吸血鬼隊、始動
守闘士組合二階、吸血鬼討伐隊集合部屋は重い空気に包まれていた。
一階から響いてくる喧騒もどこか遠くに感じるほど。
しかし重い空気もしょうがないことだとナウワーは思った。
自分の過去の話なんて、聞いていて面白いものではないと思っていたからだ。
ヴィオは悲しさと虚しさとを混ぜたような表情で壁に寄りかかって、足を組んで立ち「そうですか…」と呟いた。
何を見つめている訳ではないヴィオの視線は過去のナウワーに向けられているのかも知れなかった。
「まぁ、とりあえずナウワーの吸血鬼は確信犯だったってぇ訳だな…」
サンラバは頭を掻き、居心地が悪そうに椅子に座りなおして小さく鼻を鳴らした。
「過去に虐げられていた経験があるからと言って人殺しが許されるはずあるまい」
眉を顰めながらナウワーの昔話を聞いていたマヴィットはそう言って、軽く腕と首を回して骨を鳴らしため息をついた。
ナウワーがちらりと窓の外を見ると町が茜色から夜色に染まり始めているのが見えた。
部屋は少しの間、沈黙に包まれた。
そわそわしていたサンラバが「そういえば、彗星獣ってなんだ」と話を切り出した。
サンラバは何か話していないと、この部屋の重い空気に耐えられないのかも知れなかった。
「彗星獣は、ネコネコのように触らないと見えない特徴を持った不思議な生き物の総称です。種類によって様々な特殊能力を持っています。ネコネコの場合は探している人や物の場所が分かります。でも彗星獣も生き物ですから、気分や感情によって力を貸してくれたり貸してくれなかったりしますね。いたずらもよくされますし。便利な道具扱いでもしたら一週間は力を貸してくれないでしょうね」
ヴィオの説明に納得したのかどうか怪しい表情でサンラバは「それでネコネコは何処に行ったんだ」と座りながら部屋の中を見回した。
「彗星獣は気に入った人間に霊体化し憑りつき、その呼び出しに答えるという。今は霊体化してヴィオの近くに居るのだろう?」
そう言いながら窓の外を確認したマヴィットはナウワーが昔話をしていた時に緩めた肩や腕の鎧のベルトを締めはじめた。
「そうですね。呼びます?」
マヴィットの言葉に頷いた後、ヴィオがサンラバにそう聞くと「いや、いい」とサンラバは遠慮するのだった。
「そろそろ夜ですね」
ヴィオは窓を開けてそのまま窓枠に手を掛けると、部屋の空気と入れ替わるようにして入ってくる夜の空気を深呼吸で味わっていた。
ヴィオが窓を開けたことで部屋に溜まった重い空気は外に流れていったような気がした。
そして風がヴィオの髪を優しく揺らす様子をナウワーは眺めた。
何となく予感がしていたのだ。
こうしていられる時間はこれが最後だと。
「ボーっとしている暇は無いぞ、小僧。これからどう動くのかそろそろ説明しろ」
マヴィットは一通り鎧のベルトを締め終わるとそう言った。
「ああ、分かった。…とりあえずマヴィット、その鎧は脱いでくれ」
嫌な顔をされると分かっていたので言いたくなかった事を言うと、予想通りにマヴィットの眉間に一気にしわが寄った。
「なぜだ」
「闇夜に紛れて敵にばれないように動くんだ。鎧なんて着てたら重いし、ガシャガシャと音が鳴るだろ」
サンラバは腕を組みながら「確かにな」と言って頷いた。
マヴィットはサンラバを睨みつけた後、わざとらしく舌打ちして締めたばかりの鎧のベルト緩め、鎧を外し始めた。
「サンラバも、その大斧はここに置いていってくれ」
ナウワーがそう言うとサンラバは「ええ!」と驚いた後に、項垂れた。
このサンラバの反応も何となく予想していた。
サンラバはいつも斧を大事そうにしていたからだ。
「ただでさえ図体が大きくて目立つのに大斧なんて持っていたらサンラバだって丸わかりだからな」
