が誰か、知っておるように見えるぞい」
「さあ、さっぱり分かりませんね。……はい、書けました」
「ん」
総士郎は知っていた。この老人――オルタレイ・ノア・スタンリーが、昔伝説と呼ばれた魔物の一匹「天獅子」を使役したことも勇者パーティーの剣士だった人に剣を指南したことも、実はノアザーク国現国王と親戚関係にあることも天下一武術会で過去最多の十四回連続優勝した経歴を持つことも。全て総士郎は学んでいた。知っていたのだ。
そして総士郎はまた、オルタレイが総士郎という異質に気が付くであろうことも予測していた。だからこそ、彼はオルタレイを選んだのだ。
この世界では明らかな異物である総士郎にとって、味方を増やすことは大前提としてあった。しかしその味方は王族でない方が好ましい。なぜなら動きが制限されにくいからだ。下手に王女と知り合って婚姻でも結ばされれば、確実にアウトだと考えていた。
そしてまた、その味方はそれなりに地位や権力があった方がいい。王族に声はかけられ、それなりに腕もある人物。その人物にこそ気に入られる必要性がある、総士郎はそう結論付けていた。
そして、アグテブにいる、一番気軽に声を掛けられそれでいて怪しまれずに居られる人物、それがオルタレイ・ノア・スタンリーというギルドの受付員だった。そしてその思惑通り、オルタレイのお眼鏡にはかなったようだ。
「……ふむ。ソージ・ローア・クーネとモノ・クローム・オルドラグーネか」
阿久根総士郎だからソージ・ローア・クーネ、安直で簡潔なこの世界での偽名である。モノクライムであるモノも簡単にもじって作ったようだ。
「まあ登録はしておこう……ホレ、あとはお主らの体液を染み込ませれば完成じゃ」
「……言い方が生々しいな」
カードを手渡されながらかけられた言葉にモノが悪態づく。唾液や血液、汗はもちろん体液の一部だが、「体液」と言われると別の方を考えてしまう。主に男性の自身から出る白濁液など。
総士郎はカードをぺろりと一舐めすると、途端に光り輝く。すぐに光は収まり、それを見てモノも舐めた。
「何じゃ。せっかくナイフを用意しておったんじゃが」
「わざわざ痛い思いをする理由も利益もないじゃないですか」
そう返答した総士郎だが、体液に唾液を選んだ理由は他にもある。その最たる理由が「ナイフが刺さらない」ことだ。
もともと神スペックだったチートボディだが、この一年でそのスペックは圧倒的に高まってしまった。自身でのコントロールは可能になっているが、それでもこの世界に来た頃よりははるかに性能はいい。それこそ、生半可の攻撃では一筋の傷もつけられなくなったほどだ。
オルタレイの用意したナイフでは血が出るかは微妙だった。それゆえ、総士郎は唾液を選んだのだ。
また当然ながら、モノが血を出せばその色が赤、すなわち人族ではないことがすぐにばれてしまう。モノは唾液を選ぶほかなかったのだ。
もっとも二人――正確には一人と一体――とも、カードを舐めるのが一番楽だと思ったからだが。
「これで登録完了じゃな。まあこれも何かの縁じゃろうて、儂のホームコードを登録しておいてやろうぞ。儂の名前はオルタレイ、オルタレイ・ノア・スタンリーじゃ。オル爺と呼んでくれ」
そう言ってオルタレイ――オル爺は自身のギルドカードを取り出すと総士郎とモノ、二人のカードに触れさせる。
この世界のギルド証明書、通称ギルドカードは連絡機能がついている。携帯電話で言う電話機能に当たるのが《念話》でメール機能に当たるのが《連絡網》だ。
《念話》は登録してあるホームコードに連絡すると、頭の中で簡単な会話ができる機能であり、《連絡網》は特定のペンと紙に文章を書くと、相手のギルドカードに簡潔な文章が送れるというものである。どちらもギルドカード保持者全員が受けられるサービスだが、機能させるためにはお互いのギルド登録番号、通称ホームコードが必要となる。登録するにはそれぞれのギルドカードを光るまで触れ合いさせておくだけなのですぐにできる。
「さて、登録は終わったわけじゃが……お主ら、これからどうするつもりじゃ?」
「とりあえず仮宿探そっかなと」
「旅の最中だしな」
「……この国にある宿泊所はおよそ二十か所じゃ。その中で儂がおすすめするのは二か所、と言ったところじゃの」
「む、爺さん教えてくれるのか」
「いやいや、お主らを気に入ったとはいえそこまでの義理はなかろうて。……それに儂を選んだお主らならすぐに分かるはずじゃ」
「買いかぶりすぎですよ。……まあ、買ってくれるなら、ご期待に添えてみせましょう」
二人は目を合わせながら笑う。それを見ているモノは白い目を向けてため息をついていた。
そしてお礼を言うと、ギルド出口に向かって歩き出す。
「……半年後が楽しみじゃのう」
そんな独り言を強化された耳は逃さなかった。
ギルド会館を出た二人は、宣言通りに宿屋を探していた。
「『宿り木』、『ホテル風見鶏』、『風車』、『グランドホテル海神』、……」
「本当にたくさんあるな」
「これなんか面白そうじゃない? 『民宿猫まんま』に『縁側屋』。この世界にも猫っているのかな」
