処刑台の上で、正義を叫ぶ
※本作には軽度の虐待描写および処刑(死刑)に関する表現が含まれます。
「テオ、人と違うからって『だから何?』よ」
幼い僕に、その言葉は深く刺さった。
「これより、魔女ルミエラの死刑を執行する」
広場に集まった野次馬から、歓声があがる。「生き残りの魔女」であるルミエラの死刑だからだ。
「執行人、テオ・フィーリッツ」
名を呼ばれた僕は、処刑台へと上がった。
僕は騎士としての最高の名誉である「死刑執行人」の任務についているのだ。
「久しぶりね、テオ」
「――ルミエラ」
ルミエラは変わっていなかった。僕をあの人達から救ってくれた、あの日の目から。
「元気にしていた?」
「おかげさまで」
本当にそうだ。
――あの日のルミエラがいなかったら、僕はここにいないだろう。
僕をあの、”親”という存在から救ってくれた。
彼女にしか使えない、魔法を使って。
「私の処刑人はあなたなのね」
「……騎士としての義務だから、断ることなんてできなかったから」
「そう、それでもうれしいわ」
本当に嫌だ。再会した後の会話が、これだなんて。
「処刑人、執行してください」
自分のことしか考えていない司会者がなにかほざいているが、無視することにした。
野次馬たちは、執行をいまかいまかと待っている。
「――僕は貴方に救われました。あの日が僕の、誕生日なのです」
僕にとって、大きな意味を持つ言葉を放ったつもりだった。それでも、ルミエラは表情を変えず淡々と話す。
「当然のことをしたまでだわ。私には魔力がある――救う理由なんて、それで十分よ」
「そんなことはない!黙っているだけの権力者が、正義を被って貴方を裁いた!」
そうだ。
下でほざいている司会者も。
ルミエラの処刑を命じた裁判官も。
みんな……!
「そうね、だからといって自分がしない理由にはならないでしょ?」
「――それがルミエラの生き方、なんだな」
「”だった”よ」
「――!いや、ここで終わらせない!」
そうだ。ルミエラは、僕を救ってくれた。
あの日、閉じ込められていた僕に気づき、炎の温もりとともに外に出してくれた。
食事もくれた。
僕は今生きている。ルミエラのおかげで。
だから、今度は、僕が――
「ねぇテオ。私は、『だから何?』って言ったわよね」
あぁ、そうだ。そうだった。
「でもね、ときにはそれじゃすまないこともあるわ」
そうなのか?ルミエラが言うのなら、そうなのかもしれない。
「そう――例えば、今みたいに」
「……え?」
その瞬間、ルミエラは目を閉じた。
彼女の周りを赤々とした炎が取り囲む。
それを見た司会者が慌てている。
そんなことを僕は視界の隅に取り入れながら、呆然としていた。
「ルミエラ……」
信じたくなかった。――こんなはずじゃなかったのに。
今や炎はなくなり、そこにあったはずのルミエラの体はあとかたもなかった。
「うそだろ――」
そう思った僕の耳に、聞き慣れた声が響いた。
「テオ、あなたの手を血で穢れさせたくなかったの」
――そんなの、いまさらだ。だって僕は騎士で、これまでたくさんの人や動物を手にかけてきたのだから。
「……あなたには、こんなことさせたくなかっただけ」
僕には、こんなにはっきり聞こえるのに。
この声も、幻聴なんだろう。
どこを見ても、ルミエラの姿はない。
目に入るのは、騒ぐ野次馬たちと、呆然とする権力者だけだ。
魔法で消えたルミエラ、生存率は絶望的だろう。
それでも、生きているのではないか――
そんな期待があった。
それは、ただ正義を叫んだだけの僕が思っていいことではないと、わかっていながらも。
夕焼けを見上げて、涙をのみこむ。
あのとき、ルミエラが僕を包んでくれた、炎のぬくもりを思い出しながら。
――処刑台の上で、正義を”叫ぶこと”しかできなかった。