理不尽または報い
悪いことは予期せぬ時に起きるものだ。
太陽がてっぺんを過ぎて少しした頃、ナウワー達、吸血鬼討伐隊はスラム街を目指して歩いていた。
違和感に気づいたのは、スラム街に入る路地裏に差し掛かったころであった。
「なんか町が妙に騒がしいな」
サンラバがそういうので周りを見渡してみると通行人たちは、皆どこか急いでいるような様子であった。
「おい」
マヴィットは通りかかった町人を呼び止めた。
「妙に騒がしいが、なにかあったのか?」
「あんたら知らないんですか。町中に突然ウォダナが現れたらしいんですよ!」
「どこで?」
「東城門付近らしいですよ。町中にウォダナが出るなんていよいよこの町も駄目ですね…」
マヴィットが捕まえた町人はそう言った後、「では失礼」と言って去っていった。
「恐らくネイの仕業でしょう。でも一体何のために…」
ヴィオは険しい顔で考え込んだ。
「俺達はどうする?」
サンラバがそう聞くとヴィオは少し悩んだ後、口を開いた。
「皆が騒いでいると言う事は既に組合に話が行っている可能性が高いという事です。なので、ウォダナの対処は他の守闘士に任せてボク達は予定通りボラ・スクーラの縄張りに向かいましょう。ボク達は吸血鬼討伐隊ですから」
そうヴィオが言った後、もう一つの違和感に気づいた。
「なんか焦げ臭くないか?」
ナウワーの言葉を聞いた皆は鼻を鳴らして匂いを確かめた。
「風に乗ってどこからか匂いが来ているみたいですね。…あ」
「どうした」
ヴィオが突然空を見上げて声を上げたのでその視線を追うと遠くから黒煙が上がっているのが見えた。
「煙の方向的にスラム内だな」
黒煙を見たサンラバは冷静にそう言った。
詳細に言うならスラム内の中央方面。プラント診療所がある方向だ。
「嫌な予感がする」
「奇遇ですね。ボクもです」
ナウワーの言葉に頷いて口を開いたヴィオは、「一度行ってみましょう」と言ってスラムに繋がる路地裏に入っていった。
そしてナウワー達もそれに続く。
スラム街に入ると黒煙が上がっている方向はより分かりやすくなった。
そして黒煙の源を目視した際、悪い予感は現実のものとなった。
「診療所が燃えてる…」
スラムの目立つ位置にあるプラント診療所は真っ赤な火を纏い燃え上っていた。
付近の住人はまるで他人事のように燃え盛る診療所を眺めている。
ヴィオ達も唖然とした様子で火を眺めていた。
「そんな。シィ…!」
頭が現状を完璧に理解する前に診療所に向かって走り出す。
「ナウワー!」
呼び止められなくても頭がどこかで理解していた。
燃え盛る診療所の中にまだ妹が居るとするならもう助からないほど火が燃え盛っていることなど。
燃え盛る診療所の入り口に辿り着くと、入り口前に俯せに倒れている男性がいた。
プラント先生だった。
衣服は焼け焦げ、全身はやけどだらけ。それに切り傷もあった。腹部からはひどい出血もしている。
「先生!」
プラント先生を抱き起すと弱弱しく先生は目を開けた。
「ナウワー君ですか…」
「妹は、シィは!」
「奴らに連れていかれました…」
「奴ら?」
「ボラ・スクーラです。あなたも知っているでしょう…?」
理解が追い付かなかった。
何故ボラ・スクーラがシィを連れ去ったのか。
「奴らの狙いは君の妹君、でした。私はもちろん抵抗したんですがね。引退した身でウォダナと吸血鬼モドキを同時に相手にするのは無茶でした…。診療所が燃やされたのは、従わない者はこうなるという見せしめでしょう…。」
そう言ってプラント先生は咳き込んだ後、弱弱しく笑った。
すると遅れてヴィオ達がやってきた。
「こいつぁ…」
サンラバはプラント先生を見てそう言った。
一目見て分かったのだろう、プラント先生はもう助からないと。
