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第3話:白き少女(2)

【前回からのあらすじ】

高校生であるはずのシズカを『お父さん』と呼ぶ小学生くらいの少女、真珠。

あまつさえ、未来の世界からやってきたなどと言う始末。

シズカの友人、二階堂は真珠の無茶苦茶な自己紹介にめまいを覚えつつも、どうにか彼女から事情を訊き出そうとするのであったが――

「未来から来た、か。にわかには信じられないな……いやっ、キミのことを疑っているとかそういうのじゃないからさ!」

 真珠が大粒の涙を目に滲ませたので、二階堂は慌てて言葉の最後を取り繕う。助けを求めんと隣に目をやると、事件の当事者かつ張本人でもあるはずのシズカは、無表情のまま腕組みをして二人のやり取りを見守っていた。我関せずといった態度に二階堂は戦慄した。

(もしかしてこいつ、俺に厄介ごとを全部押し付ける気か!)

「ま、まぁ確かに、見比べてみると二人ともそっくりだよ。顔の面影とかさ。シズカを女の子にしたらこんな感じになるんだろうな」

 恥ずかしそうにはにかむ真珠に対して、シズカはむっと顔をしかめた。彼の反応に二階堂は「なら俺にどうしろって言うんだよ」と心の中で涙を流しながら悪態をついた。

 シズカは童顔がコンプレックスだった。加えて身長も高校一年生にしてはだいぶ低く、しょっちゅう小学生に間違えられる。声変わりしていないのと名前のせいで女の子に間違われることすら過去何度かあった。シズカにはそれがたまらなく不愉快だった。だから、たとえ数少ない友人の二階堂が相手であろうとも、容姿の話題になろうものなら途端に不機嫌になるのである。しかし今の二階堂に彼の心情を慮る余裕などない。

(あーもう、ホントに厄介な友人だぜ!)

 二階堂は嘆いた。

「くしゅん!」

 真珠が小さなくしゃみをする。二人の視線が真珠に集中する。鼻水が垂れ、乙女の顔が見るも無残な有様となっていた。反射的に手の甲で拭こうとするが、シズカたちの視線に気づくなり寸前でその手を引っ込め、ポケットから出した洗い立てのハンカチを鼻に当てた。シズカは呆れ、二階堂は苦笑した。

「さっさと帰ろう」

 シズカは着ていた学校指定のコートを脱いで真珠に手渡す。躊躇う真珠にぐいと押し付ける。

「ありがとう、お父さん」

 半ば強引にコートを押し付けてから、足元に置きっぱなしだった買い物袋を持ち上げる。そして仏頂面のまま隣の彼女に目もくれずに歩き出した。真珠はこれ以上父の機嫌を損ねぬよう、黙ったまま彼の後ろをついていった。二階堂がその隣に追従した。

 シズカは限界まで膨れた買い物袋を重そうに持ち、時折よろめきながら歩く。買い物袋の一番上でジャガイモたちがごろごろと音を鳴らして転がっている。背丈は真珠と大差なく、腕力も外見相応。後姿からでも無理しているのがわかった。

「大丈夫か? 俺が持ってやるよ」

「いい」

 にべない返事。

 父親の意地なのか、と二階堂は目を見張ったが、意固地になるのは普段からであったことを思い出した。

 意固地になればなるほど己の嫌う『幼さ』があらわになることにシズカは気づいているのだろうか。

 やれやれ、と肩をすくめたとき二階堂と真珠の目が合う。二階堂が愛想よくにこりと笑うと真珠もぎこちなく笑う。彼に対して緊張している様子であった。人見知りするところはしっかりと父親から遺伝しているようだが、娘の方はまだ愛嬌があった。

