情報共有と盗人少女の盗人からの卒業
太陽がてっぺんに来る少し前、ナウワー、ヴィオ、サンラバは守闘士組合二階の吸血鬼討伐隊集合部屋に集まっていた。
「ふぁ…」
眠気に負けて欠伸をすると葡萄酒を呷っていたサンラバに心配そうな目で見られた。
「なんだナウワー、寝不足か?」
「昨日の戦闘で気が昂ってね。眠れなかったんだよ…」
ナウワーの言葉を聞いてヴィオは口を開いた。
「しょうがないですよ。ナウワーは昨日、初めてウォダナを見てその上戦ったんですから」
ヴィオ達には昨日の帰り道にウォダナを初めて見たことを伝えていた。
ヴィオは眠たそうにするナウワーの前に液体の注がれたコップを置いた。
「これは?」
「眠気覚ましです」
「ふーん、ありがとう」
ヴィオの気遣いをありがたく頂き、コップの中身を口に含むと形容しがたい味と刺激が口全体に広がった。
「んぐッ!」
奇跡的に、吹き出す前に飲み込むことに成功したが口の中と喉に強い刺激が残った。
「これなに…?」
「眠気覚ましです」
「中身だよ!」
「すりおろした玉ねぎ、にんにく、薄めた葡萄酒です。ずっと眠そうにしていたんで用意しておきました。よく効くでしょう?」
自信作だと言わんばかりに胸を張るヴィオにコップを投げつけたくなったが、本当に眠気が消し飛んだので止めておくことにした。
そうこうしているとマヴィットとセブンが部屋の扉を開けて入ってきた。
「連れて来たよー」
セブンは楽しそうにそう言った。
対照的にマヴィットは眉を顰めていた。
何故セブンがマヴィットを連れて来たのかというと、ナウワー達の間で集合時間になっても一向に現れないマヴィットを誰かが迎えに行くと言う話になり、セブンがそれに立候補したからである。
ナウワー達は、マヴィットが集合前にとある鍛冶屋に寄ると言う話を昨日の帰り道に聞いていたので、セブンにそれを伝えると彼女はすぐに組合を飛び出していったのだった。
「いやぁ、鍛冶屋に入ったの初めてだったからワクワクしたよー」
「お前ら二度とコイツを迎えに寄越すな…」
楽しそうなセブンと眉間にしわを寄せたマヴィット。
一体鍛冶屋で何があったのだろうか…。
そんなことを考えていると、ふとマヴィットがいつもの大盾を持っていないことに気づいた。
「いつもの盾は?」
「鍛冶屋に預けてきた。昨日の戦闘で表面が削れて錆止めが剥がれたからな」
そう言ってマヴィットは適当な椅子に腰かけセブンがその横に座るとヴィオが「さて」と言って手を叩いた。
「では、昨日のことについて話しましょうか」
ヴィオは立ち上がって部屋に居る全員に視線を送った。
「話したいことは全部で三つ。セブンのロケットペンダントの行方、昨日の吸血鬼の正体、昨日戦ったウォダナについてです」
「なんだ、ロケット見つかったのか」
サンラバがそう言うとヴィオは頷いた。
「セブンには共有しておきましたが、恐らく昨日遭遇した吸血鬼が持っています」
「なんで吸血鬼が持ってんだ?」
「何故かは分かりませんが、昨日の鍔迫り合いの際にそれらしきものを身に着けているのを確認しました」
「どうせ、綺麗だから盗んだんだよ」
セブンは腕を組んで口を尖らせた。
「かもしれませんね。そんな吸血鬼の正体ですが、前にボクが遭遇した吸血鬼とは別人ですね」
マヴィットは少し眉を動かす。
「何故わかる?」
「まず身長が違います、ボクが前に遭遇した吸血鬼はナウワーやマヴィットと同じくらいの身長でしたが昨日の吸血鬼は明らかに身長が低かったです。次に武器が違います。前に遭遇した吸血鬼を本物とするなら、本物は殺しだけでなく戦闘においてもナイフを使います。少なくともボクが戦った時はそうでした」
ヴィオの説明を聞いてマヴィットは一応納得した様に鼻を鳴らした。
「なので昨日の吸血鬼は本物とは別の、ボラ・スクーラに所属する吸血鬼と認識した方がいいですね」
「二人目の吸血鬼か。こういっちゃあれだが、面倒だな…」
