吸血鬼討伐隊
守闘士組合の建物は二階建てになっていることが多くグルトップ守闘士組合も例にもれず二階建てだった。
朝早くから組合の二階にある吸血鬼討伐隊の集合場所として隊に貸し出されている部屋に入っているナウワーは、暇を持て余していた。
ナウワーはヴィオの朝から忙しくなるという話を信じて早朝から集合場所に来ていたが蓋を開けてみれば、そんなことは全く無かった。
朝早くから動いていたのはヴィオくらいの様で、そのヴィオは部屋内に置かれている書類や守闘士の使う小道具などを鼻歌まじりに整理していた。
「なぁ、ヴィオ」
「茶葉ならそこの引き出しにありますよ」
「あぁ…」
ナウワーは無駄な早起きの恨み言の一つでも言ってやろうかと思ったが予想以上に真面目な声色が返って来たので気がそがれた。
「えっと、討伐隊って何人いるんだ?」
「あなたで四人目です」
隊なんて言うくらいだからもう少し大所帯なのだと思っていたナウワーは驚いた。
「少なくないか…?」
それからヴィオは「どんな人達なのかは会ってからのお楽しみです」と言ってまた部屋の整理に戻った。
そしてまた沈黙に包まれる部屋。
妙な居心地の悪さをナウワーは感じていた。
もうなんでもいいから早く誰か来てほしかった。
暇を持て余したナウワーが部屋の整理を手伝い始めてからしばらくして、部屋の扉が大きく開かれ討伐隊のメンバーであろう二人が入ってきた。
黒い甲冑を着込み黒い大盾を持った守闘士にしては珍しい格好の男と大斧を背負った図体のでかい男だ。
どちらも受付の仕事中に見た覚えがあるが名前は分からなかった。
ナウワーは人を覚えるのが得意ではないのだ。
「よお、遅れちまった」
大斧を背負った男が頭を掻きながら申し訳なさそうに言った。
「ええ、見れば分かります」
ヴィオは笑顔でそう言ったがその語気は少し鋭く感じた。
甲冑の男はヴィオの言葉などどうでもよいかのように部屋の隅に大盾を立てかけるとナウワーに視線を向けてきた。
「それで、その男は誰だ」
甲冑の男の鷹のような鋭い目つきで見つめられたナウワーは背筋に嫌な汗をかくのを感じた。
「こんな狭い部屋で殺気を放つのはやめてください。その人は隊の新メンバーのナウワーです。スラムについて詳しいので何か聞きたいことがあったら彼に聞いてください」
ヴィオがそういうと甲冑の男はナウワーから目を逸らし鼻を鳴らした。
それからヴィオは、ため息を漏らしナウワーを見た。
「紹介します。この甲冑の人がマヴィット・コウ。その大斧の遅刻の常習犯がサンラバ・バトラーです」
マヴィットはヴィオの紹介を無視して手甲をいじり、サンラバはナウワーに向けて軽く頭を下げた。
「では、これからの行動について話し合いますか」
マヴィットやサンラバが適当な椅子に腰かけたのを見てナウワーも近くにあった手ごろな椅子に座った。
ヴィオは部屋の壁に貼られているパーヴリの地図の前に立った。
「まず、つい四日前の夜、吸血鬼による殺人事件が起こったことは知っていますよね」
ヴィオが見つめてきたのでナウワーは頷いた。
「素行の悪さで有名な守闘士が死んだ。奴については組合内でも対処に困っていたからよく知っている。嘘か本当か分からないけど依頼人に暴力を振るったこともあるらしいな」
普通、守闘士は組合を通して依頼を受注・報告する為、直接依頼人に会うことはほとんどない。
それは、武力を持った守闘士が非力な依頼人から不当に報酬を巻き上げないようにするためのルールだった。
しかし今回の事件の被害者である守闘士はわざわざ依頼人を探し出し暴力で報酬を巻き上げたことがあるという噂があった。
「彼は、北東のスラム街近くの路地裏にて殺されました」
ここですね、とヴィオは地図に印をつけた。
それにつられてナウワーが地図をよく見ると地図のいたるところに印がつけられていた。
印がつけられた場所は吸血鬼が事件を起こした場所であろう。多くの印はスラム街の近くについていた。
「今回も吸血鬼が犯人で確定か」
サンラバが印を見て口を開いた。
