日中の出会い
日中のパーヴリは毎日祭りのような騒がしさだ。
道を行きかう行商人や遊び盛りの子供達、それを見守る親。
それにパーヴリを拠点にして依頼をこなす守闘士達。
多種多様な人が行きかう道で羊皮紙や羽ペンなどがたくさん詰め込まれた大きな木箱を抱えて歩く男がいた。
それはグルトップ守闘士組合で働く青年ナウワーだ。
今は守闘士組合の倉庫から仕事に必要なものを組合内の受付、つまり自らの仕事場に運んでいる最中である。
元々この仕事は同僚のルードと共に行うものだったが、コイントスで表が出たらルードが、裏が出たらナウワーが一人で全てをやるというルールで勝負し、ナウワーが見事に敗北して今に至る。
「はぁ、ついてない」
コイントスで行われた勝負なので自分の実力で負けたというより運がなかっただけだと思っていたがそれでも負けて悔しいのは変わらなかった。
その気持ちを引きずったままいたのが悪かったのか、組合まで近道できる道を曲がるその時、飛び出してきた少年に正面衝突してしまった。
「痛っ!」
ナウワーはしりもちをついて木箱を落とした。箱の中に入っていた紙やらペンやらが石畳の道路の上に転がる。
その先にぶつかった少年もしりもちをついていた。
「すまん、大丈夫か」
自分と相手どっちが不注意だったかは一旦置いておいて、とりあえず怪我をさせてないかだけ心配になりナウワーは素早く立ち上がって少年に手を伸ばした。
「もう、ちゃんと前を見て歩いてください!」
少年は伸ばされた手を掴み立ち上がる。
見ると少年は背中に派手なマントを付けて腰に剣を下げていた。
年端もいかない少年に見えるが恐らくやり手の守闘士だ。
まず派手なマントを付けていることから守闘士だと分かる。
なぜやり手か推測できるのかというと剣を持っているからだ。
昨今の守闘士は農民上がりで貧乏なことが多く鍬や円匙を使って戦っている人がほとんど。よくて斧だ。
しかし活躍している守闘士は武器が買えるほど稼いでいる。その為、農具ではない武器を持っている守闘士はやり手であることが多い。
たまに貴族くずれの守闘士が稼いでなくとも剣を持っていることがある為、すべてがそうとは言えないが、ヴィオは服装が貴族っぽくはないので実力で剣を手に入れたと考えるのが妥当だ。
年齢については若いからという理由では守闘士の実力は見えない。世の中には齢十五で一つの町をウォダナから救ったという御伽噺のような輩も存在するのだ。
「全く次からは気を付けてくださいね!」
ぶつかった少年は顔を赤くしている。
飛び出してきた側の少年に怒られていることに納得がいかないが、年端もいかず知り合いですらない少年に怒鳴りつけるほど自分は子供ではない。ここは大人の余裕を見せつつ、ぶつかったら謝ることを諭してやろうとナウワーは思った。
「次から気を付けるよ。君、名前は?」
「ヴィオ・オプファ」
女みたいな名前だなと思ったのは口に出さなかった。殴られそうな気がしたからだ。しかしどこかで聞いたことのある名前だった。
「俺はナウワー・エイエ。いいかいヴィオ」
あくまで優しく、苛ついた心を抑えながら話しかけた。
「急いでいるので話はまたこんどお願いします」
しかしヴィオは全く意に介さずに服を軽く手ではたいて歩き出そうとした。
「待て!」
ここは我慢だ。いくら生意気と言えども年下相手に怒鳴っていたらしょうもないぞ。とナウワーはすんでのところで堪えた。
「せめて散らばった木箱の中身、拾うのを手伝ってくれないかい?」
ナウワーは心を制御してヴィオを怒鳴らない自分を褒めてやりたかった。
「…しょうがないですね」
渋々と言った感じでヴィオは石畳の上に散らばったペンや紙を拾い始めた。
ナウワーも近くに散らばった木箱の中身を拾った。
「ネコネコを追いかけていたのに…」
ヴィオは散らばったものを拾いながらそうつぶやいた。
「猫、追いかけていたのか…?」
ヴィオは思ったより、ものすごく子供っぽい理由で走っていたようだ。腰に下げた剣を見てやり手と判断するのは早計だったか。
ナウワーが周囲を見渡すと遠くの道の真ん中で珍しい模様の黒猫がこちらを見ていた。
「あの黒猫か…?」
「…ええ。でも猫じゃないです。ネコネコです」
ヴィオにより謎の訂正が入った。
ナウワーが石畳に散らばったペンなどを適当に木箱に詰めるのを見て、ヴィオもそれに倣って拾ったものを乱暴に木箱に突っ込んだ。
「なんで猫を追いかけてたんだ」
普通、守闘士として活動しているならそんな子供っぽいことをしている余裕はないはずだ。
「猫じゃなくてネコネコです、…お財布を取られたんです」
少し迷って言った理由はかなり切実だった。ヴィオは「よくあることです」と言ってため息をついた。
ナウワーはなんだかヴィオが色々な意味で心配になっていた。
「それは、ヤバいな」
「えぇ、こんなことしている場合じゃないくらいには」
そう話をしているうちに木箱の中身はほとんど元に戻っていた。
「では、ボクはこれで。次は気を付けてくださいね!」
「お前もな!」
生意気な少年に言われっぱなしは嫌だったのでこれくらいは許してください。とナウワーは空に薄く見える彗星に許しを請うた。
黒猫はヴィオが追いかけてくるのを待っていたかのようにヴィオが近づいてくるのを確認してから逃げ出した。
元気に黒猫を追いかけるヴィオを見ながらナウワーはどこかその姿に見覚えを感じていた。
そして木箱を持ち上げようとした。
「ぐお、重!」
木箱の中を覗くとどこから拾ってきたのか大きな石が数個入っていた。
まず間違いなくヴィオの仕業だ。
「あのガキ、覚えてろよ…」
木箱の中の石を適当に道に投げ捨ててナウワーは木箱を持って歩き出した。
昼前にはこの仕事を終わらせようと思っていたのに意地悪な太陽は頭の真上に来ようとしていたのだった。