真の力
ヴィオ達三人は、振り下ろされた巨大な爪を弾かれたように全力で躱した。
化け物の爪が振り下ろされた衝撃で土煙が舞う。そしてそれが晴れると床は粉々になっており、その一撃の破壊力を表していた。
マヴィットは、姿勢を整え剣を構えなおすと化け物の特徴を見て口を開いた。
「ネイは、ハテーになったのか!」
「ハテー?」
ナウワーは、聞きなれない言葉を咄嗟に聞き返した。
「ハテーとは、一般的にダンジョンの奥に住み着きスゴルを統べると言われるウォダナの親玉のことです。特徴は見ての通り。スゴルと同じく狼に似た形。スゴルより大きな体や爪、牙。それに赤い瞳です」
ヴィオはナウワーから少し離れたところで、そういった。
「そう、その通りさ。流石は守闘士だ。よくウォダナの事を知っている…殺してしまうのが勿体ないなぁ…ククク」
ハテーと呼ばれるウォダナになったネイがそういうと、すぐに次の一撃がサンラバに向かって放たれた。
サンラバはどこからか持ってきていた二本の剣を使って二刀流になっており、器用に爪を剣で受け流しつつ体を滑らせるようにして爪を避けた。
「すまん、ナウワー。戦闘中に貰ったナイフが壊れちまって今は敵から奪ったなまくらだが頑丈な剣を使ってる!」
サンラバは、ナウワーをちらりと見てそういった。
「ナウワー、シィさんを抱えたままではあまりに危険です。あなただけでも逃げてください!」
ヴィオの言葉に頷きナウワーは出入口に走った。
「逃がすわけないよねぇ!」
しかしネイが巨大な爪を出入口に振り下ろし、出入口を崩してしまった。
「やはり、逃がしてはくれないか…」
シィを抱えながらナウワーはネイを睨みつけた。
「もちろんさ、俺ちゃんが君たちを一人一人なぶり殺しにするんだから。誰一人逃がさないよ」
その時、マヴィットとエクシーがナウワーに夢中になっていたネイの後ろ足に斬りかかった。
二人の剣は、確かにネイの後ろ足を切り裂いたがあまりに巨大な足には効果が薄く見えた。
「硬い。しかし刃が通らない訳ではないか…!」
攻撃後、すぐさまネイから距離を取りマヴィットは剣を構えなおしそういった。
後ろ足を切られたネイはマヴィットを巨大な赤い瞳で睨みつけた。
「まったく痛いなぁ。ウォダナになったからって痛みを感じなくなった訳じゃないんだよ!」
ネイはマヴィットに対し横なぎで爪を振った。
いくら広い大部屋の中で戦っているとはいえ躱す場所には限界があり、マヴィットは爪を躱しきれないことを悟ると剣を構えて爪を受けようとした。
「ハテーの力の前には無駄だ!」
「うぐッ!」
爪を剣で受けたマヴィットはネイの力を受け止めきれずに壁に向かって吹き飛ばされた。
「マヴィット!」
ナウワーが叫んだが、壁に強く打ちつけられたマヴィットは地面に倒れ伏し起き上がれず返事も出来ずに呻いていた。
「クソ、てめぇ!」
サンラバが二本の剣を使いネイの前足に連続で斬りかかる。
「そんなものではハテーは、俺ちゃんは倒せないぞ。…ククク」
サンラバの連撃をものともせずにネイはサンラバを爪で軽く吹き飛ばした。
「どわッ!」
サンラバもマヴィットと同じく壁に激しく打ちつけられ剣を落とし倒れた。
「ふん、俺ちゃんもっと楽しみたいんだけど。次はナウワーちゃん、君でいいか」
そういうとネイはナウワーに向けて巨大な爪を振り下ろした。
「…ッ!」
ナウワーはシィを抱えたまま真横にダイブしそのまま転がって受け身を取った。
「おぉ、妹ちゃんを抱えてるのによくやる。もっと楽しませてくれよ!」
ナウワーはネイの攻撃を一撃二撃と同じ要領で躱したがついに限界が訪れた。
