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昔語り

 ナウワーは椅子に深く腰掛け、ゆっくりと自らの過去を語りだした。


 俺と妹のシィは、パーヴリで生まれて育った。

 父親は、革製品を主に取り扱う職人。

 母親は誰だかわからないが、俺達が幼いうちに病気で死んだらしい。

 父親は、超がつくほどの女遊び好きだった。

 だから俺が物心ついた時には毎日のように違う女の人が家を訪ねてきていた。

 女の人が訪ねてくる時、俺たち兄妹は決まって家の奥にある物置部屋に閉じ込められていた。

 そして父親は、無類の酒好きでもあった。

 そのくせ酒癖が悪く、酒に酔うと見境なく暴れた。

 家の物を壊し、人を殴る。せっかく家に連れて来た女の人だって殴っていたみたいだった。

 もちろん、俺達兄妹が暴力の対象になることもあった。

 その時は必死に妹が殴られないように庇った。

 やがて俺が一人で色々なことが出来る年齢になった頃、家事は全て俺の担当になった。

 別に父親にやれと言われた訳じゃない。

 父親は最低限の家事しかやらなかったから、家の中はゴミや汚れだらけだったし、飯もまずかった。

 だからそれを改善しようとしていたら、いつの間にか俺が家事を担当していたし、妹もそれを手伝ってくれた。

 家が片付いていると酒を飲んだ後の父親の機嫌も良くなる気がした。

 残念ながらそんな日はなかったが。


 妹はいつも俺の後ろにくっついていた。

 あの頃はまだ目が見えていたんだ。

 大人しい子だった。

 俺が父親の代わりに買い物に行く時も服の裾を掴んで黙ってついて来た。

 だけどある日、父親に買い物は俺一人で行くようにと言われた。

 その時はなんでそんな事を言ってくるか分からなかったが、殴られたりしたら嫌だから俺も妹も頷いた。

 それから俺の一回の買い物の量と時間が増えた。街のいろんな所を回って買い物をしなければならないように父親が仕向けてきたんだ。

 そして長い買い物から帰ってくる度、妹は静かに泣いていた。

 何かあったのかと聞いても首を横に振って泣くだけ。

 当時の俺は、無知だったから妹は寂しくて泣いているだけだと思った。

 父親に殴られたのかと心配して聞いても妹は首を横に振っていたから、そこは安心していたんだ。


 そういう日々が続いて少ししたある日、妹は目が見えなくなっていたことを知った。

 知ったのは父親が仕事に行っている間に家の中を掃除していた時だった。

 水を汲んだ木の桶を床に置いて掃除していた時、妹がその桶に躓いて転んだ。

 その時はただの不注意だと思った。

 だから転んだことに心配しつつも怒ったんだ。

 ちゃんと前を見て歩けって。

 すると妹は静かに泣き出した。

 俺が買い物に行って帰って来た時と同じ泣き方だった。

 俺の口調が荒っぽかったから泣かせたんだと思って、俺は急いで妹に謝った。

 俺の謝罪を聞くと妹は首を横に振った。

 次に、転んで打ちつけた所が痛くて泣いているのかと聞いた。

 妹はそれにも首を横に振った。

 なんで泣いているのか分からなかった俺は優しく諭すように理由を聞いたんだ。

 すると妹はこう言った。

 前を見て歩けない。なにも見えないから。

 それを聞いた俺は唖然とした。

 妹は家の中では普通にしていたから、目が見えていないなんて思いもしなかった。

 けど妹は普通を装っていたんだ。

 俺を心配させない為に。

 実際、人って言うのは目をつぶっていても家の中なら自分が何処にいるかくらい物の配置で分かる。

 まぁそれは置いといて、俺はなんで目が見えなくなったのか聞いた。

 妹はまた口を噤んで首を横に振った。

 妹はそれ以降、目が見えない話題に触れなかった。

 こちらが話をしようとしても首を横に振るだけ。

 そうやって口を噤む妹を見て、俺はなんとなく父親のせいなんじゃないかと思い始めていた。

 でも俺が見ている時に、父親が妹に何かしているのを見たことが無かった。

 殴られたり罵られたりするのをいつも俺が庇っていたからだ。

 父親が妹に何か出来るとするなら俺がいなくなる時だけ。

 長い買い物に行く時だけだと思った。

 だからそれを確かめるため、いつもの長い買い物に行く日に、家を出て行ったフリをして家の中に静かに戻ったんだ。

 俺が父親に見つからないように家の中に隠れていると、父親はおもむろに妹の腕を掴んで寝室に入っていった。

 その時の妹は諦めたように力なく項垂れていた。

 寝室の中を覗くと妹は無抵抗なまま父親に…ここまで言えば、もう言わなくても分かるだろう…? 