ついそんなことを言うとそれに同意するようにサンラバとマヴィットが頷いた。
「一人でも辛いのに二人の吸血鬼を同時に追うのは不可能に近いです、なので今はボラ・スクーラの吸血鬼を優先して追うことにしましょう。こちらの吸血鬼であれば所属が分かっている分、見つけやすいでしょうし」
ヴィオが戦ったことのある本物の吸血鬼は神出鬼没で、スラム近くの広い範囲に現れる為、見つけ出すのが難しい。
しかしボラ・スクーラの吸血鬼であればボラ・スクーラの縄張り内に現れる可能性が高いので、スラム全体より狭いボラ・スクーラの縄張り内に絞って捜索ができる。その分本物より見つけやすいと言う事だ。
「次に、昨日戦ったウォダナ…スゴルについてですね」
「ネイが助っ人って言ってた奴だな」
そう言うとヴィオは「ええ」と頷いた。
「ネイの助っ人という言葉と彼の指輪が光った後にスゴルが現れたことから、ネイが呼び出したと言う事で間違いないでしょう」
「そんなことが出来るのか?」
つい食い気味に口を開いてしまう。
人間の敵であるウォダナを呼び出し操ることが出来るなんて聞いたことが無かったからだ。
「まぁ、出来るんでしょうね。そうとしか考えられないことをネイはしましたから」
ヴィオがそう言うとマヴィットが口を開いた。
「間違いなく奴の指輪の力だ。俺様の持っている剣と同じく、特殊な力が宿っているのだろう。そう言うものはコメットウェポンと言う。たまにダンジョン内で発見されるアーティコメットと言う宝石を組み込むことによって作られる」
マヴィットは「だが」と続ける。
「ダンジョンにて発見されたアーティコメットやコメットウェポンは貴族や一部の貴族と繋がりがある豪商などの高い地位に居る奴が管理している。とてもじゃないが一般市民、特に窃盗団なんかに入っている奴が手にできる物じゃない」
「そんじゃあ、何か裏があるってことか」
サンラバの言葉にマヴィットは頷く。
「もしかしたらネイの、ボラ・スクーラの背後には貴族かそれくらい高い地位の誰かがいるのかも知れないな」
マヴィットの言葉によって部屋は重い沈黙に包まれた。
「とりあえず、話し合いはこれくらいにしときますか…」
ヴィオが沈黙を破るようにそう言うと皆頷いた。
「ボラ・スクーラのネイがウォダナを操る術を持っていることと新たな吸血鬼の存在は、ミックスリー卿に伝えておきます。一応ボラ・スクーラに監視されている可能性を考えて手紙で」
そう言ってヴィオは机の上に紙を取り出し、内容をしたため始めた。
「じゃあその間に、セブンを組合長に紹介してくる」
「どれくらいの時間がかかりますか?」
「すぐさ、組合長だって忙しい人だからな。セブン行こうか」
椅子から立ち上がり部屋の扉を開けてセブンを待つと、セブンは待ってましたと言わんばかりに駆け寄ってきた。
「一応、言っとくけど失礼の無いようにな」
「任せといて!」
セブンの元気な返事はなんとなく不安にさせるものだった。
セブンを連れて吸血鬼討伐隊集合部屋を出て組合を一階に降りると、ちょうど組合長が休憩している時間だったのか組合長室の扉が開いていた。
開いた扉を叩いて組合長に自らの存在を知らせるとナウワーはセブンと共に組合長室に入った。
「失礼します」
「おお、ナウワー。いい時に来たな、一杯飲んでいくか?」
部屋に入ると組合長のイゴ・ドリンカーは、ちょうど葡萄酒の瓶の蓋を開けようとしていたところであった。
「いえ、それより紹介したい人物がいまして」
ナウワーがそう言うと、イゴは開けようとしていた葡萄酒の瓶を机の上に置いた。
「ほう、アイツがお前を紹介してきた時を思い出す言い方だな…」
「セブン、自己紹介を」
後ろに控えていたセブンにそう促すとセブンは一歩前に出た。
「セブン・ヒッター、です。よろしく、お願いします」
喋りなれない言葉を使ったためか少し詰まりながら自己紹介したセブンを見て、イゴは頷きナウワーを見た。
