第七話 初陣(五)
「どうやら俺たちの勝ちのようだな」
勝ち誇った敵の大将である隻眼の男は、僕の斜め後ろから、左頬に刃を向けてきていた。
敵陣に単騎突っ込んだ僕はこの隻眼の敵大将と一騎打ちを行った。愛馬・彗星の活躍でこの敵将に痛恨の一撃を与え、戦いに勝ったかにみえた。
しかし、敵の馬から体当たりを食らわされ、馬から落とされてしまった。さらに敵の大将に剣まで弾き飛ばされ、一転、形勢をひっくり返されてしまった。
(後ろの劉備軍も既に敵に押しまくられて劣勢だ。とても助けに来てくれるような余裕は無いだろう。
味方の鄒靖軍の動きもここからは見えない。
僕は……負けたのか……)
「観念しろだったか。
その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
そう言いながら隻眼の敵大将は高らかに笑った。
「こんなところで……僕はまた死ぬのか……」
呼吸が荒くなり、手足が震える。
僕の前世は落馬事故で死んだ。記憶こそあるものの、一瞬の出来事であった。だが、今回は痛みに苦しみながら死ぬことになりそうだ。その事を思えば、恐怖で押し潰されそうになる。
もはや、絶体絶命の状況だ。例え彗星をけしかけたとしても、それより先に僕が敵の刃で貫かれることだろう。
とても、ここからは逆転できそうにない。
転生して現代知識で無双なんて話をよく見るが、現実はそう簡単ではなかったようだ。
(嫌だ! まだ死にたくない!)
そう強く願ったその時、どこからか太鼓を連打する音が聞こえてきた。
(太鼓は軍隊前進の合図!
後方の鄒靖軍か?
いや、違う!)
その太鼓の音に合わせるように、東の彼方より一斉に鬨の声が上がった。そして、吹き荒ぶ寒風に乗って無数の騎兵が次々と姿を現した。
「あの兵装は烏桓のものじゃない!
味方だ! 漢軍だ!」
突如、現れた騎馬隊は各々頑強な鎧を着込み、長大な矛を脇に抱え、烏桓兵に向かって突っ込んでいく。燈燭に照らされた彼らの背後には『公孫』と書かれた旗がはためいていた。
「あの旗はまさか!」
その旗の名に思い当たる人物を胸に浮かべ、彼らの活躍に目を奪われた。
まるで腕と一体化したかのような矛を前に突き出し、馬と共に戦場を駆け抜ける。そして、その矛で次々と敵の烏桓兵を串刺しにしていく。
「な、なんだコイツら!
どこから現れやがった!」
この光景が僕以上に意識を奪われている者がいた。敵の隻眼の大将はあまりに突然の出来事に取り乱した様子であった。
「今だ!」
その隙を見て、僕は敵将に全身を使ってタックルを食らわせた。隻眼の男はこの攻撃に怯み、短剣を手から落とした。すかさず僕はその短剣を奪い取ると、すぐさま愛馬・彗星の元へと駆け寄った。
「おい、待ちやがれ!」
「彗星に乗り込む余裕はない!
ならば!」
僕は左手に手綱を握ると、彗星の左側についてそのまま走らせた。馬に合わせて併走する。足の震えはまだ残っているが、彗星に引っ張られる形で徐々に駆け足になっていった。
「行け、彗星!
このままあの男に突っ込め!」
右手に握った短剣を前に突き出し、馬もろとも敵目掛けて突き進んだ。
「な、なんて奴だ!」
隻眼の大将は突っ込んでくる僕らに、背を向けて逃げようとする。だが、その前に一人の騎士が立ち塞がった。
「そこまでだ! 烏桓の大将よ!」
敵の大将の前に現れたのは、見事な白馬に跨り、重厚な鎧を身に纏った騎将。
彼は一際長大な矛を右手に握りしめ、よく通る声で敵を一喝した。
他の騎兵と違う威圧感を放つその騎将に、思わず敵将はたじろぎ、後ろに振り返った。
「喰らえ!!!」
こちらに振り向いた敵将の喉元を狙い、僕は渾身の力で突き刺した。
短剣は敵の喉を突き破り、敵の断末魔の悲鳴が周囲に響き渡った。
初めて人を殺した瞬間だった。
だが、緊張と興奮でただ呆然とするばかりであった。
頭真っ白で何も出来なくなってしまった僕に代わり、先ほどの騎将が勝鬨をあげる。
大将を失った烏桓軍は動転し、我先にと逃げ出した。彼らはそれぞれ、後ろに置いていた自分の馬へと殺到する。
「皆の者、このまま敵を一掃せよ!」
白馬の騎将の指示により、規律の取れた騎馬隊は颯爽と敵を追い詰め、次々と討ち取っていく。
多くの烏桓兵は馬に乗る暇も与えられず、命を落としていった。
残った烏桓兵もほとんどが降伏し、突如現れた騎馬隊のおかげもあって、この戦いは大勝利で幕を閉じた。
「そこの騎兵よ、よくやったな」
そう渋く低い声を発しながら、白馬の騎将が馬から降りて、こちらに近づいてきた。
「は、はい……」
しかし、僕は初めて人を殺した事実に体が硬直し、ろくに呂律も回らず、適当な返事をしてしまった。
「君はこれが初陣か?