 俺は父親の下衆な行為に怒りが湧いた。

 そして寝室の扉を開けて父親に飛びかかった。

 でも普通の子供が大人に力で勝てる訳が無かった。

 俺は父親に何回も殴られた後、腕と足を縛られ寝室にそのまま放置された。

 目の前で父親の下衆な行為を見せられたんだ。

 自分の無力さで俺は涙が止まらなかった。

 そして俺がいることで妹も泣き叫んだ。

 こんな姿は見られたくないと。

 父親はそれを喜んだ。

 その日から父親は妹に下衆な行為をする時は必ず妹の前で俺を殴りつけて縛り上げた。

 そうすると妹の具合が良くなる、と下品に笑う父親の声を今でも覚えている。

 それから妹は俺について来なくなった。

 家の中で力なく座っているだけになった。

 俺は毎日毎日、酒に酔った父親に殴られるか、下衆な行為の前戯として殴られるか。

 俺も妹もボロボロだった。


 周りに住む人間は、俺達の事を心配した。

 だがそれだけだ。

 手を差し伸べる人なんて誰一人いなかった。

 父親の暴力に恐怖を抱いていたのは、俺達兄妹だけじゃなく周りに住む人間も同じだった。


 暫くして、父親が家に帰ってこない日が続いた。

 どうやら今までで一番気の合う女の人を見つけたらしく、その人の家で寝泊まりしているようだった。

 父親が帰ってこない日は唯一安心して眠れた。

 逆にいつ父親が帰ってきてしまうか怯える日も続いた。


 そうしてある日、父親が珍しく男の人を連れて家に帰ってきた。

 父親は上機嫌に男の人に俺達兄妹を紹介した。

 その男の人は俺達を見て慈しむように笑った。

 男の人はプラントと名乗った。

 そう、父親はプラント先生を家に連れて来たんだ。

 その時のプラント先生は自身の事を何も言わなかった。

 なので、俺はプラント先生を父親の知り合いの怪しい人物だと思った。

 その後、俺達は父親が女の人を連れ込んだ時と同じように父親に物置部屋に閉じ込められた。

 大事な話があるから別の部屋に行ってなさい、と聞いたこともない優し気な声で。

 俺は父親とプラント先生の話を聞こうと聞き耳を立てた。

 するとプラント先生の声は聴こえなかったが父親の大きく品の無い声だけは聴こえてきた。

 ダメだ、安すぎる。男の方は六十ターグ。女は八十だ。

 父親のその声を聞いてプラント先生の正体にピンとくるものがあった。

 奴隷商だ。

 父親は俺達兄妹を売ろうとしていたんだ。

 俺は焦った。

 売られてしまえば、大切な妹と離れ離れになってしまうからだ。

 だが物置部屋に閉じ込められた俺に出来ることは無く、ただ父親とプラント先生の話が終わるのを妹と一緒に待つしかなかった。

 暫く待つと物置部屋の扉が開いた。

 開けたのはプラント先生だった。

 俺は咄嗟に妹を庇った。

 だがプラント先生は何をするでもなくこちらを見つめてただ微笑んだ。

 その時はプラント先生が何を考えているか分からなかったから背筋に嫌な汗が流れたのを覚えている。

 俺と妹をまじまじと見つめた後、プラント先生は小さな声で話し始めた。

 君達は救われるべきだ。だが救いの手を待っていてはいけない。自ら救いに手を伸ばす意志がなければ救われることは無い。

 プラント先生はそう言った。

 妹は、プラント先生の言葉に反応しなかったが俺はその言葉に頷いた。

 確かに俺は、きっと誰かが助けてくれるだろうと願ったまま自分で行動することは無かったと思った。

 俺はプラント先生にどうすればいいか聞いた。

 するとプラント先生は懐から薬と特徴的なナイフを取り出した。

 薬は身体能力強化剤。

 ナイフは一対のするどい針が刃の代わりについたもの。

 つまり吸血鬼のナイフだ。

 プラント先生は、物置部屋から俺だけを引っ張り出すと妹に聞こえないように囁いた。

 君自身が君と君の妹を救うんだ。そのために薬を飲み、このナイフを父親の喉に突き立てろ。と。

 プラント先生に、父親に力で勝てないと言ったら薬の効果を説明された。

 そして一撃で済ませれば力で勝つ必要はないとも言われた。

