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カップラーメンを食べても村上春樹は怒らない

完璧な賢治 (カップラーメンを食べても村上春樹は怒らないより)

自身の短編 カップラーメンを食べても村上春樹は怒らない

の中に登場した完璧な賢治視点を書いてみました。

暇だったら読んでください。

できればそちらを読んでもらうとより面白いです。

こちらからでも読めるようには書いてます。

よろしくお願いします。

 僕の朝のルーティンは、いつも決まっていた。

 コーヒーをミルで挽く。小さな音を立てて豆が砕ける。その感触を指先に感じながら、湯を沸かし、ゆっくりとドリッパーに注ぐ。香り高い湯気が立ちのぼり、部屋の空気に混じり合う。それから冷蔵庫から新鮮なレタスを取り出して、一枚一枚ていねいにちぎり、ミニトマトを半分に切る。ドレッシングをかけ、サラダボウルをスプーンでそっとかき混ぜる。まるで遠い記憶をたどるかのように。

 トースターに八枚切りの食パンを一枚セットし、三分のタイマーを回す。その三分の間に僕は小さな儀式を行う。熱したフライパンにバターをひとかけ落とし、バターが音を立てて溶け始めたら、卵を一つ割り入れる。そして少量の水を加え、蓋をする。完璧なタイミング。パンが完璧な焼き色に仕上がるのと同時に、蓋を開ければ、そこにはこの世で一番完璧な目玉焼きが姿を現す。それはまるで、絵画のような、一度たりとも崩れたことのない風景のようだった。

 それをそっと皿に移し、テーブルに運ぶ。サラダと、丁寧に淹れたコーヒーも。パンにバターをたっぷり塗る。バターはあらかじめ冷蔵庫から出しておく。それはごく自然な、一種の哲学のようなものだ。それが僕のささやかな朝食だ。最近買った中古のレコードプレーヤーで、マイルス・デイヴィスの「カインド・オブ・ブルー」を聴く。そういうのが僕には合っていた。

 僕はそんな生活に満足していた。いや、満足しているつもりだった。

 僕の名前は賢治、28歳。フリーター。仕事を辞めてから半年、僕はただ時間を消費しながら生きてきた。貯金は底をつきかけている。でもまあ、どうにかなるだろう、とどこか他人事のように考えていた。僕はそういうタイプの人間だ。

 そんなことより、最近、僕の部屋で奇妙なことが起き始めた。

 買い物から帰ると、部屋の中が乱雑になっているのだ。脱ぎっぱなしの衣類。読みかけの漫画本。ごちゃ混ぜになったゴミ箱。まるで嵐が通り過ぎた後のようだった。

 最初は、疲れているだけだろう、と自分に言い聞かせた。自分でやったことを忘れているだけだ。しかし、それが何日も続くと、さすがに気味が悪くなった。僕以外に誰かいるのだろうか? そんなばかげた話が、この静かな部屋で起こるだろうか。

 僕は、部屋の隅にカメラを設置した。僕の完璧な日常を、このカメラは証明してくれるはずだ。この部屋には僕一人しかいない。そんな当たり前の事実を。

 翌日、僕は部屋でカメラの映像を確認した。画面に映っていたのは、驚くことに、僕自身だった。

 彼は、コンビニで買ってきたパンをかじり、夕方までアルバイト。帰ってきて、カップラーメンを食べる。食事は3分で済むし、後片付けもいらない。音楽はポップソング。部屋には必要最低限の家具しかない。僕は思わず、心の中でつぶやいた。

 (なんて雑な人生だ。君は、自分の人生を、あまりにも雑に扱いすぎている)

 モニターの中の僕は、僕の心の声が届くわけもなく、ただ淡々と自分のルーティンを続けていた。

 僕は、そんな彼を毎日モニター越しに眺めるようになった。それは、僕自身の生活を、第三者の視点で見ているようで、奇妙だったが、どこか懐かしさを感じた。彼のカップラーメンの生活は、僕の完璧なルーティンとは全く違う。しかし、そこには、僕が失った何かが、あるような気がしたのだ。

 僕が失ったもの。それはきっと、人生の不合理さ、曖昧さ、そして、予定調和ではない、突然の出来事を受け入れること。僕の人生はあまりにも完璧に作られすぎていて、まるで呼吸を忘れてしまったかのようだった。