爪を躱したが地面を叩く衝撃をもろに食らい壁に叩きつけられたのだった。
シィを庇うように壁に叩きつけられたナウワーは頭と体を強く打ちつけた。そして、その衝撃で肺から空気が全て吐き出された。
「ぐ…あ…」
あまりの衝撃に、一時的に呼吸が出来なくなりナウワーは悶えた。
「残念、君ももう終わりか…」
「うぉぉぉぉ!」
その時、エクシーがネイの死角から懐に飛び込み、ネイの体を貫くように生えている結晶に斬りかかった。
しかし剣は結晶に傷をつけることすら出来ずに弾かれてしまった。
「おや、エクシーちゃん。ちゃんと前に教えた通りにウォダナの弱点を理解しているんだね。だが残念、その程度じゃあ傷をつけることすら出来ないよ」
そういってネイは爪を振り、エクシーを吹き飛ばした。
「ッく!」
エクシーは空中で体を捻り足で壁に着地して、激突する衝撃を抑えた。
「おお、流石は我らが吸血鬼。楽しませてくれるね!」
ネイは何度もエクシーに爪を振り下ろし、時には薙いだが、そのことごとくをエクシーは躱していた。
ネイの目がエクシーに釘付けになっている間にヴィオはナウワーに駆け寄って耳打ちをした。
「ナウワー、動けますか?」
「うぐ、何とかな…」
ナウワーは強気に返事をしてみたが先ほど壁に打ちつけられた際に打った頭から血が垂れてきており、意識が朦朧としていた。
「こうなってしまった以上、ボクの切り札を使ってケリをつけます。ナウワーは動けなくなったマヴィットとサンラバの近くに避難していてください。そしてこれから起きることは他言無用でお願いします」
「切り札って…一体何をするつもりなんだ?」
「ボクが世界一幸運な守闘士と呼ばれるその理由の一つを使うんです。…かなりの代償があるんですが誰かが死ぬよりはましですからね。…覚悟が遅くなり申し訳ないです」
そういってヴィオはナウワーから離れたところで剣を構えた。
そしてナウワーに向けて、ネイに気づかれないうちに早く移動しろと目で合図を送ってきた。
ナウワーは朦朧とする意識の中、それに従って妹のシィを抱えてマヴィットとサンラバの元へ走った。
実際に走れていたかどうかは、ナウワー自身も分からなかった。
「甘いねぇ!」
ネイがそう叫ぶのを見ると、ちょうどエクシーが壁に叩きつけられて地面に伏していたところであった。
「動けるのはあと一人か…つまらないなぁ」
部屋の中央で牙を見せつけながらネイはヴィオを睨みつけた。
「そうですか…では、とても面白いものをお見せしましょう」
ヴィオは頭上に左手を伸ばした。
「彗星よ、今一度あなたを受け入れよう!」
ヴィオの言葉に反応するかのように、どこからともなく紫色の淡い光がヴィオの体に集まってきていた。
「な、なんだ。その力は…やめろぉ!」
急に怯えだしたネイが、爪をヴィオに振り下ろすとヴィオは頭上に掲げた手でそれを受け止めた。
「まぁ、もう少し待ってください。戦いはそれからです…」
ヴィオは受け止めた爪を乱暴に払いのけた。
「なんなんだ、それは!」
ネイは爪での攻撃を続けた。
なりふり構わず、全力で爪を振り下ろし続けた。
しかし、そのすべてをヴィオは片手で払った。
そうしているうちにヴィオの体に集まる紫色の光はその強さ増していき、ヴィオの体に集まった光が人影の様な形を成した時、ヴィオは微笑んだ。
「お待たせしました…準備完了です」
「何を…!」
ヴィオが俯き祈るように手を合わせると、ヴィオの周りに集まっていた光がヴィオの体に吸収され、ヴィオの背中からまるで童話に出てくる天使の羽のようなものが生えた。
「さぁ、戦いますか」