 殺人という罪を背負うのは怖かったが俺は決意を固めた。

 自分を救い、妹を救う決意を。

 それをプラント先生に伝えるとプラント先生は嬉しそうに笑って薬とナイフを俺に渡した後、簡単な作戦を俺に教えた。

 今はプラント先生の誘導により家の外に出ている父親をプラント先生が呼び戻す。

 そして今日は一旦帰るとプラント先生が父親に伝え玄関の方へ行く。

 そうして玄関に向かったプラント先生の方に父親が向いた時に、俺が物置部屋から静かに飛び出して背後から父親を刺し殺すというものだった。

 それを聞いた俺は頷いて、すぐに貰った薬を飲みナイフを握って妹のいる物置部屋に戻った。

 そして物置部屋の扉を少し開けてプラント先生と家の中に帰ってきた父親の動きを見て機が熟すのを待った。

 これから父親を刺し殺そうというのに俺の心は全く揺れ動いていなかった。

 恐らく薬の効果だが、恨みや憎しみの感情すらも湧かなかったんだ。

 その時はただ簡単な手順だけを繰り返し脳内でシミュレーションしていた。

 そして作戦通りにプラント先生が父親を玄関に向けると、俺は物置部屋を飛び出した。

 飛び出す際に物音を立ててしまい、父親がこちらに振り向いたが俺は構わずに逆に刺しやすくなったと思い、父親の首にナイフを突き刺した。

 突然の事で父親は俺に反応できなかったようでなんの抵抗もなく、ナイフは簡単に父親の喉に刺さった。

 薬の力によっておよそ子供では加えられないほどの力が加わったナイフは深く深く父親の喉に突き刺さり、父親は声も上げられずに絶命した。

 血だまりを作る父親だった物を見た俺は、兄妹そろってようやく救われたのだと思った。


 その後、プラント先生と共に家の中を荒らし、金品を鞄の中に詰めて妹と共にそこから逃げた。

 パーヴリは治安が悪いから家の中を荒らして金品を狙った強盗殺人に見せれば、俺の父親殺しは警吏によってこの町ではよくある事件として碌な捜査もされずに簡単に処理された。

 しかし腕のいい革職人だったらしい父親の死に方は、瞬く間に町中に広まった。

 また吸血鬼が現れた、と。


 父親を殺した後、プラント先生に拾われる形で診療所で妹と暮らし始めた俺は、吸血鬼とは何かとプラント先生に聞いた。

 今までの生活でも耳にしたことはあった気がするが自分や妹を守るのに必死で噂に耳を傾けている暇は無かった吸血鬼という存在。

 プラント先生は、吸血鬼は救いの手を待ち続けている君達の様な存在を実際に救ってくれる正義の味方だ。そしてその吸血鬼は自分だ。

 そう語った。

 そして、プラント先生は俺を吸血鬼の使命に誘った。

 君達のように苦しみながら救いの手を待っている人はこの町にたくさんいる。それを私と一緒に救ってあげよう、と。

 俺は目が見えない妹を守ってもらうことを条件にその使命の誘いに乗った。

 誘いに乗ったのは自分たちを救ってくれた、救いの道を示してくれたプラント先生への恩返しのつもりでもあった。


 もうすでに父親を殺していたからなのか罪の意識はあったが、人殺しに抵抗感はなくなっていた。

 それどころか一人また一人と手にかけ、吸血鬼の噂が流れる度に自分は不幸を嘆く誰かを救っているのだと確信して嬉しくなった。

 俺は、吸血鬼は正義の味方だと本気で思った。

 そして吸血鬼として活動する中で、プラント先生から戦い方を習った。

 と言っても吸血鬼は一撃必殺、即離脱が基本だったから斬り合いの仕方は教わっていないが。

 やがて殺した人数を数えるのも面倒になり年齢も大人になった頃、プラント先生は体を悪くしていた。

 プラント先生は吸血鬼として活動できなくなっていたんだ。

 しかし町の治安は悪いままだった。

 その頃は特に、守闘士の行いによって治安の悪化が目立っていた。

 なので、プラント先生は自身の昔の友人を利用し俺を守闘士組合に送り込んだ。

 俺は守闘士組合で働きながら、悪行を働く不埒な守闘士を見つけては殺していた。

 そうして今に至る…。


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