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古井戸の底へ

 ナウワーは月明かりと手足の感覚を頼りに滑車の付いた古井戸の内壁を掴み、底に降りた。

 古井戸の底には、地上からは見えないようにされている横穴があった。

 横穴の奥を覗くと、奥へと延びる広い道が見えた。

 道は壁や床が石で作られているが、所々の床の石畳が剥げ土が見えている。

 それに、こもった空気に若干の黴臭さと何かが燃える焦げ臭いにおいがしていた。

 穴は、今は使われていない町の旧下水道と繋がっているようだった。

 旧下水道の奥からは何らかの明かりが漏れてきており、この先に誰かがいるのは間違いなかった。

 しかし、目を凝らし耳を澄まして人の気配を探ってみても近くに人の気配を感じなかったため、ナウワーはヴィオ達に降りてくるように合図を送った。

 ナウワーの合図に気づいたヴィオ達はすぐに古井戸を降りてきてナウワーと合流したのだった。


「まさか旧下水道と古井戸が繋がっているなんてな…」

 旧下水道を奥から漏れる光に向かって歩きながら誰に話しかける訳でもなくそうナウワーが呟くと、ヴィオが小さな声で「そうですね」と相槌を打ってくれた。

 旧下水道とは、今なお拡大を続けるパーヴリの町で初期に作られた下水道である。

 開発当時は杜撰な管理によって鼠や害獣、浮浪者などが住み着き、突貫工事の様な荒の多い作りで予定通りに水が流れなかった事もあり下水道の役割を果たせず、町の拡張に伴い新下水道が開発されたことにより現在は完全に閉鎖されていた筈だった。

