わたくしを病弱だと思っているのはあなただけ
「エレーナ、お見舞いに来たよ。身体の具合はどうだい?」
「マキシム様」
ここはドルーガ王国にある、ヒールイ子爵家の別邸。
現在この屋敷には、ヒールイ子爵の子女・エレーナが療養のため、幾人かの使用人と共に滞在している。
「わざわざお越し下さり、ありがとう存じます」
エレーナは読んでいた本を閉じ、ベッドから体を起こそうとする。今日も、幼なじみのマキシムを迎えるために。
「起きなくて大丈夫だ、そのままで。また風邪を拗らせたんだって?」
「はい」
けれど制されたので、エレーナは再び枕に背を預ける。
「そうか。それで心細くなって、僕にそばにいて欲しくて、今日も使用人を通して病状を伝えてきたんだね?」
「申し訳ございません。マキシム様もお忙しいでしょうに」
「どうして謝るんだ。今のエレーナにはご家族や親しい友人が近くにいない。この地に住んでいる幼なじみの僕しか頼れる者がいないのだから、そんなことは気にしなくていい。
それに、妹のように大事に思っている君のことを、放っておけるはずがないだろう?
僕のことだって、昔のように "お兄様" と呼んでもいいんだよ?」
「ありがとう存じます。ですが、もうそのような訳にもまいりませんわ。マキシム様はラクテル伯爵家のフェリシア様と、長年ご婚約されていますもの」
「フェリシア、か……。彼女には、エレーナは家族みたいなものだと何度も言っている。けれど僕がこうやって君を見舞うことに、どうやらずっとやきもちを焼いているみたいなんだ」
「あら」
「なのに、僕が君の見舞いに行くと言うといつも、 "行ってらっしゃいませ。エレーナ様には、どうかお大事にとお伝え下さい" って、短く手紙に書いてくるだけ。
本人はきっと、僕に嫌われないように、物分かりの良い婚約者を演じているつもりなんだろうね」
「まあ」
「ああ、こんな話はやめよう。今日は君を元気付けるために来たのだから」
「ありがとう存じます。それではまた、マキシム様のお仕事のお話をお聞きしたいですわ」
「エレーナは本当に僕のことが好きだね。今話題のお菓子やオペラの話より、いつも僕のことに興味津々だ」
「だって知りたいのですもの。……いけなかったかしら?」
「ふふ、僕は嬉しいよ。じゃあ最近、ますます上手くいっている事業のことだけれど」
「ああ、マキシム様のご実家が四年前からヌジタ地区で経営されている、噂の酒場のことですわね?」
「正確に言えば、経営しているのは表向きには別の者、になっているけれどね。我がスロード伯爵家が下町での商売を推奨している、なんて噂が広がったら世間体に悪いからね。しかもほら、来年には別の地区にも酒場を増設することになっているから」
「お仕事を頑張っていらっしゃる殿方って、とっても素敵だと思うのですけれど……ふぅ、貴族社会って、色々と面倒なことが多いですわね」
「こらこら。君はヒールイ子爵家のご令嬢なのに、お口が悪いよ?」
「うふふ、申し訳ございません」
「エレーナは飾らないね。フェリシアもエレーナを見習えば良いのに」
「まあ。フェリシア様は慎ましくとも、とても素敵な方だと思いますわ。
と、お話は変わりまして。今度はこの王国で四年前から起きている、噂の怪事件のことをもっとお聞きしたいです」
「エレーナは本当に好奇心旺盛だね。ご婦人方は、お茶会では恋の話やファッションの話に花を咲かせるようなのに」
「だって知りたいのですもの。……いけなかったかしら?」
「はは、そんなことはないよ。つくづく面白い幼なじみだと思っただけさ。君といると本当に飽きないよ」
「良かった。ではお話し下さる?」
「いいとも。それでは我がドルーガ王国全土で起きている、噂の怪事件について。
こちらは年頃の女性たちが、数年前から次々と行方不明になっている事件のことだね。15歳から22歳くらいまでの見目麗しい女性たちが、年に何人も姿を消している。
噂によると、彼女たちは妖精の隠れ家や異世界へと連れ去られてしまっているらしい。
16歳のエレーナはとても可愛いから、そのうち妖精 攫いが君を攫いにくるかも……」
「まあ、マキシム様ったら」
