逃走劇
騎士達から全速力で逃げるナウワーとヴィオは、真っすぐ町の東側に向かっていた。
町の東側と言えばスラムに近く、迷路のようになっている路地裏が多くある場所だ。
スラム近くにいるであろうマヴィットやサンラバと合流できれば良し、そうでなくとも路地裏に逃げ込めるという算段でナウワー達は動いていた。
中央区に向かって逃げないのは、ヴィオがブルーに告発を宣言した為である。
ミックスリー卿に告発するためには中央区に居る卿本人に会わなければならない。
それはブルーも分かっているはずなのでまず間違いなくブルーは仲間に中央区への道を見張らせているはず。
そこを正面から突破しようにもヴィオは武器を持っていない上に、追いかけてくるブルー達と待ち構えているブルーの仲間に挟み撃ちにされてしまうと考えたのだった。
ナウワーが走りながら後ろを振り返ると追いかけてきている騎士の人数が減っていたことに気づいた、もっと細かく言うならブルーの姿が見当たらなかった。
通りの角を曲がりちょうどよくあった物陰に体を隠したナウワー達は、騎士たちに見つからないように息を殺した。
「どこだ!」
「奥に逃げたか!」
ナウワー達を血眼になって探す騎士たちは物陰のナウワー達に気づかずに走り去っていった。
「ふう、危なかったな」
ナウワーは額にかいた汗を拭った。
「ごめんなさい、ボクが飛び出したばかりに…。でも我慢ならなかったんです。人を殺すことを楽しく話しているなんて」
ヴィオはそういうと右手を握り締めた。
「まぁ、やってしまった事はしょうがないさ」
ナウワーの慰めの言葉を聞いてヴィオは口を開いた。
「…とりあえずこれからマヴィット達と合流してボクの武器を返してもらうべきですね。武器さえあれば騎士にだって後れを取りませんよ」
ヴィオの提案にナウワーは頷いて、物陰から出た。
そしてナウワーはポケットから薬を取り出して一粒飲み干した。
「それは…?」
「前にもらった花粉症の薬」
すると遠くの方から騎士たちの声が聞こえてきた。
ナウワーを見失った騎士達が戻ってきたのだろう。
「急いで移動しよう」
ナウワー達は再びスラム方向に走り出したのだった。
ナウワーとヴィオがその異変に気付いたのはスラム近くの路地裏で追いかけてきていた騎士たちの姿が見えなくなった時であった。
「…おかしいな」
「何がです?」
ナウワーの呟きにヴィオは何のことかわからないと言った顔をした。
「まだ日中だと言うのに、さっきから誰ともすれ違わない。路地裏によく居る乞食達すらいないんだ」
そうナウワーが言うとヴィオは辺りを見渡した。
ナウワー達がいる路地裏は隙間が無いほど建物が建ち並んでいる為ほぼ一本道になっている。
「確かに不思議なくらい人がいませんね。人の気配すら感じません」
「なにかの罠に嵌められている…?」
ナウワーがそう言って考えこもうとした時、大鐘をついたような鈍い音が一瞬聞こえた気がした。
「…とりあえず移動するか」
とぼとぼと歩き出すナウワー。
するとヴィオに手を掴まれナウワーはまるで眠気が覚めたように思考の靄が晴れた気がした。
「そっちは今来た道ですよ?」
ナウワーの手を掴んだヴィオは心配そうにナウワーを見つめていた。
「あぁ…すまん。どうしたんだろ俺…」
ヴィオは少し休もうと提案したがナウワーはそれを断って先を急ごうとした。
その時だった。
耳障りな耳鳴りのような高音をナウワーとヴィオは聞いた。
「これは…!」
「恐らく例の彗星術です!」
ヴィオはナウワーに背中を預ける形で辺りを見渡した。
「近くに居る…?」
その時、ナウワーの耳には前方からにじり寄る足音が聞こえていた。
そして次の瞬間、足音は刃の翻る音に変わった。
「ヴィオ!」
ナウワーは背中側のヴィオを思い切り突き飛ばし、体を捻って身をかがめた。
見えない刃が掠ったナウワーの頬から血が流れる。
身をかがめた姿勢から虚空に向かってナウワーは渾身の蹴りを放った。
