新たな化け物
下水道の暗闇の中を等間隔に置かれた燭台の明かりを当てにして走るナウワーとエクシーは、道の奥から響いて来る剣戟の音を耳にした。
「きっとヴィオ達だ。行こう」
ナウワーの言葉に素直に頷いたエクシーはナウワーの後に続いて走り出した。
剣戟の音に近づいていくと、下水道に似つかわしくない鉄のような素材で出来た一つの大扉の前に辿り着いた。
大扉は開け放たれており、ナウワーが中を覗くとそこには天井の高い大部屋があり、これまた下水道には似つかわしくないシャンデリアが部屋全体を照らしていた。そして部屋の中には、数体の狼型ウォダナであるスゴルと戦っているヴィオとマヴィットが居た。
二人は戦闘の邪魔になるフードを外しており、顔が見えた。
そして、二人とも何かに焦った顔をしていた。
「ヴィオ、マヴィット!」
戦闘に参加するために大扉の大部屋にナウワー達は飛び込んだ。
「小僧か!」
部屋に入ったナウワーをヴィオとマヴィットは戦闘中の一瞬の隙で確認した。
「ナウワー、シィさんがネイに連れていかれました。ここはボク達だけで何とかできますからあなたはこの奥へ。ネイを追いかけてください!」
「ネイの指輪の力はオレ様の剣では防げなかった。奴の力には気を付けろ。さぁ行け!」
マヴィットやヴィオに言われ部屋の奥を見ると、部屋の先に続く扉があり、それが開かれているのが見えた。
「分かった、エクシー行こう」
「はい」
戦いながらもナウワーの方をちらりと見たヴィオは、「なんでその方が一緒なのか後で聞かせてもらいますからね」とスゴルに対して剣を振りながら言った。
ヴィオとマヴィットは道を作るように部屋内にいたスゴルをけん制し、ナウワー達が通る道を作ってくれた。
ナウワーとエクシーはその道を通って、大部屋の奥へと走った。
先ほどの大部屋から続く道は、横幅が広く天井も先ほど同様に高い一本道になっている。奥からは眩しいほどの紫色の光が漏れ出してきて道を照らしていた。
「何の光だ?」
決して迷う事のない一本の道を駆けるナウワーは、奥から漏れ出る光に対する疑問を口にした。
「ネイの持っている指輪やそれに準ずる物の光かと」
「ネイは指輪以外にも特別な力を使う術を持っているのか?」
エクシーは少しの沈黙のあと、「ええ」と返事をした。
「ネイは、今回の武装蜂起の為にあらゆる準備をしていました。私も良くは知りませんが何か特別な力の宿った大きな水晶の様な物をアジトに運び込んだという話も聞いています。恐らくその石がこの奥にあるのかと」
ナウワーは、「そうか」とだけ言って足を進めた。
それが正しいかどうかはもうすぐ明らかになるからだ。
長く続いた道の終わり、強烈な紫色の光が漏れ出る部屋の前に辿りついたナウワー達は静かに部屋を覗き込んだ。
先ほどの大部屋と同じかそれ以上に広い部屋の中心には、眩い光を放つ紫色で半透明な大水晶が置かれていた。
そして、眩い光でよく見えないがその横には人影が立っていた。
恐らくネイだろう。
ネイと思わしき人影は、なにか呪文の様なものを唱えながら光る大水晶に手をかざして集中しており、今なら奇襲することも出来るとナウワーは思った。
そしてすぐに、ネイと思わしき人影の足元にもう一つ影があることに気づいた。
影は寝そべったまま動かずにいた。
きっとその影こそナウワーの妹、シィであろう。
「ネイが居るが、先にシィ…俺の妹を助けるぞ。ネイは何かに集中しているから今なら部屋に忍び込めるはずだ。俺がシィを助け次第、エクシーはネイの動きを封じてくれ…行こう」
ナウワーがエクシーにそう告げると、エクシーは頷いて静かに剣を抜いた。
大水晶の紫色の光が眩しい大部屋に、静かに侵入したナウワー達は、そのままネイに気づかれることもなく背後に回り込むことに成功した。