 ある日、僕は静かに、レコードを取り替えた。ジャズではなく、彼がいつも聴いている、アメリカのポップソングだ。僕はその音楽に合わせて、微かに身体を揺らし、サラダを食べた。それは、まるで僕が、彼の人生の一部を、そっと借りているような気分だった。少し滑稽で、少し寂しい。しかし、その時、僕は、胸の空っぽな空間が、少しだけ満たされたような気がしたのだ。


 そんなある日、僕は昼食のパスタを静かに食べていた。フォークでパスタを巻きつけ、口に運ぶ。そのとき、インターフォンが鳴った。その音は、まるで遠い異世界から届いたかのように、少しだけ歪んで、奇妙な響きを帯びていた。

 「あのー、僕ですけど...」

 ドアの向こうから聞こえてきたのは、僕自身の声だった。僕は一瞬、自分の脳味噌がどこか別の場所に飛んでいってしまったのではないかと思った。だが、僕の心は驚きよりも、むしろ奇妙な静けさで満たされていた。まるで、ずっと待っていた出来事がようやく起こったかのように。僕は迷うことなく、ドアを開けた。

 そこに立っていたのは、もう一人の僕だった。顔も、背格好も一緒ただ着ている服が少し違っていた。

 彼は、僕の人生の不合理な部分だ。僕が忘れようとしていた、雑で、適当で、でも、どこか人間らしい部分。僕は、彼を静かに部屋へと招き入れた。

 そして、僕たちの奇妙な共同生活は始まった。彼は僕の部屋を散らかし、カップラーメンを食べ、部屋を汚していく。僕は、そんな彼を、少し微笑ましく眺めた。そして、僕は彼に、僕の完璧なルーティンを少しずつ教えていこうと思った。

 しかし、僕が「君は、このままでは、いつか自分を見失う」と彼に伝えたその時、奇妙なことが起きた。僕の視界が歪み、頭の中がぐらついた。気づけば、彼は僕の隣にいる。まるで、僕が彼の部屋にいるかのように。

 「もしかして、あれか。今流行りの異世界とか、パラレルワールドとか、そういう世界からやってきたのか?」

 彼は混乱した表情で僕に尋ねた。

 僕は、フッと笑った。

 「それはこっちのセリフだよ! きみこそ違う世界から来たんじゃないかな? ここが君の世界であること、証明できるかい?」

 彼は言葉に詰まった。しかし、僕の心の中は、不思議と穏やかだった。

 この世の中って、不合理で曖昧なものだろう? 僕は、彼の存在を、すんなりと受け入れている。僕の完璧な日常に、不合理なノイズが加わったのだ。それは、僕の人生に、新しい物語が始まったことを意味していた。


 その時、突然、インターフォンが鳴った。

 まさか、さらに誰かが加わるのか? 僕は静かに立ち上がり、ドアの方へ向かった。ドアがゆっくりと開く。

 そこに立っていたのは、僕自身だった。

 しかし、その顔は悲観的で、絶望に満ちている。まるで『羅生門』から抜け出してきたかのような、厭世的な僕だった。

 僕は、彼を静かに見つめた。そして、彼の存在が、僕の空っぽな空間を、さらに満たしていくのを感じた。

 僕は、3人の賢治になった。完璧な僕、雑な僕、そして絶望的な僕。

 僕たちは、彼を招き入れ、テーブルを囲んで座った。僕が、新しい僕に「何か飲むかい?」と尋ねた。新しい僕は、少し躊躇した後、蚊の鳴くような声で「牛乳を入れないコーヒー…」と答えた。

 その声は、絶望の淵から聞こえてくるようだった。僕は彼の虚ろな瞳を見て、その奥に潜む深い孤独を感じ取った。彼は僕の持つ「完璧な賢治」とは全く違う存在だ。僕が秩序と調和を求める一方で、彼は混沌と不条理の中に身を置いている。

 「コーヒーなら、インスタントですがありますよ」と、もう一人の僕が言った。彼は相変わらず、インスタントな男だ。彼の存在は、僕の人生に不協和音を奏でる。しかし、その不協和音は、どこか心地よかった。

 「いや、コーヒーはやっぱ挽きたてじゃないとコーヒーとは言えない」

 僕はそう言うと、静かに部屋を出て行った。近所のスーパーに、コーヒー豆を買いに出掛けた。それは、僕が彼らのためにできる、唯一のことだ。僕の完璧なルーティンを、彼らに分け与えること。そして、彼らが僕の一部であることを、静かに受け入れること。