「ふふ、驚かせてごめんよ。君のことは僕が守るから心配しなくても大丈夫だ」
「本当ですの?」
「もちろん、約束するよ」
「良かった。とても興味深いお話をたくさんお聞かせ下さり、ありがとう存じます、マキシム様」
「はは、全く君は。仕事の話にしろ怪事件の話にしろ、普通のご婦人方はこれを興味深いとは言わないよ?」
エレーナの頭を撫でながら、クスクスと笑うマキシム。すると、その時。
「お邪魔いたしております、エレーナ様」
ノックと共にこの部屋の扉が開かれた。さらに、扉の前に立っていたのは、
「ごきげんよう。どうぞお入りになって下さいませ、"フェリシア様" 」
マキシムの婚約者であるラクテル伯爵家の長子、フェリシアだった。
エレーナは再び、ベッドから体を起こそうとする。けれど、フェリシアが首を左右に振ったので、エレーナは再び枕に背を預けた。
「マキシム様もごきげんよう。本日はわたくしとのお茶会をお断りするお手紙をわざわざご執筆下さり、ありがとうございます」
「フェリシア……? なぜ、君がこんなところに……」
マキシムは咄嗟に、エレーナの頭を撫でていた手を引っ込める。
「わたくしの気持ちがしっかりと固まりましたので、あなたに会いに参りました。ヒールイ子爵様にも、こちらにいらっしゃるエレーナ様にも、ここへの来訪の許可をいただいております」
そう言って、フェリシアは静かに目を伏せる。
「マキシム様。わたくしたちの間に結んでおりました婚姻の約束を、今日限りで破棄させていただきます。正式な書類は後ほど、父の方からお送りいたしますわ」
「……フェリシア? 待ってくれ、一体どういうことなんだ……!」
「それはご自身でお考えになって下さい」
「エレーナは幼なじみだと言ってあっただろう?! 彼女は僕にとって、妹のような存在なんだ!」
「もちろん、存じております。
……ただ、わたくしがもう、あなたを信じられなくなってしまっただけです。あなたの我が家への婿入りの話も、なかったことにして下さいませ」
「そんな……フェリシア、待っ、」
「エレーナ様、お見苦しいところをお見せしてしまい、大変失礼いたしました。お加減はいかがですか?」
マキシムの言葉を遮り、再びエレーナへと向き直るフェリシア。
「フェリシア様、この度のご訪問、感謝申し上げます。わたくしなら問題ございません」
「それを聞いて安心いたしました。……いつか、あなたをお茶会にお誘いしても?」
「ありがとう存じます。もちろん、喜んでお伺いいたしますわ」
「……また、お会いできる日を楽しみにしております、エレーナ様」
フェリシアはそう言って、従者とともにエレーナの部屋を後にした。
「……エレーナ、これは一体どういうことなんだ? 君とフェリシアは知り合いだったのかい?」
エレーナはマキシムを見上げる。彼は眉をひそめ、怪訝そうな面持ちでエレーナを見つめていた。
「ええ。彼女とはつい最近、お知り合いになりました」
「……まさかとは思うけれど、君がフェリシアに何か言ったのかい? 僕のことを取らないで、とか」
「あら、随分とおかしなことをおっしゃいますのね。
わたくしとマキシム様は赤の他人同士ですのに、なぜ取る取らないのお話に?」
「あ、赤の他人……?」
「今回、婚約の解消をお望みになったのは、あくまでフェリシア様ご本人です。
付け加えますと、フェリシア様は決して、マキシム様とわたくしの関係を何か誤解されて、このような行動を取られた訳ではございません」
「……エレーナ。君はさっきから何を言っているんだ? これはどういうことなんだ……!」
マキシムは、今度は頭を抱えた。エレーナはそんな彼を一瞥する。
「先ほどはたくさんの興味深いお話をご提供下さり、ありがとうございました。
ですが、あと一つだけ、あなたに質問をしても?」
「……質問?」
「ええ。実はわたくし、とあるお方からある噂をお聞きしましたの。
マキシム様のご実家が経営されているヌジタ地区の酒場で、最近王都で行方不明になられた女性とよく似た方が、給仕係として働かされている、というお噂を」
「……は?」
「こちらの噂も、本当ですの?」
「……エレーナ、今なんと?」
