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エピローグ

 最初のうちは、軽い揺れを感じるくらいの地震であったが時間が経つにつれて揺れが大きくなっていった。

 そんな中、ナウワー達はエクシーを先頭にして旧下水道を駆け抜けていた。

 等間隔に置かれていた燭台は揺れの影響で地面に転がり火が消えていることが多く、その影響で旧下水道はその暗さを増していた。

 それでも皆が迷わずに脱出に向けて道を駆け抜けられているのは偏に旧下水道に詳しいエクシーのおかげであった。

「旧下水道から出る方法は三つあります。一つはあなたたちが侵入してきた古井戸から出る方法、一つは町中にある封鎖された旧下水道入り口の壁を突破する方法。最後にボラ・スクーラが秘密裏に作っていた、町の外と旧下水道を繋ぐ道を行く方法です」

 走りながらエクシーがそういうとヴィオは、当然の疑問を口にした。

「今はどの方法を目指して走っているんです?」

「最後に話した町の外に繋がる道を行く方法です。…これが一番確実に脱出できる方法だと思いますから」

 旧下水道を駆け抜けながら話すエクシーは、息が上がって辛そうにしていた。

 そして、息が上がっているのはヴィオ以外の全員だった。

 当然であった。戦闘の後に間髪入れずに今度は走り続けているのだから。

 だが、ヴィオだけは一向に疲れる様子を見せなかった。

 そんなヴィオを見ていて、ナウワーは先ほどから気になっていたことを聞いた。

「…それで切り札を使った時の代償って何だったんだ?」

 息を切らしながら、ナウワーがそう聞くとヴィオは「無理しないでください」と心配そうにいった後に質問に答えた。

「あの技は簡単に言うと空に浮かぶ彗星と同化し、その力を行使するというものです。彗星は、人とは違い完璧な存在…神であると教会が教えているのは知っていますよね」

 ヴィオの話にナウワーは頷いた。

 この国にはいくつかの宗教とそれぞれの宗派があるが、そのどれもが共通して彗星は神であると教えているのだ。

「そして人は適応する生き物です。熱い環境にも寒い環境にも。では完璧な神と同化する場合は、神に適応しようとするのです。結果、体に様々な代償が出る。ボクがこの力を最初に使った時に払った代償は体の成長が止まるというものでした」

「…なぜ神に適応しようとして体の成長が止まるんだ?」

 サンラバは、ナウワーの妹であるシィを背負いなおしながらヴィオに聞いた。

「恐らくですが、完璧な存在と言うモノはそもそも成長することがなければ衰えることもないからではないでしょうか。そのままで完璧な訳ですから。そしてその完璧なモノになろうとしてボクの体は成長を止めたんです。一番参考に出来るモノと同化しているので人の体でもそういう無理なことが出来たんでしょうね…」

