第0話アルリスの閃光
ドゴォン、ドゴォン。
爆発音と悲鳴が耳を劈く。
この「ドゴォン」の正体は、きっと爆撃魔術だ。本で見たことがある。
火と風の混合魔術。爆発を起こす、名前の通り地面に大穴を穿つほどの威力を持つ魔術。本来は地下通路やトンネル掘削のために開発されたはずのものなのに――今は、まったく違う目的で使われている。
全く違う目的それは......。
……戦争だ。敵を殺すための道具に成り下がっている。
そしてこの音が聞こえるということは、私が今、戦場にいるということ。
ああ、本当に嫌になる。
こんな戦争さえなければ、私は今頃、夢だったパティシエの道を歩んでいたはずだ。
ただ魔力が多いというだけの理由で、ただ治癒魔術に適性があるというだけの理由で、軍に引きずり込まれ、戦場に放り出された。
死にたくない。
どうか生き残れますようにと今の私には祈ることしかできない。
「おい嬢ちゃん、どうしたそんな顔してぇ?」
ビクッと背筋が跳ねる。
後ろから声をかけられて、恐る恐る振り返ると、そこには見慣れた髭面の男が立っていた。
「ロードンさん……」
このロードンさんは、私が初めて軍に入った頃、色々と面倒を見てくれた頼りになる先輩だ。
「驚かせてすまんね。嬢ちゃんが浮かねぇ顔してたから、どーしたのかと思ってよ」
「いえ……大丈夫です。ただ少し驚いただけです。そんなに顔に出てましたか?」
「あぁ、いかにも『死にたくねぇ』って顔してるからなぁ」
そんなにわかりやすいんだ……。
前々から「顔に出やすい」と言われ続けてきたけれど、ここまでとは。
「すみません」
「謝ることねぇよ。戦場に出る新兵はみーんなその顔になるもんだ」
ロードンさんは自慢の髭をじょりじょりと掻きながら、にやりと笑う。
「みんなって……ロードンさんも、そうだったんですか?」
「あったりめぇだろ。俺が新兵の頃は、生き残ることと真っ先に逃げることしか頭になかった。仲間のことなんかどーでもいいと思ってたぜ」
笑いながら、ロードンさんは自分の恥ずかしい過去をあっけらかんと言う。
「仲間思いのロードンさんに、そんな過去があったなんて……意外です」
「仲間思いだなんて言われちまうと照れちまうなぁ」
ロードンさんは頬をぽりぽり掻いて、照れ臭そうに目を逸らす。
その様子を見ていると、少しだけ心に余裕が戻ってくる。
「あ、そうだ嬢ちゃん。隊長が言ってたぞ、もうすぐ凱旋だってよ」
凱旋。
それはすなわち勝って帰るということだ。
その言葉を聞いた瞬間、心の底から力が抜ける。
やっとこの戦場から抜け出せる。本陣に戻れば、土の上で寝ることもなくなるし、いつ爆撃が飛んでくるかと怯える必要もなくなる。
やっと安全な場所で体を休められる。
でも、待て。
今、私たちは敵に追い詰められて、防戦一方のはずだ。
いつ陣地が崩れてもおかしくない状況なのに、なぜ「凱旋」なんて言葉が出てくる?
「何故?って顔してるな、嬢ちゃん」
また顔に出ていたらしい。
「はい……今、私たち敵に追い込まれてるじゃないですか。ここからどうやって勝つのか、わからないんです」
正直、今の戦況は負けに一番近い。
さっきまで新兵の私たちは、ただ死ぬことばかり恐れていたくらいだ。
「確かに嬢ちゃんの言う通り、ここから勝つのは厳しいだろうな」
ロードンさんは少し笑みを浮かべながら、どこか余裕たっぷりに答える。
それは諦めの余裕ではなく、確信に満ちた余裕に見えた。
「じゃあ、どうして凱旋を……?」
「理由は簡単さ。あいつが、この戦場に来るからだ」
あいつ?
誰のことだろう。
人一人来ただけで、こんな戦況をひっくり返せるなんて……?
「アイツですか? 人一人来たところで、ここから勝つのは不可能だと思いますけど……」
私がそう言うと、ロードンさんは急に真剣な目で私を見つめた。
「それが可能なんだよ。あいつ一人で。どんな戦況だろうと、アイツが来れば勝ち戦になる」
嘘を言っているようには見えない。
自信満々のその表情に、思わず息を呑む。
「アイツって……誰のことですか?」
そう聞きかけた瞬間。
後ろから、目が眩むような閃光が一瞬だけピカッと弾けた。
慌てて振り返る。
けれど、そこには誰もいない。何もない。
「どうやらもう来ちまったらしいな。相変わらず速すぎるぜ」
ロードンさんが呟く。
どうやらあの光の正体を、彼は知っているらしい。
「ロードンさん、さっきの光って……まさか、ロードンさんが言っていたアイツですか?」
大きく頷くロードンさん。
「見とけよ嬢ちゃん。あいつは俺たちアルリス兵、いや世界でも化け物に分類される奴だ。
俺たちがちまちま魔力込めて魔弾撃ってる間に、あいつは一つの中隊を一瞬で壊滅させられる」
そう言って、ロードンさんは敵陣の方を指差す。
遠くに見える光の点が、猛烈な速度で移動している。
その軌跡の後ろには、血飛沫が上がっている。
光の正体は速すぎて見えない。
でも、それが「人」だとはわかる。
「……人、なんですか。あれ」
人間にできることじゃない。
今のわずかな間で、敵の半分近くが死んでいる。
斬られていることすら気づかず、悲鳴も上げられずに倒れていく。
「本当に嫌になるぜ。俺たちが仲間の命削って必死こいてたってのに、これだからよ。
生き残れるのは嬉しいが、毎回思うんだ。俺たちって必要なのかって」
ロードンさんの顔は、苦虫を噛み潰したような表情だ。
確かに。
私たちが数ヶ月かけて積み上げた努力が、一瞬で無意味になる。
何のために戦っていたんだろうと思ってしまうほどの、圧倒的な力。
「ロードンさん……あれは、一体誰なんですか?」
ロードンさんは一度、喉を鳴らしてから口を開いた。
「アルリスの閃光。またの名を、閃光のアッシュ。
世界に数人しかいない、二つ名に大国の名前を許された人間だ」
アルリスの閃光。
聞いたことがある。
敵二万の軍を一日で壊滅させたり、小国を一人で滅ぼしたり、
そんな荒唐無稽な噂を、私はただの誇張だと笑っていた。
でも、今目の前で起きていることは、それ以上の現実だった。
数百いたはずの敵はほぼ全滅し、生き残った兵士たちは手を挙げて降伏している。
私はその一部始終を見て、はっきりと理解した。
噂は誇張なんかじゃなかった。
むしろ、実際の「アルリスの閃光」は、噂を軽く超えていた。
そして同時に、心の底から思う。
――アルリスの閃光が、敵じゃなくて本当によかったと。