ナウワーは確かに何かに当たった手ごたえを感じた。
一方、ナウワーに突き飛ばされたヴィオは上手く受け身を取ってすぐに立ち上がった。
「ほう、よく躱した…」
その言葉と共に耳鳴りのような音が止むと体を守るように短剣を握ったブルーがナウワー達の少し遠くに姿を現した。
短剣の構え方からして恐らくナウワーの渾身の蹴りをブルーは短剣で防いだのだろう。
「ブルー…」
ヴィオがブルーを睨みつけるとブルーは面白そうに笑った。
「何故姿を現したか気になるか?」
「えぇ、よほどの自信でもあるんですか…?」
ヴィオは素手ながらも戦闘態勢を執った。
「もちろん、剣を持った私が素手の二人に負ける訳がないだろう。告発などという馬鹿なことを考えている君たちに敬意を払って種明かしをしてから殺してやろうと思ってな」
余裕そうに笑みを浮かべて楽しそうにブルーは話す。
「まず、人がいないことに気づいたかい?」
「えぇ、おかしいと思ってました。」
ヴィオは戦闘態勢のまま答えた。
「あれは私の仲間の彗星術だ。鈍い音を響かせウォダナや獣を遠ざける為の獣除けの術だった。応用すれば人にすら効果がある」
話ながらブルーは握った短剣をしまい、腰に携えた剣を抜き放った。
「私の彗星術は知っての通り、姿を消す術だ。だがそんなものはもう必要ない。一人ずつ丁寧に殺してやる」
ナウワーは、ブルーとは逆の方向を見た。
「おっと、逃げられると思うなよ。この一本道はすでに私の部下が囲んでいる」
ナウワーの視線の動きを見たブルーは笑いながらそう言った。
ナウワーは耳を澄ませた。
正面と背後、人の気配を感じ取る。
「…ヴィオ、恐らく後ろは三人、正面はブルーを入れて四人だ…後ろを突破できるか?」
にじり寄ってくるブルーを見ながらナウワーは小声でヴィオにそう問いかける。
「ボク一人なら…」
「上々だ、突破したら急いでマヴィット達と合流してくれ」
「ナウワーは…?」
「実は格闘戦には自信があるんだ…ここで時間を稼ぐ。やばかったらすぐに逃げるけど…」
こそこそと話すナウワーとヴィオが気に入らなかったのかブルーは声を上げた。
「どちらが先に死ぬか相談でもしているのか。すぐに二人とも同じところに送ってやるから心配するな!」
ブルーは剣を構えてナウワー達に向かって走った。
「行け、ヴィオ!」
「でも!」
「世界一の幸運ですぐに助けに来てくれればいい!」
ナウワーがヴィオを押すとヴィオはその勢いのままブルーがいる方向とは逆の方向に走っていった。
「ガキを止めろ!」
ブルーが部下に指示を出すと三人の部下が飛び出してヴィオを捕まえようとしたがヴィオはその小柄な体を上手く捻って、ブルーの部下たちの手をすり抜けて走った。
「何をやっている。追え!」
ブルーにそう指示されると部下たちは急いでヴィオを追って行った。
「おい、お前も逃げれるとでも思っているのか」
ヴィオに逃げられたブルーは鬼のような形相でナウワーを見た。
「いや…生憎、あそこまで器用には逃げられないな」
「ならここで…死ね!」
ブルーは剣を振りかぶりそのまま振り下ろす。
「っ!」
それを間一髪で躱すナウワー。
ナウワーはこの場から逃げる方法を考えていたがやはりブルーはどうやっても逃がしてはくれないだろうというのが結論だった。
「やるしかない…!」
「ほう、戦う目になったか」
剣を構えるブルー。
ナウワーはもしもの時の為に隠し持っていたナイフを懐から取り出し構えた。
「そんなちゃちなナイフで勝てるとおもっているのか?」
「やってみないと分からない…」
ブルーから溢れ出る殺気でナウワーは汗が止まらなかった。
「お前ら、手を出すなよ。私がこいつを殺すところを見ていろ」
後ろに隠れていた仲間にブルーがそう命令するとすぐにブルーはナウワーに向き直った。
「ではいくぞ。精々あがいて見せろ!」
その言葉を合図にナウワーとブルー、二人の戦いが始まった。




