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第8話:幼馴染の宝物(3)

【前回からのあらすじ】

言葉数の少ない性格が災いして、芹を傷つけてしまったシズカ。

シズカは芹が失くしたという鳥の飾りがついたストラップを探すため、二階堂と共に夜の学校に忍び込む。

「――で、なんで僕らは学校に忍び込んでるのさ。しかも夜の十時の、真っ暗闇な、凍りつくような酷寒の中で」

 寒い。

 あまりの寒さに顎が震えて歯が小刻みに音を立てる。シズカは真冬の夜に平然と突っ立っている二階堂を恨めしそうに睨んでいた。寒い、とうめきながらポケットの使い捨てカイロを握っていた。

 冬の夜の榎町はまさしく酷寒。冷気を帯びた夜風を全身に浴びているこの状況は、暖房の効いた部屋の窓から星を眺めているのとはわけが違う。風邪どころか凍死したって何らおかしくない。

 辺りは暗闇だった。歩道に点在する外灯くらいしかまともな明かりがなく、懐中電灯の弱々しい光を頼りにシズカと二階堂は校庭を歩いていた。

 時刻は午後十時。

 生徒たちの喧騒であふれ返る昼間とは打って変わって、夜の校庭は静寂に包まれている。巨大な灰色の校舎も今は厳かな態度を以って横たわっている。

 雪を踏みしめる音が妙に耳につく。

 夜の暗闇に舞う白い雪が神秘的だ。校舎の窓から漏れる誘導灯の緑色の光も霊的な雰囲気を際立たせている。

 昼間とはまるで別世界。

 シズカの知る、うんざりとするほどの人間で沸き返る学校ではもはやない。

「そりゃあもちろん、芹先輩の宝物を探すためだろう」

 芹とけんかした理由をシズカから聞いた二階堂。彼はその夜、渋りに渋るシズカを強引に連れ出して夜の学校に忍び込んでいた。当然のごとく校門は堅く閉ざされていた。ところが学校を囲む金網の一部が破れていて、その穴から二人は侵入出来たのだ。穴は普段、不法投棄された冷蔵庫で隠されており、学校をサボろうとする輩の抜け道となっている。その情報を二階堂はあらかじめ先輩たちから仕入れていたのだ。

「そもそも、シズカが俺に助けを求めたんじゃないか。珍しく自分からメール寄越してさ」

「別に、退屈だっただけだよ」

 二階堂は「芹が怒って帰った」という旨のメールをシズカから受け取っていた。理由を詳しく聞いた後、二階堂はこの『学校潜入ストラップ捜索作戦』を提案・決行したのだった。

 芹に勝るとも劣らず、二階堂も友達思いのおせっかいなのである。

「僕は何も悪くない。ずっと昔のどうでもいいことを芹が勝手に憶えてて、勝手に大事にしていただけじゃないか」

 シズカの言い訳じみた物言いに、二階堂はいつものことながら呆れ返る。

「本当にそう思ってるのか?」

「……」

 うつむきながら沈黙。それがシズカの答えだった。

「仲直りするためには芹先輩のストラップは絶対に見つけなくちゃならない。女の子が男の子からもらったものを『宝物』として大事にしてる。それも何年も。シズカはその意味がわかるか?」

「さぁね」

 素直じゃないな、とそっぽを向くシズカに二階堂は苦笑しながら肩をすくめた。

「兎にも角にも、早速潜入だ」

「こんな大きな校舎からたった二人で探すの?」

「大きいといっても、隅から隅までくまなく探す必要はないさ。芹先輩が普段行動している範囲、そしてそこから携帯電話を取り出すような場所に絞り込めば範囲は相当狭まるはずだ。まぁ、さすがにトイレや更衣室には入れないけど」

 得意げに説明する二階堂に、シズカはある疑問を抱いていた。

「どうして他人事なのに二階堂はそこまでやる気出すの?」

 愚問とばかりに、二階堂は気障にほくそ笑む。

「他人事なんかじゃないさ。シズカのためなんだから。シズカだって芹先輩と仲直りしたいだろ? そうなると俺たちのやることといったら一つしかいない」

「余計なお世話。まるで僕の保護者みたいじゃないか」

「保護者ねぇ。あながち間違いでもないだろうさ。まぁ、嫌なら引き返してもいいけど」

「行くよ。今更引き返すのも馬鹿みたいじゃないか」

 早足で二階堂を追い越して、シズカが先陣を切った。

「ところでシズカ、少し話は変わるけど」

「なに?」

「夕方のときみたいにさ、真珠ちゃんのこと、芹先輩にはまだ打ち明けないほうがいいと思うんだ。俺も未来から来たシズカの娘なんて話を鵜呑みにしているわけじゃないけど、真珠ちゃんは何か理由があってそう言わざるを得ないんだろう。もし真珠ちゃんのことをありのまま芹先輩に話したらさ、ほら、あの人思い遣りがとっても強いっていうかさ」

 幼馴染を前にして、二階堂は困ったふうに言葉を濁す。

「あいつに根掘り葉掘り訊こうとするんじゃないか、ってことでしょ」

 シズカが代弁する。二階堂は頷く。

「今は真珠ちゃんの話が嘘か否かを求める段階じゃない。下手に詮索して真珠ちゃんを動揺させて信頼関係を崩すより、現状維持で彼女からのアプローチを待つべきだ」

「僕もそれでいいよ」

 メールと同じく、シズカの返事は相変わらず素っ気なかった。

「シズカは面倒なのが嫌いなだけでしょ」

 いや、違うか、と二階堂は訂正する。

「シズカは真珠ちゃんと暮らせればそれで充分、って感じだな」

「何を根拠に」

「シズカの表情を根拠にさ」

 シズカは自分の顔面を手でまさぐる。いつもと同じ感触の、自分の顔だった。校舎の窓ガラスに映る顔だって見慣れた天野シズカだ。二階堂には違うように見えるらしい。本人にはさっぱり変化がわからなかった。