 僕はスーパーで、最も香りの良いコーヒー豆を選んだ。レジで会計を済ませている間、僕は自分の胸の内が、少しずつ暖かくなっていくのを感じた。僕は、一人じゃない。僕には、僕を理解してくれる、二人の僕がいる。僕たちは、バラバラで、矛盾していて、そして、お互いに補い合う存在だ。

 部屋に戻ると、二人の僕が、テーブルを挟んで向かい合っていた。彼らの間には、重苦しい沈黙が満ちていた。テーブルにはまだ、僕が食べていたサラダが残っている。その横で、新しい僕は虚ろな目で僕を見て、そして静かに、鼻のニキビを触った。

 僕は、何事もなかったかのようにキッチンへ向かった。コーヒーミルを取り出し、豆を挽き始めた。ガリガリと小気味よい音が部屋に響く。その音は、まるで僕たちの間に張り詰めた緊張を、少しずつ削り取っていくかのようだった。

 しばらくして、僕はそれぞれのカップにミルクを入れていないコーヒーを淹れ、テーブルに戻ってきた。僕は、彼らにコーヒーを差し出すと、静かに座った。

 「とりあえず、これを飲もう」

 僕はそう言うと、一口コーヒーを飲んだ。僕は、この場を何とかしなければならない、と直感的に感じていた。僕が三人いるこの状況は、不合理で、非現実的だ。しかし、僕の人生は、もうすでに不合理なものになってしまった。ならば、その不合理さを、僕が受け入れて、解決するしかない。

 僕たちの奇妙な物語は、今、始まったばかりだ。僕は、二人の僕をじっと見つめ、静かに言った。

 「今のこの状況について、じっくりと話し合うことにしよう」

 僕の言葉に、二人の僕の目が、微かに揺らいだ。彼らは、僕がこの状況を、ただ受け入れるだけでなく、前に進めようとしていることを感じ取ったのだろう。

 僕は、この3人が、バラバラの存在ではないことを、心の底から信じていた。僕たちは、一つの生命体の、異なる側面なのだ。完璧を求める僕、楽観的な僕、そして絶望的な僕。

 僕たちが、本当の自分を見つけるためには、この3つの側面を、一つに統合しなければならない。それが、僕の使命だ。そして、それは、僕がずっと探していた「何か」なのかもしれない。


 僕たちは黙ってコーヒーを飲んだ。新しい僕は、牛乳の入っていないコーヒーを、まるで毒でも飲むかのようにゆっくりと口に運ぶ。その様子は、彼の心の中にある深い絶望を物語っていた。もう一人の僕は、そんな僕を不思議そうに眺めている。彼の顔には、まだこの状況を理解しきれていない、素朴な困惑が浮かんでいた。

 僕は、静かにマグカップをテーブルに置いた。

 「原因を考えても仕方ないと思うんだ」

 もう一人の僕がそう切り出した。彼の顔は真剣で、この不条理な状況にどうにかして筋を通そうとしているようだった。僕は彼の言葉に静かに耳を傾けた。僕の完璧な世界に突然現れたこの男は、僕が持ち合わせていなかった「行動力」というものを秘めているようだった。

 「それよりも、この問題を解決する方がいい。…馬鹿げたことを言うけど、いいかい?これは、この世界が僕の世界だったらと仮定した話なんだけど、一度試してほしいことがあるんだ」

 彼は深呼吸をして、話を続けた。僕の人生は今まで、あらゆる不合理さを排除することで成り立っていた。しかし、今この目の前の男は、その不合理さに真っ向から立ち向かおうとしている。

 彼は、僕の顔をじっと見つめた。

 「君は、外に出て、井戸を探してほしい。そして、その中に入って、しばらくしたらまた出てほしい」

 僕は一瞬、言葉を失った。井戸?そんなものがこの街にあるのか?そしてなぜ井戸に入らなければならない?それは僕の持つ合理的な思考とは全くかけ離れた提案だった。しかし、彼の目は真剣で、どこか確信めいた光を宿していた。