「君が私の代わりに使命を果たす限り、必ず妹君は守るという約束を…違えてしまいましたね…」
そう言いながらプラント先生はゆっくりと瞼を閉じていく。
「しかし…今こそ君は使命を果たす時です…それが妹君を助けることになる。これを…」
プラント先生の手から物を受け取るとそれはメモが書かれた紙であった。
中を見ると簡易的な地図と走り書きが書かれていた。
「ボラ・スクーラのアジトの場所です…なぜ調べていたかは言わなくても分かりますよね…私たちは後手に回ってしまった…」
咳き込んで血を吐くプラント先生は完全に目を閉じた。
「ああ、きっとこれは報いなんでしょうね…。それでは地獄で待っていますよ…ナウワー君。出来るだけ遅刻…してきてくださいね…」
「先生…」
プラント先生は腕の中で動かなくなった。
大粒の涙が頬を伝いこぼれるのが分かった。
当然だろう、父親のように慕っていた人間が死んでしまったのだから。
「ナウワー、ここは危険です。少し離れましょう…」
ヴィオの提案を受け入れて、動かなくなったプラント先生を連れて燃え盛る診療所から離れた。
その間も涙は止まらなかった。
幼少期からプラント先生は父親の代わりであり、自分たち兄妹を救ってくれた英雄だった。
それがこんな終わり方なんて。
やっぱり世界は理不尽だと思った。
「ウォダナだ!」
突然遠くでそう叫ぶ声が聞こえた。
見ると狼型ウォダナであるスゴルが人を襲っていた。
町の人々は悲鳴を上げながら逃げ惑う。
「サンラバ、マヴィット。行きましょう!」
「おう」
スゴルに向かって走り出すヴィオ達を見送る。
涙が止まらず頭は真っ白でどうすればいいか分からず、動かなくなったプラント先生の前で俯いていると、突然肩を叩かれた。
「ネイからお手紙です」
そう言われて顔を上げるとフードを深くかぶった小柄な人が手紙を持って立っていた。
直感的に理解した。ボラ・スクーラの吸血鬼だ。
「変な事を考える前に手紙の内容を見ることをお勧めします」
ナウワーが隠し持っていたナイフに手を伸ばしたのを看破した吸血鬼はそう言って手紙を目の前に置いた。
そして吸血鬼は誰に見つかる前に足早に立ち去って行った。
手紙を開くとそこには丁寧に書かれた文字が目に入った。
ちゃんと読む為に涙で歪んだ視界を指で擦って無理やり元に戻すと、霞みがかった思考も元に戻ったのかしっかりと手紙の内容が頭に入ってきた。
手紙の内容を要約すると、ボラ・スクーラは、虐げられたこの町のスラムの人間と共に都市議会に対し武装蜂起を仕掛けると言う事。正義の旗印として吸血鬼を使う為、吸血鬼討伐隊の存在が邪魔であること。吸血鬼討伐隊の動きを封じるため、人質としてナウワーの妹を誘拐したこと。武装蜂起が成功次第ナウワーの妹は返すこと。邪魔をすればすぐにナウワーの妹を殺すこと。であった。
ちょうど手紙を読み終えた時、ヴィオ達が戻ってきた。
「少し手こずりましたね。…ナウワー、その手紙は?」
「ネイからの手紙だ、俺の妹を人質に取ったらしい」
そう簡単に説明してヴィオに手紙を渡す。
するとヴィオ達も手紙に目を通した。
「なるほど、ボク達の動きを封じてきましたか…。武装蜂起も突然…じゃないんでしょうね。ボク達がそれに気づかなかっただけで」
「そうだな…」
「一度組合に戻りましょうか、プラント先生の遺体も置いておくわけにはいきませんし…。これからの行動を慎重に決める必要がありそうですね」
ヴィオの言葉に皆で頷く。
「…遺体は俺が運ぼうか?」
サンラバの申し出を断ってナウワーはプラント先生の遺体を持ち上げた。
力の入っていない人間の体はとても重くてまた涙がこぼれてきた。
「それじゃあ、行きましょうか…」
守闘士組合に足を向ける。
背後では、燃え盛っていた診療所が完全に崩れ落ちていた。




