パーヴリの吸血鬼
守闘士組合に戻ると建物内は見たことがないほど騒ぎが起きていた。
ウォダナから逃げて来た町民や忙しく出入りする守闘士達により一階の受付カウンター前は人の波が出来ていて近寄れないほどだ。
今日初めて仕事に入ったばかりのセブンやナウワーの元同僚のルードが慌ただしくカウンター裏を走り回っているのが見える。
組合に併設されている酒場も机や椅子が撤去されて逃げて来た町民たちの待機場所になっていた。
組合裏の倉庫に死傷者を保管しておく部屋を作ったという看板が守闘士組合入り口にでていたのでその指示に従いプラント先生の遺体を運ぶ。
倉庫の中では身元の確認作業をしている組合職員がおり、プラント先生の身元を話して遺体を置かしてもらった。
組合内に戻り一階カウンター前の人の波を掻き分け階段を上ると二階の廊下には居場所を無くした椅子や机などが所狭しと置かれていた。
それらの隙間を縫って吸血鬼討伐隊集合部屋に入ると、ヴィオ達三人は何をするでもなくただ静かにナウワーを待っていた。
「…ナウワー」
「大丈夫だ」
かける言葉が見つからない様子でヴィオは心配そうにナウワーに声を掛けてきたのでナウワーは平静にそう言った。
平静を装った訳ではなかった。
ある程度涙を流したら不思議なことに冷静な自分が帰って来たのだった。
「…先ほどミックスリー卿から手紙と荷物が届きました。卿によると町中に現れたウォダナと共に武装した集団も町の各地に現れたそうです。彼らは正義の吸血鬼軍と自分たちを語り、リーダーに自称パーヴリの吸血鬼を据え町中を荒らしながら中央区の市庁舎に集結しつつあるようです。彼らは都市議会の解体を求めているとか。これを踏まえたうえでボク達は…」
「正義の吸血鬼軍と戦えと…?」
ナウワーが先を予想してヴィオの言葉を遮ると少し悲しそうな顔をしてヴィオは首を横に振った。
「残念ながらボク達吸血鬼討伐隊は現在の時刻をもって、解散です。これから先の戦いはこの町の行く末を決める戦い。町を守る騎士団や市民軍の領分。それに守闘士や一般市民を巻き込むわけにはいかない。そして万が一に武装蜂起が成功した際、報酬が払えなくなるため吸血鬼討伐隊は解散だと手紙には書いてあります。一緒に届いた荷物の中身は些細なお金、ボク達の…言わば退職金ですね」
「え…」
言葉を聞いて一瞬思考が止まった。
その困惑具合が顔に出ていたのかこちらを見つめながらヴィオは続きを話す。
「ナウワーにとっては朗報かも知れませんね。ボク達が正義の吸血鬼軍と戦えばネイの手紙を無視することになり、妹のシィさんが危ないので…」
「それは…そうだけど」
突然、解散というのは納得しきれない事であった。
「しかしネイが約束を守る保証はないぞ。診療所を焼き払い、医者を殺した訳だからな。全てが終わった後、不要になった人質はさっさと殺してしまうかもしれん」
黙っていたマヴィットが腕を組んで口を開く。
確かにマヴィットの言う通りではあった。
所詮ネイは窃盗団の一員だ。
真っ当な騎士の連中のように一度交わした約束は信念にかけて守るような高潔な人間には思えない。
「そこで聞きたいのですが…本物の吸血鬼はこれからどうするおつもりですか?」
ナウワーは驚いて、そう言ったヴィオを見る。
するとヴィオも真っすぐナウワーを見据えていた。
「どういうことだ?」
そう言ってサンラバとマヴィットも困惑した様子でヴィオを見つめている。
「間違ってたらごめんなさい。でも、もうそうとしか思えません。ナウワー、あなたがパーヴリの吸血鬼なのでしょう?」
「どうして…そう思う?」
そうヴィオに聞くとヴィオはおもむろに「ネコネコ、おいで」と言って懐いている猫の様な動物を呼び出す。
するとどこからともなくそれは現れヴィオの足元に座った。
「サンラバ、マヴィット。ボクの足元に何かいますか?」
「急になんだ…何もいないだろう」
「あぁ、俺にもなんも見えねぇ」
ヴィオは悲し気に微笑んだ。
「ナウワー、あなたには見えていますね?」
「あ、ああ…」
ナウワーが答えるとサンラバは「なにがいるってんだ?」と困惑していた。
「ネコネコ、彼らに触れてあげてください」
ヴィオがネコネコに指示を出すとネコネコはサンラバとマヴィットの足に頭を擦りつけた。
すると二人とも驚いた様子で足元のネコネコを見つめた。
「な、なんだ。どこから出て来たコイツ…」
サンラバがますます困惑する。
「彗星獣か…」
マヴィットは思い当たることがあるのかそうつぶやいた。
今の一連の流れからヴィオの言いたいことが何となく分かった。
それをヴィオは察したのか静かに頷いた。
「ネコネコは特殊な生き物、俗に彗星獣と呼ばれる存在です。触れたことのある人間にしか見えないという特徴を持っているんです。ナウワー、あなたは街角でボクとぶつかった時にはもう見えていましたよね。いつネコネコに触れたんですか?」
「それは…」