 次に、彼は新しい僕を見た。彼の目は、相変わらず虚ろだ。彼は、新しい僕が盗みを企てたことを思い出し、少しだけ声を潜めた。

 「君は、雨の降る夜に盗みをしてほしい、そして、そのままどこか遠くへ逃げるんだ。そうすれば、この状況から抜け出せるはずなんだ」

 新しい僕は鼻のニキビを触り、彼をじっと見つめている。彼は、さらに続けた。

 「リスクはあるけど、君はどうせ人生諦めているんだろ?もし、万が一捕まったら…僕が代わりに刑務所に入るから」

 彼の言葉は、あまりにも突飛で、そしてあまりにも真実味を帯びていた。この男は、僕たち二人の運命を背負おうとしている。

 僕たちは顔を見合わせた。一瞬の沈黙の後、僕は静かに口を開いた。

 「ぼくはいつも空っぽな気がしてた。そしてそれを埋めようといつも探求していた。そして君たちと出会ったんだ。君の言うことを信じるよ。だって君の言っていることは、ぼくの言っていることだと感じるからね」

 僕の言葉は、まるで深い井戸の底から響いてくる声のようだった。僕は、この不合理な状況を、僕自身の探求の旅の一部として受け入れることにした。

 次に口を開いたのは、新しい僕だった。

 「人間ってのは、どんなにいい奴だって、追い詰められればなんだってやっちまうのさ。結局、生きていくってのはそういうことだろ?」

 彼はそう言って、もう一人の僕の顔をまっすぐに見つめた。彼の目は、もう虚ろではない。そこには、決意の光が宿っていた。彼は、僕の提案を、もう一つの選択肢として受け入れてくれたのだ。

 「俺はやるよ!生きるために」

 そして、彼らは各々、計画を実行に移した。僕は、ジャケットを羽織ると、まるで遠い場所へ向かう旅人のように静かに部屋を出て行った。新しい僕は、窓の外の雨雲を見上げ、何かを呟きながら、ゆっくりと全身黒い服に着替え始めた。ニキビのことはもう気にしていないようだった。

 部屋に残されたのは、もう一人の僕だった。

 僕は夜の帳が降りた街を、あてもなくさまよった。風は冷たく、街灯はほとんど消えていた。僕は、まるで世界に自分一人しかいないかのように、静かに井戸を探した。やがて、僕は村上春樹の小説に出てくるような、寂れて、底が見えないほど深い井戸を見つける。僕はホームセンターで買った梯子を井戸の中に下ろし、ゆっくりと降りていった。底はひどく暗く、湿った空気が僕を包み込む。僕はそこでしばらく物思いにふけり、頭の中の空っぽな空間が、少しずつ満たされていくのを感じた。

 そして、僕は地上に戻り、部屋へと向かう道を歩き始めた。その時、足元で何かが僕の道案内をするように、すり寄ってきた。見ると、それは黒くて毛並みの良い、奇妙な猫だった。

 僕は警戒しながら、その猫に目を向けた。猫は僕の顔をじっと見つめ、言葉を話すのが当たり前かのように、はっきりとした声で尋ねた。

 「お前さんは、どちらの賢治だ?」

 僕は、その不条理な事態に、ただただ驚き、言葉を失った。猫は、僕が呆然としているのを面白がるかのように、静かに笑みを浮かべた。

 「まあ、心配することはない。お前さんの世界は、もうすぐ元に戻る。だが、覚えておけ。お前さんが捨ててきた二つの世界は、いつかまた、お前さんを呼ぶだろう」

 猫はそう言うと、静かに闇の中へと消えていった。

 僕は、その猫の言葉の意味を理解することができなかった。しかし、僕の心は、どこか安らぎに満たされていた。そして、僕は部屋に帰った。ドアを開けると、静けさが僕を迎えた。テーブルの上には、コーヒーカップが三つ残されている。それはまるで、遠い記憶の残骸のようだった。僕は、もう一人だった。


 僕の人生は、ドレッシングをかけないサラダのようにさっぱりとしていた。しかし、今は違う。まるで、僕の人生そのものが、一つの物語になったような、そんな気がしていた。僕は、窓の外の景色を眺めた。僕の人生は、もう元の完璧な状態には戻らないだろう。しかし、それでいい。僕は、不合理で、曖昧で、そして何よりも人間らしい人生を、今、生きているのだから。






読んでくれてありがとうございます。

感想、リアクションあったら嬉しいです。

彼の世界が村上春樹の世界で現実では無いということで喋る猫をだしました。

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― 新着の感想 ―
違う視点で書かれているのが良いです。
不思議な世界感と突っ込みが面白いです。元ネタがわかると突っ込みがいいねです。
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