 真珠はシズカの足跡に重なるように歩いて一人遊びしている。かと思えば、まっさらな新雪を蹂躙してその踏み心地を楽しんでいる。そういった一つ一つの挙動やつぶらな瞳、ほのかに染まった頬など何もかもが子供らしく愛らしく、微笑ましく、無防備だった。二階堂はどうしようもないくらい彼女への保護欲をかきたてられた。ひたすら他人に無関心なシズカが彼女を拾う気になったのも納得がいった。

「真珠ちゃん、だっけ」

「はっ、はい」

 目をしばたたかせ、大げさに驚きを表現する様は小動物を連想させた。

「キミが未来から来た理由、よかったら教えてもらえないかな?」

「理由、ですか」

 ちらり、真珠はシズカの背中に目をやった後、

「お父さんに会いたかったからです」

 小声でささやいた。

「会いたかった? 今はいないの?」

「お父さん、三年前に死んじゃったんです。お母さんも先月亡くなりました。だから私、一人ぼっちでさびしかったです。お父さんとお母さんに会いたいです、って毎日神様にお願いしてました」

 大事にしているのであろう。語りながら、胸元の金のブローチをしきりに撫でる。幸せな思い出を懐かしみながらも、瞳の奥からは悲哀を感じ取れた。

「お父さんのこと大好きです」

 まとわりつく悲しみを振り払うかのように、真珠は高らかに宣言した。

「やさしくて、強くて、ちっちゃなことでもほめてくれて、お料理も上手で、日曜日になると海に連れてってくれて。帰るときはいつもお父さんとお母さんと三人でアイスを食べながら帰るんです。私が遊びつかれて眠っちゃったときはおんぶしてくれて」

 大きな瞳の両方に涙を溜める真珠。声が震え、涙も揺れる。いたたまれなくて直視できなくて、二階堂は己の犯した罪から逃げるかのように目を背けた。

「なんていうか、ゴメン。俺、無神経でさ」

「き、気にしないでください。お母さんが死んだときは泣いちゃいましたけど、今こうしてお父さんと一緒にいられるから平気です」

 二階堂はそれきり口をつぐんだ。

 謝ることしか出来ない己が情けなかった。真珠も彼の心情を察したようで、何か言葉をかけようとおろおろと視線をさまよわせていた。彼女の心遣いがせめてもの救いだった。聞き耳を立てていたシズカはひたすら無関心を貫いていた。

 天野家に到着するまで三人は終始無言だった。

「なぁ、シズカ君。拾ってきた犬猫はちゃんと自分で面倒を見るのが道理ってもんじゃないかな?」

 二階堂はシズカの耳元でそう恨み言をつぶやいた。シズカはなおも無言を貫いていた。


 天野家に着くと飼い犬の『はやた』がリードを引きちぎらんばかりの勢いで三人を出迎えた。この老柴犬は飼い主と違ってやたらと人懐こい。二階堂はもちろん、昨日から加わった新しい家族の真珠にも自身の硬い毛ざわりを存分に味わわせてくれる。ペットとしてはともかく、番犬として機能するかはかなり怪しいところであった。

 はやたがシズカの足元に擦り寄る。シズカは中腰になってはやたの頭をなでた。無表情かつ無造作になでた。三秒ほどなでて満足したのか飽きたのかなでるのを止め、シズカは庭の椿に興味を移す。物欲しそうな目をしているはやたを二階堂は哀れんだ。

 はやたの母親ははやたを産んで間もなく死んだ。たくさんいた兄弟もみんな里子に出された。そういった意味では、はやたも真珠と同じく孤独であった。この無愛想な主人の里子となったのが幸か不幸かは、他の兄弟のその後を知らないので二階堂にもシズカにもわからなかった。

 庭ではやたと戯れているとシズカの母親が「一緒にお夕飯食べていかない?」と二階堂を誘ってきた。家族公認の親友である二階堂は週末になると、たびたび天野家で夕食を馳走になるのである。