「えぇ、夜警の皆さんが傷口を調べた結果、今までと同じ傷口でした。二つの穴が首筋に空いているやつです」
ヴィオは指を二本立てて首筋にあてた。
パーヴリの吸血鬼が吸血鬼と呼ばれる理由がその傷口であった。
パーヴリの吸血鬼は殺した相手の首筋に二つの穴をあける。
まるで血を吸うために牙を突き立てたかのように。
「まさか首に穴をあける凶器を戦闘にも使うとは思いもしませんでした」
ヴィオは吸血鬼との戦いを思い出したのかため息をついた。
「吸血鬼と戦ったのか…」
サンラバは羨ましそうにヴィオを見ていた。
「あぁ惜しいな、オレ様が戦っていれば吸血鬼をその場で捕まえていたのに」
マヴィットは腕を組みながら鼻で笑った。
「そうかもしれませんね、この中で対人戦に向いた装備をしているのはあなただけですし」
ヴィオはマヴィットの嫌味を軽く受け流して地図を見た。
「見ての通り吸血鬼事件はスラム街の近くで、そしていずれも夜に発生していると思われます」
なので、とヴィオは続ける。
「今まで通り日中は現場近くで手掛かりになりそうなものや目撃証言を集めて、夜はスラム街近くを見回りましょうか」
「ちょっと待った」
ナウワーは話し合いが終わりそうな雰囲気を感じ取って口を開いた。
「本当にそれでいくのか?」
ヴィオは、「はい」とだけ答えた。
「もっと、積極的にこっちから吸血鬼を捕まえに行くとかは全くしないのか?」
ナウワーは疑問に思ったことを口にする。
「そうしたいのはやまやまですが、ボクたちに吸血鬼の先回りをする術はありません」
ヴィオは困った顔で答える。
「どうして」
ナウワーの疑問にマヴィットが口を開いた。
「この町には吸血鬼の標的になり得る人物が多すぎる。小僧、少しは自分の頭を使ったらどうだ」
小僧という呼び方が引っかかったがナウワーは確かにと思った。
パーヴリの吸血鬼は悪人を狙う。
治安が乱れたこの町にいったい何人の悪人がいるだろうか。
「次の標的が誰か分かるくらい悪人が少なかったらそもそも吸血鬼はいない…か」
「まぁ、スラムには悪い噂を持った人間が集まるのは間違いありませんから、今は地道にスラム近くの見回りをするしかないです。ナウワーさんが来たおかげでスラム内の見回りをしやすくなることですし。これでも一歩前進しているんですよ」
そう話しているとサンラバがもどかしそうにしていた。
「なぁ、そろそろ外に出て体を動かさんか。体がうずいて仕方ねぇ」
その言葉を聞いてヴィオは頷いた。
「そろそろスラムの方に行きますか。ついでにナウワーに裏道を教えてもらいますので今日は全員で行きましょう」
ヴィオがそう言うとマヴィットは面倒くさそうに、サンラバは張り切った様子で椅子から立ち上がった。
「今日はってことは、いつもは違うのか」
ナウワーがそういうとマヴィットは立て掛けた大盾を拾いながら口を開いた。
「当たり前だ、なぜオレ様が何も起きていない時から荷物にしかならん筋肉野郎と小娘を連れて歩かなきゃならんのだ」
マヴィットの話を聞きながら椅子から立ち上がったナウワーは、聞き捨てならない言葉を聞いた。
「小娘…?」
「マヴィットはヴィオのことをいつもそう呼んでるんだぜ、まぁ俺の筋肉野郎呼ばわりよりかはましだがな」
ナウワーは豪快に笑うサンラバの声が遠く聞こえるほど急速に血の気が引いて行く気がした。
「小僧、お前…もしかして小娘のことを男だと思っていたのか。これはお笑いものだな」
ナウワーの様子を見たマヴィットは笑いながら部屋を出ていった。
それに続いてサンラバも体を動かすのが待ちきれないかのように部屋を飛び出していった。
「あぁ、だから昨日の夜、湯浴み中に堂々とボクの方に…」
ナウワーはヴィオの顔が見れなかった。
「ヴィオ、すまん!」
それだけ言ってナウワーも部屋を飛び出し階段を下りて組合の外に出た。
外に出ると暖かな陽の光と柔らかな風がナウワーの体を包んだ。
「責任、取ってもらいましょうか?」
後ろからそう声をかけられたナウワーは、まだ日中で暖かいはずなのに寒気を感じた。