「妖精攫いに遭われた女性のうちの何人かが、あなた方の経営されている "娼館" で働かされているという話を耳にいたしましたが、こちらは真実ですか? と、問いましたの。
……マキシム様たちにとって都合の悪いことは、聞いてはいけなかったかしら?」
「……エレーナ、君は一体誰からその話を……!」
マキシムが再び、エレーナへと手を伸ばした時、
「エレーナ、身体の具合はどうだ?」
再び扉が開かれ、凛とした青年の声が部屋へと届いた。
「ごきげんよう、レオニード様」
部屋扉の向こうには、黒い髪と深紫色の瞳を持つ、美しい青年が立っていた。
その青年はゆっくり、エレーナの部屋へと入ってくる。エレーナは再び、ベッドから体を起こそうとした。
「エレーナ、いい。そのままで。ん、顔色は悪くないようだな」
「ありがとう存じます。それではこのままで失礼いたします」
四人もの従者を伴うこの青年の胸元には、ドルーガ王国・王家の者だけが掲げることを許される、一際目立つエンブレムが備わっている。
「……本当に、どういうことなんだ。なぜここに、我が国の第四王子である、レオニード殿下がいらっしゃるのだ……?!」
マキシムの顔がついに青ざめる。
予想だにしなかった人物が、次々と彼の幼なじみの別邸へと現れたことによって。
「なぜここに、だと? お前こそ、一体誰の許可を得てヒールイ子爵家の敷居を跨いでいる?」
部屋には再び、レオニードの声が響いた。
「ぼ、僕はエレーナの幼なじみです! 彼女は昔から僕のことを兄のように慕ってくれていて、それで、僕も彼女のことを大切な妹だとずっと思っていて……」
「マキシム様」
今度はエレーナがマキシムの言葉を遮る。
「残念ながら、わたくしがあなたのことを兄だと思ったことは、たったの一度もございませんわ。あなたが "お兄様" と呼べとおっしゃるから、仕方なくそう呼んでいた時期もありましたけれど」
「エ、エレーナ……」
「だってそうでしょう? わたくしのことを妹のように大事に思って下さっている方なら、わたくしが大事にしているものたちを取り上げてばかりくる、なんてことはなさいませんもの」
「取り上げる……? 君はなんの話を……」
「あなたは昔から、わたくしがこの別邸を訪れていると聞きつけては、ここに上がり込まれていました。
そしてその度に、あなたは来客の自分を優先しろともおっしゃっていました。出されるお菓子の好みも、遊びについても。
そしてある日。あなたは、わたくしが大切にしていた "くまのぬいぐるみ" を取り上げ、それを戦いごっこの敵だと称し、あろうことかペーパーナイフでボロボロに切り裂いてしまわれましたわね?」
そして、マキシムをジロリと睨むエレーナ。
「ぬいぐるみ……? あっ! あの時のことか?!」
「思い出して下さいました?」
「そ、そんなの子供の頃の話だろう?! それに、あれの代わりならすでに君に贈ったじゃないか! 君があまりにも泣くから新しいものを買って、それで……」
「あのぬいぐるみは何ものにも代えられません。なぜならあれは、わたくしの世話係だった者がわたくしのために作ってくれた、唯一無二のものだったからです」
「そんな……たかが使用人が作ったものだろう?」
「 "たかが" 。そう思われていたから、わたくしに謝るよう、優しく注意を促しただけの者を、
"ヒールイ家のあの生意気なエマという使用人をどこか遠くにやって" と、あなたのお父様に頼まれたということでしょうか?」
マキシムは何かに気付いてしまったかのように、さらに顔を青ざめさせた。
「その一週間後、彼女はわたくしの家から何の前触れもなく突然去りました。正確に言えば、"失踪" いたしました。
……そして、今から一年前。郊外で営まれていた娼館で、彼女とよく似た女性が働いていたこと、そしてその女性が病気ですでに息を引き取っていたことを、ここにいらっしゃるレオニード様から聞かされました」
エレーナの手は震えている。
「エマという者がいた娼館の融資者の一覧に、スロード伯爵の名前があった。これも調べがついている」
そして、レオニードが言い放つ。