 家の排気口から食欲をそそるスパイスの香りが漂ってくる。台所では真珠がシズカの祖母と一緒に鍋をかき混ぜていることだろう。二人の談笑が漏れてくる。野球中継の音はシズカの祖父のものだ。寝転んで背を向けている姿が窓越しに窺える。

 長居するつもりはなかったので、二階堂は惜しみつつもシズカの母の申し出を断った。突然娘(正確には孫娘か)が一人増えた挙句に、自分までもが邪魔をするのは忍びないと思ったからだ。

「真珠ちゃん、仲良くやってるみたいだな」

「じいちゃんばあちゃんなんて孫が出来たみたいに甘やかしてるよ」

「家族にはなんて説明してるんだ」

「別に。ありのまま話したよ」

「まぁ、嘘とか隠し事とかつけないタイプだもんな」

「同感だよ」

「お前のことだよ」

 笑いながら二階堂が言うので、シズカはむっと顔をしかめた。

 西の空に夕日が赤々と燃えていた。哀愁をもたらす夕日だった。この時期の空はいつも厚い雲で蓋をされているので、今日みたいに日差しが直接地上に注がれる日は珍しい。明日からはまた鬱陶しいくらい雪が降り積もるだろう。

「じゃあそろそろ帰るわ」

「また明日」

「真珠ちゃんのこと泣かすなよ。あの子、両親が――」

「知ってる。さっき聞いた」

 シズカは鬱陶しげに二階堂の言葉を遮る。二階堂は「やれやれ」と苦笑した。

 腰を上げると、はやたが名残惜しそうな眼差しで自分を見つめているのに二階堂は気づいた。人間の愛情に飢えているのではないかと思いながらも、飼い主本人が目の前にいるので口には出さなかった。

「まさか二階堂はあいつの言ってること真に受けてないよね」

 帰路に着こうとする二階堂をシズカが呼び止めた。

 二階堂はくるりと彼の方を振り返る。

「『あいつ』って、真珠ちゃんのこと?」

「他に誰がいるんだよ」

「俺は彼女が嘘をついてるようには見えないぜ」

「へぇ、なら二階堂はあいつの言うこと信じるんだ。未来から来た娘だなんて大嘘」

 シズカは先ほどの報復とばかりに思い切り皮肉った。友人である二階堂が自分ではなくどこの馬の骨とも知らぬ少女の肩を持つことに、嫉妬に似た憤りを覚えたのだ。もちろん二階堂は彼の憤りくらい充分に察していた。

「未来の世界だとタイムトラベル程度は庶民の嗜みなんだろうよ」

「二階堂って細かいこと気にしないタイプだよね。僕よりよっぽど天野家にふさわしいよ」

「お前が神経質過ぎるの。逆に訊くけど、シズカはあの子が平然と嘘をつくような子に見えるか?」

「まさか。あんな能天気が」

「だろ? 健気でやさしい子だよ、真珠ちゃんは。何がお気に召さないのかね」

「未来から来た僕の娘だなんて到底信じられない」

「きっとあの子なりに事情があるのさ。その事情ってのはまだわからないけど、少なくとも悪事を働いているようには見えない。両親が亡くなったっていうのも多分本当だろう。シズカもそれをわかった上で彼女を受け入れたんじゃないのか? 俺に彼女を探らせて、お前は真珠ちゃんをこれからどうしたいんだ?」

 二階堂はシズカの顔に戸惑いの色を垣間見た。

「さぁ。別にどうでもよかったし、これからもどうだっていい。なんとなく、単なる気まぐれ。無害そうだったから連れてきただけさ。でも『お父さん』って呼ばれるのだけは気に食わないし不愉快だ」

 とんだ放任主義の父親だ、と二階堂は肩をすくめた。

「なら本人にそう言ってやればいいさ」

「……」

 シズカは黙りこくる。十数えるくらいの間シズカはじっと黙り込み、二階堂もまた彼が頭の中の思いを言葉にするのをじっと見守っていた。

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