その短剣を離せるか?」
言われて慌てて自分の右手を見た。短剣の刃先は折れて柄だけをしっかりと握りしめていた。手を開こうとするが、指が固まってしまい、全く開くことができない。僕は軽いパニックになってしまった。
「落ち着け。指をゆっくり開くんだ」
そう声をかけ、彼は僕の指を掴んで、一本づつゆっくりと開いてくれた。
「あ、ありがとうございます」
僕はやっとの思いで感謝の言葉を伝えた。
「初めて人を斬ったら皆こんな感じになってしまう。気にすることではない。
その内に慣れる。それが良いことかはわからぬがな」
その騎将に優しい言葉をかけてもらえたからか、段々と冷静さを取り戻していった。
考えたら前世の現代日本の世界で人殺しをしたのならもっとショックを受けていたかもしれない。
しかし、この世界では人殺しがそこかしこで行われている。
しかも、敵を次々と討ち取っていく様があまりにも勇壮でカッコよく、それが事態の凄惨さを吹き飛ばすほどの力があった。
思えばこの肉体はこの世界の肉体だ。もしかしたら古代社会にもう順応しているのかもしれない。
僕の心身はこの世界に見合ったものになってしまったのだろうか。
それを僕は受け入れるべきなんだろう。それがこの世界で生きていくということなんだ。
そして、今、僕の目の前にいるこの騎馬隊を率いていた白馬の騎将。はためく『公孫』の旗から察するに、恐らくこの人の正体は……。
そんな事を考えていると、僕の部隊の大将・劉備が僕らの元へと駆け寄ってきた。
「劉星、よくやった!
まさか、敵将まで討ち取っちまうとはな!
俺の目に狂いはなかった!」
それに遅れて劉備の部隊の皆も僕の元へと駆け寄ってきた。
僕が部隊に加入したばかりの時にはあまり歓迎していなかった面々だ。
そんな面々ではあったが、この度の一騎打ちで見る目を変えてくれたようだ。
「大将も見る目あるじゃねーか」「さすがウチの大将の見込んだ男だ」「見事な腕前だったぜ」「お前こそウチの切り札だ」
そんな歓喜の言葉が飛び交うようになっていた。彼らは僕の頭や肩を軽く叩き、彼らなり表現方法での労ってくれた。
どうやら少しは僕のことを認めてもらえたようだ。僕はホッと胸を撫で下ろした。
しかし、まだまだ序盤だ。本当に仲間として認められるようもっと頑張っていかないといけない。
劉備は次にその白馬の騎将の元へと駆け寄って行った。
「兄貴、よく来てくれた。助かったぜ!」
劉備は白馬の騎将相手に気軽に話しかける。それに対して相手の騎将も気さくな感じで返した。
「鄒校尉殿が敵の包囲を受けたと聞いて駆けつけたのだが。まさか、劉備、お前もいたのか。
久しいが、随分、部下が増えたようだな」
どうやら、二人は知り合いのようだ。
いや、二人の関係を僕は知っている。
「ああ、俺も今や百人の部隊を率いる隊長だぜ。
ほら、そこにいる劉星も俺の部下だ」
そう言って劉備は僕を紹介してくれた。
僕は恐縮しながらも白馬の騎将に名乗った。
「そうか、君も劉備の部下か。
あの敵将を討ち取ったのは君自身だ。
君が今回の勲功第一だぞ」
そう渋い声色で、騎将は僕に労いの言葉をくれた。
「劉星、紹介しよう。
この人は俺の兄弟子でもある公孫瓚の兄貴だ。
騎都尉としてこの騎馬隊を率いている」
やはり、この人があの公孫瓚か。
歳は三十代くらいだろうか。彫りの深いハンサムな顔つきで、頬髭は綺麗に整えられている。
身長は百七十センチほどで、ほどよく筋肉が付き、引き締まった体格をしている。その低く渋い声が、一層凛々しさを引き立てている。
そんな二枚目が白馬に乗ると、それだけでサマになっている。まるで銀幕のスターのようだ。
乗っている馬も、駁一つない純白色、長い鬣、均整の取れた筋肉と、その全てが美しい。
この人と馬をこの世界で最初に見ていたら、間違いなく僕はこの世界を映画の撮影だと思ったことだろう。
│公孫瓚といえば、後にこの北方の地の群雄として名を馳せる人物。白馬のみで構成された白馬義従という騎馬隊を率いて活躍する。
しかし、彼が今率いている部隊を見ると、白馬はまばらで、多様な毛色の馬が加わっている。どうやら白馬義従を結成するのはまだ先の未来のことらしい。
僕らは公孫瓚軍と合流し、ここからは軍の主導権は鄒靖から公孫瓚へと移った。
《続く》
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