ナウワーがネイの背後から慎重にネイやシィと思わしき影に近づくと、やはり影は二人で合っていたことが確認できた。
ナウワーは、ゆっくりとネイの横に横たわるシィを抱き寄せて抱え込み、ネイから距離をとった。
そしてそれを確認したエクシーがすぐにネイの首筋に抜き身の剣を当てた。
「ネイ…動かないでください」
エクシーがそういうのを聞いてネイはゆっくりと両手を上げた。
「おやおや…エクシーちゃん。俺ちゃんに剣を向けるなんてどういうつもりだい?」
ネイはこちらに振り返った。
「おや、ナウワーちゃんも一緒か。と、いう事は…俺ちゃん完全に裏切られた訳だ」
余裕そうな口調で口角を上げながらネイは、まるで自らが優位に立っている状況かのように楽しそうにしていた。
「ねぇ、ナウワーちゃん。手紙読まなかったのかな?」
「読んだ。だからここにいるんだ」
「そっか、何もしなければ本当に無傷で妹ちゃんを返してあげようと思ってたんだけど、残念だなぁ」
ネイはそういうと我慢できないようにクスクスと笑い始めた。
「何を笑っているんだ…?」
「いやさ、最初に侵入者の報告を聞いた時に一応準備していたけど、まさか本当にこれを使うことできるなんて思わなくてさ。ワクワクしちゃって」
ネイは、紫に光る大水晶を顔だけ後ろに向けて見た。
「俺ちゃんはさ、約束を守るタイプなのよね。だから悪いんだけど、君の妹は殺すね。ついでに君も、君の仲間も…俺ちゃんを裏切ったエクシー、君もだ!」
「ネイを抑えろ!」
ナウワーがそう叫ぶのと同時にネイは、首に当てられた鋭い剣を片手で掴み、もう片方の手を大水晶に伸ばした。
ネイの手が大水晶に触れると紫色の光はその激しさを増し、部屋全体を包んだ。
「なんだ、なにが起きてる?」
余りの眩しさに目が開けられないナウワーはシィを体で庇いながら何とか状況を把握しようとした。
すると、この世のものとは思えない様な、背筋の凍る笑い声が響いてきた。
「これが、これが混ざり物の無い真のアーティコメットの力か…。力が溢れてくる。ククク…俺ちゃん直々にこの力で君たちを地獄に送ってあげよう…」
眩しい光が収まりその声がする方を見ると大水晶は姿を消し、ネイが居た場所に巨大な狼の化け物が立っていた。
化け物はスゴルと同じく狼によく似ており、巨大で凶悪な爪や牙を生やしている。巨大な瞳は赤色で、胴体には背中から腹を貫くようにして巨大な紫色の結晶が刺さっていた。狼より大きなスゴルと比べても比較にならないほど化け物は大きく、それは先ほど通ってきた通路をぎりぎり通れるかどうかというほどであった。
ネイのすぐ近くに立っていたエクシーは壁際まで吹き飛ばされていたようだがどうにか受け身を取っていたらしく、すでに剣を化け物に向けて構えていた。
「な、何が起きて…ネイは一体…?」
動揺と混乱が隠しきれない様子でエクシーは口を開いた。
「エクシーちゃん、君の目の前の化け物こそ俺ちゃんさ。怖いか、恐ろしいか。…俺ちゃんは今最高の気分さ!」
化け物になったネイはそういうと、狼の遠吠えに似た咆哮を放った。
咄嗟に耳を塞いでも体が痺れるほどの咆哮は旧下水道全体に響き渡り、下水道上の町にすら響いたと思えるほど激しいものであった。
「ナウワー、大丈夫ですか!」
咆哮が轟いた後に聞こえてきたのは、地獄から響くようなネイの声ではなくヴィオの声であった。
部屋の入り口を見るとヴィオだけでなくマヴィットとサンラバもおり、化け物に向けて武器を構えていた。
「おや…全員揃ったようだね。探しに行く手間が省けて嬉しいなぁ。…ククク」
「ネイ…?」
ヴィオが化け物になった人の名前を口にすると、化け物は牙を剝きながら笑った。
「そう、ネイさ。今から君たちをぐちゃぐちゃにして殺す、ネイさ!」
化け物はそういうと腕を振り上げて凶悪な爪をヴィオ達に向けて振り下ろした。