「シズカさ、最近優しくなったよ、真珠ちゃんに対して。お父さんって呼ばれても平気みたいだし、むしろ嬉しそうだ。雰囲気も少しだけヒジリさんに似てきたんじゃないか」

 父ヒジリは心強かった。決して傍を離れず幼いシズカを守り抜いた。文字通り、最期は命を賭して。

 六歳という、触れるものすべてが新鮮で、世界のすべてがきらびやかに映るシズカに暖かい眼差しを送っていたヒジリ。十年前の列車事故から生き延びられたのも、多少屈折しているもののシズカがこうして成長できたのも、息子への愛に満ちたヒジリのおかげである。

 真珠はシズカを『お父さん』として慕う。嘘偽りのない、父への純真な愛だ。父親の何たるかを知らない自分が父と呼ばれるのにシズカは違和感を覚えつつも、かつての父と同じ立場になることに悪い気分はしなかった。

「ところで二階堂は僕の父さんと会ったことあるの?」

「いや、ないぜ。唐突な質問だな」

「だって今『ヒジリさん』って、まるで知り合いみたいな口振りだったし」

「俺、そんなふうに言ったか?」

「言った」

 二階堂は「ふむ」と顎の先を指で弄びながら考え込む。

「呼び方なんてぜんぜん意識してなかったな。まぁ、単なる言葉の綾さ。そもそも、親父さんどころか俺とシズカですら知り合ってから一年も経ってないだろ。シズカの親父さんの姿はアルバムでしか見たことないよ。生意気そうなガキンチョの手を握った、優しそうなお父さんだったぜ」

 二階堂は軽い調子で笑い飛ばすものの、シズカの胸の引っかかりは取れなかった。とはいえ、胸の引っかかりの原因はおぼろげだし、今ヒジリのことで二階堂を問いただしても不毛でしかない。何より……寒い。シズカは余計なおしゃべりで無闇に時間を費やしたくなかった。思い過ごしだろう、と早々に結論付けた。


 校門と同じく校舎内への潜入経路も二階堂は事前に把握していた。厳重な施錠の中、校舎の裏口にある鉄扉の鍵だけが空いているのだ。

 裏口の鉄扉は蝶番の錆のせいで非常に重く、よほど力を入れなければびくともしない。そのため、ノブを回す程度では鍵がかかっていないことに気づけないのだ。二階堂はもう二週間以上、鉄扉に鍵がかかっていないのを知っていた。これも先ほど同じく、二階堂が知り合いの裏庭掃除から得た情報だった。

 まるでスパイ映画の主人公だな。

 シズカは抜かりない友人に対して感心半分呆れ半分だった。芹との仲直りは建前に過ぎず、夜中の校舎冒険こそが第一義なのではないかと疑いかねないほど、二階堂の顔は冒険心にあふれていた。

 ところが二階堂のもくろみはあっけなく崩れた。

 校舎の裏庭にたどり着くと、裏口の鉄扉には無慈悲にも『使用厳禁』の張り紙が張られており、チェーンと南京錠が新たに設置されていた。

「裏口の鍵穴にガムが詰められるイタズラがあった、って今朝の集会で言ってたじゃん」

「シズカは集会で先生の話を律儀に聞いてるのかよぉ」

 涙声の二階堂はがっくりと肩を落とした。

 諦めて回れ右したそのとき、無造作に振ったシズカの懐中電灯の光が闇の中に輝くものを捉えた。

 芹が昼食を食べていた花壇の縁だ。

 もう一度その場所に光を当てると、雪とは違う金色の光が闇の中で輝いた。近寄って拾い上げると、それは金色の鳥の飾りがついた携帯電話のストラップだった。

 長い間雪の中に埋もれていたせいで凍った雪がまとわりついている。鳥の金メッキはところどころ剥げていて、翼の先端が欠けている。ゴムのストラップもだいぶ黒ずんでいる。携帯電話に結ぶ紐もかなり消耗しており、結び目が見事に千切れている。

「宝物、か」

 シズカは昔、縁日でこのストラップを芹にあげた。未だに彼本人がその出来事を思い出せないのはおそらく、引いてしまった『はずれ』を一緒にいた芹に押し付けたに過ぎなかったからであろう。

 芹はそれをシズカがくれた『宝物』として今日まで大事にしていた。その事実はシズカを嬉しい気持ちにさせ、また罪悪感も植えつけた。

 ――女の子が男の子からもらったものを『宝物』として大事にしてる。それも何年も。シズカはその意味がわかるか?

 シズカはストラップを握り締める。

「芹は僕のことを大切に思ってくれてたのか」

「今頃気づいたみたいな口振りだな」

「前までもそうかもしれないって思ってたけど、もしかしたら違うんじゃないか、僕の思い上がりなんじゃかとも思ってた」

「なーるほどね」

 うんうん、と納得した面持ちで二階堂が頷く。そして後ろからシズカの肩に手を置いた。

「芹先輩だけじゃないさ。俺も真珠ちゃんもシズカのことをかけがえのない人だと思ってる。証拠なんて思い返せばいくらでもあるだろ? 俺たちだって知ってるぜ。シズカが俺たちのことを大切な友達と思ってくれてることを」

 シズカは黙ったまま、ただ一度だけ頷いた。

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