「じゃあ、見た目と実年齢は違うのか!」

 サンラバが閃いたかのような口調でそう言うとヴィオは「ええ」と同意した。

「実は皆さんより相当年上です。ボクは東方で起こったウォダナ大侵攻の生き残りですから」

 ナウワーが走りながらヴィオの顔を伺うと、ヴィオは少し遠い目をしていた。

 それはまるで過去の事を思い返しているかのようだった。

「今回の代償は?」

 黙って走りながら話を聞いていたマヴィットが一番気になることが聞けずに痺れを切らしたかのように口を開いた。

「まだ分かりません…ですが確実に体に変化が起きているはずです。明るい場所に出たら分かるかもしれませんね」

「兎にも角にも脱出って訳だな…」

 サンラバはくたびれたようにため息をついた。


 本格的に天井が崩れ、落石が降り始めたのはヴィオの話が終わってすぐの事であった。

 揺れが増す旧下水道はただでさえ走りづらくその上で、ナウワー達は崩れ落ちてくる天井の瓦礫を避けなければならなかった。

 その為、ナウワー達の足の進みも必然的に遅くなっていた。

「皆さん、頑張ってください。…ここを真っすぐ走り抜ければ出口です」

 息も絶え絶えになっているナウワー達に激励を飛ばすエクシーもまた息を切らして限界が近そうな顔をしていた。

 しかし、一番限界が近いのはナウワーであった。

 先ほどから、足に力が入りにくくなっており、寒気を感じ意識が朦朧としていた。

 ナウワーは何とか倒れないように俯きながらも壁に手をつきながら走っていた。

「外の光だ!」

 サンラバの声がナウワーの耳に届いた。

 それに反応するように顔を正面に向けると旧下水道の物とは違う透き通った外の空気の匂いが微かにして、先ほどまで見えていなかった太陽の光が遠くに見えた。

 それはまさしく、夜明けの光であった。

 もう見ることは無いと思っていた光。

 ナウワーは足を止めた。

「もう、いいか…」

 誰にも聞こえないように小さな声でそう呟いた。

 言葉は天井が崩れる音にかき消された。

 ナウワーは、満足していた。

 セブンに仕事を紹介して、妹を助け、新たな吸血鬼に自分と同じ罪を味わわせる前に改心させたことに。

 たったそれだけでも少しは大勢を殺してきた贖罪が出来た気がした。

 そう思ったのだった。

 そして自分が出来る最大にして最後の贖罪は、ここで死んでパーヴリの吸血鬼の存在を消すことだと考えた。

 パーヴリの吸血鬼は、その噂があるだけで十分だとナウワーは思ったのだった。

 ナウワーは、夜明けの光に向かって走る仲間達を見た。

 光が眩しかった。

 少しして光の方から声が聞こえた。

 誰の声か分からなかったが恐らく女性の声だった。

 ナウワーは座り込んでゆっくりと目をつぶった。

 そうするとすでに限界を迎えていた意識はゆっくりとまどろむように消えていった。



「ひゃあー、こりゃ凄いことになってるねー」

 昼過ぎの少し熱い日差しが降る中、セブンは守闘士組合の仕事としてルードと共にスラム街に訪れていた。

 今見ていたのは、広く陥没し家を飲み込んだ地面であった。

「この辺りは旧下水道が下にあったからなぁ、それが崩れたみたいだ」

 ルードは、被害の全容を確認するように辺りを見渡してメモを取った。

 二人の仕事は、ウォダナの襲撃事件とスラム街陥没事故の被害を調べ、どの程度の支援を必要としているか現地で調査する事であった。

「それにしても、セブンちゃん…」

「なに、どしたのルード。そんなに縮こまって」

「いや、俺っちたちすごく見られてない…?」

「そりゃあね、ここはスラム街でも結構治安悪かったところだし。アタシ達、身なりが綺麗だからねぇ」

「狙われてるってこと…?」

「さぁね」

「セブンちゃん、仕事は早めに切り上げよう、そうしよう。何だったらもう帰ろう」

 ルードは慌ててセブンに懇願した。

 ルードは、スラム街の地理に詳しくない為、セブンがいないと行くことも出来なければ帰ることも出来ないのだった。

「来たばっかりじゃん、全く。ほら次の場所見に行くよ」

「そんなぁ」

 セブンが移動するとルードは、万が一にもはぐれないようにぴったりとくっついて歩いた。

 二人の同僚が見たらどっちが先輩か分からないと言いそうな光景であった。

 そうして二人が今度はウォダナの襲撃事件の現場に着いてその被害を調べている時、ルードの口から自然と言葉が漏れだした。

「ナウワーが居ればなぁ…」

 そんなルードの言葉にムッとしたセブンは、ルードを睨みつけた。

「アタシじゃ頼りないってわけ。まぁそうよね、昨日入ったばかりの小娘じゃ信用できないよね。信用できない相手とは一緒にいるべきじゃないよ。別行動しましょ」

「違う違う、そうじゃないってセブンちゃん」

 怒って歩き出そうとするセブンにルードは焦って前に回り込み訂正した。

「ナウワーが居れば、アイツに仕事を押し付けれたかもしれないって思ってさ。俺っち達よく賭けで互いの仕事を押し付け合ってたんだよ」

「なんだ、そういうこと…」

「そうそう、決してセブンちゃんが信用ならないとかじゃないから。なんなら今一番頼りにしてるから。セブンちゃんがいなかったら俺っち一瞬で身ぐるみ剝がされてると思うし…」

 そういって恐る恐るルードは辺りを見渡した。

 スラムの影からガラの悪い連中がこちらを見てるような気がしてルードは身震いした。

「ナウワーはセブンちゃんの保証人みたいなもんなんだろ。アイツにいつ帰って来るか、とか教えてもらってないの?」

「昨日の徹夜仕事を終えて朝に家に帰ったら置手紙とアタシが探してたロケットペンダントが置いてあってさ、その手紙にはいつ帰れるか分からないから家を好きに使っていいとだけしか書いてなかったよ」

「ふーん、早く帰ってきてくんないかなぁ」

 セブンとルードを含めた守闘士組合職員は、昨日起きた事件と事故の影響で朝まで徹夜での対応作業に追われていた。

 その影響で職員は今朝、くたびれて家に帰っていた。

 組合長から、押し寄せる仕事の影響で昼過ぎになったらまた出勤するようにと職員全員に通達され、組合長に対する文句が殺到したがそれはまた別の話だ。

「じゃあ、ナウワーの代わりにアタシと賭けする?」

「いや、いい。女の子相手に仕事を押し付けるのはなんか居心地悪いし」

 話ながらもルードはしっかりと辺りの崩れた家屋や復旧作業の為にうろつくスラムの住民を見てメモを取っていた。

「そういえばさ、武装蜂起。昨日の今日でもう終わったんだね」

 細かい情報をメモするルードに対しセブンはルードにスラムを案内するのが主な仕事なので、セブンは暇そうにしながらルードに話しかけた。

「あぁ、それね。今朝、鎮圧が都市議会から正式に発表されてたけど…実は面白い噂があるんだよ」

「何?」

「本物のパーヴリの吸血鬼が、旗を上げた偽物をとっ捕まえて市庁舎に送ったことで武装蜂起が終わったって噂さ」

「ふーん」

 セブンはつまらなそうに足元の小石を蹴り飛ばした。

「あれ、面白くない?」

「普通」

「そうですかい」

「その本物の吸血鬼が実はナウワーでした。とかだったら面白いかもね」

「確かに、それ良い」


 大きな事件が終わりを迎えた。

 パーヴリの吸血鬼の噂は、彼らが居なくなったことでこれからは過去の伝説となって語られていくであろう。

 そうしてパーヴリの日常は続く。

 まだ数多くの問題を抱えたこの町は、吸血鬼がいてもいなくてもそう変わらないだろう。

 それが、現実というものだ。


 おわり

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