 旧下水道はパーヴリの悩みの種の一つでもあった。

 閉鎖と言っても人を入れなくしただけであり、鼠や害獣などが住み着き流行り病の源になる危険性があったのだった。

 その為、都市議会から町の公式依頼として守闘士組合に高報酬で鼠や害獣の駆除依頼が出されることがあった。

 しかし思い返してみると最近はその依頼を滅多に見なくなっていたな、とナウワーは思うのだった。

 極力足音を抑え、ほぼ暗闇の道を奥からの明かりを頼りに進むナウワー達は明かりの正体を確認できるまで奥に足を進めていた。

 明かりの正体は、真新しい燭台に灯された火であった。

 燭台の下には、ほとんど燃えカスが落ちていないことから火が点けられたのはごく最近だと推測出来る。

 燭台は等間隔で置かれているようで、まだまだ奥に続く旧下水道の先からも似たような明かりが漏れてきていた。

「おい、ナウワー。気を付けないと壁に映る影で潜入がバレるかも知れんぞ」

 サンラバの指摘はもっともだ。

 明かりが遮られた際に壁に映る影は相当に目立つ。

「燭台の火の近くを通る際は、出来るだけ姿勢を低く、素早く通り抜けて影が壁に映る時間を短くしないといけないな…その時だけは少し走ろう」

 ナウワーがヴィオ達にそう伝えると、皆頷いた。

 そして眼前の燭台の横を素早く走り抜け、次の明かりを目指して暗闇の中を進む。

「待て、小僧。奥の壁に人影が映っている。そこの燭台の前に誰かいるな」

 ナウワーより先に影に気づいたマヴィットがそう小声で話す。

「…よし、皆待っててくれ。俺が眠らせてくる」

 そういってナウワーが懐から匂い袋を取りだそうとした時、ナウワー達の背後から足音が聞こえてきた。

 それも複数人の足音だ。

 足音は、激しく速く鳴っており何やら急いでいる様子であった。

 後ろから来たことも併せて考えると、恐らく地上の眠らせた見張りの事がバレたのだろう。

「どうやら、待っている暇はなさそうですね」

 ヴィオの言葉に頷いたサンラバは、懐からカバーの付いたナイフを取り出した。

「コイツの使いどころだな…。後ろの奴らは俺に任せて三人は先に行け」

 サンラバはナイフのカバーを外しながらそういって、来た道を戻ろうとした。

 サンラバが持っているナイフは、ナウワーの家から持ってきた一対の針が付いている吸血鬼のナイフだ。

 目立つという理由で置いてきたサンラバの大斧の代わりの獲物としてナウワーがサンラバに渡していた物であった。

「殺さないでくださいよ…?」

「分かってる。がいつもと獲物が違うからな。保証は出来ねぇ」

 サンラバはヴィオとそうやり取りした後、来た道を戻っていった。

「さぁ、筋肉野郎が時間を稼いでる間に先に進むぞ。早く前の奴を何とかしろ小僧」

「分かった…静かに付いてきてくれ」

 マヴィットに指示されなくてもそのつもりだったので、ナウワーは懐から匂い袋を取りだした。

 そうしてゆっくり音を立てないように人影に近づきナウワーが匂い袋を嗅がせようとした時、ちょうど背後から怒声と剣戟の音が響いた。

 目の前の人影はナウワー達に背を向けるようにして立っていたが、その音で振り向いてしまいナウワー達は気付かれてしまった。

「なんだ…ッ!」

 声を出された瞬間ナウワーが人影に飛びかかり匂い袋を嗅がせ眠らせた。

「どうした…はッ。敵襲、敵襲!」

 しかし奥にもう一人見張りがおりナウワー達の潜入は完全にバレてしまった。

「貴様らどこからウゴッ…」

 ナウワーの背後から飛び出したマヴィットの拳を顎に食らったもう一人の見張りは一撃で気絶した。

「クソ、小僧油断するな!」

「すまん…陰に隠れてもう一人居たことに気づかなかった…」

 ナウワーがそういうとマヴィットは見張りを殴った手を痛そうに振りながら「言い訳なぞいらん!」といった。

「今のこの人の叫びで奥が騒がしくなってきましたね。もう潜入とは言えない感じです」

 旧下水道の奥を見ながらヴィオは、静かに剣を抜いた。

 マヴィットはナウワーを見ながらため息をついた。

「こうなった以上奴らと出くわさないようにするのは不可能だ。強行突破しかないだろう。まったく、そんなんでよく今まで吸血鬼としてやってこれたな…」

「悪かったよ、地上で上手くいったから油断してた。…奴らはまだ誰が襲撃してきたかは分かっていないはずだから素性がバレる前にシィを…妹を見つけ出そう」

 ナウワーの言葉に二人は頷いた。

「よし、じゃあここからは走ろう。敵を見つけたら速攻で気絶させる。複数人居た時は、俺がやり損ねた奴を頼む」

「任せてください」

「ああ、良いだろう」

 ヴィオとマヴィットの言葉を聞いた後、ナウワーは走り出した。

 それに二人も続いた。


 敵に存在がバレてからというもの、戦闘の連続であった。

 奥から次々と現れるボラ・スクーラの構成員たちをなぎ倒し、先に進むナウワーは疲弊していた。

「クソ…次から次へときりがない」

 ナウワーは、肩で息をしながら額の汗を拭った。

「そりゃあ、敵のアジトですからね。しょうがないです」

 呼吸を乱さずに手に持った剣を見つめながらヴィオは言った。

「はぁ…、何してるんだ?」

「連戦だったので、刃こぼれしてないか見てるだけです」

 そうか、とナウワーは適当に相槌を打って深呼吸をした。

 綺麗とは言えない臭い空気がナウワーの体に広がった。

 現状、サンラバのおかげか背後から敵が現れて挟撃されないことだけが救いであった。

「ナウワー、ここからはボクが先頭を行きます。あなたは少し休んでいてください。マヴィットはボクのカバーをお願いします」

 ヴィオがそういうとマヴィットは鼻を鳴らした。

「いいだろう。小娘、不殺狙いだからと言って手を抜くなよ。オレ様の労力を極力減らせ」

「はいはい」

 ナウワーはヴィオとマヴィットのやり取りを見ながら呼吸を整えた。

「そういえば、ナウワー。あの薬は飲んでないのですか?」

「身体能力強化剤だろ…飲んでるさ、間違って相手を殺さないように一粒だけ。飲んでてこれなんだ。薬を飲んでたって守闘士の様にはいかないな…」

 そういってナウワーは、手を広げた。

 ナウワーが身体能力強化剤を一粒に抑えているのは、二粒以上飲んだ時の効果である感情の起伏が乏しくなると言うものを回避するためである。

 それはもう人は殺さないと決めたナウワーの決意の証でもあった。

「…分かりました。では先に進みましょう」

 そういってヴィオが先に進もうとすると暗闇の中から小柄なフードを被った人物が現れた。

「ここまでです。あなた達をこれより先へは進ませません」

 ボラ・スクーラの吸血鬼だ。


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