結果をいうと、ヴィオの圧勝であった。
ほぼ瞬間移動に近い高速移動から繰り出されるヴィオの剣筋は、目でとらえられるものではなく、壁際まで離れているナウワー達の元まで届く衝撃波でその一撃一撃がネイの攻撃の何倍もの重さをしていることが分かった。
ヴィオは、マヴィットやサンラバがほとんど傷をつけられなかったネイの体を撫でるように剣でなぞり切り裂いているようであった。
「クソクソ、圧倒的な力を手に入れたはずなのに。畜生。ずるいぞ!」
天井に頭をぶつけることすら気にせず、その巨体で暴れ回るネイの攻撃をヴィオは避け続けていた。
「もうやめませんか…勝敗は決していると思うのですが?」
ヴィオは、微笑みながらネイにそういった。その微笑みはまるで天使であった。
「まだだ、俺ちゃんはまだ終わってないぞ!」
ぼろぼろのネイが暴れ回る衝撃で旧下水道は激しく揺れ、天井が崩れ始めていた。
それを見てヴィオはため息をつくと「分かりました」といってネイの前に立った。
「死ねぇ!」
それをチャンスと見たのかネイは牙を剥いて大きな口でヴィオに食らいついた。
ヴィオがネイの口の中に咥えこまれた瞬間、紫色の光線がネイの口から背中まで、その体の結晶を砕くように貫いた。
「ぐぎゃあ!」
ウォダナの弱点である結晶を砕かれたネイは悶え苦しみながら天井に強く頭を打ちつけ暴れ、そして綺麗な紫色の光を放ち霧散した。
それは、街中でスゴルを倒した時と同じ、霧散の仕方であった。
しかし霧散したのはハテーだけであり、中から意識を失ったネイが現れてその場に倒れた。
「ふう、終わりましたね」
ヴィオが息を吐いてそういうとヴィオの体からも紫色の光が放たれ、背中に生えた翼が消えた。
「一体なんだその力は…」
そんなマヴィットの呟きを聞きながら、ナウワーは立ち上がる力が戻ってきたマヴィットやサンラバ、エクシーと共にヴィオの元へ歩いた。
「これが世界一幸運な守闘士と呼ばれるボクの切り札です。ナウワーにはもう言いましたが他言無用でお願いします」
ヴィオは微笑んでそういったがサンラバとマヴィットは不満そうな顔をした。
「そんなものがあるなら最初から使ってくれ…」
サンラバは、頭を掻きながらそういった。
マヴィットも頷いてサンラバに同意していた。
「すみません、切り札にしている理由はちゃんとあるんです。まず大きな代償があって…」
そうヴィオが話始めたのと同時に軽い地震の様な揺れが起きた。
「まて、まずいぞ。この下水道崩れるんじゃないか」
サンラバがそういうとヴィオは「その可能性は高いですね」と腕を組んだ。
「どうやって脱出しましょうか…」
「それなら私、脱出口知ってます」
ヴィオの言葉に反応してエクシーが手を上げた。
「この部屋、隠し通路があるんです。ネイは自分しか知らないと思っていたみたいですけど」
「なら、生き埋めになる前に早く案内しろ」
マヴィットが高圧的な態度でそういうと「待ってください」とヴィオはいってネイを指さした。
「彼を連れていきましょう。彼には聞きたいことがありますし、武装蜂起を終わらせるにも彼が必要でしょう」
「分かった、ではオレ様が持っていく」
珍しくマヴィットが素直に力仕事を選んだ。
「ナウワー、妹さんは俺が運んでやるよ。お前、見るからにきつそうだしな」
「そう…だな。ありがとう、頼むよ」
朦朧としていた意識の中、サンラバに話しかけられそれに驚いて意識が少しはっきりとしたが、万が一にも備えてナウワーはサンラバに妹を預けた。
マヴィットがネイを担ぐのを見たエクシーは「ではこちらに」と壁際に行き、隠された脱出口を開くのだった。




