彗星術の痕跡
パーヴリの街並みは王都に引けを取らないほど綺麗に作られている。
高さの揃えられた建物に、凹凸の少ない石畳の道。
パーヴリに訪れる旅人は、人の多さの次に街の綺麗さに驚くだろう。
しかしそれは大通りに限った話である。
それは大通りを少しそれて路地に入るとすぐに分かる。
大通り以外の道にはゴミが散乱しており、建物の壁も盗賊団の縄張りを示す落書きで汚れている。
この町は所謂、張りぼての町なのだ。
町の北東に位置するスラム街近くの道を行くナウワー達は、四日前に守闘士が殺された現場に向かっていた。
「ボクが戦った吸血鬼はフード付きのローブを着ていましたから人相とかは分かりませんでした。身長はナウワーやマヴィットと同じくらいでしたので恐らく男性だとは思います」
ヴィオは歩きながら吸血鬼の情報を共有する。
「そんで吸血鬼野郎の武器はナイフだったと」
マヴィットの言葉に「ええ」と返事をしてヴィオは話を続ける。
「二本の針のような物が対になっているナイフが吸血鬼の武器の様です。…言葉で説明すると難しいですね」
上手い表現を探すように悩むヴィオに対しサンラバは「とっ捕まえれば分かる」と言って笑った。
そうして話しているうちにナウワー達は例の事件現場までやって来た。
地面にはまだ血の跡が残っており、どこに被害者が倒れていたか一目瞭然であった。
もちろん死体はもうなかった。
「死体は夜警の皆さんが調べた後、共同墓地に送られたようです」
ナウワーが血の跡を眺めているのを見てヴィオはそう言った。
「やはり地面の血の跡以外に血の跡は無さそうだな」
周囲の壁や地面を確認していたマヴィットはそうつぶやいた。
「ん…?」
マヴィットの言葉を聞いて周囲を見渡したナウワーは、視界の端で紫色に光る何かを発見した。
石畳の間に挟まっているそれを確認すると、水晶のように透き通っている硬い小石のようなものだった。
「小僧、なにかあったのか」
「いや、見たことのない綺麗な石があっただけだ…」
少し悩んだ顔をしたマヴィットは「見せろ」と言ってナウワーから石を奪った。
「これは…彗星晶だ」
マヴィットの言葉を聞いたヴィオやサンラバも石を見に寄って来た。
「と言う事は彗星術がここで使われたということですか?」
ヴィオがそう言うと、サンラバは頷いた。
「そりゃそうだろうな、じゃなきゃ落ちてるはずがねぇ」
マヴィットは鼻を鳴らした。
「一応こいつを見つけたことを褒めてやる。小僧」
何が何だか分からないナウワーは完全に蚊帳の外で褒められても嬉しくなかった。
「えっと、彗星術って?」
マヴィットはそんなことも知らないのかと言わんばかりな顔をしてナウワーを見た。
「小娘、説明してやれ」
マヴィットは説明が面倒くさかったのかヴィオに話を振った。
「はい、まず魔法は知っていますか?」
「魔法って御伽噺に出てくる奴だろ。魔女とかが使って願いを叶えたりする…」
ナウワーの話を聞いてヴィオは頷く。
「それって誇張はありますが嘘ではないんですよ」
「は?」
ナウワーは理解が追い付かなかった。
魔法が嘘じゃない、そう突然言われても信じられないのは当然だ。
ナウワーはそんなもの見たことが無いのだから。
「突然言われても信じられないと思いますが、貴族の皆さんは魔法…彗星術と呼んでいるもの。それが使えるんです。願いを叶えるなんてそんな大それたことは出来ませんが」
「嘘だよな…」
ナウワーは開いた口が塞がらなかった。
「残念ながら本当です。ボクは見たことありますし」
そうヴィオが言うとマヴィットやサンラバも見たことがあると言った。
「貴族生まれの騎士なら彗星術を使えることが多いからな、騎士と並んで戦ったことのある人間なら誰でも知っている」
マヴィットの言葉にナウワーは自分の生きていた世界の狭さを実感させられたような気がした。
確かにナウワーのように町から出ないで暮らす人間と旅から旅の人間では経験する事に差があると思ってはいたが、ここまでとは思っていなかった。
「基本的に戦闘にしか用いないものなので激しい戦闘が起こらない町中で暮らしていて見たことがないのは無理もないことです」
ナウワーの考えを察したのかヴィオは優しく言った。
「それで彗星術を使うとその痕跡として、こういった彗星晶が近くに生成される。大体は時間が経つと霧散するがたまにこうして残る奴があるという訳だ。分かったか小僧」
いつの間にかマヴィットが自慢げに説明していた。
「しかし、ボクが吸血鬼と戦った時は彗星術なんて使わなかったと思います」
ヴィオはそういったがマヴィットは鼻で笑った。
「守闘士を殺す際に使ったか逃げる時にでも使ったんだろう」
「じゃあ吸血鬼は貴族か騎士なのかよ…」
そう話したサンラバが急によろけた。
「おっとと」
見るとヴィオより幼い少女がサンラバにぶつかった様だ。
サンラバも気を抜いていたためよろけたのだろう。
「ごめん、おじさん!」
そう言って走っていく少女はその手に袋を握っていた。
「…サンラバ、お財布があるかどうか確認してみては?」
ヴィオがそう言うとサンラバはポケットを漁った。
「無い、どこにも、財布が!」
焦る顔のサンラバを見てマヴィットは笑った。
「気を抜いているからそうなるんだ」
笑うマヴィットに対しヴィオは「あなたも確認してみたらどうです?」と言った。
マヴィットは自らのポケットに手を突っ込んだ。
「くそ、やられた!」
みるみる内にマヴィットの顔は赤くなっていった。
一応ナウワーもポケットを確認したが財布は盗まれてなかった。
「あの小娘…絶対に許さん。縛り付けて刑吏に突き出してやる!」
「俺もやってやる!」
マヴィットとサンラバは顔を真っ赤にして財布を盗んだ少女を追いかけていった。
「ナウワー、ボク達もいきましょう」
「あ、あぁ…」
ナウワーとヴィオは少女を追いかけるマヴィット達を追った。