「この男を王城に連行しろ。それとこの後すぐ、スロード伯爵の屋敷を根こそぎ調べるように。
ヌジタ地区、及び来年に増設される予定だった娼館に関する書類を、全て押収する」
「おっ、お待ち下さい殿下!」
悲痛な声を上げるマキシムに、レオニードがチラリと視線を向ける。
「殿下! お言葉ですが、娼館の経営は我が国では公認されております!」
「ああ、もちろん知っている。だが、人攫いはまごう事なき犯罪だ」
「うっ……」
「犯行が公にならぬよう、家族のいない天涯孤独の者を攫っていたようだが、詰めが甘かったな」
レオニードの従者の一人が、封の空いた手紙を二通、彼へと手渡す。
「お前が婿に入る予定だったラクテル伯爵家、そしてエレーナの実家であるヒールイ子爵家が、お前たちスロード家の者たちがどうもきな臭い動きをしていると、一年前、我々王家に相談を持ちかけてきた」
「……ぼっ、僕は何も知らない……! スロード伯爵家の現当主は我が父です。僕は彼の事業を手伝っただけだ。僕には何の罪もない……!」
膝を落としたマキシムは、必死に叫んだ。
だが、そんな彼を見たレオニードは、ふ、と鼻を鳴らす。
「確かに、ヌジタ地区における娼館経営の総責任者は、お前の父親であるスロード伯爵だろう。
だが、それと "お前個人の罪" は別物だと、なぜ未だ分からない?」
「僕、個人の罪……?」
マキシムがレオニードを見上げた。
「お前は、このドルーガ王国・第四王子である俺の "婚約者" のもとに、見舞いという理由を付けて何度も通っていたようだな。もちろん俺の許可も、俺の婚約者の許可もなく」
「婚約者……? ま、まさか」
マキシムが、今度はエレーナへと視線を移した。
「マキシム様。あなたはフェリシア様というご婚約者のいらっしゃる身で、病弱な幼なじみのわたくしのもとに、たびたびお見舞いに来て下さっていましたが……
わたくしにも婚約者がいるとは、どうしてお思いになりませんでしたの?」
すると、エレーナは淡々とそう言い放つ。
「そもそも、わたくしはあなたをお招きしていませんし、来て欲しいともそばにいて欲しいとも、一言足りとも申しておりません」
「そ、そんな……君はいつも、僕に体調が悪いと伝えてきていたじゃないか……!」
「いいえ? わたくしは屋敷の使用人に伝えただけです。彼らもまたあなたに、"今日もエレーナ嬢の体調が悪い" 、とお伝えしていただけなのでは?」
「……でっ、でも! この家の使用人は、僕のことを快くエレーナの部屋に通してくれていた!」
「それはきっと、彼女たちが "怯えて" いたからでしょう。
あなたに目を付けられたら、自分たちも "噂の酒場" へ送られる、と」
エレーナはにっこりと微笑んだ。
「連れて行け」
「ま、待ってくれ! エレーナ! レオニード殿下……!」
マキシムはレオニードの従者たちに引きずられるように、エレーナの部屋から連れ出されて行った。
「レオニード様」
「なんだ? エレーナ」
「今さらですが、もしかするとわたくしが嘘をついていて、マキシム様を誘惑するために屋敷に招いていたのでは? とは、あなたはお考えになりませんでしたの?」
「この部屋の中にいる使用人たちが証人だ。こやつらが俺に報告してくる内容といえば、
"エレーナお嬢様は今日もマキシム様に、スロード伯爵家が経営を携わっている違法賭博場のこと、幻覚植物の生育地、それの違法販売ルート、そしてスロード伯爵が囲う愛人の話などなどを、朗らかな態度で聞き出されておいででした"、
という、全く色気のないものばかりだった」
「あら」
エレーナは目を丸くし、驚いたような素振りを見せる。
「ところで、レオニード様」
「今度はなんだ? エレーナ」
「今思い出したのですが、このお屋敷にいる使用人の中に、マキシム様のご訪問を怯えている方などは、たったの一人もいらっしゃいませんでしたわ」
「それはそうだろう。全員、俺が王城から連れて来た、王国騎士団の猛者とも互角にやり合える者たちだからな」
「納得いたしました」
「そもそも、俺が自身の婚約者をあんな危ない男と二人きりにさせると思うか?」