「お前が紹介する側になるとは…感慨深いものだ。して仕事か、住処か、それとも両方か?」
イゴはナウワーがセブンを紹介した意図をすぐに理解したようにそう聞いた。
「仕事です」
「元々何をしていた」
「盗人です」
「ふむ…」
イゴが眉を顰めて顎鬚を撫でると同時にセブンは身を乗り出して口を開いた。
「今はもうやってないし、これからももうやるつもりないよ。今まで盗んできたことに罪悪感もあったし出来ることなら今まで盗んできた人に謝りたいとも思ってる。ここに来たのは盗人を卒業してまっとうに生きたいから!」
「嬢ちゃん、儂の仕事は懺悔を聞くことでも、今まで犯してきた罪を裁くことでもない」
セブンの言葉を聞いたイゴは鋭い目でセブンを見る。
「まっとうに生きるというのは難しいことだ、今までの自分を変えるなら尚更。やる気はあるのか?」
「もちろん、です!」
少しにやけてイゴは額に手を当てた。
「あぁ、本当にあの時を思いだす…嬢ちゃん、いやセブン」
イゴはセブンを見据えると机の引き出しから一枚の紙を取り出した。
「うちで働く為の契約書だ。内容を読んで自分で名前を書けるかい?」
「はい!」
セブンにペンを渡し机の下からもう一枚紙を取り出したイゴはナウワーを手招きした。
「お前はこっちだ、ナウワー。お前が契約書を書いた時、アイツが書いていたものと同じ…誓約書だ」
そう言ったイゴが差し出した誓約書を見る。
内容は大雑把に、自身が紹介した人物が問題を起こした場合に責任を取る事、責任を取る場合同じ罪と罰を背負う事など、その他細かいことがつらつらと書かれている。
イゴからペンを受け取り誓約書に名前を書く。
ちらりとセブンを見ると、不慣れながらもペンを握って名前をゆっくりと書いているようだった。
セブンとナウワーがイゴに書類を提出するとそれを受け取ったイゴは書類を机にしまい、壁に立てかけてあった掃除道具をセブンに渡した。
「ではこれからよろしく頼む、セブン。うちの仕事は沢山あるが今日は掃除から始めてもらおう。この部屋埃っぽくてな、困ってたんだ」
「わかっ、りました!」
「うむ、分からないことがあったらすぐに聞けよ」
ご機嫌そうな様子のイゴと緊張しながらも慌ただしく掃除をするセブンを見ているとイゴが声をかけてきた。
「お前はやることがあるだろう。さぁ行って来い。セブンのことは任せときな」
「ありがとうございます。セブン、頑張れよ」
部屋を出る際に激励の言葉をセブンに送ると
「任せといて!」
と満面の笑みが返ってくるのだった。
階段をあがり集合部屋の扉を開けると、吸血鬼討伐隊の面々は皆出かける準備が整った様子であった。
「あ、来ました。もっと時間がかかるかと。どうでした?」
「組合長は快くセブンを迎え入れてくれたよ。ここに馴染めるかはセブンの頑張り次第ってところだな。俺がここに初めて来たときの事を思い出すよ」
「そうですか…。ボクたちはこれからボラ・スクーラの縄張りの奥に乗り込む予定ですが来ますよね?」
「もちろん、俺も吸血鬼討伐隊の一員だからな」
「分かりました、では行きましょう」
「その前に一応、乗り込む理由を聞いていいか?」
「簡単です。言い方はアレですが、こっちから乗り込んで縄張りを荒らせばネイや吸血鬼はボク達の相手をせざるを得ませんから」
ヴィオの後ろで斧を担いでいたサンラバは口を開いた。
「ついでに奴らが最近活発に動いている理由を探り当ててミックスリー卿に報告すればまたボーナスが貰えるかも知れねぇしな」
ヴィオとサンラバの言葉に納得して頷く。
「なるほど、じゃあ行くか」
「準備は良いんですか?」
「もちろん」
そうして吸血鬼討伐隊は守闘士組合を後にする。
組合から出ていく際に聞こえたセブンの応援の声に、マヴィット以外は手を振って応えた。
「マヴィットは手を振らないのか?」
「ふん、今生の別れでも無し。その必要は無い」
「そうか」
そうして吸血鬼討伐隊一行はスラムに足を向けるのだった。