「覚えていないなら教えてあげますよ。守闘士殺しの現場であなたが吸血鬼としてボクと戦った時です。ボクが気絶する寸前に飛びかかったネコネコをあなたは振り払っています」
ヴィオは一切目を逸らさずに綺麗な瞳をこちらに向け続けている。言い逃れは許さないと言わんばかりに。
「プラント先生と話していた使命というのも吸血鬼に関する事なのでしょう。プラント先生の報いを受ける、地獄で待っていると言う言葉。それは罪の意識を持っている人間からしか出ない言葉です。と言う事はあなたがプラント先生の代わりにやっていた使命とやらは罪の意識が発生するものであるはずです。…まだ認めませんか?」
ヴィオは静かにそう聞いた。
言葉には少しだけ憐れみや悲しみに似た感情が乗っているように思えた。
なんて答えようか迷い、ナウワーが黙っているとヴィオは話を続けた。
「あなたが戦闘の度に繰り出す、特有の蹴り攻撃。ボクと戦った時にも出しましたよね。懐に隠し持っているナイフも素人の隠し方じゃない。相当な実力者じゃないと見抜けないほど完璧な隠し方です。それらは何の訓練も受けていない一般人に出来るとは思えません。もちろん組合の訓練でもそんな事は教えないでしょう。どうです?」
完璧なまでにヴィオはナウワーの正体を看破していた。
「いや、全くその通りだ。…俺が吸血鬼だよ。ブルーを殺したのも俺だ…」
これ以上は黙っていてもしょうがなかった。
「貴様…オレ様達を騙していたのか」
睨みつけるマヴィットを制止するようにヴィオは手を前に出した。
「待ってください。騙したと言うならボクも同じです。ナウワーを吸血鬼討伐隊に推薦したのは、ボクですから。ボクが組合長に相談してナウワーを入れてもらったんです。二人には言ってませんでしたが最初から狙い撃ちだったんです」
ヴィオの言葉を聞いてナウワーは驚く、彼女は最初から自分を疑っていたのだと。
驚いた後、ナウワーは自らが酷く滑稽に思えた。
素性を完璧に隠せているつもりだったからだ。
「しかし分からないこともあります。ナウワーの瞳の色です。ボクが戦った吸血鬼の目は赤かった。しかしナウワーの目はそうじゃないですよね」
ヴィオ達三人はナウワーの目を見つめる。
「それは、薬の副作用だよ。俺が花粉症の薬だって言っていた奴。あれはプラント先生特製の一時的な身体能力強化剤なんだ。これまでの戦闘の際にも必ず飲んでいた。俺は守闘士のように強くはないから。一つなら副作用は出ないが、二つ以上飲むと目が赤くなり、感情の起伏が乏しくなる。あれは量が多いほど効果が強くなる薬なんだ。俺が吸血鬼として活動する時は確実に目標を仕留める為に毎回二つ以上飲んでいた。だから吸血鬼の時の俺は目が赤かったんだ」
ヴィオはなるほどと頷いていたが、サンラバとマヴィットはナウワーが薬を飲んでいたことすら知らなかったようでいまいちピンときていない様子であった。
ヴィオは話を戻すかのように一度咳払いをして口を開いた。
「あなたは殺人者として然るべき罰を受けなければならないとボクは思います…。でも惜しいですね。ボクが吸血鬼討伐隊であったならあなたを捕まえることが出来たのに。今はしがない一般守闘士ですからね…吸血鬼は賞金首ではないですから、もう捕まえても何の得にもなりませんね」
ヴィオはそうわざとらしく言う。
マヴィットは大きくため息をついてから「そうだオレ様達はお前を捕まえる義務も責任ももう無い。で、どうするんだ。本物の吸血鬼サンは」と聞いてきた。
「妹を、シィを助けたい」
そう言うとその言葉を待っていたかのように三人は頷いた。
「そう言うと思ってました。ボク達も協力しますよ。ネイには町中でウォダナと戦う羽目になった礼をしないといけませんからね」
ヴィオは「ただ」と続ける。
「すべてが終わったらナウワー、あなたにも罪を償ってもらいますからね」
その言葉に賛同するようにマヴィットは鼻を鳴らした。
「ああ、分かってる。罪は償わないとな…」
ナウワーは、今まで一度だって自分が犯してきた罪から逃れられるなど思ったことは無かった。
「よし。じゃあ、今から行くか。ボラ・スクーラのアジトの場所、教えてもらったんだろ?」
サンラバのその言葉に対してナウワーは首を横に振る。
「今動いたら、相手にバレバレだ。夜になったら闇に紛れて動こう」
「そんなんでいいのか?」
妹のことを考えると全く良くなかったが、それはそれ、これはこれとナウワーは冷静に考えていた。
「ああ、武装蜂起は騎士団や市民軍の抵抗によって長引くはずだ。今日一日では絶対に終わらない。その間に本物の吸血鬼がどんなものかネイに教えてやる…」
ヴィオはニヤリと笑った。
「ではボク達はナウワーに従って動きましょう。なので今からボク達はパーヴリの吸血鬼隊です。サンラバもマヴィットもそれでいいですね?」
ヴィオがそう聞くと二人とも頷いた。
「じゃあ、夜になるまで少し昔話をさせてくれないか。俺と妹、それにプラント先生について…」
三人が顔を見合わせた後、頷いたのを見てナウワーは静かに昔話を始めた。