「……猫はいないだろうが猫はいるぞ」
ニヒルな笑みとともにそう言われた総士郎は口元をひきつらせた。この世界の生き物は人か魔物かに分けられ、人間以外は魔物が占めていると言っても過言ではない。可愛らしい猫はおらず、獰猛で凶暴な猫位しかいないだろうというのは総士郎にもわかっていた。それでも夢は見させてほしい。
「……で、どこにするんだ?」
「もう決めてるよ。オル爺の二つのおすすめの内の一つで宿泊費が安く、朝晩二食付で部屋には鍵付き。トイレとお風呂がついている絶好の宿!」
「……細かいね」
そうだろうかと総士郎は首をかしげる。あのオル爺のおすすめに行きたかったのはもちろんだし、健全で常識的な日本人には節約の心がある。昼はどこかで食べるからいいとして食事付きなのはありがたいし、トイレもお風呂も共同というのは気が引けてしまう。――つまり日本人の心がある総士郎からすれば、何ら不思議のない絞り込み方なのだ。
「それがここ――『金平糖』!」
「甘そうで小さい名前だな。その割にそれなりに大きい」
五階建ての比較的軽めの民宿である『金平糖』。国の端の方にあるため値段も手ごろ、しかも料理がうまいらしい。しかし大手のホテルや民宿に比べると貧相に見えるらしく、いわゆる「知ってる人は知っている」宿屋である。
「ほら、入るよ」
「……ああ」
そうして宿を決め、二人は扉をくぐった。
「宿泊ですか?」
「はい、二人部屋開いてますか?」
「少々お待ちください。……はい、ございます。他にご希望の点などはございますか?」
「出来れば上の階の方がいいんですけど」
「かしこまりました。どれくらいのご予定で?」
そこまで言われて気が付いた。そうか、これからしばらくはこの国にとどまるんだ。
ポルゾンでは神アプリによるログハウスがあったため何ら気負うことはなかったが、いくら宿泊するとはいえ長期間はまずいんじゃないだろうか、そう考えた総士郎は「ちょっと待ってください」と断りを入れてモノと相談を始めた。
「どうする?」
「問題はどれくらいこの国にいるかということだろう。実際どれくらいいるつもりだ?」
「半年後の武術会くらいまではとりあえず」
「……だったら仮契約のアパートとかの方がいいだろう?」
あ、そっかと総士郎は心の中で手を打った。半年近くもホテル滞在よりは小さめのアパート、もしくはマンションで契約した方がいいだろう。だったらとりあえずは……。
「三日で」
「かしこまりました。お食事はどうなさいますか?」
「朝食・夕食付で」
「かしこまりました。……では、こちらが部屋のカードキーとなっております。オートロックとなっておりますので、くれぐれもご注意を」
そう言って渡されたカードには「四一二」と書かれていた。魔術が発達しているからと言って電子的なものがないわけでもなく、キマナーザとはいえオートロック機能等は存在している。個別に登録した魔力波動や魔力の質を変化させることにより、扉をロックさせることが可能になるのだ。
「四階か」
「ソウ、高いところ好きなのか」
「うん、絶叫系とか特にね。……まあ乗り物酔いしやすい質なんだけど」
自家用車、電車は何とかなるが、路線バスでも酔い止めを常備しなければいけなかったほどに総士郎の気管は弱い。車も両親以外のだとすぐに気分が悪くなるほどだ。今までの学校行事等で目を回したことは両手にも上っているのを思い出し、顔を青くした総次郎を見てモノはへえ、と声を漏らした。
「四一一、四一二……ここだね」
カードを通しピッと音がしてドアが開く。
「おお、なかなか」
「……そうか? 昨日までの方が好きだ」
「……まあ、あれはね」
扉を開けて広がってきた内装に総士郎は感嘆の声を上げる。異世界とはいえ文化は発達している、しかし科学ではないということから幾分低く見ていたが想像以上だった。
床にはカーペットが敷き詰められ豪華なソファにローテーブル、テレビに紅茶セットにシングルサイズの二つのベッド。おまけに洗面所は孤立しており、ユニットバスではなかった。これでゆっくり風呂につかれる、と喜んでいた。
一方のモノは今までのログハウスの方がお気に召したらしく、若干浮かない顔を浮かべている。
「……だったらアパート借りたらログハウスに繋ぐ?」
「ああ、そうだな。そうしよう」
即答された。ポルゾンに家は建てたまま完全放置しているから時々帰って掃除しなければとは思っていたが、一週間も経たずに帰ることになるとは思わなかった。まあ構わないが。しかしあのログハウスの何が気に入ったのだろうか、総士郎は疑問に思った。
「決まっているだろう。慣れだ」
「……さいですか」
だったら別にどこでもいいじゃんか! という言葉を胸にしまい荷物を置く。いつでもログハウスには帰れるので必要最小限の荷物だけが入った空間拡張魔法をかけたショルダーバック位しか持っていないのだ。
「んじゃ行こうか」
「どこにだ? もっとゆっくりしていけばいいだろうに」
「決まってんじゃん。せっかく異世界に来たんだし」
モノを振り返って笑顔で言った。
「まずは国を周らなきゃ!」