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彼と僕と副店長

作者: 談儀祀
掲載日:2010/05/16

 親友だった彼が死んでからいくつの年を数えただろう。もう数えるのもやめてしまった。

 あの時の僕は幼くて、どうしようもなかった。彼がどうしようもなかったのと同じように……。

 そして今年もこの時期がやってくる。じりじりと暑い、厭になるほどの暑い熱い夏が。

 彼を奪った、最悪の季節が。



 彼と知り合ったのはバイト先の靴屋だった。同時期にバイトに応募して、同時期に受かった。バイト先は店長を含めて三人しかいなかったから、僕たちが仲良くなったのは必然の帰結だった。

 彼とはくだらない話をして、くだらない遊びをして、何度か法にひっかかることもした。とはいっても精々が万びき程度で、スリルを楽しめればそれでよかったのだ。

 時に遊び、時に食べ、時に笑って、時に泣いた。

 ともに街に繰り出すと、大体ゲーセンに直行した。格ゲーだと僕は強かったけど、音ゲーでは負けっぱなしだった。他のゲームは五分五分。カラオケにも行ったし、いろんな店をぶらぶらしたりもしたけど、大体いつも同じ店に戻ってきてしまって、最後の方では諦めた。

 彼とよく食べたのは大根料理だった。あの味気ない野菜を彼は何十回と噛んでおいしそうに食べる。僕が笑うと「大根には大根のよさがあるんだ」と言って笑った。

 笑う時の癖は、つい手を握りしめてしまうこと。まるで本音を隠して笑っているように見えて直したいと言っていた。じゃあ正反対になるんだ、って言ったら不思議そうな顔をしていた。彼は本音を隠して笑う時に手をぴしっと伸ばすことに最後まで気がついてなかったみたいだった。

 そしてある日、彼が泣きながら僕の家にやってきた。何も聞かなかった。僕らは居間でうずくまるように雑魚寝した。朝起きると彼はいなくなっていて、食卓に「悪かった」とだけ書かれたメモが置いてあった。

 彼との親交が深まることは、生きがいのない自分にとっての目的になっていった。もともとバイトも、ただ暇だったから始めたのだ。バイト代はほとんどすべて銀行にしまわれたままだった。彼と遊ぶときに多少のお金を下ろすだけだった。



 ある時、店長が彼に言った。

「きみ、副店長にならないかい? なったからといってどうなるものじゃないが、君たちになにか残してやりたくてね」

 僕と彼は残すんなら遺産にしてくださいと笑ったが、実際問題として彼の方はあまり裕福とは言えなかったから、彼はその誘いを快諾した。当時彼はいくつかの金融機関に借金をして、バイト代はほとんどがその返済に充てられていたから、店を継げるというのは渡りに船だったのだろう。靴屋の運営は、大手企業ほどではなくてもそこそこうまくいっていたから。

 彼はもし副店長になれるなら、自分にご褒美をあげたいと言った。昔からの夢だった、富士山に登りたいと。バイトで働きづめだった彼も、副店長になるなら多少は生活も安定するし、バイトも減らせるからと。僕と店長はそんな彼の励みになればと、副店長に任命する一日前に彼に休みを作った。彼は「気を遣いすぎですよ」と笑った。

 店長が店の奥にいる隙に、彼は言った。

「帰り、ちょっと付き合ってくれよ。買いたいものがあるんだ」



 次の日、彼は帰ってくることなく、彼の名前だけが街に帰ってきた。



 あれからいくつ年を重ねたか、数えるのはやめてしまった。だけど調べれば何年前のことかなんてすぐにわかってしまう。僕がしているのは儚い抵抗だ。

 彼が逝って、間もなく店長も旅立ってしまった。副店長だったり店を継いでほしいだったり、生前の彼の言動を思えば死期を悟っていたのかもしれない。遺族は別に強制ではないと辞したが、僕はその店を継ぐことに決めた。彼との思い出の地を失いたくはなかった。

 僕はバイトを一人だけ雇うと、粛々と靴屋を経営した。家族の目には、僕はどう映っていたのだろうか。放っておいてくれたところを見るに、気がふれたのだと思われたのかもしれない。

「あ、店長。明日休みもらっていいですかー?」

 考え事をしていたせいでバイトが話しかけてきたということに気づくのに、ずいぶん時間がかかってしまった。

「どうした? 明日何かあるのか?」

「そうなんですよー。ちょっと友達と山登りに行こうって話してて」

「明日?」

「そっす」

「ふーん、じゃあ一つだけ頼み事してもいいかな?」

「なんですか?」

「大根持ってってさ、……、食べてきてよ」



 あの日、彼の名前はニュースで放送された。

 登頂中に、足を滑らせたらしい。打ち所が悪く、発見された時には手遅れだった。彼のそばには、彼が大事そうに持っていた大根が落ちていた。

 彼は仲間に楽しげに話していたという。

「俺さ、この大根を頂上で調理しようと思ってるんだよ。カツラ剥きにして煮るんだ。ダチが選んでくれた大根だからさ、絶対うまいと思うんだよ」



 彼の命日になって、バイトが山に行った。

 彼は帰ってこなかったが、バイトの子は帰ってきた。

 僕はその日、ぶらりと街に出て定食屋に入った。そして頼むのだ。


「すみません、大根の煮つけ作ってもらえますか?」


 その年以来、僕は毎年大根を食べる。苦くてしょっぱい、どうしようもない大根を。

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