「まあ、そのようなお気遣いをいただいていたなんて。わたくしは自身のことを、あなたの婚約者とは名ばかりの単なる囮、だとばかり」
「……俺のことを一体なんだと思っているんだ?」
「一年前に王城で開かれたパーティで、
"君の名前を教えてくれ。……なに、エレーナ・ヒールイ? ということは、君はヒールイ卿の娘なのか? ……そうか。なら君は、スロード伯爵家とも交流がある、ということだな"
と、初対面のわたくしにおっしゃって、そのあと一月も経たないうちに、ヒールイ家にわたくしとの結婚の申し込みにいらっしゃったくらい、この使い勝手の良さそうな駒 (わたくし)をどう動かそうかと目論んでいらっしゃる腹黒いお方……失礼。計画性のあるお方だと思っておりました」
「そんな訳がないだろう! そもそも俺がなぜ、君に声をかけて、君の名前を聞いたのかをまず考えてくれっ。あと、駒だと思っている者に結婚の申しみなどさすがにしない!」
「あら。ではなぜ、わたくしに結婚を申し込んで下さったのでしょう?」
「うっ。そ、それは……」
赤く染まったレオニードの耳を、にこにこと見つめるエレーナ。
「そ、それはそうと! ほら、これ」
「……これは、くまのぬいぐるみ、ですか?」
未だ顔の赤い彼がエレーナへ差し出したのは、くまのぬいぐるみ。
「そうだ。君にあの話を聞いた時から、いつか贈ろうと思っていた」
「……まさかとは思いますが、レオニード様が自らお作りになったとか?」
「……下手で悪かったな」
「とんでもございません」
レオニードの傷だらけの指を見て、エレーナは少し眉を下げて微笑む。
「可愛らしいところもあるのだと、そう思っただけですわ」
「お、俺が可愛いだと……?」
「いいえ? ぬいぐるみのことです」
「っ、だと思った!」
レオニードは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「ふふ、可愛い」
「ぬいぐるみが、なんだろう!」
「ええ、そうですわね。
……レオニード様。今度わたくしにも、こちらの作り方をお教え下さいますか?」
エレーナは、不格好に縫い上げられたぬいぐるみの頬を、そっと撫でる。
「……供えたいのか、君の世話係だった女性の墓に」
「ええ。わたくしが姉のように慕っていた、彼女に」
「赴く際は、俺も付き合おう」
「ありがとう存じます」
「……ん。それはそうと、君は外に出ても大丈夫なのか? 身体は平気か?」
「全く問題ありません。これは、ただの仮病ですから」
「……だと思った。その病弱設定はいつからなんだ?」
「レオニード様との内密婚約が成立した時に。一応、"命に別状はないけれど突然不治の病にかかってしまった" 、ということになっております。
おかげでこの一年間は、別邸の自室のみでの生活でした」
「……そうか、なんだか悪かった」
「レオニード様のせいではございません。単にこの方が、マキシム様から話を聞き出すのに色々と都合が良かっただけですわ」
「……今一瞬、結婚後も君の手のひらの上で転がされている、未来の俺の姿が見えた気がした」
「まあ」
エレーナはふふ、と楽しげに笑う。
「ところで、先ほどの話だが」
「どのお話ですか?」
「……俺が君に結婚を申し込んだ理由だ」
「ああ、そのお話」
「パーティに来ていた君は、気分の優れない来場者に "大丈夫か" と手を差し伸べていた。会場の花瓶を落とし君に水をかけてしまったボーイには、 "気にするな" と気遣いを見せていた。
そんな君のことを、もっとよく知りたいと思った。君とたくさん話がしたいと思った。
だから、君に声をかけた。
……あと、来場者たちに見せていた君の笑顔を、素直に可愛いと思った。
これが嘘偽りない、俺の答えだ。以上!」
口早にそう言って、再びそっぽを向くレオニード。
「……まあ。ふふ、やはり可愛らしいお方ですこと」
エレーナはクスクスと微笑んだ。
彼女が再び手にした "愛情" を、その腕にぎゅっと抱きしめながら。
お読みいただきありがとうございました。
少しでもお楽しみいただけましたら嬉しいです^^
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