ナウワーが項垂れたサンラバに斧を置いていく意図を説明するとサンラバは渋々と頷いた。
マヴィットは先ほどの仕返しと言わんばかりに「当然だ」と言って鼻で笑った。
「あ、そうだ。一番最初に言うべきだった。皆、マントも外してくれ」
その言葉を聞いた三人は嫌そうな顔をして一斉にナウワーの方を向いた。
マントは守闘士のそれぞれの信念を形にしたような物だと言うのは知っていたので、その反応も何となく分かっていたが、いざ一斉に嫌な顔を向けられると居心地が悪かった。
「しょうがないだろ。マントが守闘士であることを示す一番の証なんだから」
ナウワーが頭の後ろを掻きながらそう言うと各々ため息をついてマントを外した。
「そういえば、この部屋っていつまで使えるんだ?」
ナウワーがそう聞くとヴィオはマントを畳みながら
「本当は吸血鬼討伐隊が解散したら使えませんが、今日は誰も彼もが忙しくて解散を報告している暇はないです。組合長が解散を知っていたとしても忙しくて言いに来る暇はないと思います。なので…少なくとも明日の朝までは使えると思います」と言った。
それって少しズルいなと思ったが、皆の荷物を置いとく場所としてこの部屋は使わせてもらうことにした。
「分かった。この部屋はありがたく使わせてもらうとして…。作戦説明に入ろうか」
そう言うと皆、真面目な顔になり雰囲気が引き締まった。
皆の本気度合いが伝わってきて嬉しかった。
「これを見て欲しい」
そう言ってナウワーはズボンのポケットからプラント先生に貰った小さな紙を取り出す。
部屋の机の上に置くと、皆一斉に覗き込んだ。
「これは地図と、走り書きですね」
「あぁ、プラント先生が遺してくれたものだ。ボラ・スクーラのアジトの場所が書かれてる」
「えーと、東城門から城壁を沿うように北に進み広場に出たら古井戸を探す。滑車の付いた古井戸の中がアジトへの入り口…ですか」
紙に書かれた走り書きをヴィオが読み上げる。
「武装蜂起をしているんだ。奴らのアジト周辺には、ほとんど見張りがいないはず。一人、二人くらいの見張りなら殴り飛ばして気絶させよう」
ナウワーがそう呟くと「どうして見張りがほとんどいないと言える」とマヴィットが顔を覗いてきた。
「事前に計画されていた武装蜂起。起こすならタイミングはいつだと思う?」
ナウワーの言葉を聞いたサンラバは頭を掻いた。
「成功すると確信したとき…か?」
「そう。ボラ・スクーラの奴らは自分たちのアジトがバレることなく、完璧に武装蜂起を成功させる自信があるんだ。だから武装蜂起を今起こした。そんな自信があるなら見張りに割く人数は少ないはずだろ?」
「もし沢山見張りが居たら?」とヴィオは腕を組みながらナウワーを見た。
「その時はその時だ。囮でもなんでも立てて誰かが気を引いているうちに潜り込むことになるだろうな」
「ようは忍び込むこと以外行き当たりばったりか…」
呆れたようにマヴィットがそう呟いた。
「しょうがないだろ。これがいつものやり方なんだ」
ナウワーはそういってため息をついた後、「作戦時は、俺の吸血鬼として動いていた時用のローブを皆に着てもらうから一旦俺の家に行くぞ」と言った。
「それならもう行動を開始した方がいいですね。あなたの家、スラムから少し離れていますから」
ヴィオの言葉にナウワーは頷いた。
「よしそれじゃあ、行こうか」
ナウワーが吸血鬼討伐隊集合部屋の扉を開けると一階の喧騒が大きく聞こえてきた。
部屋から出て一階に降り、市民たちや守闘士達を掻き分けて組合を出たナウワー達は、ナウワーの家に足を向けた。
歩き始めたナウワーがふと夜空を見上げると今までにないほど紫彗星が綺麗に輝いているように見えた。
「ナウワー…?」
声の方を見るとヴィオが不思議そうにこちらを見ていた。
「ごめん、何でもない。行こう」




