アジトの入り口
ナウワーの家に置いてあった闇に溶け込む色のローブを羽織り、フードで顔を隠した四人は人目に付かないようにして、町を覆う城壁の東口である東城門の近くにやってきていた。
ナウワー達が夜の町を移動する間、人の気配を全くと言っていいほど感じなかった為、町中がいつもよりえらく静かに思えた。
恐らく町民は皆、家の中で息を殺して日中に現れたウォダナに怯えているか守闘士組合に避難しているのだろう。
しかし、東城門には日中の騒ぎを知ってか知らでか昼夜問わず東方からの難民が押し寄せていた。
日頃から城門、城壁を守っている騎士たちは押し寄せる難民たちを警戒し他の城門よりも大人数で東城門に常駐し、不法に侵入する者がいないか目を皿にして見張っていた。
現在、ナウワー達は東城門から少し離れた民家と民家の間の路地に居るが、そこからでも難民と騎士が揉めている声が聞こえていた。
「なぁ、ナウワー。お前の家からこのローブを持ってくる時、少し時間がかかっていたよな。何かしてたのか?」
素朴な疑問と言ったような口調でサンラバは羽織ったローブを触りながらナウワーにそう聞いた。
ローブを着込んだサンラバに目を向けると、その体躯からまるで巨大な黒い壁のように見えた。
「あぁ、ちょっと置手紙をしてきたんだ。セブン宛てに」
「セブンに?」
「もしものことがあったら家を好きに使っていいって書いておいた」
そうナウワーが言うと自信たっぷりな声でヴィオが「僕たちが居ればもしも、なんてこと絶対に起きないですけどね」と言った。
ヴィオは元々小柄である為、ローブを着たまま影に潜めば誰も気づけないだろうとヴィオを見ながらナウワーは思った。
「世界一の幸運でもしもの奇跡を起こすと言われている小娘がそれを言うか」
マヴィットはヴィオの言葉を鼻で笑った。
ローブを着たマヴィットはナウワーとほとんど背格好が同じであった。普段なんとなく大きく見えているのは態度と鎧のせいなのだろうか、ナウワーはそう思った。
「じゃあ、そろそろ行くか。この道の奥に進んでいけば古井戸のある広場に出られるんだよな?」
サンラバは話に区切りがついたタイミングを見計らってそういうと今居る路地の奥を見た。
「ああ、何度か城壁の方向に曲がる必要があるが大体はそうだ」
ナウワーは、プラント先生の遺した地図を初めて見た時からボラ・スクーラのアジトの入り口がある広場の場所を完璧に理解していた。
それはナウワーがスラムに住んでいた子供の頃によく通った広場であったからだ。
「俺が先導する。こんな夜に人がいるとは思えないが素早く移動して人の目に付かないようにするからはぐれないように注意して付いてきてくれ。もしボラ・スクーラの構成員らしき者が居たら…こいつの出番だ」
そういってナウワーはポケットから手に収まるサイズの袋を取り出した。
「毒とかじゃないですよね…?」
フードの下に怪訝そうな顔が浮かんでいることが想像できるような口調でヴィオは聞いた。
「安心してくれ、毒なんかじゃない。これは我らがグルトップ守闘士組合が昔にパーヴリ内で開発して販売し問題になったサシェ、俗にいう匂い袋だ。これがあれば見張りを殴り飛ばして気絶させる必要がなくなる」
ナウワーがそういうと
「匂い袋が何の役に立つ…」
と言いながら匂いを嗅ごうとしたのかマヴィットがナウワーの持つ匂い袋を取ろうとしたのでナウワーは急いでそれを引っ込めた。
「こいつは、眠れない守闘士向けに開発された数秒もかからずに人を眠りに落とす結構危険な匂い袋なんだ。だから気軽に嗅ごうとしないでくれ」
それを聞いてヴィオは「毒みたいなもんじゃないですか…」と呟いていたがとりあえずナウワーはそれを無視した。
伸ばした腕をゆっくりとローブの中に戻したマヴィットは疑わし気な声で「古い物なんだろう。今も効果はあるのか?」と聞いてきた。
「ある。効き目は抜群だった」
ナウワーは一瞬でセブンが眠りに落ちた時のことを思い出していた。
「誰で試したんだ。まさか自分じゃないだろう?」
マヴィットはナウワーの聞かれたくない所をついてきた。
以前、ヴィオに対してセブンが匂い袋を嗅いだ日の夜の行動について嘘をついていたので、それについてナウワーはヴィオの前では答えようが無かった。
「それは…まぁいいじゃないか。そんな事より、もう広場に向かうぞ。皆準備は良いか?」
「大丈夫です」
「問題なしだ」
「ふん、早くしろ」
それぞれフードを被って顔が見えない状態でも個性豊かな返事をしてくれるお陰で誰が誰だか分かりやすい。
もちろん背格好でも分かりやすいが。
ナウワーは頷くと路地を走り出した。
幸いなことに、路地を駆け抜けるナウワー達の前に誰かが現れることは無かった。
なので、ナウワー達は難なく広場の入り口にやって来ることが出来た。
ナウワーがゆっくりと静かに物陰から広場を覗くと、昼間にウォダナの騒ぎがあったというのにも関わらず滑車の付いた古井戸の前に不自然に陣取っている一人の人影が居た。
人影をよく観察すると、定期的に怪しげに揺れていた。
「見張りは一人か、物陰に仲間が控えているのか…にしてもあれは何をしてるんだ…?」
「ふん。見張りが居眠りとは、アジトの隠し場所に余程自信があるんだな」
いつの間にかナウワーの後ろから人影を覗き込んでいたマヴィットが小さな声で呟いた。
「なるほど居眠りね…」
いやいや分かっていましたとも。と脳内で誰かに言い訳しながらナウワーは懐から匂い袋を取りだした。
「何をする気だ?」
「万が一にも無関係な奴を巻き込むわけにはいかないから、ボラ・スクーラの見張りかどうか確認してくる。合図するまでここで待っててくれ」
「ふん、いいだろう」
そういって頷くマヴィットを見た後、ナウワーは音もなく物陰から飛び出して居眠りしている見張りらしき人影に近づいた。
そして人影の隣に立つ。人影は近くまで来たことでその見た目がハッキリと見えた。
中肉中背の何の特徴もない男。
見た目だけじゃボラ・スクーラの構成員かどうか分からなかった。
その為、ナウワーは男の肩を叩いた。
「アジトの見張り、お疲れさん。交代の時間だぞ」
ナウワーは万が一にも顔を見られないようにフードを深く被り直しながら男にそういった。
「んが、もうそんな時間か。いや居眠りなんてしていなかったぞ。ふわぁ…」
男は寝ぼけ目を擦りながら緊張感無くそういって、ナウワーを見た。
「ん、お前…新入りか。顔を隠すと誰だか分からんからアジトに入るときはフード外しとけよ」
「ご忠告どうもっ!」
男の言葉を聞き届けて男がボラ・スクーラの構成員だという事を確信したナウワーは男の足を引掛け転ばせると、すぐに男を地面に抑え込み、男の口を抑え匂い袋を鼻に押し当てた。
男は最初は抵抗したものの、匂い袋を嗅いですぐに寝息を立て始めた。
「ふう、やっぱり効き目バッチリだ」
ナウワーは男から手を離すと立ち上がってヴィオ達が待っている物陰の方に向かって手招きした。
するとヴィオ達は静かにナウワーの元にやってきた。
「大丈夫でしたか?」
「この通り」
ヴィオの言葉に手を広げて答えるとヴィオは頷いた。
「それで、この古井戸が入り口か?」
サンラバは、古井戸を覗き込んだ。
「まだ確認してないが、見張りが居たんだ。そのはずだけど…」
サンラバに釣られてナウワーとヴィオ、マヴィットは古井戸を覗く。
「下に微かに明かりが見えますね」
ヴィオは古井戸の下の方に指を指してそういった。
「それに、古井戸の壁を見てみろ。梯子のように手と足を掛けれるようになっている場所がある。ここが入り口で間違いなさそうだな」
マヴィットはそういって気合を入れるように首の骨を鳴らした。
「それじゃあ、潜入開始ですね。最優先事項はナウワーの妹さんであるシィさんを助け出すことでいいですよね?」
三人はヴィオの言葉に頷いた。
「よし、今回も俺が先に行くから合図したら降りてきてくれ」
ナウワーがそういうと
「分かりました。暗いので落ちないように気を付けてくださいね」
とヴィオはあり得そうで怖いことを言った。
考えたくもない怖いことを言わないで欲しかったが、本当に気を付けないといけないことなのでナウワーは黙って頷いた。
そしてナウワーは、古井戸の縁に手を掛けると内側の梯子のようになっている石壁に手と足を掛けてゆっくりと降り始めた。




